それは今じゃないんだわ
木々に囲われるかのように、塔は存在していた。
クークラが城って言ってた? でもどう見ても塔だもの。
そんな気持ちでユッカは塔の頂上を見上げた。
「結構な高さあるね」
ユッカは正直この世界の文明レベルがよくわかっていない。
そもそも魔法があるので、なんていうか自分の所よりも便利なところもあるくせに、でも不便な部分もあるから比較しようにもしきれないのだ。
少なくともユッカの身近にこれだけの高さの建物はなかった気がする。
都会の高層マンションくらいあるかな……いやでもそれよりはちょっと低いかも……?
そんな感じで脳内で知っている物と比べてみるが、言える事と言えば。
エレベーターとかなさそうだし、って事はこれ上まで自力でのぼっていかなきゃいけないって事だよね?
うわ、だる……
これである。
そもそもの話、学校の階段も面倒な時があるというのにその学校の高さを軽く超えている時点で憂鬱になってもおかしくはない。
えー、マジで行くの? いやまぁ、行くしかないんだろうけれどもぉ……という気持ちのまま、ともあれユッカは一歩を踏み出した。
塔の周辺に鉄柵があるだとか、囲いがあるだとか、そんな事はない。
木々に紛れるようにして、自分もその一つですとばかりに存在しているので。
もっとも、紛れるようにしていても紛れきれてはいないのだが。
ただこの辺りはあまり人が来ないという話だし、そういう意味では紛れていると言えるのかもしれない。
塔の入口であろう扉は両開きになっていて、不用心にも鍵はかかっていなかった。
閂とかされているかと思ったのに押したら簡単に開いたのである。拍子抜けだった。
「開ける前にクークラが出てくるとか、そうでなくとも開かないから開けるための方法を探し回るとかあるかなって思ったのに」
「普通であればそうかもしれませんが。
単純にその必要がないからではありませんか?」
ディオスに言われて、ユッカは少しばかり考える。
「まぁ、そう、かも?」
鍵をかけていたとしても、ここに来た相手が物騒な相手なら魔法で強行突破とかするかもしれない。そうなれば最初から開けておいた方が扉を壊される心配はしなくても済む。
強行突破とかいう物騒極まりない方法じゃないだけマシかもしれないが、それでもこの階段を一歩一歩自らの足でのぼっていかなければならない、という事実は変えようがない。
鍵を探し回ってそれから開けて、そして階段へ……なんて事になっていたら、探し回った段階で疲れていてもおかしくはなかった……かもしれない。
体力を余計に消耗しなくて済んだ、と思う事で少しでも気持ちを誤魔化しつつ、ユッカは階段をのぼりはじめた。
塔の中は至ってシンプルで、パッと見て目をひくような物はない。
せめてなんかこう……あれよ、と思うも本当に何もなかった。シンプルの極み。
壁画とかなんかこう、目を楽しませるものとかあってくれれば階段をのぼるのも少しは気がまぎれただろうに……と本気で思う。
ユッカは自分の世界でゲームをする際、実際外を移動するタイプのやつを遊んでいた事もあって歩く事にそこまでの抵抗はないけれど、段差は別だ。
確実に段差分の高さは足をあげなければならないので、歩く以上に疲れが早々に出るのがイヤだった。
足の筋肉とかとりあえず鍛えられそうな気がしないでもないけれど、実際どっちかっていうと鍛えられるより膝を痛めそうな気がして率先して階段を使うくらいならその分平坦な道を長距離歩く方がマシ、という思考である。
塔の中に入った直後、何もないと思ったが広いわけでもない。
中央に階段が螺旋を描くように伸びていて、そこから所々の階層に細い通路が伸びている。その先にいくつかの小部屋と思しきものがあるので、最上階から転落したとしてどこかの通路に引っ掛かりそうではあるけれど、まぁ普通に落ちたら死にそうな感じである。
ついでに、一直線にてっぺんが見えないという事は、魔法で飛んでばびゅんとショートカット、というのも難しいと言う事に他ならない。
エレベーターとかあれよ、それかエスカレーターでも可。
そんな事を思いながらも、とにかくのぼっていく。
正直四階くらいまでの高さなら学校でも移動していたからまだ我慢できるけれど、それ以上となるととてもキツイ。
「てかさ、アーロスは羽あるんだから飛べるんでしょ? 私たちの事は気にせず先に行ってもいいんだよ?」
「それで一人で先行して上で何かあった時、対処できなきゃ困るだろうが」
「まぁそれもそう」
「お前らに合わせて俺も階段でいくから気にすんな」
「それを気遣いと言っていいのか悩ましいところよね」
ユッカがそんな風に言った時、既にそれなりに上のほうまで来ていたし、ついでに息切れもしていた。あともう既に足が疲れている。
疲れてきたから、途中の小部屋とか調べるついでにちょっとだけ休んだりしたけれど、階段をのぼりはじめた時点で休憩して回復した気がした――と思ったのはやっぱり気のせいだったと知る。
「正直キッツイ……」
「もう少しで最上階ですよ、頑張って下さい」
ユッカの後ろからディオスがそんな風に励ましの声をかけてくるけれど、なんの慰めにもならなかった。
弱音を吐こうとも行くしかない。
心の中は愚痴でいっぱいだが、実際はぜぇはぁと呼吸で精一杯。
そんな状況で。
それでもやっと最上階へとたどり着いたのだ。
ドーム状になっている天井と、中央にある台座。その台座の上には淡く輝く球体が浮いている。
「え、何これ」
いかにも何かのスイッチです、みたいなものがあるけれどそれだけだった。
「ここってクークラのお城なんだよね? 城……? これが?
完全塔やん」
しかもここに来る途中の小部屋にもクークラはいなかったし、てっきりいたとして最上階だとばかり思っていたのにここにもいない。
「あら、アタシのお城に来たかったの? 残念ねここは違うわ」
ユッカのそんな呟きに、ロゼやディオス、アーロスが何かを言うよりも先に。
「クークラ!?」
紛れもなく先程聞いたクークラと同じ声がする。
周りを見るも、しかし姿はない。
「えっ、城じゃないの!? まぁ確かに塔だから城じゃないって言われたらそれはそうなんだけど」
「違うわ。これはアタシのお城を守る防衛システムよ」
「わざわざご丁寧に答えてるけどいいのそれ」
今のところ明確に敵対しているわけではないが、それでも味方でもなければクークラとは友達ですらないのだ。
それなのにそんな情報を与えてしまっていいの? という気しかしない。
「防衛って割に、私たちが入っても何も起きてないんだけど」
言いながら、クークラの姿を探す。声がするならいるはずだと思っていたが、そうではなかったと知るのは直後の事だ。
台座の上で浮かんでいた球体にうっすらとクークラの顔が映し出されている。
ふふん、とどこか得意げなクークラは余裕たっぷりに告げた。
「そろそろ来ると思ってたのよ。今回は仲間を引き連れているものね。ねぇ? アーロス。
もうみぃんないないのに、無駄な努力、ゴクロウサマ」
「いない……?」
「そうよ? 避難した連中はもうみんないないわ」
何人かは他の地区に逃げ出したみたいだけど、それ以外は死んだわ。
なんてあまりにもあっさりと言われて。
「……えっ!?」
理解が追い付くまでに、数秒かかった。
理解したと同時に、思わず裏返った声が出る。
「実はね、以前からフラワリー地区に目をつけてはいたんだけど、あの土地は護りの力が強いから。
流石はお母様よね。でもそこに邪魔な奴がいたのがいただけないわ」
何が何だかわからないユッカを置き去りにクークラはそのまま話し出す。別にユッカが聞いていても聞いていなくても、きっとどちらでも良いのだ。ユッカ以外の――ロゼやディオス、アーロスまでもが話を聞いていない、となれば少しくらいは怒るなり、話を聞きなさいよ! なんて反応をされたかもしれないが、どちらにしてもこの場にクークラが直接いるわけではないので、誰がどんな反応をしたところで構いやしないのだろう。
「でも、そんな邪魔者の魔女も崩落させてやったから、消えたわ。これでアタシこそがお母様の唯一の娘で、後継者になるの!
あぁ、でも。
それだけじゃ足りないなんて思われたら困るから、確実にフラワリー地区を完全に落とすつもりよ。お母様の護りの力がかけられているあの地区を落とせば、アタシの実力もハッキリするもの」
「ふ、ふざけるな! マギサリュクレイアの娘はただ一人! ローザローゼシカだ! お前なんかじゃないッ!!」
「何よアンタ。ただの猫の分際で。まるであいつを知ってるみたいな口振りだけど」
「お前よりは知ってるさ。お前が一体どんな手段を用いてあの場所を崩落させたかはこの際どうでもいい。
けど、あの魔女はそんな簡単に死んだりしないッ! きっと生きてるし今頃は崩落から脱出したに決まってる!!」
まぁ脱出は確かにしているんだけどね、とユッカも内心で相槌を打つ。
「だったら、いずれあいつがここに来るかもしれないってわけ。ふぅん? どうかしら。来ないと思うわ。
仮に来たところで、もう準備はできてる。
アタシはこの地区のエネルギーを集めて、それをフラワリー地区に全てぶつけて落とすつもりよ。
それまでに果たしてあの魔女が来るかしら? 無理じゃない?」
「たとえ来なかったとしても、だったらボクたちが止めてみせるさ!」
ヴー、と喉奥から威嚇めいた唸り声がする。
この場にクークラがいたのなら、きっとロゼはユッカの肩から飛び降りて直接襲い掛かっていたに違いない。そんな雰囲気が確かにそこにはあった。
「へぇ? 止めてみせるの? ふぅん? できるものならやってごらんなさいな。あんたたちごときがこのアタシを止められるとは思わない事ね!」
思い切り嘲った表情で言い放つクークラに、ロゼは「望むところだ!」なんて叫んでいる。
「じゃあいい事教えてあげる。アタシのお城を守っている塔は四つ。セキュリティを解除すればアタシのお城への道は開けるわ。精々がんばりなさい。
あんまり遅いと、この地区諸共フラワリー地区が落ちる事になるから急いだ方がいいわよ~。キャハハ」
言うだけ言って、球体に映し出されていたクークラの顔が消える。同時に声も聞こえなくなった。
「ぐぬぬ、ユッカ! 急ごう。あいつの思い通りになんてさせてやるもんか!」
「あ、うん。そうだね」
この状況で「いや」とは流石に言えない。
むしろこのまま放置していたら、この地区も危険だしフラワリー地区も危険である。
その二つの地区だけが危険に晒されて終わるならまだしも、絶対にそれだけで終わるはずがない……とユッカの勘が囁いているので、ロゼがやる気になっている以上行くしかないのだろう。
当事者の一番近くにいるけれど、気分的には蚊帳の外である。
言いたい事がないわけではない。けれども、今それを言えるはずもなかった。
何故なら……
(四つの塔をどうにかしてお城に乗り込む? はぁ!? ゲームのギミックとかにもよくあるタイプだけど、そういうのは中盤から終盤にかけてのものであって!
こんな旅立ち初っ端の序盤も序盤でやるもんじゃねぇんだわ!!)
叫んだところで、意味を聞かれても困る内容なのだから。




