38.人はそれを――女子会と呼ぶ
男爵令嬢と伯爵令嬢の意見は一致した。
あの公爵令息を懲らしめてやりたい、という……。
「――ああ、そうでしたわ。」
その時マリアローザは、ふと思い出した。
伯爵令嬢のジョゼフィーヌには、もう一つ聞いておかなければならない事があったのだ、という事を。
とはいえ。今となっては最早、そんな必要など無いのだが――。
「ジョゼフィーヌ様。最後に一つだけ、確認させてくださいまし。」
「はい、何をでしょう?」
「ルチアナ嬢に対しては、報復するつもりは無い。という事でよろしいのよね??」
ブフ――ッ!!
ソファに座って一息吐いていたルチアナが、飲みかけのお茶を盛大に噴き出した。
そこへマリアローザの侍女がササッとやって来て、すぐにその処理を始める。
「……ゴッホ、ゴッホ……。マ゛、マリアローザ様……??」
服のお茶を拭われながら、ルチアナは涙目になりつつこちらを向いた。その顔には、何て事を言い出すんだこの人は、と書いてある。
「一応ですわ、一応。何事も、きちんと確認する事はトラブル回避の基本ですからね。」
「でもでもっ、それでもしも“報復したい”とか言い出したら、どうするんですかあ〰〰!!」
「その場合、聞かなかったとしてもいずれはそうなるのでしょうから、結果は同じ事ではなくて?ならば事前に知っていた方が良いでしょう。」
「何も知らなければ、その時までは幸せでいられたのにぃぃ‼」
答えはまだ何も聞いていないのに、ルチアナは頭を抱えながら悶え嘆く。なんて悲観的な……。さすがに少し面倒臭いなと、マリアローザは生暖かな目で彼女を眺めた。そんな時である。
くすくすと、笑い声が聞こえて来たのだ。思わずその声の方を見ると――。
「あ……あら、ごめんなさい!今のは決して、嘲笑したのではなくて……。確かにルチアナ嬢は、面白い方だわと思ってしまって…」
申し訳なさそうにしつつも、ジョゼフィーヌはまだ少し笑っている。どうやら、彼女のツボに入ってしまったらしい。
「ジョ、ジョゼフィーヌ様……??」
その機嫌を確かめるように、ルチアナは恐る恐る彼女を見た。
「――…安心なさって。わたくし、貴女に報復するつもりなど、これっぽっちもありませんから。」
「ほ……本当ですかっ!?」
「ええ。……ルチアナ嬢の心の内を伺うまでは、確かにそういう思いもありましたけれど……。今はもう、そんな気は全く起りません。だってわたくしたち、同志ではありませんか。」
「同志……!!」
ルチアナの顔が、ぱあっと華やいだ。
「さて!これでもう、双方ともわだかまりはありませんわね。」
仕切り直しのようにパチンと手を打って、マリアローザはにこりと微笑む。
それでは早速、作戦会議を――…
「…――まあ!それではルチアナさん、平民の方との結婚をお望みなの⁇」
出されたケーキに舌鼓を打ちつつ、ジョゼフィーヌは驚きながら尋ねた。
「うー~ん……。絶対、というわけではないですよ?それこそ男爵家の末息子とかなら、野心のある方はいそうですし……。あ。あくまでも、良い方の意味で‼――でも、“自分は貴族だー”っていう意識が高い方も多いんですよねえ……。あ、これは悪い方の意味で。」
同じくケーキを口にしながら、ルチアナは答えた。そしてはたと思い付く。
「!ところで、ジョゼフィーヌ様には理想の男性像とかないんですかっ⁉」
「えぇっ……?そんな事、考えた事が無かったわ……。」
「それじゃあ考えましょうよ~~!せっかく自由になれるんですから!!」
不意の質問で少し赤くなって戸惑うジョゼフィーヌに、きゃっきゃと盛り上がっているルチアナ。――女性が集まって始める会議といえば、そう。『女子会』である。
「やっぱり~、ちょっと危険な香りがする方とか、素敵‼って思いません⁇――でも、実際はめちゃくちゃクリーンで正義感があってぇ……。裏では悪党どもを伸しているんですっ!!で、表ではいけ好かない貴族とも同等に渡り合いながら、のし上がって行く……!ッキャーー!好いっ!!」
今日もルチアナの妄想は絶好調だ。ジョゼフィーヌの理想の男性像をと言いつつ、己の好みが爆発している。
『……全く……そんな物語の主人公みたいな人間、どこにいるというの。』
話を聞きながら呆れつつ、マリアローザはお茶を飲んだ。――…そういえば……「ざまあ」がどうのと、彼女は巷で流行りの小説が好きなようだった。なるほど。そういうところの由来らしい。
「で?で??ジョゼフィーヌ様は!?」
ルチアナはきらきらと目を輝かせ、前のめりで答えを迫る。一方のジョゼフィーヌは、依然として戸惑っていた。
「そう……ですわね……。もし、自分で選んで良いと言われたなら――…まずは、常識のある方。それに……自己を客観的に見詰める事が出来る方。優しくなくても構わないから……誠実な方。わたくしと、きちんと“会話”をしてくださる方。それに――」
「…もう、もう大丈夫ですっ‼」
居たたまれなくなって、青くなったルチアナは声を震わせながら彼女の口を遮った。
……何なんだ、その『理想』は……。涙が出て来るのだが。それは男性として、というよりも、人として最低限に求められる人格の話ではないのか……??
期待していた内容と違う……。ルチアナには、そういう感想しか出て来なかった。
「……ジョゼフィーヌ様ぁ!!次は絶対に良い人が現れますから、希望を持ちましょう‼ねっ!?」
ルチアナは泣きながらジョゼフィーヌの両手を握る。そしてそれをブンブンと上げ下げした。
「え……ええ、ありがとう。――でも、わたくし……正直、もう男性はこりごりですわ。許される事なら、生涯独り身で生きて行きたい。次の相手が決まるとするなら、きっと相当年上の後妻だったり、また問題のある方になるでしょうから……」
そう言うと、ジョゼフィーヌは悲し気に微笑んだ。ルチアナの心象風景が猛吹雪に見舞われた。
「けれど……これ以上、実家に迷惑は掛けられませんからね。やっぱり、お父様の命に従いますわ。」
それは確かに、貴族令嬢としては至極もっともな思考なのだが――…。あまりにも不憫過ぎて、……もう、何も言えない……。
ルチアナは白目を剥き、口をはくはくとさせた。
「あ……あう……」
――そこでかちゃりと音がして、マリアローザのカップが置かれた。
「時にルチアナ嬢。貴女、将来は商人の夫を支えて成り上がらせたいと言っていたけれど……貴女自身が、何か事業を起こすお考えはありませんの?」
「え、事業……ですか?私が??」
ハッと我に返ったルチアナは、今度はきょとんとしながら己を指差す。
「ええそうよ。貴女なら、何かアイディアさえあれば、上手く商売が出来るのではないかと思うのだけれど。資金なら、わたくしが出資して差し上げてもよろしくてよ。」
「商売……」
それを聞いて、彼女は暫し考え込む。これまでになく、真剣な顔をして……。
「――…あっ‼」
何か思い付いたようだ。
「商売を始めれば、自然と商人との繋がりが出来る……。そこに、未来の旦那様との出会いがある――…という事ですねっ!?」
「…う――……ん??」
マリアローザは笑顔を貼り付けたまま、小首を傾げた。
今の話は、そういう意味ではなかったのだが……。物凄い飛躍である。さすがは侮れない妄想力。
とりあえず、訂正はせずにこのまま観察してみよう。
「やりますっ!!私、俄然事業を立ち上げたくなって来ましたあ!!」
彼女は勢いよく手を挙げた。ルチアナに火が着いたようだ。何ともまあ、小さな着火剤でここまで一気に燃え上がれるものである。若干、目的と手段が逆になっているようだが……情熱だけは人一倍あるようだ。
とても素直な、いい子である。
「え~と、それじゃあ何の事業を始めようかしら……あっ!!」
また思い付き、彼女はジョゼフィーヌの方をバッと向く。
「ジョゼフィーヌ様も、一緒にやりません⁉」
「えっ⁇わたくし??」
急に話を振られ、ジョゼフィーヌは目をパチパチとさせた。
「そうですよー!!一人より二人の方が心強いし、アイディアだって話し合えばいいものが出来上がると思うんです!……まだ、何も決まってません、けど……」
そう言って、ルチアナは少々視線を泳がせる。そしてそれっぽい事を言い出した。
「!ほら、ジョゼフィーヌ様は高位貴族の方々にも顔が利くでしょう?だからその……事業で貴族向けの商品が出来たら、そちらにも売り込めますし!」
内容はとんでもなく曖昧だが、とにかく彼女と一緒に事業をしたいという情熱だけは伝わって来る。
「……お誘いは、とても嬉しいのですが……。生憎と、事業に携わった経験は無くて。お役には立てそうもありませんわ。」
ジョゼフィーヌは、やんわりとお断りした。ルチアナの提案には気乗りしないようである。『何をするか』がはっきりしない所為も、あるのかもしれない。それはそうだろう。
公爵家に嫁ぐ予定だった彼女は、よく分からないものにすぐ飛び付くような愚か者ではない。
「ねえ、ジョゼフィーヌ様。」
そこでマリアローザが口を出した。
「あまり気負わずに、まずはしばらくの間、彼女を手伝って差し上げるというのはどうかしら?この通り、ルチアナ嬢には少し危なっかしいところがあるでしょう。彼女の至らない部分を、貴女がサポートしてあげるのよ。」
「サポート……ですか。」
「ええそう。出資するわたくしとしても、貴女のような方が付いていらしたら安心ですわ。だって、あの方を支えるつもりでいたのですもの。そのくらい、容易い事ではなくて?」
……確かに。と、ジョゼフィーヌは思う。
婚約者のダミアーノは、面倒な事となると途端にやる気が失せるのだ。その尻を叩き拭うのは、いつも自分の役目。……あれは、本当に骨が折れた。
それをこの先も一生続けて行くと思って、生きて来たのである。
だから、ルチアナが始める事を支えるくらい、造作もない事だろう。いや、やる気がある分、手伝い甲斐がありそうだ。
「――それにね。これから婚約を破棄なさるのなら、前もってその後の展望も考えておくと良いのではないかしら。もし、事業が成功したら――…。貴女の独立資金になるかもしれませんわよ?」
「!!」
その言葉は、ジョゼフィーヌの心に深く刺さった。
……婚約は破棄する。そう決めても、そこから先には暗い未来しか描けなかった。傷物として実家に引き籠るか、悪条件のところに輿入れするか――…。その二択しか無いと思っていたからだ。
そこに、新たな道が開かれた!!
「そう……ですわね。わたくしも、やってみようかしら……!」
彼女の頬が、わずかに染まる。
「本当ですかっ!?嬉しいです〰〰!!絶対、絶対成功させましょうね‼」
喜んだルチアナは、再びジョゼフィーヌの両手を取って握る。そして早速、どんな事業を始めたらいいか、という話し合いを始めていた。
下地は、段々と出来つつある。
彼女たちに共通するのは、自分は迷惑を被った側であり、周りに誤解されたままでは困るという事――。それを周知させるには、それなりの舞台が必要となる。当然、抜かりない準備もだ。
『――さて。』
そろそろ次の段階へ進もうか。
二人が帰った後、その日の内にマリアローザは手紙をしたためた。
「リノ。明日の朝一で、これを届けて来て頂戴。」
彼女は執事に封書を手渡す。
「ハーイ、了解でーす……ってこれ、宛先合ってます??」
そこへ書かれていた名を見たリノは、首を傾げた。
――“アルベルト・デ・バルベリーニ”……。似てはいるが、件の男とは別の名だ。
「ええ。間違ってなどいませんわよ。」
「えっでも、例の公爵令息に会いに行かれるおつもりなんじゃないんですか?」
彼は再度確かめた。
「まさか!今回用があるのは、バルベリーニの次期ご当主様ですもの。」
――つまり。
今回の元凶・ダミアーノ、の兄。バルベリーニ公爵家の後継者に会いに行く。




