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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「おまえを愛する事は無い」が最期の言葉でした

「おまえを愛する事は無い」


 寝室のドアに耳をすませていると、中からジェラルミン侯爵の声が聞こえた。やった! 

 本日ジェラルミン侯爵の妻となったフレイアはどんな顔をして聞いてるんだろう。返事は聞こえない。

 さらにドアに耳を近づけようとしたら、いきなりドアが開いてジェラルミン侯爵が部屋を出て行った。


 振り返りもせず、ずかずかと続きの部屋も通り過ぎて廊下に出て行く。


 寝室を覗いたら、ベッドの上にフレイアが一人残されていた。まだ17歳の伯爵令嬢。


「この家には無礼なメイドがいるのね」

 私の視線に気付いた夫に見向きもされなかった哀れな新妻が何か言ってる。

「ははっ! あたしはメイドじゃなくてレナの侍女のゼニアだよ。この家の事はあたしに任されてるんだ。舐めた事言わない方が身のためだよ」

 レナの名を聞いて、フレイアが眉をひそめる。


 ジェラルミン侯爵の寵愛を一身に受ける平民のレナ。

 酒場で働いていた時にジェラルミン侯爵に見初められ、五年前に侯爵の両親の急死と共に屋敷に迎え入れられた屋敷の女主人。実質の女主人はあたしだけどね。


「王命で侯爵と結婚してもらったあんたとは違うんだよ」

「あなた、王命の意味はご存知?」

「知ってるさ。王都に出て来た田舎貴族の娘がジェラルミン侯爵に一目惚れして、王様に泣きついて結婚させてもらったんだろ?」

 結婚と言っても、式もパーティーも無く結婚届にサインをしただけだ。その結婚届も、果たして家令のファランクスは国に提出しているのかどうか。


「今さら後悔しても、王命じゃあ実家に逃げ帰る事もできないよね。哀れなこった」

 あたしは気分良く寝室のドアを閉めた。




 翌朝のフレイアの朝食は、シェフ渾身の激マズ料理だった。

 洗面の水にはカエルをトッピングしておいた。


 あたしたち使用人は、メインダイニングで豪華な朝食を食べながらフレイアの扱いを話し合った。まあ、何をしてもいいんだから話す必要も無いんだけどね。

 面白いアイディアが次々と出てくる。

 ぜひ、全部試してみないとだね。



 あたしの家は貧乏な男爵家だ。領地も無く、長女のあたしが酒場で働いて弟や妹たちを養わなくちゃいけないくらい貧乏。

 酒場で仲良くなったのがレナだ。酒場で働くのに穢れを知らないかのような清純な美貌は、男性から好意を持たれ、逆に女性から反感を買った。

 貴族として無駄にプライドが高いため愛想が悪く、男女どちらからも相手にされてないあたしとは付き合いやすかったようだ。


 レナがジェラルミン侯爵に見初められた時、レナは「貴族なんて無理!」と逃げ腰だった。

 それをあたしが「あたしが貴族への振る舞いを教えてあげる」と、なだめて二人は付き合うようになったのだ。レナはあたしに依存し、あたしの言う事をきき、あたしがやるなと言った事はやらない。

 必然的にジェラルミン侯爵の私への評価は高まった。レナの侍女として屋敷に迎えるくらいに。


 レナやあたしを迎えることに難色を示した昔からいる侯爵家の使用人は、皆解雇された。

 家令も、ジェラルミン侯爵の学友だという頭の悪そうなファランクスに替わった。

 でも、そんなファランクスに

「面倒な仕事は俺が全部やるから、おまえはレナさんと好きにしていろ」

と言われて本当に彼に全部任せるジェラルミン侯爵も大馬鹿だ。

 ファランクスはしばらく悪戦苦闘していたようだが、あっさり諦めた。


 ジェラルミン侯爵はレナに溺れ、ジェラルミン侯爵家は新しい使用人たちが好き勝手にできる場となった。





 朝食後のフレイアは、庭を歩いていたら庭師が花に撒くはずだった水を頭から掛けられてプルプル震えていたそうだ。


 シェフ渾身のみすぼらしい昼食を持っていったら、

「これを出しておいて」

と、手紙と銅貨を渡された。

 早速実家に泣きつくつもりらしい。


 笑い出したいのを堪えて部屋を下がる。

 手紙は捨てて、銅貨はポケットに入れた。


 フレイアは午後は馬小屋を見に行って、馬丁に馬糞(ばふん)をかけられたそうだ。

 大量に購入した貴族用の高級菓子店のケーキを食べながら大笑いする。余ったケーキは皆で家に持ち帰りだ。

 

 

 夕食を運んだ時、フレイアはタオルで髪を乾かしていた。馬糞を浴びたので、自分で準備して風呂に入ったのだろう。

(みじ)めなもんだね」

 笑いが堪えられない。


 フレイアは怒った顔も、傷付いた顔もせず

「ゼニアの家族は、ゼニアがこんな事をしているって知ってるの?」

と言った。

 そんな事を言われたらあたしが良心の呵責を感じるとでも思ってんのか?

「残念ながら知ってるよ。『もっとやれ』ってさ」

 うちは金が無いんだから、金持ちの貴族から搾り取るのは当然の権利だ。

「そう……」

 何か言いたげなのに、感情を読ませない。貴族のそういう所がイラッとする。

 あたしは思いっきり力を込めてドアを閉めた。



 フレイアが廊下を歩くと、掃除をしていたメイドの手が滑って濡れた雑巾が顔に飛んで来る。

 フレイアの服は洗濯メイドが石にこすり付けて洗濯するのでボロボロになる。

 フレイアが庭を歩くと、下男が伐採していた木の枝が頭に落ちて来る。

 フレイアの食事はますます貧相になっていく。

 フレイアが書庫に入ると、家令がうっかり鍵を閉める。



「全然懲りていないな。なぜ酷い目に遭うとわかっていて出歩くのか」

 家令のファランクスがお茶を飲みながら(いぶか)しげに言った。

「そう言えばそうだねぇ。ずっと部屋に(こも)ってくれれば楽なのにさ」

 日に一度、二・三時間かかる皆のお茶タイム。

 今日も高級店のお菓子は美味しい。でも在庫が少なかったので、余った予算は皆で持ち帰りだ。


「暇だからじゃない?」

「いや、あれだよ。自分の味方を探してるんじゃない?」

 皆が好き勝手に推理する。


 あたしも考えてみた。

 フレイアが来て十日か……。

 あれから何度か手紙を預かった。もちろん全部捨ててる。

 一度中を見たら「空は高く、雲雀(ひばり)は鳴き甘く風は吹き………」とかなんとか、訳が分からない文が書いてあった。ファランクスに見せたら

「有名な詩だ」

と、言われた。何かの符牒かもしれないと言われ、ますます手紙を握り潰す事にする。

 もしかして、あたし以外に手紙を出してくれる人を探しているのかな。


「いやいや、味方じゃなく男を探してんじゃないのか?」

「違いねえ。侯爵様に相手をしてもらえなくて、体が(うず)くってか?」

 ギャハハと品の無い笑い声が響く。


 そうだ、こいつらにフレイアを襲わせて「不貞をはたらいた」って追い出すのはどうだろう。

 身も心もぼろぼろになって出て行くフレイアを想像するだけでワクワクする。

 あたしが口を開こうとした時、玄関のドアを激しく叩く音がした。


 お客だなんて珍しい。いつも門番が追い返してるからね。

 今はその門番がここでお茶を飲んでるんだから仕方ないけど。

「どれ、追い返してくるか」

 門番が立ち上がってゆっくりと玄関に向かった。



 間もなくして、全力疾走した門番が帰ってきた。

「王様だ! 国王様が何十人もの騎士団と来た!!」


 あたしたちは硬直した。


「ど……どうしたらいいんだい?」

 ファランクスに聞いても答えられない。だろうね、王様の接待なんてしたことないんだろ。

「アニータ! 急いでジェラルミン侯爵に知らせて! ファランクス! 王様を応接室に案内だよ!」

 あたしだって分からないから他の人にやらせる。

 名指しされた二人があたふたと動き出した。


 しかし、応接室を掃除したのって何年前だろう。どうせ客なんて来ないからとずっとほっといたんだけど……。

「埃が積もってて不敬と言われたら、メイドの責任だからね」

 それを聞いてメイドたちの顔色が変わったが、あたしには関係無い。



 ファランクスに案内されて王様と二人の護衛が応接室に入り、すぐに必死に駆けてきたジェラルミン侯爵が入室する。

 部屋から出されたファランクスと、話が気になるあたしたち使用人は、全然声が漏れてこないドアの前でたたずむしか無かった。



 そこに、軽い足取りでフレイアが来た。

 皆が応接室のドアを見ているので「ここにいらっしゃるのね?」とドアをノックしようとするので、慌てて止める。

 

「いいのよ。伯父様が私を迎えに来たのはわかっているから」

「伯父様……?」

「私の母は国王の妹よ。母がリロイ伯爵家に降嫁したのはあなたたちが生まれる前なので、知らなかったみたいだけど」

「あ、あんたが……?」

「ええ。だから王命の結婚なのよ。国王の姪がこの家に潜り込むために」

 な、なんか話が大きくなってきた……?


「女にのめり込んで、国力になるどころか使用人たちにいいように食い物にされてる腐り切ったジェラルミン侯爵家。本来なら、忠告して改善を促すべきなのでしょうが、国はその価値は無いと判断しました。だから侯爵家を潰す事にしたのよ。国民の娯楽になるくらい派手に」

 潰す……?


「そのために私が来たの。不正の証拠も手に入れたから、今ごろは領地の執務官たちも粛清されてるわ」

「……あんた、どうやって王様に連絡を取ったんだ? 手紙は全部握り潰したのに」

「ああ、手紙はダミーですわ。手紙を書いていれば、あなたたちは『手紙しか連絡方法が無い』って思い込むでしょう? 実際は私について来た王家の影が全て報告してましたの」

 必要も無い手紙を何通も書くのは大変でしたのよ、と楽しそうに笑うこの女は本当にあのフレイアなのか?

 

「私の役目は、ジェラルミン侯爵家を徹底的に叩き潰す事。無能なジェラルミン侯爵だけでは無く、厚顔無恥な全ての使用人も地獄に送るの」

 笑顔で何て事を言ってんだ。


「そのための王命の結婚でしたのに、誰も不審に思わなかったのですね。田舎貴族の私が侯爵に一目惚れしたなんて話を鵜呑みにして」

 鵜呑み。そもそも、誰がそんな事を言ったんだっけ……?

 あたしたちは最初から踊らされていたのか。


「何故、一人くらいリロイ伯爵家が本当に田舎貴族か確認しなかったの? リロイ伯爵夫人が国王の妹だなんてすぐに分かったのに」

 ああ、虫けらを見るようなこの目は知ってる。いや、何故忘れてたんだ? 貴族にはあたしたちなんて虫けらだって事を。


「あなたたちは、最後のチャンスをドブに捨てました。私を侯爵夫人として扱えば横領罪だけなので労働刑ですんだのに、あなたたちは国王の姪であり王位継承権を持つ私を虐待しました」

 キーンと音がしそうなほど、沈黙が落ちる。


「みなさんは、国家反逆罪で死刑です」



 え………………?

「五年も甘い汁を吸ったので心残りは無いでしょう? でもご存知? 国家反逆罪って、家族も連座で処刑されますのよ」

 そんな、弟や妹たちが……。


「そ、そんな事、ジェラルミン侯爵が許さないよ!」

 彼が、レナと仲が良いあたしたちを見捨てるものか!

「そうそう、何故かジェラルミン侯爵と私は結婚していないので、これは夫婦の問題では無く、ジェラルミン侯爵が客人のリロイ伯爵令嬢であり国王の姪を監禁して虐待したという事になりますの。彼も極刑は免れないでしょうね」

 あなた達に救いの手を差しのべる人はいない、と(ほの)めかす。

 ファランクスは本当に結婚届を出さなかったんだ。


「庭師のあなた、三ヶ月前に結婚したばかりですよね。お二人の愛は本当に『永遠の愛』になりそうですわ」

「洗濯メイドのあなたのお子さんは三歳と五歳とか。可愛い盛りなのに哀れなこと」

「処刑場には、いったいいくつの首が並ぶ事になるんでしょうねぇ」

 他人事のように楽しそうに話すフレイア。

 そうか、これが「国民の娯楽」か。あたしたちは、愚かな犯罪者として処刑場に首を晒すんだ。


「か、家族は関係無いだろう!」

 誰かが血を吐くような声で言ったが

「あら、ゼニアさんのご家族は『もっとやれ』と言ってたそうですわ」

と、あっさり返されてしまう。 


 全員の目が私に突き刺さる。あんたたちだって楽しんでたくせに!


「ちくしょう……!」

 フレイアに飛び掛かろうとしたが、どこからか降ってきた奴にあっという間に殴られて反対側の壁に吹き飛ばされた。


 目から星が散り意識が飛びそうな中、なんとか壁にもたれ掛かって立っていると、玄関から騎士たちがなだれ込んで来た。

 抵抗する使用人たちを軽くいなして次々と拘束していく。


 大騒ぎの中、ゆっくりと応接室のドアが開き、護衛の後から部屋を出た国王がフレイアを見つけた。

「フレイア、無事か」

「大丈夫ですわ、伯父様」

 寄り添った二人は、あたしの事など見向きもせずに玄関へ去って行く。


 へたり込んだあたしは、開け放たれた応接室のドアの向こうでこれ以上なく肩と頭を落としたジェラルミン侯爵がソファに沈み込んでいるのを見つつ、意識を失った。





* * * * * * * * * * 





「フレイア、痩せたのではないか」

「全然痩せていませんよ。むしろ、伯父様の差し入れが多すぎて太りそうでしたわ」


 ジェラルミン侯爵家を離れ、私は今伯父様と馬車でリロイ伯爵家に向かっている。


「それより、私と彼の結婚を認めるという約束は守ってくださいね」

 嫌そうな顔をする伯父様。

「もう! 私が隣国に嫁いだって、いつでも遊びに来ればいいじゃないですか。国王なんてもうお従兄(にい)様に押し付けて」

「……そうか。そうだな、そうするか」

 うんうんと納得してる。譲位をそんなに簡単に決めていいの? まあ、お従兄様は優秀だし、もう結婚もされてるし、問題無いわよね。



 


 兄と八歳離れて生まれた私は、家族だけではなく、男の子しかいない国王一家からも愛されて育った。

「フレイアがどんな人を好きになっても私が結婚させてあげるから、婚約者など要らない!」

という伯父様により、私には婚約者がいなかった。

 

 だが、留学してきた隣国の伯爵令息と結婚したいと言ったら、伯父様は自分の言った事を忘れて猛反対だった。

「私の時とそっくり……」

と、母がこぼした。


 だから、ジェラルミン家潰しに協力する事にした。

 横領だけでは大した罪にならない使用人たちを、国家反逆罪にして一掃する。

 私がか弱い小娘じゃ無い、他国に嫁いでもやっていけるたくましい女性だと証明するために。


 そもそも、国王夫妻と王子たちから愛されている私が、貴族たちから嫌がらせの一つや二つや三つ受けてない訳がない。

 両親と兄夫婦と笑い飛ばして、無視したり反撃したり裏から手を回したり(元王女だった母は、こういう事が得意だ)してた。


 そんな貴族の陰湿な嫌がらせに比べたら、使用人たちの「私がやりました」と分かりやすい虐待など微笑ましいものだ。頭から水を被った時など、笑い出すのを堪えるのが大変だった。


 暴力や夫からの性行為の強制に備えて護衛を兼ねた影を付けてくれたので、伯父様への連絡も私への差し入れも自由自在。


 私が歩くだけで彼らの有責カウンターは面白いように回り続け、彼らは何時間もお茶をするのでその間執務室の書類は読み放題。

 侯爵家の人間は一人しかいないのに、何なんですこの莫大な食費は。

 私が放置された結婚届を発見して、回収した事など気付いてもいないのだろう。

 隠し戸棚も裏帳簿も見つけた。

 

 裏を取って伯父様が迎えに来るまで、私は大人しく耐えるふりをしてただけだ。


「でも、連座で処刑される家族はお気の毒ですね……」

「なら、強制労働にして使い込んだ金を回収させるか?」

 それも可哀想ですが、死ぬよりはマシなのでしょうか。


「……伯父様たちにお任せしますわ。口出しして申し訳ありません」


 もう、あの者たちのために心を動かすのはやめましょう。


 そう言えば、ジェラルミン侯爵とは「おまえを愛する事は無い」しか話して無いわ。あれが遺言になるのかしら。


 まあ、もう全ては終わった事よね。


2025年2月14日

日間総合ランキング 2位になりました!

ありがとうございます。

最高のバレンタインです(^-^)

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