それはただの自称
物陰に隠れて様子を窺っていたらしき人物には、羽が生えていた。
フラワリー地区で既に羽の生えた人を見ているので、ユッカとしてはそこまでの驚きはない。
けれどもやはりユッカにとっては馴染みのない存在なので、つい物珍しそうに見てしまったのも否定できなかった。
茶色い羽を持つ鳥人。年の頃は若く見積もっても二十代後半くらいだろうか。ユッカの目には少なくともそれくらいに見えた。けれどもロゼの話をふんわり聞く限り、こちらの世界の人は大半が長寿である。
もしかしたら二十代どころか百を超えてる可能性もありそうだなぁ……なんて、ユッカは漠然とそう思ったのである。
若々しい雰囲気というよりも、どこか疲れ果てた雰囲気のせいかもしれない。
どうして隠れていたのか、というのはクークラを知っているのなら、隠れるだろうと納得はできた。
彼女がこの村で破壊活動に出るのなら、止められないなら巻き添えを食らわぬよう隠れるか逃げるかするはずだから。
ユッカたちを隠れて見ていたのは、敵か味方かわからないので様子見、と言われてしまえばそれも納得はできる。
ユッカだって事情も状況もわからないうちから誰彼構わず助けを求めるつもりはないので。うっかり助けを求めた相手がとんでもない悪党だった場合、ユッカが詰む。人生も命も。
そういう風に考えれば、男が隠れて見ていた、というのは別におかしな話ではない。
隠れている事に気付いたロゼの声にすぐさま出てきたのも、こちらと敵対する意思はないのだという証明に一応なるだろうか?
ロゼの言葉を無視して隠れ続けた場合は攻撃を仕掛けるタイミングを窺っていると見られてもおかしくないので、敵認定されても仕方がないと思うが、出てきたというのなら今のところは敵対する意思はない、と見ていいだろう。
男はアーロスと名乗った。
一応、この村に住んでいたらしい。
「あいつが度々訪れては村を破壊していくものだから、村の連中はとっくに逃げだした。当然だがな」
「それはそう」
何度もやってきてその都度破壊活動に勤しまれるというのなら、そりゃ逃げる。
立ち向かうにしても、勝ち目がなければ立ち向かったところで無駄死にする可能性が濃厚すぎれば、余程の事が無い限りは逃げ出すだろう。
住み慣れた場所を立ち去るくらいなら……と半ば自棄に近い感情で残る者ももしかしたらいるかもしれないが。
「だが、逃げるにしても急だったからな。見ればわかるだろう? 荷物が結構残っていた」
「それは確かに」
確かになんというか、人が住んでいた気配はまだそこかしこから漂っている感じはするのだ。
家財道具も何もかも持って逃げたならともかく、そうでもなかった。
壊れた家――と言っても全壊ではないため中が見える家などは、壊れた壁に潰されたであろう家具が見えたりしているのだ。
本当に、少しの荷物を持って大急ぎで逃げるので精一杯だったのだろう。
「俺はちょこちょこここに戻ってきて、持っていけそうな物を運んでるわけだ。他の連中にも声をかけたが……以前最悪なタイミングであいつと出くわしてな。怪我をしたのも出たせいで、今では俺しかここには戻ってこなくなった」
そのせいで、持っていける荷物には限りがあるんだけどな、と言われてユッカはロゼのリュックみたいな魔法は一般的ではないのだな、と察したのである。
異世界であまりにも当然のようにほぼ無限収納リュックがあったからとて、それがイコール一般的とは限らない……いやまぁそうなんだろうけれども……と内心で思いながらも、ユッカは、
「じゃあ、ここにいた人たちはあまり遠くまでは行ってないって事?」
「まぁ、そうだな。場所は教えらんねぇけどよ」
「ま、そだね。私たちがさっきのクークラの仲間じゃない、ってそっちからすると確証は持てないだろうし」
ユッカたちはクークラの仲間ではない、と言い切れるけれど、しかしアーロスにとってユッカたちは今しがた出会ったばかりの他人である。信用も信頼も何もない状態で、信じて! なんて言ったところで信じられないのは当然だった。
ユッカだってアーロスの立場だったなら、確実に信用なんてしない。
……そもそもユッカがアーロスの立場だったら、さっきの時点で姿を見せてもかなり距離をとっていつでも逃げられるようにしていたかもしれない。ユッカはさておきアーロスには羽があるからいざとなったら飛んで逃げられるからこそ、彼はそれなりに近くに出てきたのかもしれなかった。
「じゃあそっちはいいよ。聞きたいんだけどさっきのクークラ、あいつの根城ってどこにあるか知ってる?」
「おいおいまさか行くつもりか? やめとけ。村の連中も何人か血の気の多いのが向かったけどな、ズタボロになって帰ってきたぞ。命が惜しけりゃ行くな」
「普段なら言うとおりにするんだけどね……でも今割と色んな事情を抱えてるもので……」
肩を竦めてやれやれ……みたいなポーズをとりながらユッカは言う。
詳しい事情は言えなくても、それでもあいつは明確にローザローゼシカを狙っていたというのが発覚している。
悪名高き、なんて言っていたがユッカからすればその悪名はあのクークラがこれから広めて回るようにしか思えなかった。
ローザローゼシカを倒した、というのがどうにも自慢のようではあった。
であれば、あれは暴れまわってそのたびに武勇伝のように語る可能性が高い。
クークラの被害に遭った者の中で、ローザの事を知らない者からすればローザがいなくなったせいであのクークラが暴れまわってこちらが迷惑している、と思う者だって出ないとも限らないのだ。
ローザもあのクークラの被害者のようなものであっても。
(例えるのなら、そう……不祥事起こして炎上した会社と似た名前の無関係なところに炎上した会社のクレームが押し寄せるみたいな。名前が似てるってだけでそんな迷惑が発生するんだから、あのクークラがよそで暴れてそのたびローザの名前を出したら、まるでローザもあのクークラと同類みたいに思われるかもしれない)
フラワリー地区にいた時は、クークラの事はまだほとんど知らなかった。
だからロゼも気にしてはいても、ユッカを帰すために必要な材料集めの方を優先したのだけれど。
こうしてルボワール地区に来て、そしてそこでローザの家周辺を崩落させたとかいう、ある種の元凶が現れた以上無視するわけにもいかない。
ロゼがそれを良しとしても、ユッカだって気にはなるのだ。
ローザを倒してこれでおしまい! とクークラが大人しくしているのならいいが、間違いなくそんなわけもない。名を広めるとか言ってたような気がするし、であれば他の地区に出向いて暴れる可能性はたっぷりと存在している。
「ロゼ、こうなったらまずさっきのクークラの件を片付けよう。材料集めはそれが終わってから再開すればいいよ」
再開も何もまだ始まってすらいない、と内心で突っ込みつつも、ユッカは肩の上でまだどこか悩んだ様子のロゼにそう告げた。
「いいの?」
「いいよ。だってここで放置したところで、他の地区でまた遭遇しそうな予感しかしないし」
「それは確かに」
「だったら早いとこ片付けた方がよくない?」
「その通りだね」
ロゼも納得したようなので、ユッカはよし、とばかりに頷いた。
そんなやりとりを不思議そうにアーロスは見ていたが、そういうわけで情報プリーズ! とばかりな目をユッカが向けたことで。
「……死んでも俺は責任とれねぇぞ」
しぶしぶ、といった感じではあったが、とりあえずアーロスは語り始めたのである。
「ま、そう言っても俺たちが知ってる情報なんてたかが知れてる。
あいつはある日突然現れて、自分こそが大魔女の系譜であるとかなんとか言ってな。そこかしこで暴れまわってた」
「大魔女?」
「魔女なんて珍しくも無いと思うが更にその上をいくなんかすごい存在なんじゃないか? 俺は知らん」
確かに魔女はいる。ユッカの肩の上に。
そしてユッカ自身もソルシエルロスという種族を偽装しているので、自分も魔女として世間では見られるのだろう。
魔女という言葉に大をつけただけではあるけれど、それがどれだけ凄いものなのかをユッカは知らない。
ロゼも首を傾げているようだったので、もしかしたら大魔女というのは魔女にとっても一般的な情報ではないのかもしれなかった。
ついでにディオスの様子を窺ったが、ユッカには何もわからなかった。
目は口程に物を言うと言われるがディオスは目隠しのせいで表情の変化などがほとんどわからないのだ。口元などで笑っているかどうかの区別はつくけれど、大魔女、という言葉を聞いた時に失笑したとかでもないので実質無反応。
アーロス本人も大魔女についてはわかっていないようなので、クークラが単純に自身の凄さを誇張して知らしめるとか、そういう意味で言っているだけなのかもしれない。
小学生低学年キッズがとりあえずスーパーとかアルティメットとか使うようなノリの可能性も出てきた。
「大魔女はさておき系譜って……? なんか繋がりがある誰かしらがいるって事なのかな?」
「あぁ、それなんだが、マギサリュクレイアの正当な後継とか言ってたような……?」
「は?」
一人で言っているだけなら系譜も何も……という気持ちでユッカとしてはそこまで深く物を考えて言ったわけではない。その言葉にアーロスも軽い口調でこたえた。
重く低い声は、ユッカのすぐ近くでした。
ロゼである。
「本当にマギサリュクレイアって言ったの?」
「お、おう……確かそんな名前だったぞ……?」
じとっとした目を向けられたアーロスは黒猫相手に思わずたじろいだ。
「そう。ちょっとじっくり話を聞く必要がありそうだね」
「ロゼ?」
どしたの? なんて聞きたくても踏み込める雰囲気ではなくて。
確か少し前にロゼが言っていたお母様の名前ではある。あるけれども……
「じゃあ、やっぱりクークラの言うお城とやらに行くしかなさそうだね」
空気を読んでユッカが言えたのは、これだけである。




