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ロゼとユッカ~二人がおうちに帰るまで~  作者: 猫宮蒼
一章 道しるべを探す旅

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引き返せない無駄足



 塔の中にあるボタンを押したりレバーを引いたり、それ以外の仕掛けも解除したり作動させたりしながら移動を続ける。

 そういう意味では単純な作業と言ってもいい。


 もっとも、ゲームであれば、という言葉がユッカの脳内ではつくわけだが。


 敵と呼べるであろう球体人形たちがほとんどこちらに襲い掛かってこないからこそ、脳内でそんな風に考える余裕があるとも言える。

 ただ、時々塔の外へ続く通路に出てもう一つの方の塔に移動しないといけない時だけは、あまり呑気にしていられなかった。


 最初はユッカたちの方が少しだけ下の通路を移動していた。

 けれども二度目の時はこちらが少し上の方の通路を行く形になり、心許なさしかない通路の手すりに掴まりながら下の方を見れば、疲れ果てて息切れを起こしたアーロスと、相変わらずよくわからないディオスが移動をしているのを見る形となったのである。

 あちらはあちらで休む間もロクにないまま球体人形たちが襲い掛かってきているようで、同じタイミングで外に出るとこちらもとばっちりで襲われる事もあるので、その時ばかりはユッカもぼーっとどうでもよさそうな事を考えてはいられなかった。


 自分にできる事はほとんどないとはいえ、油断して最初の時のアーロスのように転落しかける、なんて事になればロゼの負担が大きすぎる。地面に真っ逆さま、なんて事にはならないと思いたいが、助かるとしても流石にもうここからの高さから紐なしバンジーはお断りしたい。


 別行動をしている以上、もう片方で何かがあったとしても、情報の共有ができるのはこういった通路で互いの姿を認識した時になるのだが、しかしあまり長々と留まっているとその分球体人形たちが襲い掛かる勢いも増すのでのんびりはできない。

 だからこそ手短に告げるのが関の山、ではあるのだが。


(まぁ、今のところはあえて伝えないといけない事ってそんなないもんな……)


 ユッカとロゼが通ってきたところには、別段気になるようなものはなかったので二人に向けてどうしても伝えておかなければならない内容なんてほとんどなかった。


 伝えるというよりは、お互いに今のところは無事であるという事を確認するという方が重要かもしれない。


 そうして三度目、今度はほぼ同じ高さの通路になっているところをすれ違った。


「あれ?」

「どうしたのユッカ」

「あ、いや」


 ディオスとアーロスもこちらが無事である事を確認すると、安堵した様子だったり「あと少しだろうから頑張ろうぜ」なんて声をかけたりしていたからこそユッカも「そっちも気を付けて」なんて返したけれど。


「アーロスの方は今更なんだけど、ディオスの顔色悪くなかった?」

「そうかなぁ?」


 すれ違い、通り過ぎた後。

 流石に立ち止まってディオス本人を呼び止めて確認するまではできなかったユッカがロゼに問いかけるも、ロゼはそう思っていないようだった。


「気のせいかな……?」


 一目でわかるくらい悪化しているというわけでもなかったので、気のせいと言われてしまえばそうかもしれない……という感じだったので、ユッカも絶対にそうだとは断言できない。

 だが、この塔に足を踏み入れる前と比べると悪くなっているような気がしたのだ。


「どっちにしても、引き返すのも難しいし進むしかないんじゃない?」

「それもそっか……」


 もうかなり高いところまできている。今から引き返して地上に戻るくらいなら、いっそ頂上を目指した方がマシだと思える程度には。


 向こうの方に球体人形たちが向かう比重が偏りすぎているのもあるから余計に疲れるだろうな、と思いはすれど、だからといってメンバーチェンジだ! なんてわけにもいかない。

 地上から見上げた時、互いに伸びている通路は一つに見えていたのにいざ通ってみれば別々で、途中で一度合流するなんて事もできなかったのだ。

 身を乗り出して無理にそちらに行くとしても、一歩間違えれば落下しかねないし、互いに仕掛けを動かしていかないと先に進めない仕様になっている以上、無理に合流したところで、今度は先に進めなくなるのが目に見えている。


(なるべく無事でいてくれるといいんだけど……)


 口にしたところでどうしようもないし、祈ったところでどうなるわけでもない。

 それでもユッカは内心で無事を祈っていた。


 途中で仕掛けが解除されず道が塞がった状態で先に進めない……なんて事になっていたら、確実に向こうに何かがあったという証拠にはなる。

 なる、けれどだからといってそちらに向かうとなると中々に大変そうなので。


 自分の与り知らぬ場で何かあっても知らない以上何もできないが、微妙に近い距離で何もできないのも中々にやきもきするな……なんて思う。

 できる事なら二人にはゆっくり無理なく進んでほしいけれど、しかしゆっくりすぎて人形たちが襲い掛かって戦闘続きになれというわけではない。

 なるべくスムーズに向こうも移動できるように、こちらも気持ち急ぐ必要があるかもしれない……


 そんな風に内心で気を引き締めて、ユッカは塔の中へ入ったのだ。


「ねぇ、一個聞きたいんだけど」


 その声は、正直予想していなかった。


「えっ、何!?」


 塔に入るなり聞こえてきた声は、ユッカが出したわけでもなければロゼのものでもない。

 それでも知っている声だった。


 慌てて周囲を見回せば、そこそこ大きな球体が浮かんでいる。

 大きい、と言ってもユッカの両手で抱え込めるくらいのサイズではある。

 そこにクークラの顔が浮かんでいた。


「聞きたいって何を」


 驚きはしたものの、声の正体がわかってしまえばパニックになる程のものでもない。

 むしろ向こうから姿――実体というわけではないが――を見せたのだから、情報収集のいい機会でもある。


「あいつはさ、アタシを追ってきたからわかるの。

 もう片方の目隠し不審者も、フラワリー地区でなんかアタシをどうにかしろって依頼受けてたっぽいから、まぁわかる。

 でも、じゃあ、あんたたちは?

 あんたたちも依頼受けたって最初は考えたけど、でもなんか違う気するのよね」


 クークラの顔が浮かんだ球体は、すいすいとユッカたちの周囲を飛び回っている。

 それは別にこちらを翻弄しようという動きではなく、どちらかといえば小さな子が親の様子を窺うような、そんな動きに感じられた。


「そんなの」

「私たちは確かに依頼を受けたわけじゃないよ」


 ロゼが敵意むき出しで何かを言おうとしたものだから、それを思わず遮るようにユッカは答えていた。


「元々私たちはスヴェトゥリィを探しにここに来ただけだもの。ディオスが以前ここで見たって言ってたから」

「ス……あぁ、あの鳥ね」


 言おうとして言えなかったのか、と思いはしたが突っ込まなかった。

 ユッカとしても気持ちはわかるのだ。

 言いにくいとはユッカだって思っているので。しかもユッカの場合は異世界の生き物でありユッカ本人には馴染みも何もないので余計に。


「ふぅん? あの鳥ねぇ。ふぅん。

 言っちゃ悪いけど、あの鳥ここにはいないわよ」


「薄々そんな気はしてた」


 ユッカたちがルボワール地区に来たばかりの頃は、少なくとも鳥の鳴き声が聞こえていた。その鳥がスヴェトゥリィかどうかはさておき、一応生き物がいたというのは間違いない。

 けれどもアーロスと行動を共にして、塔に足を踏み入れて。


 最初の塔や二つ目の塔の近くでも、まだ周囲に生き物の気配があったような気はするが、しかしここに来る途中からすっぱりとそういう気配がしなくなった……ようにユッカには感じられたのだ。


 ユッカは別に武術の達人であるだとかいうわけではない。

 だから気配だのなんだのを正確に察知できるわけもなく。

 けれども、何と言えばいいだろうか。

 空気。雰囲気。

 そういった、目に見えない感じとるだけのもの。


 無理矢理例えるとするのなら。

 夏、遠くの山々にいるであろう蝉の合唱が、突然冬を迎えたみたいにしんと静まり返ったような。

 虫の声だけじゃない。しんしんと降り積もる雪に音が吸い込まれて、まるで世界に自分だけが取り残されたような、そんな感覚に陥った時のような。


 そういったものに近い感じがしたのである。


 吐く息が白いわけじゃない。

 肺の中まで凍ってしまいそうなくらいの寒さがあるでもない。


 けれどもこの塔に来る直前あたりから、何故だかそういった感覚に見舞われたのだ。


 スヴェトゥリィは警戒心の強い鳥だと、確かそんな事を言っていたような気がする。

 こうしてクークラがアーロスにかつての事を突き付けたりする以前なら、人がいなくなっただけで、それ以外の動物からすると過ごしやすくなったと思うものがいてもおかしくはない。

 けれども、快適だと思っていたはずのそこが、密かに危険な状態になりつつある……と感じ取ったのであれば。


 警戒心が強いのなら、天敵になり得るかもしれない人がいないと言えどもそこに残り続けるよりは、他の場所を目指したっておかしくはない。


 アーロス以外のルボワール地区に住む人たちが球体人形に封じ込められたというのを知った時点で、ユッカは薄々察してはいたのだ。

 スヴェトゥリィはもうここにいないのではないか……と。


 人がいなくなったなら、自分たちを狩るかもしれない相手がいなくなった事で縄張りを広げる生き物もいたかもしれない。ユッカたちがいた時点で完全にいなくなったとは言えないが、それでも以前より数を減らしたとみなした他の生物がこちらに襲い掛かってくる可能性は確かにあったはずなのだ。

 けれどもそういった事もなかった。襲ってこなくても、様子を窺うくらいの事はあったっておかしくないはずなのに、そんな事は一度だってなかったのだ。


「へぇ? 薄々わかってたんだ? だったら引き返して他の地区に行った方がいいんじゃなぁい?

 帰るなら引き留めたりしないわよ?」


 きゃらきゃらと笑うクークラにユッカはそっと首を振った。

「仮にここを出ていったとしても、あんたがこの先どういう行動に出るかわからないからね。

 悪いけどその提案はのめないかな」

「なぁんだ残念」


 クークラも一応言ってみただけで、本当にユッカがその言葉を素直に聞くとは思っていなかったようだ。

 残念、なんて言っているが声は全然そんな感じじゃなかった。


「そうだね、他の地区に行って君の事をすっかり忘れた頃に君が現れて……なんて可能性だってゼロじゃない。

 素直に引き返すかどうかは、君の目的次第かな」

「なんだわかってるじゃない。

 そうね、今ここを出ていったって、いずれどこかの地区でまみえる事もあるでしょう。

 アタシはあいつを……ローザローゼシカを超えてみせるの」


「超えるって……そもそもなんでそんなに固執してるの?」


 そもそもクークラの中では既にローザローゼシカは家周辺を崩落させて崩壊したと思っている相手のはずだ。

 倒した、という風に考えるのなら、超えたと言ってもいいような気がする。


「固執じゃないわ! これはただ単に」


「単に?」


 先程まではこちらの様子を窺うように左右に揺れていた球体は、突如動きを変えて上下にバンバンと勢いよく跳ねた。同時に甲高かったクークラの声も一段程低くなる。


「復讐よ」

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