40.傷物令嬢、モンスターに会いに行く
マリアローザがバルベリーニ公爵家を訪れてから、早ひと月。
あれから何度か、アルベルトたちとは手紙のやり取りを交わしている。
「……なるほどね……」
我が屋敷の大きな部屋の中。日当たりのいい窓の側に置かれたテーブルセットで、彼女はこの日もまた、新しく届いたその手紙に目を通していた。
「内容はいかがでした~⁇」
その呟きが気になったのか、執事のリノが尋ねる。
「さして変わらず、よ。家門会議まで行って、結局意見はまとまらず……。公爵家として積極的に彼を守るつもりは無い、という事では一致しているそうだけれど、出来るだけ元の鞘に収まって欲しいというのが本音のようね。」
「まあー、何事も穏便に済ませるに越した事はないですからねえ。」
……だったら、はじめから次男にもきちんとした躾をしておけ――と、言いたいところだが……。
世の中、何でもかんでも合理的に出来ているわけではない。後々大きな問題となる事の発端が、ちょっとした甘えやボタンの掛け違いだった、なんて事はしょっちゅうだ。
こうなると知っていれば、彼らも最初から次男を厳しく教育していた事だろう。こうなるとは思わなかったからこそ、放置した。「それくらい考えたら分かる」というのは、全てを知った今だからこそ言える事で、渦中にいれば見えていない事など多々ある。
それは、王室の例の一件でもすでに証明済みではないか。
――…『王家』や『公爵家』なんて言ったって、所詮は人間。不完全な生き物だ。
だからこそ、面白い――。
「それにしても、天下の公爵家ともあろうお家が……。思ったより、煮え切りませんでしたわね。」
マリアローザは、「ふむ」と考える。そしてぼそりと呟いた。
「……いっそ、潰してしまった方が早いかしら……」
「こっっっっわ!!」
執事は戦慄する。そして、青い顔でスススと少し後退した。
「冗談ですわよ。」
「マリアローザ様の場合、冗談になってないんですよぉ‼」
……だって、その実績があるから――……。
「で?結局、どうするんです??」
「彼らは、最後までダミアーノ様の説得を試みたいそうなの。ま、無理でしょうけれど。それに、いつまでも待つ事は出来ませんわ。だから……期限を設けようと思って。」
「“期限”??」
そう。こちらが進めている「準備」が整う、その時がリミットだ。
もっとも、それまでダミアーノ自身が、婚約破棄を宣言する事を我慢出来れば、の話だが――…。
『……本命・時間切れ、対抗・勝手な婚約破棄、大穴・改心――といった辺りかしらね。』
まあ、大穴は大穴過ぎて、たぶん……いや。絶対に無い。
マリアローザは、手紙をテーブルの上に置いた。そして、ふと視線を窓とは反対方向へと向ける。そこには大きめのソファとローテーブルがあって、その上にはいくつもの紙の束……もとい、書類らしき山がある。
その中で、二人の令嬢がああだこうだと、忙しなく話をしていた。
「――その事でしたら、すでに話がまとまりましたわ。」
「もうですか⁉凄い……仕事が早いですね‼」
「ええ、我が家は元々その方面に通じていましたもの。運が良かったですわ。それよりも、貴女の方はどうですの?そちらが一番の肝なのですから……」
「こっちもばっちりですっ!今世に出ている方々というのは、ほとんどが皆お抱えなんです。なので――…思い切って、新規を開拓してみました!!」
「……それは……本当に、大丈夫なんですの⁇」
「もちろんですよ!!この私が直接見て、確認してますから!それで、“これは行ける‼”と思った方に声を掛けまして――」
ジョゼフィーヌとルチアナの二人である。
「お二人とも。進捗はいかがかしら?」
そう尋ねながら、マリアローザは椅子から立ち上がると二人の方へ近付いて行く。彼女たちは同時に振り返った。
「マリアローザ様!」
「着々と進んでいますよっ‼」
「そう。順調そうで何よりですわ。それでこそ、屋敷をあなた方の“秘密基地”として提供した甲斐がありましてよ。」
“秘密基地”……それはつまり、彼女たち二人が人目を気にせずに会える場所、という意味である。
何せ今現在、世間的にジョゼフィーヌたちの関係というのは、非常に不本意ながらも『公爵令息を巡る三角関係』。そんな彼女たちが仲良く行動している姿を見られてしまっては、婚約破棄の件にしろ、色々と都合が悪いのだ。
共同で事業を起こす事になった二人は今、その話をどんどんと具体化させている段階にある。しかし、この話はまだ外では公表していない。来たるべき時、然るべき場所で大々的に発表する予定になっているからだ。そのため事業の計画は、秘密裏に進めなければならないのである。
――それが、こちらが進めている「準備」の事だった。
「資金だけでなく、場所までお貸し頂けるなんて……。何から何まで、感謝しきれませんわ。」
「ですよね!ここへの出入りも別口にしようだとか、私たちだけならきっとそこまで気が回りませんでしたよ~。」
「ええ、今は事業の事で頭が一杯ですもの。」
すっかり意気投合したジョゼフィーヌとルチアナは、仲良くきゃっきゃと楽しそうである。
ちなみに「出入りが別口」とは、ジョゼフィーヌが正門から、ルチアナは裏の通用口を使って中へ入っている事について言っていた。
二人が共にこの屋敷へ通っている事が知られたら、せっかくここを貸した意味が無くなってしまうではないか。だからそうならないようにと、マリアローザが徹底させたのだ。
「お二人の事業を成功させるためには、必要な事ですからね。投資家として、当然の事をしているまでですわ。その協力は惜しみません。ただし。本格的に事業が回り始めたら、きちんとした場所へ移ってくださいましね。」
「もちろんですわ。その土地と建物には、すでに目星を付けておりますの。」
「さすがはジョゼフィーヌ様。要らぬ心配でしたわね。」
……実はマリアローザははじめ、二人が起こす事業についてはあまり期待をしていなかった。これが長年温めていたものならまだしも、急遽立ち上げたような計画である。
しかも、事業について素人である令嬢二人が、初めて手掛けようとしている事だ。失敗しても当然だと思っていたし、長い目で見て支援をするつもりでもいた。――が。
『なかなかどうして、中身のある計画書が出来上がって来て、驚きましたわ。』
主な事業内容はルチアナの得意分野で、表立った活動は彼女が担い、ジョゼフィーヌはそれに関係した裏方での調整や事務などを担当している。どちらも当人の性質に適した役割で、上手い具合にその分担が出来ていた。
……これは、思っていた以上に相性の良い組み合わせだったのかもしれない。
『こちらについては、これ以上わたくしが手を貸す必要もなさそうね。後は全て、彼女たちの自主性に任せましょう。』
さて。
それでは、本来の依頼について、考えるとしよう。……そう。ジョゼフィーヌとルチアナが頭を悩ませる、公爵令息。ダミアーノの事である。
「ところで。あの二人にあそこまで嫌われるダミアーノ様というのは、実際どんなものなのかしらね?」
今更ながら、マリアローザはふと気になった。ジョゼフィーヌたちがすでに帰宅した、その夜の事だ。
「そういえば、まともに会った事は無いんでしたっけ??」
独り言のような言葉に、リノが返す。
「そうよ。あの方、公爵様に連れられて仕方なく挨拶をして来て、ろくに目も合わせずサッサといなくなった――という記憶しかないわね。」
「ろくでもないっすねー。」
「ええ。思い返せば、子供の頃からろくでなしでしたわね。」
ただ――。で、ある。その程度なら、可愛いものというか……あまりに酷い仕打ちをするのはどうか?という思いがある。他所の女にうつつを抜かし、長年の婚約者を捨てようというのは、確かに感心しないが……。
「……一度、会いに行ってみようかしら。」
「ええ~⁇物好きですねえ……。あの二人のお話を聞いていたら、絶対に会いたくないと思いますけど。」
「だからこそですわ!あそこまで言われるあの方が、実際はどうなのか。俄然興味が湧いて来るじゃない‼――というわけでリノ。」
マリアローザはにっこりと微笑んだ。執事は嫌な予感がする。
「ダミアーノ様が出没する場所を、調べていらっしゃい!」
――…とある天気のいい、昼下がり――。
ここは王都の繁華街にある、市井の若者に人気のある明るいカフェ。そこの窓際にある一席で、若い男が一人コーヒーを嗜んでいた。
「こちら、相席よろしくて?」
空いている向かいの席に、一人の女がやって来た。
「悪いがそこは予約済みなんだ。他にも空いている席はある。そちらへどうぞ、レディ。」
なかなか紳士的な返事に、女は内心驚く。しかし、余裕の笑みを浮かべて返した。
「あら。予約の方は、いついらっしゃるの?」
「もうすぐだ!」
「でしたら、もしその方がいらしたら、移動しますわ。」
……たぶんその方は、絶対に来ない。断言しよう。
「そうは言ってもね。僕には、心に決めた女性がいるんだよ。他を当たってくれないか?」
「ええ存じておりますわ、ダミアーノ様。わたくし貴方と、 単 に お話がしたいだけですから。」
「やれやれ、全く……。困ったものだ!」
モテる男は辛いとばかりに、ダミアーノはフッとすかした笑いを浮かべる。……なるほど。これはなかなかのものだ、とマリアローザは思った。
確かに今のは、少々勘違いをさせてしまうシチュエーションだっただろう。少しだけ、そういう風を装った事も認めよう。……だが、その勘違いを微塵も疑わない思考――。それが何とも、鼻に付いた。
そしてここへ来る前だが、一つルチアナに確認してみた事がある。すると、この店は彼女のお気に入りだという事が分かった。つまりダミアーノは、ルチアナが来ると予想して、ここでこうして待ち伏せているのである。……彼女の座る席まで用意して。
マリアローザは、一瞬ぶるりと身震いをした。
『……この方がいらっしゃるせいで、ここへはしばらく来られなくなったと言っていたわね。可哀想に……』
帰りに、土産でも買って行ってやろう。――それはともかくとして。
「ダミアーノ様に一つ、忠告をしに参りましたわ。」
「忠告?それは何だ??」
「ルチアナ嬢から、手を引いて頂きたいのです。」
向かいの席に座った彼女を見ながら、ダミアーノは眉間にしわを寄せた。それから深い溜め息を吐く。
「――…いくら僕を好いているからといって、彼女との仲を引き裂こうとは……。それで僕の愛が手に入るとでも?君は、とんでもなく浅はかだな!!」
マリアローザの眉が、ピクリと反応した。
「……わたくしがいつ、貴方を好いていると申しまして⁇」
引きつった笑顔で、彼女は尋ねる。いや、そう言い返さずにはいられなかったのである。
「皆まで言うな!そういう強がりを言うところは、ルチアナに似てもいるが……。可愛げが足りないね、君は!!」
口の端が、更にひくついた。可愛げが無い事については、認めよう。しかし。
……『お前が、私の何を知っていると言う??』
そう言いたくて、堪らない。だが辛抱だ。
「……心配なさらなくても、わたくし恋愛には興味がありませんのよ。」
「フッ……。そう言えば、僕が興味を示すとでも?残念だが、その程度ではルチアナの魅力には遠く及ばない!」
「あの、わたくしの話をきちんと聞いていらっしゃいまして??」
「もちろん聞いているとも!そんなに僕の気を引きたいとは、健気なものだな。ああでも、勘違いしないでくれ。僕の心はルチアナのものだ。君には向かない‼」
「………………。」
は な し が つ う じ な い 。
マリアローザは、頭を掻きむしり、立ち上がって「キーーーーッ!!」と奇声を発したい衝動に駆られた。全て、必死で抑えたが……。
とにかく、話が通じない。思い込みの激しさは、想像以上のものである。凄まじい破壊力……まさかこれほどだったとは。ルチアナたちが苦しむのも、無理はない。
『〰〰アルベルト様たちは、普段コレと一体どう話してらっしゃるの⁉』
人語を解しているはずなのに、会話が全く噛み合わない。もはや本格的なモンスター。公爵家は、どうしてこれを説得出来ると思っているのだろうか。彼らもまとめて疑わしくなって来てしまう……。
そして恐らくだが、公爵令息のくせに、マリアローザを『マリアローザ』だと認識出来ていない。たぶん、興味が無くて顔を覚えていなかったのだろう。
……何だ、何なんだ、コイツは……??
これまでの人生、長く王太子の婚約者としてやっていた。その中で、色々なタイプの人間にも出会っている。癖のある者、嫌味な者、悪意のある者……。難しい相手は数多く存在した。が、しかし――。
これは駄目だ。断トツでヤバい。今までに会った中で、ダミアーノは別格にイカれていた。
さて、ここから一体どうしたものか。
好奇心は猫をも殺すと言うが……怖いもの見たさで彼に会いに来た事を、マリアローザは少々後悔していた。




