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傷物令嬢マリアローザは隠居がお望み  作者: ウメバラサクラ
CASE4 昨日の敵は今日の友

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37/40

37.男爵令嬢VS伯爵令嬢

「なるほどね。貴女のご意向はよく分かりました。この婚約を維持するつもりは無いので、徹底的にやって欲しいという事ね。」

「はい!」


マリアローザとジョゼフィーヌの間で、合意が図られた。その時である。


「ちょ……ちょっと、待ってくださいっ!!」


突如、ここにいる者のものではない声が、この応接室の中に響いた。若い女の、慌てた声だ。


「えっ、えっ??」


驚いて、ジョゼフィーヌは部屋の中を見回す。その表情は怯えていた。無理もない。先ほどから、話の最中に時折謎の音が聞こえていたからだ。マリアローザは、「風の音」やら「ラップ音」やらと言っていたが……


「マ、マリアローザ様、失礼ですが、このお屋敷は大丈…」


ガタガタガタッ!

言葉の途中に、これまでで最大の音が鳴った。ジョゼフィーヌは叫び声上げる。


「きゃあああっ」


すると、応接室の中にあった、大きめの飾り棚の扉が突然バンと開く。そこから、亡霊のようなものがずるりと這い出して来た。彼女はもはや涙目になり、改めて叫ぶ。


「いやあああーーーー!!」

「お願いです……考え直してくださぁい…」


恨めしい声と共に、それはジョゼフィーヌの足元まで迫って来た。低い姿勢で、這いつくばるように……。そして縋り付いて来る。


「お願いしますう……婚約を…婚約を、破棄しないでくださああい!!」


ソファに座ったままのジョゼフィーヌは腰が抜け、立てない。今にも泡を吹いて失神しそうな勢いだ。


「しないーー!!しないから、どうか安らかにお眠りくださいませ!!!!」

「眠っ…えっ⁇今夜から安眠出来る、って事ですか??」

「今夜…いえ、永遠に……えっ??」

「えっ⁇」

「えっ????」


ようやく落ち着きを取り戻した()()は、ぱちくりと互いを見合った。

……この顔……見覚えがある……。ジョゼフィーヌはそう思った。


「――だっ…男爵令嬢!?」


その声に、這いつくばっていた若い女は勢いよく立ち上がる。


「はいっ!」


そしてスカートを持ち、ひらりとお辞儀をしてみせた。


「改めてご挨拶させて頂きます。()()()()、ルチアナ・デル・フルランでございます。――どうぞお見知りおきを。」


貴族令嬢として、決して恥ずかしくはない挨拶である。なんだ。やはり、やろうと思えばきちんと出来る人ではないか。――というのは一先ず置いておいて……


「ハアッ。貴女という方は、どうして勝手に出て来てしまうのかしら……。風かネズミかラップ音の、ルチアナさん?」


……ジョゼフィーヌとの話は、まだ途中の段階だったというのに……。マリアローザは大きな溜息を吐く。

それを見たルチアナは、スススと何歩か後ろへ下がり、そこから深々と頭を下げた。


「……め、面目次第もございません……。」


すっかり小さくなっている。それを指し示し、マリアローザはジョゼフィーヌの方を見た。


「ね?とっても面白い方でしょう。ルチアナ嬢は。」


そう声を掛けられたものの……彼女は魂が抜けたようにポカンとして、固まっている。どうやら脳の処理能力が限界を超えてしまったようだ。だから、段取りというものは重要な事なのに……。


『全く。ルチアナ嬢は規格外過ぎて、ままなりませんわね。どうしようかしら、この始末……』


やれやれと思いながら、マリアローザは改めて息を吐く。

当初の予定では、今日はジョゼフィーヌから話を聞くだけで終わりのはずだった。しかし、どうしてもその内容が気になると言うから、姿を隠した状態で側にいる事を許したのである。そんな訳で、近くで身を潜められる飾り棚の下の部分に、ルチアナは入っていた。

……そこで、最後まで大人しくしていてくれれば良かったものを……。


もう、なるようになれ、である。下手にこちらが働き掛けても、余計こじれてしまうだけ。

一先ずは、見守る事にしてみよう。それで、鬼が出るか蛇が出るか……


「…――ッ!!」


固まっていたジョゼフィーヌが、突然ハッと我に返った。そして、青い顔をしてこちらを向く。


「お……お二人は、繋がっていらしたのね⁉それではこれは、まさか……わたくしを嵌める罠!?」


そう来たか、とマリアローザは思う。一方で、彼女は何やらブツブツと呟いている。


「…いいえ、もしかすると、全ては公爵家が仕組んだ事で…………。――マリアローザ様は、わたくしのような者の味方だと思っていましたのに‼」


ジョゼフィーヌは嘆き叫んだ。……こういう状態になると、落ち着くまではもう何を言っても無駄だろう。それに、疑心暗鬼になるのも仕方のない事である。


「ジョゼフィーヌ様。一応申し上げておきますが、貴女を嵌める意図はありません。」

「嘘!!では、どうしてこの方がそんな所に⁉」


それは難しい質問だ。話せば長くなる。今すぐには、説明出来そうにもない。

さてどうしたものかと考えていると、後ろに下がっていたルチアナが急いでこちらへやって来た。


「本当ですっ‼公爵家は一切関係ありません!!私はただ、マリアローザ様に助けを求めに来ただけで……」

「助けを求めに!?ほらやっぱり!!わたくしを悪女に仕立て上げ、破滅に導くつもりなのでしょう⁉そんな事をしなくても、ダミアーノ様とは縁を切りますわ!!だから、これ以上苦しめようとするのはやめて頂戴‼」

「⁉違いますって!!ダミアーノ様と縁を切られては、私が困るんです!!お願いですから、元の鞘に納まってくださいませんか!?」

「嫌よ!!あんな男、政略結婚でもなければ願い下げですわ‼熨斗を付けて貴女に差し上げる!!」

「要りませェ~~~~ん!!ゴミは丁重に受け取り拒否させて頂きます!!」

「粗大ゴミなど、返されても困りますわ!!黙って受け取りなさい‼」

「貴女、伯爵令嬢ですよね⁉だったら、家同士の決め事は絶対と知ってるはずじゃないですか‼」

「公爵令息様が、婚約破棄をお望みなんです!わたくしは、それに()()()従うだけですわ!!」


一人の令息を巡る、二人の令嬢の応酬。……うーーーーん??

何だか、話の方向性がおかしくなって来ているような……。


「……あの、マリアローザ様⁇止めなくていいんですか、コレ……」


きゃんきゃんと言い争いが繰り広げられている中、執事のリノがこそりと主人に耳打ちをする。


「ええ。もうしばらく放っておきましょう。」


そう答えるマリアローザは、なんと優雅にお茶を飲み始めたではないか。そして、その口喧嘩をのんびりと眺めている。……一体、どんな神経をしているのだろうか。我が主ながらさすがに少し引く、と彼は思った。


「でも……ほら、今にも取っ組み合いが始まりそうになってますよー??」


いくら何でも指を差すわけにはいかず、リノは目配せをして令嬢たちを示す。そこでは早くも、髪の引っ張り合いが始まっていた。


「大丈夫よ。ここに、わたくしというジャッジがいるのですもの。いざとなれば止めますわ。それにね。こういう事は、一度思う存分に吐き出してしまった方が良いのよ。本音で語るには、喧嘩が一番ですわ。」


喧嘩が一番て……。リノは呆れた。


「そんな、男同士じゃあるまいし……」

「男も女も同じです。」

「えええ……」


そんな会話の最中も、目の前では令嬢同士の諍いが続いている。


「あ、お茶のお代わりを持って来て頂戴な。お菓子もね!長丁場になるかもしれないわ。」

「ちょっと、なにワクワクしちゃってるんですかー!格闘技の試合観戦じゃないんですよ⁇」

「お黙り。ちょうど面白くなって来たところなのだから!」


おもしろ……それがマリアローザの本音らしい。

そんな事はさておき。


口論は、更に白熱していた。


「……ジョゼフィーヌ様には、あのストーカー野郎を、責任を持って鎖で括っていて欲しいんですっ!!」


相手の髪を握って引っ張り、ルチアナが言う。その顔を平手で押し返しながら、ジョゼフィーヌは答えた。


「…どうしてわたくしが、あんな男を捕まえていなければならないのっ⁉」

「貴女の婚約者だからじゃないですか‼」

「やめて!!一度破棄すると決めたら、婚約者だなんて言われると虫唾が走る‼」

「こっちだって、名前すら呼びたくないわ!!」


侍女のジーナが持って来たクッキーをぼりぼりと噛み砕きながら、マリアローザは応酬の行方を興味深く観察している。

ふむ。ありがちなのは『どちらが男の愛を勝ち取るか』という争いで、そういう類いは醜いだけだから、見ていても詰まらない。だが、これは違う。


――これは、令嬢たちによる、公爵令息の『押し付け合い』――。


そんな真逆の争いなんて、なかなかお目には掛かれない!


「あの方は、口を開けばわたくしの事を、“詰まらない”だの“普通”だのと……。こちらの努力も知らないで!!」

「そんな事に目を向けられるなら、あんな仕上がりにはなってないですよ‼人の話をまっっったく、聞かないんですから!」

「そう!そうなんですの‼公爵様が婚約者らしく振舞うよう諭しても、次の夜会でわたくしを蔑ろにしましたのよ⁉」

「エエー?最ッ低!!私なんて何度もお断りしてるのに、しつこく付きまとって来て……。男爵家が、公爵家に強く出られると思います⁇」

「それは無理よ!」


……おやおや。令嬢バトルは、どうやら新しい展開を迎えつつあるようだ。

これだから大喧嘩は面白い。


「これ……このまま公爵令息に聞かせればよくないですか?こんな事を言われてたと知ったら、私なら泣いちゃいますよぉ……」


キリキリと痛む気がするのか、リノは胃の辺りを押さえている。


「さあ、それはどうかしらね。世の中には、どんな事でも良いように変換してしまえる、ポジティブモンスターというものが生息しているの。覚えておきなさい。()()はその類いでしょうね。」

「うええ……」


彼の胸焼けは増した。


「もう、本当――…に、嫌なんです!婚約者がいるのに余所見をしているのも嫌!家柄以外にいいところなんて無いのに、謎に自信満々なところも嫌‼こちらの意思もお構いなしに、ぐいぐい来る押しの強さが……イヤアーーーーッ!!」


ルチアナの、魂の叫びがこだまする。これにはさすがのジョゼフィーヌも大層気の毒になり、思わず彼女に同情してしまった。


「……社交界でも、すでに白い目で見られ始めているし……。私、これから一体どうしたらいいんですか??怖いです……」


ついにぺたりとその場にへたり込んでしまう、ルチアナ。項垂れるその肩を、ジョゼフィーヌが優しくさすった。


「まあ……そんなに大変な思いをされていたなんて……。わたくし、何も知らなくて……」

「……仕方ないですよ……。あの男は、ある事ない事……いえ、勝手な妄想を吹聴していましたから……。ジョゼフィーヌ様だって、辛い状況にあったんでしょう?同じじゃないですか。」

「ええ……そうね。わたくしたち、話が合いそうですわ。」


これにて、喧嘩は終了だ。


「――…ほらね。下手に外野が手を出す必要など無かったでしょう。収まるところに収まったようですわ。」


マリアローザは、後ろに立つリノへ小さく声を掛ける。


「でも、これってたまたまなのでは⁇」

「そんな事はなくってよ。だって彼女たちには、共通の()がいるのだもの――。」


ジョゼフィーヌもルチアナも、共に『ダミアーノ』という男で悩まされている。これほど強力な連帯感はないはずだ。……それが同じ方向を向いたなら――…。


「マリアローザ様。」


しばらくの間、ある意味二人だけの世界にいたジョゼフィーヌがこちらを向いた。その目には鋭い光が宿っており、強い決意が感じられる。


「わたくし、全てを思い知らせてやらなければ、腹の虫が治まりません。――ダミアーノ公爵令息に。」

「……私も。あの男の思い通りになんて、なってやるものですか!」


二人は手を取り合い、それぞれに思いを明言した。


「それが、お二方の出した答えね?よろしくてよ。そのご相談、承りましたわ。」


マリアローザは不敵に微笑む。


「では、あのお方には――…これまでのお礼として、とびきりのお返しを差し上げなくてはね。……()()()の。」


――ここに、伯爵令嬢と男爵令嬢の共闘が結ばれた。

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