朝一逃走劇
二つ目の塔を発見できたのは、避難所を出発してから実に数日が経過した後の事だった。
途中にあった町は、完全にゴーストタウンと化していた。
誰一人としてそこで暮らす者がいない状態。
何かに滅ぼされた、という感じはしなかった。忽然と姿を消しているだけで、町中に死体がずらり、だとか白骨死体がゴロゴロ……なんて事もなかった。
住人が皆急にいなくなったような状態。
皆が一丸となって……という言葉はあまりにも当てはまらないが、それでも皆が同時期に引っ越そうとしたと考えるにはあまりにも不自然すぎた。
生活道具のほとんどが残されたままだったのである。
もっと言うのなら、民家の中に入って調べた結果お金もそのままだったというのが判明している。
流石に泥棒のような真似をするのはちょっと……となったので手をつけたりはしていないが、着の身着のままで逃げ出しでもしないとこうはならないだろう。
それでも、急を要するような状況で逃げたとして。
それでも一切何も持たずに……というのもおかしな話だ。
逃げ出すにしてもそれならせめて、持てるだけの財産を持つくらいはすると思うわけで。
財布一つくらいは掴んで逃げ出すと思うのだ。逃げ出す先で金なんてなんの役にも立たない、というような状況でなければ。
そう思うのはユッカが暮らしていた場所が、最低限お金さえあればあとはどうとでもなるから……というのもあるのかもしれないが、世界が変わったからとてそこら辺は同じようなものなのではないかと思われる。
住人がいないものの、ライフラインが完全に止まった、というわけでもないようだった。
浄水槽とやらが機能していたので、生活用水などは確保できる状態だった。
ユッカが暮らしていた場所の上水道下水道とはまた違うようで、こちらは魔法を用いたものなのだとか。
火に関してはロゼの魔法でどうにかできるのもあって、恐らく宿であろう建物で一晩を過ごした。
野宿続きだったので、久々にマトモな建物の中での休息である。
やってる事はどうにも空き巣のような気がしてユッカとしては落ち着かなかったが、ロゼが言うにはあくまでも場所を使わせてもらっているだけだから、そう気に病む必要はないとの事。
確かにそうなのかもしれない。
誰もいないから、とそこらにある物に手をつけたりしたわけではないし、泥棒をしようと思っているわけでもない。
だからといって簡単に開き直れる程ユッカは図太くはなかったので、せめてあまり汚さないように場所を使わせてもらおうとするのが精一杯だった。
それに、こうして建物の中、というのはユッカとロゼにとっても少しばかり都合が良かった。
今までは野宿だったため、ディオスやアーロスとも寝る時は近い場所だった。テントが別と言っても、何かの拍子に声が外に漏れないとも限らない。毎回外に音が漏れないよう防音の魔法をかけるのも、ロゼの負担になるかもしれない。
そう思うと、中々踏み込んだ話題はできなかったのだ。
ある程度、今後必要になりそうな知識をいくつか教わって、あまり遅くなる前に眠りにつく。
夢も見ないでぐっすりだった。
テントの中でもある程度マトモな寝台を出して寝ていたとはいえ、やっぱり微妙な違いはある。
普段よりも幾分か爽やかな目覚めを迎えて、そうして。
「いやなんか包囲されてるんですけど!?」
ベッドの上でぐっと伸びをして、それからベッドからおりて。
そうしてカーテンをシャッと開いて窓から差し込む太陽の光を浴びて。
その直後、窓の外から見える光景に思わず叫んでいた。
建物の周辺をぐるりと何かが取り囲んでいるのである。
最初、人かと思ったがどうにも様子がおかしい。
だからこそユッカはそっとカーテンを緩く閉めて、ベッドの上で丸くなって眠っているロゼを起こした。
「……もしかして、クークラの手先か何かかな……?」
くぁ、と緊張感も何もなく欠伸をしてから窓枠に飛び乗って、カーテンの隙間から窓の外を見たロゼの第一声がこれだ。
「手先」
「確証はないけど。でも、あれは言っちゃなんだけど人とは言えない。人の形をしているとはいえ、ね」
窓の外、建物を取り囲むようにしている者たちは、人の形をしていると言えばしている。
だがロゼが言うように、人としてカウントはできないらしい。
「うん、まぁ。私の目から見てもあれ、球体人形にしか見えないんだわ」
ユッカたちがいる部屋は二階。
そして地上にいるであろう球体人形の群れは、恐らくユッカよりも小柄である。
上から見下ろしているので正確なサイズはこれくらい、と言い切れないが、それでもユッカは何となく遠足に行く小学生の集団のように見えた。群れ具合がなんというか、そういった感じにしか見えなかったので。
「これさぁ、どう考えても待ち構えてるよねぇ」
「そうだね。窓から出ていくにしても、屋根の上を走って飛び移ったりできる?」
「無茶言わないでよ私の運動神経そこまで良くないから」
体操部とかに入っているのならまだワンチャンあったかもしれないが、しかしユッカは帰宅部である。
部活で青春とか以前に、帰ってゲームしたいとかいうタイプの帰宅部である。
友人とわちゃわちゃするのも楽しいけれど、ユッカが通う高校の部活の大半は割と真面目に大会などがあれば上を目指す方向性なので、エンジョイ勢にしかなれないユッカとは相性が悪かった。
一応エンジョイ勢でも歓迎されている部活はあるが、ユッカが興味を持てないものだったのでそちらに入部というのも考えていない。
「ロゼの魔法で私の身体能力が仮に上昇されたとしてもだよ?
そもそもそんなアクロバティックな事やったこともないのに、いきなりそんなんやれって言われても無茶だからね?」
ゲームだったらステータスアップは攻撃力や防御力、速度といったものに反映されてダメージが増えたり減ったり、行動順が早くなったりするだけだが、仮にユッカにそんな魔法をかけられたところで。
今まで以上の速度で走れると言われたとして、自分自身がその速度についていけるかもわからなかった。
そうなるとどうなるか。
自分の行動に自分の理解力が追い付かずに自滅する可能性しか見えない。
ロゼの護りの魔法である程度無事が約束されているとはいえ、凄まじい勢いで屋根の上を走り回って跳躍した挙句目測を誤って屋根どころか地面に激突、なんて事になったら目も当てられない。
「ちなみにユッカ、戦闘経験は?」
「あるとお思い!? フラワリー地区に戻る途中に遭遇した魔物の時だって戦えなかったでしょうが」
「そういえば」
ロゼにとってあの時遭遇した魔物は雑魚だったので、ユッカが戦っていないという記憶すら残っていなかったらしい。
確かに出てきた魔物はロゼの魔法とか、ディオスがさっさと倒していたからユッカの出番がなかった……と受け取られたとしてもおかしくはないが、自称荒事が得意ではないディオスですら護身はできるから、それを基準にされたとしてもユッカはそれ以下であると思ってもらわないと困る。
「空を飛んでいくにしても……なぁんかヤな予感するんだよねぇ」
「いつから相手が空を飛べないと錯覚していた? とかそんな感じで?」
「ありそうといえばありそう」
窓から見える範囲の球体人形たちは、決して微動だにしないというわけでもなかった。
時折きょろきょろと周囲を見回すような動きをしているのもいる。
顔のパーツはないのでこちらが見えているのかはわからないが、しかしそういった動きをしているというのなら、恐らく何らかの方法で相手を察知できるのではないか。
そんな風に思ったからこそ、ユッカは注意深く窓の下の球体人形たちを観察していたのだが。
突然数体の球体人形の背中から、にょきっと羽が生えた。
アーロスのような羽とは違ってとても飛べそうな感じはしない。なんというか硬質な感じなので。
これがジェットみたいに火を噴いているだとかであれば飛べるとユッカも思っただろう。
けれども木で作られた羽の形をしただけのもの、にしか見えないので飛べるとは思っていなかった。
「うわ嘘飛んだ!?」
だがしかしそんなユッカの想像は一瞬で砕かれたのだ。
バサッ、と羽音を立てるでもなくふわっと飛んだのだ。そうして周囲を飛び回り、その中のいくつかが――
「あ、気付かれた」
目が合ったわけではない。球体人形に目はなかったので。
それでもユッカは目が合ったと感じたし、こちらに気付いたと理解できてしまった。
「ロゼ!」
「うわ、こうなったら外に出た方がいいかも!」
室内にいても、窓をぶち破って奴らが侵入してくるだけにしか思えず、ユッカはロゼを抱えて急いで部屋を出た。
「カンカンカン! 朝だよ起きて! ディオス! アーロス!」
お玉とフライパンがあればそれを打ち鳴らすところだったが、生憎今片腕でロゼを抱えているのでそんな事をする余裕もない。
かわりに二人が寝ているはずの部屋のドアをもう片方の手で激しくノックして、声をかけるだけかけて階段を下りていく。
「おはようございます、ユッカさん」
「あぁうんおはよう。状況どこまで把握できてる!?」
うっかりすると階段から転げ落ちそうな勢いで移動していたのに、部屋から出てきたディオスが優雅な足取りで並走してくる。恐らくは既に起きていたのだろう。アーロスも少し遅れて部屋から出てきて、後ろからユッカたちを追いかけてくる。
「おいおいおいアレなんだよ!?」
「知らないよ! え、あれクークラの手下とかそういうのじゃないの!?」
「生憎記憶にない!」
「誰も有力な情報持ってないの草」
普通こういうのって、誰かしら何かの情報を持ってるとか、そうでなくても敵側の誰かが名乗りを上げるものではないのか。
いやそれは創作の世界だけで実際わざわざそんな事する必要は無いのか……なんて頭の片隅で考えながらも、ユッカは外へ出るために扉を押し開けた。
外に出た時点で、球体人形たちに包囲されているのはわかりきっている。
だからこそ、外に出ると同時に――
ドォン!
ロゼが放った魔法で目の前の球体人形たちが吹っ飛ぶ。
口なんてない球体人形から、悲鳴が上がった。
けれども足を止めている余裕はない。
ディオスもまた続くように魔法を発動させて、ロゼがぶちかましていない方向の人形たちを薙ぎ払っていく。
「……っ!?」
先頭を走るユッカはだからこそ気付かなかった。
何かに気付いたようにアーロスの顔が青ざめていた事など。
一瞬足を止めようとしたアーロスだが、しかしすぐさま思い直したように動き出す。もし動くのがあと一秒遅ければ、魔法の一撃を食らっていなかった人形がアーロスの身体に飛びついていたかもしれない。
けれども動き出した事で飛びつこうとしていた人形は、アーロス自身によって振り払われた。見た目に反して軽かったのか、呆気ないくらい簡単に人形は弾かれて壁に激突した。
「アー……ロ、ス……」
激突した人形の方を弾かれたように振り返ったアーロスは、くしゃりと表情を歪めはしたが――
足を止める事なく駆け出していた。
「――村の皆だった」
追いかけてこないところまで逃げて、そうしてようやく足を止めたところで。
アーロスは沈んだ声で告げた。
「村の皆」
「恐らくは」
そしてユッカは今しがたアーロスが告げた言葉を意味を理解していないような声音で繰り返す。
「あんな見た目じゃないのは当然なんだが、しかしそれでも。
声、が……」
「外法でしょうか。魂を抜き取り別の器へ移す、とかそういう」
「わからない……」
ディオスが顎に手をやりながら言うも、アーロスは力なく首を横に振るだけだ。
「朝から情報量が馬鹿みたいに多すぎる」
朝食もまだだというのに食事内容ではなく現在の状況が重たすぎるという事実に、ユッカはリュックから椅子を取り出し座った。
立ちっぱなしも疲れたし、かといって地面に座り込むのもイヤだったので。
そうして背もたれに身体を預けるようにして、何とはなしに空を見上げる。
「……なんか建物っぽいものが見えるんだけど」
遠くの方に木々が並んでいるが、更にその先に、ほんの少しだけ建造物のようなものが見えている。
ユッカたちが逃げた先が来た道を引き返す形となっていたのなら最初の塔だと思ったが、しかし今ユッカたちがいる場所はそうではない。
一つ目の塔が見えるはずがない方角だった。
「もしかして、二つ目の塔、ですかね……?」
「高い建物がある別の町の可能性もあるけど……とりあえず次の目的地にしてみるのは有りなんじゃないかなぁ」
どのみちいつまでもここにいても何も解決しないのは確かだ。
かといって、引き返すという選択肢もない。
あの球体人形たちと友好的な関係が築けるとはとてもじゃないが思えなかったし。
撒いたとはいえ、根気強くユッカたちを追いかけていたのならここでのんびりしていても追い付かれるかもしれない。追い付かれたが最後、数の暴力でやられる気がしないでもない。
ロゼの魔法で全部ぶっ飛ばすにしても、あれが全部という確証もないのだ。
ロゼの魔法は頼りになるが、それに頼りすぎていざという時にロゼが疲れて動けなくなったら最終的にユッカの身も危険なのだ。
護りの魔法があると言えども。
「あんまのんびりしてらんないんだけどさ。うん、でも……
まずはさ、ご飯食べよ?」
この先何があるかわからない。
そうでなくとも起きて早々に逃亡劇を繰り広げる事になったのだ。
この先意外と安全かもしれないが、そうじゃなかった場合を考えたのならば。
空きっ腹のままなのはとてもよくない。
そうでなくともユッカはきっちり朝食を食べる派なので、このまま移動を続けるとなると恐らく途中で「もう駄目動けない」なんて事にもなりかねない。そのもう駄目、なタイミングが来た時に敵襲が重なるような事態になればある意味で詰みである。
「そうですね、いざという時に力が出ないのは困ります」
「そうだな。俺もそれに賛成だ」
あの球体人形たちがアーロスの知り合いである可能性が出てしまったせいで、アーロスの顔色は最悪だったけれど。
しかしそれでも二人はユッカの提案に反対などしなかった。
なんだかこの世界にいるだけで、野宿がどんどん得意になってしまいそうな気しかしないな。
内心で思いながらも、ユッカはもう既に慣れた手つきでリュックから物を取り出したのである。




