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傷物令嬢マリアローザは隠居がお望み  作者: ウメバラサクラ
CASE1 マリアローザの場合
6/26

6.新たなる人生の始まりに

マリアローザは高笑いを残し、自身の成人祝いパーティー会場である王宮のホールを出て行った。

彼女のおかげで、近い将来国が滅亡する危機は免れた(たぶん)。そこに残された貴族たちは、安堵感からの興奮冷めやらぬ状態だ。


「……おい。」


ざわざわとしている中、国王は周囲に気付かれないようにして側近を呼び寄せた。


「マリアローザに監視を付けておけ。よいな。」


……あの娘は賢い。自分の置かれている状況をよく解っている。だから、いくら自由の身になったとはいえ、安易な行動などはしないだろうが……。彼女を利用しようと考える輩はいるかもしれない。今後他国からの接触も十分に考えられるし、何とか王宮の目と鼻の先に繋いでおける事にはなったものの、安心は出来ない――。


「陛下、暗殺の方がよろしいのでは?」

「今そんな事が起きてみろ。疑いは我が王家に向く。それに、殺めるには惜しい人材だ。いざという時、活用した方が得だろう。」

「御意に。」


マリアローザの教育に、一体どれだけの手間暇を掛けたと思っているのだ。みすみす殺しては、全てが水の泡ではないか。重要なのは、彼女の持つものが流出しない事――…。

もうこれ以上しくじる事は許されないのだと、国王はその時その胸に固く誓っていたのだった。





――さて。

晴れて王太子の婚約者ではなくなったマリアローザは、早くも翌日から新生活に向けての準備を開始した。『何もしたくない』と言いつつも、そうしてすぐに動き出すフットワークの軽さは彼女の性分なのかもしれない。


まずはじめに取り掛かったのは、新しい住まいで雇用する使用人たちの募集だ。

元々、マリアローザが王室入りする際には、実家からは誰も連れて行けない予定だった。今回はその行き先が少し変わっただけの事。新たな自分だけの「城」にも、誰も連れて行く気は無い。両親であるフォリエ侯爵夫妻は良くも悪くも貴族らしい人たちで、下手に実家から人を引き抜いて告げ口(スパイ)されても面倒だ。

新生活には、全てを一新しようと思っている。


『……とはいえ。噂なんて光の速さで広まるものだわ。()()()()があった、曰く付きのわたくしだもの。応募者がいるかどうか、分からないけれど……』


――という、彼女の心配は杞憂に終わった。

蓋を開けてみれば、驚くような数の就職希望者……。自分は“傷物”なのに?結婚しない宣言もしたのに⁇仕えたところでこの先、何か発展性があるわけでも無いのに……??

マリアローザは非常に訝しく思ったが、とりあえずは面接だ。

実家を間借りし、一先ず屋敷を管理するのに必要な人員を確認してから、一人ずつ直接会ってじっくりと話を聞いた。


その結果、面白いと思った、必要最低限の人数の使用人。それらを雇う事に決めたのだった。



まず特筆すべき一人は、侍女長を任せる事にした26歳の“元”侍女。名をジーナと言う。

彼女は一見、真面目な侍女だ。侍女としての能力はもちろんの事、身のこなしなども完璧で若いながらも風格のある顔付きをしている。これはかなり頼りになりそうな逸材である。……いや、真面目過ぎるのが玉にきずらしい。

“元”侍女というからには、元々仕えていた家があったわけだが……


「クビになりました。」


……普通は濁すべきところを、はっきりと答えるものだ。しかもキリッと引き締まった表情で、堂々と……


「ええと……。その理由を伺ってもよろしいかしら?」

「もちろんでございます。以前のご当主様には、――」


――“主人に忠実過ぎて重い”。と、言われたそうだ。


真面目を通り越し、ジーナは侍女としての忠誠心が強過ぎるらしい。それゆえに、他の侍女や使用人たちと上手く行かず、度々ぶつかる事があったようだ。

主人が戒めるとはじめの内は完璧に守るのだが、他の者たちの言動が彼女の我慢の域を超えるとダメだった。


「ちょっと‼今のはただ、少し冗談を言っただけじゃないのよ!」

「少し冗談を言っただけ?一介の侍女が、ご当主様を話の種に冗談を言うなど言語道断!!今から謝罪に伺いますよ!」

「はあ!?そこまでする⁉聞かれてもいないのに!」

「聞かれたかどうかは関係ありません。貴女の忠誠を示すのです!」

「忠誠って……アンタちょっとおかしいのよ!!」


ジーナの方が手を出す事は無かったが、相手が掴みかかって来そうになる場面は何度もあったらしい。その度に周りが止めに入っていたとか……。

冗談すら許さないほどの忠義は有難いが、使用人同士の空気が悪くなっては元も子もない。結局そこの当主は、屋敷内の平穏を選んで彼女をクビにしたらしい。……()()()雇用主としては、理解出来る。

そして、次の屋敷でも同じ事が起きるであろう事は容易に想像がつく。


『……でも、面白いわね。』


使用人の人数を限りなく絞り、それらも厳選してバランスを取れば、屋敷内の統制を図る事はさほど難しくは無い。それに、自分にとって都合の悪い事でも、包み隠さず報告出来る潔さは好ましい。何よりも、主人に対する忠誠心の高いところが気に入った。

――採用。



次に特筆すべき人物だが――…、役職で言えば執事のポジションになるだろうか。23歳男性、リノである。

彼は、とにかく軽い。そのせいでこれまで見習いとしても雇ってくれる貴族家は無かったそうなのだが、そりゃそうだろうとマリアローザも思った。一見すると不採用――と言いたくなるところなのだが、どうも軽いのは口先だけのようである。

よくよく観察してみると、礼儀作法などの基本的なものが身に付いている。それに軽さゆえか、さりげなく他人への気遣いも出来る。……そしてこれは直感なのだが、どこか『仕事の出来る匂い』がする……


「貴方、執事職の一切が出来るようだけれど、一体どこでどうやって習得したの?」

「あはっ。それはー、…ナイショですね~!」


直感なので確証は無い。それで鎌をかけてみたのだが、リノにはへらりと笑って軽くかわされた。主人(となる者)への隠し事は減点。――不採用。

……となるはずなのだが、どうにも惜しく感じている自分がいる事に、マリアローザは気付いていた。あえて言うが、彼が好みのタイプだとかそういう話ではない。


『……冷やかしにしては、ずいぶん身なりをきちんとして来ていること。真面目に職に就く気はあるようね。……もしかして()()、わざとやっているのかしら⁇』


何とも得体が知れない男だ。自分が得た莫大な財産目当てという線も考えられる。だが、ならば採用されるためには、もっとまともな人間を装うべきである。なのに清々しいほどに、堂々と「これ」とは……。

ただのバカ?――いや違う。マリアローザは自分の直感を信じている。


「お客様への対応や、外では最低限のマナーを守って貰わなければ困るわ。それは理解していて?」

「もちろん了解でーす!」


やっぱり軽い。飄々としている。どこまで本当に分かっているのだろうか……。

彼女は頭の中で計算を始めた。


『しつけは、様子を見て叩き込むとして……。あぁ、いざとなればジーナがやってくれるわね。この手の人間は他者との衝突を巧く避けるだろうし、ぶつかっても問題なさそうだわ。財産管理には他にも人を入れて不正を防いで……何か問題を起こしたら、その時にクビを切っても遅くはない。どうせわたくしには、守るものなど何も無いのだしね。』


そうだ。一体何を慎重になって、恐れる必要がある?傷物が、これ以上の体裁を気にしてどうする⁇逆に彼は、今の自分には似合いの使用人なのかもしれない。直感を信じるなら、彼は面白い。

――採用。




これで一先ず新生活のための下準備は済んだ。同じ頃、王宮からも待ちに待った連絡がやって来た。引き渡す予定の屋敷の支度が完了した、と――。ようやく新居への引っ越しだ。


「マリア、そんなに急いで出て行かなくてもいいのよ⁇」


マリアローザが屋敷を出る日。見送りに出て来た実母であるフォリエ侯爵夫人は、名残惜しそうに娘へとそう声を掛ける。娘はにこりと微笑んだ。


「善は急げと言いますから。この侯爵家のためにも、一刻も早くわたくしはここを出て行くべきですわ。そうでなければ、フォリエの権威が地に落ちてしまうかもしれませんもの。」


一見、親の愛情に満ちた言葉にも聞こえるあの台詞……。言葉通りに捉えるのは、おめでたい人だろう。

何せ相手は娘を王太子の婚約者にまでした、百戦錬磨の侯爵夫人である。さっきの言葉の裏には、『王太子妃は駄目になってしまったものの、まだ娘には利用価値がある』という思惑があったに違いない。だから何だかんだと理由を付けて、ズルズルと屋敷に引き留めたいと考えているのだ。

だがそんな事はもう、お断りである。

そのために先手を打って、あの場で派手に「結婚は捨てた」と宣言したのだから――…。まあ、あれは本心でもあったのだが。


「お父様、お母様。お世話になりました。これより先、マリアローザは死んだものと思ってください。同じ王都に住んでいるのですから、また会う事もあるでしょうけれど――お元気で!」


最後のしがらみも切り離したマリアローザは、意気揚々と実家を出た。

フォリエ侯爵家には、彼女の下に一人嫡男がいる。元々後継者には困っていなかったし、後の事は全てあまり交流の無かった弟に任せればいい。

気兼ねするような事も一切ない、晴れやかな門出だ。




そしてさほど遠くはない距離を移動し、馬車は新しい住処に着いた。

さすがは王家の持ち物だった場所。侯爵家に負けないくらい広く大きく、立派な屋敷である。一人で住むにはもったいないが、それもまた乙なものだろう。


彼女は少ない使用人たちを全て集めると、高らかに謳った。


「以前もお話しした通り、わたくしここでは何もする気が無いの。思う存分、隠居生活を満喫するわ‼だからみんなもそのつもりでいて頂戴ね!」


――何という解放感!マリアローザは今、人生初の自由を謳歌しようとしている。

もう、何も頑張らなくていい……。誰も文句を言わず指図もしないこの場所で、彼女は新たに生き直そうと決意していた。

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