二人一組
てっきりひっきりなしに襲ってくるかと思ったが、そんな予想を裏切るように数日は静かだった。
「いやでもこれ絶対アレでしょ。襲ってこない数日間は警戒するけど、その警戒がちょっと緩んだあたりで襲ってくる感じのやつでしょ」
「その可能性はありますね」
そんなユッカの言い分にディオスが頷いた。
「逆に考えると、警戒し続けてるうちは襲ってこない……?」
「だといいんですが」
次のユッカの言葉にディオスは頷かなかった。ユッカだってわかっている。そんな簡単な話ではないということくらい。
「でも、ともあれ少しの間でも休めるのは良かったよ。マージで睡眠時間もロクに確保できなかったらどうしようかと」
あとお風呂。
と、それについては声に出さなかった。
二つ目の塔から脱出し、一つの村と一つの町を通り過ぎている。
野宿の間、お風呂は流石に無理があるのでロゼの洗浄魔法で身綺麗にしてはいるけれど、やはり風呂に入りたい時だってあるので、誰もいない町や村の建物の中で、どうにか使えそうなところを借りているのが現状だ。
お風呂に入ってる時に襲われたら……とも考えたが、今のところそういう事もない。
むしろここ数日は本当に静かすぎて、逆に不気味なくらいだった。
それでもマトモに休息がとれている事で、ユッカの体調は良好である。
ディオスも普段と特に変わりがないように思う。
ただ、やはりと言うべきかアーロスの体調はあまりよろしくはなかった。
体力が限界とか、そういう事ではない。
かつての知り合いの意識だけが球体人形にあって、そんな球体人形たちが襲い掛かってきたせいでこちらも迎え撃つしかなかったのは記憶に新しい。
そのせいで、アーロスの精神はユッカの目から見てもガリガリと音を立てて削られてそうな勢いでまいっていた。
ユッカももしあの球体人形の中に、自分の知り合いがいたのならこんな風に落ち着いてはいられなかっただろうから、気持ちは理解できる。ユッカやディオスはこのルボワール地区の住人たちとは何の関係もないために襲ってきたら迎撃もできるが、アーロスは躊躇っていたのだ。
躊躇って何もできないままであれば、あっという間に群がられて怪我するどころか殺されていたかもしれないので、ユッカたちとて少しばかり申し訳ない気持ちはあれど、そのままやられてやるわけにもいかない。
(でも、多分アーロスは私たちに何で傷つけたとか、言いたい気持ちもあるんじゃないかなぁ……とは思うんだよね)
もし仮にあの球体人形の中にユッカの祖母がいたとして。
そうしたら確実にユッカは手出しができないと言い切れる。
けれど、祖母の意思とは無関係に人形が襲ってくるのであれば、抵抗しなければこちらが危ない。
わかっていても、きっとユッカは手を出せないと思うのだ。
そんな時に対処できるのは、ユッカ以外のこの場にいる誰かだと思うわけで。
そうするしかない、と頭でわかっていてもそれでも祖母の魂だか精神を閉じ込められた人形が破壊された時、ユッカはきっと「どうして!?」と相手を糾弾してしまうかもしれない。そうするしかないとわかっていても、頭でわかっていてもきっと心が納得しないので。
ユッカにとってそんな状況になっていないから想像するだけで済んでいるが、現実にそんな事があったなら、きっとその時対処した誰かに掴みかかったかもしれない。
想像でこれだ。もし本当にあれば身体は頭で考えるより先に動いていたっておかしくないのだ。
アーロスにとって村の人たちがどれくらいの関係性であったかにもよるが、それでも親しい間柄だった人は何人かいてもおかしくはないとユッカは思っている。
そして、きっとそんな誰かの事をユッカやディオスがぶちのめしているのだ。
それでもこちらを責めたりしないアーロスは、その分心に色々と溜め込んでいるに違いなかった。
(相当なストレスになってるんだろうな……)
ストレスがあまりにも多すぎると、身体の方に影響が出るのは言うまでもなく。
ディオスからもアーロスが最近あまり眠れていないようだと聞いている。
だがアーロスに体調はどうかとユッカが尋ねても、アーロスは問題ないとしか言わないのだ。
(まぁ、私とロゼの見た目じゃ頼りになりそうって感じはしないし、ましてやディオスも……ねぇ?
クークラの城と思しき場所に案内するだけのはずが、あれは塔だったしその後ルボワール地区の人たちが既にもういないと言われて実際その通りとなれば、今更別行動するのも危険。
だから、まぁ、クークラをどうにかしようとしてる私たちと行動を共にした方が……ってなるのも当たり前っちゃ当たり前。
一人になった時点であの人形たちが群がって襲ってきたら、アーロス一人じゃ対処できないだろうし)
こんな地区にいられるか、俺は一足先に脱出するぜ。
みたいなノリで他の地区へ行くにしても、いずれクークラが他の地区へ進出してこないとも限らない。
その時、もしクークラとアーロスが再会するような事になれば、クークラがやって来たのはアーロスのせい、とか言い出す誰かも出るかもしれない。
(どうかな、そこまで考えてるかはわかんないけど、でも、アーロス本人もクークラをどうにかしようって気はあるみたいだから……最悪一人で行動してたかもしれないわけか……)
なんだかまるで、長期連載作品の途中から読み始めたような気分だ。
わかっていない部分がありすぎるような気がして、しかし頭の中で考えた推測は答えを得られるはずもない。
アーロス本人の記憶に朧気な部分があるせいで、確認しても明確な答えが出てこないせいでもあった。
(ま、事情がわからなくてもクークラをどうにかしてしまえばいいわけで)
忘れてしまっている事も、いつかは思い出せる日がくるかもしれない。
その時に別の後悔が襲うような事になっていたとしても、その時はその時である。
「――で、三つ目の塔に辿り着いたわけなんだけど。
これ、どう思う?」
デデン! という効果音でも聞こえてきそうな勢いで聳え立っている塔を見上げてユッカは問うた。
別に誰に、と決めて聞いたわけではない。答えてくれるのなら、別に誰だって良かった。
「どう、って言われてもね」
「手間が省けた、と喜ぶには早い気がします」
「あぁ、というかこれは……」
三者三様の反応だった。
ただ共通して言えるのは、ロゼもディオスもアーロスも、間違いなく警戒をしている。
まぁそうだろう。
何せ塔は二つあるのだ。
三つ目の塔と四つ目の塔。
それらが同じ場所に存在しているのである。
同じ、というと少しばかり違う気もするけれど、視認できる範囲に二つの塔があるのは間違いない。
隙間なく並んでいるわけではないが、それでも並んでいるといって間違いはないだろう状況。
二つの塔は距離にして大体五十メートル程離れてはいるが、正直それくらいの距離ではほぼ隣と言ってもいいくらいだ。
高さは恐らく同じ。
一つ目と二つ目の塔との違いは、すぐ近くにもう一つの塔がある事であり、またその塔は途中の階層から繋がっているようではあった。
塔を繋ぐように、階段が存在しているのだ。
「多分これ、中に入っても普通に上に行ける感じじゃなくて、交互に両方の塔を移動する感じじゃないと上にいけないって事なのかな……?」
別にどちらかの塔に入ってそのまま移動すればいいだけ、であるのならこんな事にはなっていないのだろう。
ユッカの頭の中で、ツインタワーとかいう文字が浮かび上がる。
あー、なんかそういう感じのギミックのダンジョンがあったような気がしてきたー! と叫びたいがぐっとこらえる。
「見て下さい、あれ」
目隠しをしている男にあれを見ろと言われても……といつだって当然の感想が浮かぶも、毎回そこに突っ込むだけの余裕もない。だからこそユッカは素直にディオスが指し示した方向に視線を移動させたし、ロゼやアーロスも同じくそちらを見る。
最上階へ行くためには、二つの塔のカギを解除していく必要があります。
そんな簡潔な一文が記された紙が、塔の扉に貼られていた。
「まっ、て……これ交互に互い違いとかで内部の仕掛け解除してかないといけないやつとかでは?」
「単独で行けない仕組みって事か」
ロゼがちらりとアーロスを見た。
もしアーロスが一人でクークラをどうにかしようとしていたとして。
その上でここまでたどり着いたとしても、であれば決して自力でどうにもできない状況ではなかろうか。
既にルボワール地区に住む者はいない。ユッカたちと出会わなければアーロスは一人きり。
そこに、最低でも二人一組として行動しないといけないようなギミック。
ゲームだったら詰み状態だし、ここから他の仲間を探しにいかなければならない展開である。
(いやでもこれ、ゲームだったらさ。
序盤で出てくる感じじゃないんだよ、どう考えても。中盤とか終盤とか。ソロプレイクリア目指してるプレイヤーに喧嘩売る仕組みではあるけれども。
でも序盤でここまで来て、仲間を探しに行くとしてもだよ?
なんっていうかこれさぁ……ここを離れて他の地区に行ったその時点で攻略フラグが折れる予感しかしないんだよねぇ……)
主人公が他国へ招かれ、そこで事件に巻き込まれる、なんていうイベントがユッカの脳内に浮かぶ。
ちなみに途中で自国へ戻る事は可能だが、それをするとその他国は滅亡するというとんでもねぇトラップが潜んでいる。アイテム補充に一度戻ってそこでセーブしようものならその時点で国滅亡である。
「いや、今はそれについてはいいとして……
ナチュラルに二人一組作ってって状態じゃん!?」
ぼっちにもソロプレイヤーにも優しくない仕様。
マルチプレイが苦手な人だっているんだぞ。そう言いたいが、言ったところでどうなるものでもない。
「内部の仕掛けにもよるけれど、めっちゃ苦労すれば一人での攻略も可能かもしれないけど、でも多分無理っぽそうな気がするんだよねぇ……」
制限時間ありきな仕掛けなら無理でも、そうじゃなければ一人で毎回塔の外に出るとか、労力を倍どころじゃないレベルでかければ最終的に仕掛けを解除できるかもしれない。
しれないのだが……まぁ普通に考えて引き返す回数もとんでもなくなるし、体力も精神もごっそり消耗するのは間違いない。
ゲームでも面倒だなこのギミック……とか思うだろうに、それをリアルでやらなければならないとか、いい加減ユッカもクークラに対してイラッとしつつあった。
彼女にどれだけ悲しい過去とかこういう事に及んだ理由があっても絆されてやんねーぞ、と内心で思っているくらいだ。
「とても気が乗らないけど、行くしかないわけだよね?」
「クークラの所に行く、っていう目的を諦めない限りは」
ロゼの言葉に、じゃあやっぱ行くしかないわけか、とユッカも頷く。
「んじゃ、とりあえず二手に分かれるしかないのか。
ディオス、そっちお願いできる?」
「構いませんよ」
「アーロスも、頑張って」
「お、おう……いいのか? そっちは」
「私たちの心配は大丈夫」
ユッカとしては心もとない部分もあるけれど、だからといってディオスを一人にするかアーロスを一人にするか、という選択肢は選べなかった。
「私とロゼ、そっちはディオスとアーロス。数としては問題ないでしょ」
そうでも言わないとアーロスが頷かないと思ったので、あくまでも強気に言い放つ。
そんなユッカのハッタリもあって、チーム分けはあっさりと決まった。
「ロゼ、クークラに会えたら全力でぶちかまそうね」
「途端にやる気になったねユッカ……」
「階段を馬鹿みたいにのぼらされた恨みってやつ」
好き好んで自主的にやらかしたならいざ知らず、強制イベントみたいなものなのだ。
いい加減ユッカとしてもクークラの膝に一撃いれないと気が済まなかったのだ。
まぁ、ともあれ。
クークラに会う前に、この塔の仕掛けを解除して、城へ行くためのセキュリティ解除をしないといけないわけだが。
心配そうにこちらを見ているアーロスを尻目に、ユッカは堂々と扉を開け放ったのである。




