旅の仲間仮
戻ってきた直後はディオスがとった宿で早々に休む事になったけれど。
よくよく考えればユッカにとって初めての異世界での人里である。
一応見学しておいて損はない、と思った事でともあれ町を見て回る事にした。
結果としてユッカは、本当に人間はいなさそうだな……となったのである。
一応人型ではあるけれど、確かにユッカの思う人間とは少しばかり異なっている。
目や髪の色が特殊、くらいではそこまで思わないかもしれないが、たとえば動物の耳が生えていたり、尻尾があったり。羽があったり、光の輪があったり。下半身が蛇みたいな女性もいたし、そういう異形に近しい存在も平然とそこらを闊歩しているのである。
普通に考えて、言葉が通じるのも妙な話だな……なんて思う。
そもそも異世界なのだ。使われている言語がユッカの使っている日本語であるはずがないのに。
召喚した時にそこら辺調整とかされてるんだろうか……?
勇者召喚系作品だとそうだったよな……
そんな風に思わないととても納得できないし、そもそも説明されたところで理解できる気はしなかった。
人違いで召喚された挙句、ロゼが本来呼ぼうとした相手は地区が異なるとはいえ同じ世界の住人なのだから言語調整も何も……という部分は意図的に目を逸らしておく。
考えれば考えただけ深淵を覗き込む羽目にしかならないので。
自然界にはあり得なさそうな色合いの髪や目の色をしていたり、肌の色だって度肝を抜かれるようなカラフルな人もいる。
ハロウィンの仮装コスプレなんて目じゃないぜ、なんて内心で思いながらも、ユッカは一通り町の中を見て回ったのだ。
人の雑多な感じと多様性って言葉がそもそもあるかもわからないくらいのごった煮感。
まさしく異国にやってきた、という感覚。
人の種族が実に幅広い、というのはちょっと外を歩いただけで充分すぎるくらい理解してしまったが、町並みはどちらかといえばおとなしめであった。
それこそゲームで旅の途中で立ち寄った、特にこれといった特徴のない町、みたいな印象が強い。
建物は奇抜な形状をしているものがないし、そこらにいる人を見なければ西洋の平凡な田舎にありそうな町、くらいに思えてくる。
だがしかし道端で露天を開いている人たちを見る限り、売られている物は異世界だなぁとしか思えないわけで。
(なんていうかちぐはぐな感じがするなぁ……)
一周回って変わったアトラクションの中にいるみたいだ。
葡萄みたいな髪型をした女が売っているのは、やけに黄色が目立つ果物――と思しき何かだった。
食べてく? と聞かれたが先程食事を済ませたばかりだったのでユッカは首を横に振ってそそくさとその場を離れた。
黄色い色がペンキで塗ったみたいにのっぺりしていて、食べ物という感じがしなかった、というのもあるが……
(あれなんか虫に見えたんだよなぁ……クモみたいな。流石に虫じゃなかったとしても、ちょっと食べるの勇気いるわ)
声に出すと流石に店の品物に文句をつけていると思われそうなので、内心で思うだけに留めておく。
あんな見た目のポ〇モンいたよな……とか思うが、意図的にそのビジュアルは脳内から振り払った。今後ゲームをした時にそのポケ〇ンをマトモに直視できなくなりそうだったので。
何もユッカは虫全般が駄目なわけではない。
イナゴの佃煮とかハチノコとか、タガメサイダーとか。
そこら辺は口にした事だってある。まぁ好き好んで率先して食べたい、ってわけでもなかったが。
好きな人は好きなんだろうな、とは思うがそれが自分に当てはまらない。ただそれだけ。
けれども、異世界に来た以上、向こうにない食材ばっかりしかない、なんて場合もあるだろうから、見た目がどうこうで食わず嫌いをするわけにもな……とはこれでも思っているのだ。
ご飯を食べなくても問題ない状態になっているならともかく、そうではないのなら、いずれはああいった食材に手を伸ばす事もあるのだろう。今はまだちょっと覚悟が足りていないけれど。
この先どうなるかわからないので、いざという時のための食料は多めに買い込んでおこう。
そう心に決める。
リュックの中は空間拡張魔法がかかっているらしく、見た目以上に――本当にシャレにならないくらい大量に物が入る状態になっていた。
更にはリュックの中では時間が止まっているらしく食べ物も傷む心配がないとの事。
魔法って、すげー。
と何度目かもわからない感想を抱きつつも、ユッカはロゼから渡されたお金でもって買い物もしていた。
幸いにしてユッカの世界にも存在する食料があったのでそちらを主に買い込んでおく。
いざという時馴染みの食材があるかどうかは大分大きい。知らない食材ばかりの料理でも、その中に一つくらい知ってる材料があれば多少は安心でもある。
ところでユッカは宿を出る直前で、ロゼからチョーカーを渡された。
正直そういったアクセサリーをつける事はなかったので思わず戸惑ったが、ロゼ曰くこれはリュックの中身を自在に取り出せるアイテムなのだとか。
確かに毎回物を取り出す時にリュックを下ろして、手前に移動してから中身を出すのは手間な事もある。
野宿の準備など、多少時間に余裕がある状況であるならそれでも問題はないけれど、そんな余裕もない切羽詰まった状況ではその行動が命取りになる事だってあるかもしれないのだ。
チョーカーについた小さな石が魔法石らしく、それによってユッカが魔法が使えなくても物を取り出す、という点では魔法みたいにパッと取り出しが可能になるのだとか。
その説明を聞いて思ったのは、ゲームのキャラが戦闘になった途端どこからともなく武器を出す、みたいなアレか……である。
ユッカの知識の大半は漫画やゲームから得た物なので、どうしたってそういう風に考えがち。そういう知識がなければ異世界召喚された時ももっと慌てふためいていたに違いない。
リュックを毎回下ろさなくても、チョーカーからも道具を収納できると言われたが、それを見た奴にチョーカーを奪われるような事になるとそれはそれで大変な事になりそうなので、町中で物をしまう時はリュックを毎回下ろしていた。ロゼからも当然のようにリュックを下ろす必要ないのに? と首を傾げられたけれど、ユッカが思いついた嫌な可能性を言えば、無いとは言えないかも……と大変恐ろしい同意をされてしまったので。
チョーカーはあくまで飾りですよ、という風に装う事を貫き通すと決めたのである。
決意はもっと別の形でやれ、と思ったがそれはさておき。
町の中のあちこちを見て回って、時々ロゼに小声で気になったモノの質問をする。
魔法があるからか、生活水準はユッカが暮らしている世界とあまり大きな差はないようだ。
思い返すと宿での夜も、電気みたいな灯りがともっていた。町中に井戸がどん、とあるでもなく、どうやら水道もあるらしい。
自分が住んでいた所と仕組みが多少異なりはすれども、生活をする、という点においてはそこまでの違いが無いように思えた。
まぁ、魔法があるので物を大量に収納だとか、空間から空間を越えるみたいなやつだとか。
自分の世界ではそれこそまだまだ実現不可能な事も平然と存在しているのだが。
進化の方向性の違いってやつね……とまるで音楽性の違いみたいなノリで雑に納得しておく。
何故ならユッカはそこまで賢くないので、いざ理論だのなんだのと考えたところで理解できないので。
大雑把にこんな感じかな? と自分の中で納得するくらいならどうにかなっても他人に理解できるように説明しろと言われると無理。
そんな風に自分の世界との違いを見て驚いたり感心したり、割と純真に楽しむくらいの気持ちだったのだが。
どんよりとした様子のディオスを見かけて思わず声をかけていた。
「どしたん? なんかあった?」
「えぇ、それが……」
目を隠しているにも関わらず全身から落ち込んでいますというオーラが漂っているせいで、きっと表情なんかも困り果ててる感じだろうな、と思えるディオスはユッカの見た通り困り果てているらしく、どこか乾いた笑いを漏らす。
「依頼が取り下げられまして」
「うん。うん?」
依頼、と言われてもすぐにユッカはわからなかった。
えっと……と記憶を思い返してみる。
そう言えば、ディオスは旅の路銀を稼ごうとして何か依頼を受けたんだったっけ……?
そう思い出してそこから魔女がどうのこうのという話題だったところも思い出す。
「この町で悪戯してたっていう魔女?」
「それです」
「依頼が取り下げられたっていうのは、もうその魔女が捕まったとか、この町の人たちと和解したとか?」
「いえ。どうやらその魔女、他の地区に向かったみたいでして。目撃した者曰く、もうここに用はない、と言っていたと……」
わざわざ他の地区にまで出向いて捕まえてもらう程でもない事だからこそ、依頼を出した者もそういうわけだから……とディオスに依頼の取り下げをしたようだ。
そういう意味では完全にディオスとしては無駄足である。
だが、だからといってじゃあ依頼を完遂してきてくれ、と言われてもそれはそれで困りもの。
前金が支払われたりしたわけでもないので、そうなるとその魔女を捕まえるために他の地区にまで出向き、その魔女を探し……となってはいつ終わるのかも予想がつかないのだ。
勿論、重犯罪者のような相手であるのなら他の地区に逃げたからといって追うのを諦めるなんて事もないのだが、町の住人が負った被害はそこまででもない。そこまでして追いかける必要性がない、というのが依頼主の言葉だった。
「なのでその、借りた宿代をお返しするのはもう少し待っていただいても……?」
「それは構わないけど」
答えたのはユッカではなくロゼだが、ディオスにとってはどちらが答えたかは然程の問題ではないらしい。
「なんでもその魔女を最後に見た人の話だと、邪魔者が消えた、とも言っていたという話なので……その魔女がまた戻ってくる可能性も低いのだと」
「邪魔者……?」
「恐らく、この近辺に住んでいたローザローゼシカではないかと」
「ん?」
「なんだかキナ臭くなってきたね」
ロゼの他人事のような言葉に突っ込みかけたが、しかし同じくキナ臭いなと思ったので否定もできない。
「この町で誰かが傷つけられたとか殺されたとかではないけれど、邪魔者が消えたって言ってたっていうのなら……まぁ、確かにそうなる、の……?」
確認するようにロゼに声をかける。
町の住人にはちょっとした悪戯の被害しかでていない。
であればその魔女の言う邪魔者は町の人ではないのだろう。
そして、ローザローゼシカの家の周辺は本来起きるはずではなかった崩落が発生している。
更に言うとローザローゼシカがこちらに戻ってきたという情報は今のところ存在しない。
当然だ。ローザローゼシカは猫の姿になって名前もロゼ、と名乗っているのだから。
なのでローザローゼシカの事をそこまで詳しく知らない者がその事実に気付ける可能性は低いだろう。
地区の一部分だけが崩落したというのも不自然だと思っていたが、それが人為的なものであるのなら、その不自然さも納得できる。
そしてそこで更なる事故が発生してローザがロゼになった、というのを知らなければローザローゼシカという魔女が崩落に巻き込まれ、そのまま崩壊した、と考えるのもおかしなことではない。
崩落した時に何らかの事故に巻き込まれて身動きがとれない状況に陥っていればあり得る話だ。
ローザが死んだと思っているのなら、別にそれはそれで放置でもロゼにとって今のところ問題はない。
生きていると思われているならまだしも、死んだ相手ならそこでこの一件は終了である。
だがしかしロゼには自分が狙われる心当たりというものがなかった。
「ちょっと気になるなぁその魔女」
殺そうと思われるような事をした覚えも何もないので、一体どこのどいつだという気持ちが芽生える。
「ま、でも危険な事に首を突っ込む気はないよ」
だがしかしロゼの今の目的はあくまでもユッカを元の世界に帰す事だ。それに関しては後回しでいいだろう。
「いいの? 本当に?」
なのでユッカにそう聞かれても、ロゼは「いいよ」とこたえるだけだった。
ユッカとしてはそれで本当にいいのかなぁ……? と思わないでもないのだが。
(だってこういうのってさ、私たちが必要としてるアイテム入手する途中で絶対出てくる感じじゃない? あくまでも漫画やゲームの中なら、って話だけど)
勿論ここは現実なので一切の無関係という可能性は普通にあるけれど。
たまたま、という可能性の方がむしろ大きいまである。
(考えすぎかなぁ……? 考えすぎかも)
なんでもかんでも疑うにしても、情報が少なすぎる。
「じゃあディオスの次の目的は? 路銀稼ぐにしてもなんか他にいい仕事ありそ?」
「それが全く。なので他の地区に行こうかと思うのですが」
ここでお別れだと借りた金も返せない、というような事を言われてもユッカとしても困ってしまう。
ロゼも気にしていない様子なので、いいよそれくらい、と代理でこたえるもののディオスは頑なだった。
「いえ、金銭に関する事であるのならこのディオス、なぁなぁにはできませんので」
「むしろそうやって行動を共にする間のお金が更なる借金になる可能性あるんじゃないかなぁ……?」
「利子含めてお返しするまでお待ちください」
「ひぇっ、ロゼ、この人なんでこんな頑ななの……?」
「知らないよそんなの」
――結局。
何が何でもしばらくは行動を共にするぞという勢いに負けて。
ディオスとはもうしばらく行動を共にする事となってしまったのである。




