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傷物令嬢マリアローザは隠居がお望み  作者: ウメバラサクラ
CASE3 聖女が来りてホラを吹く

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29.聖女は二人もいりません

これから起こそうとしている事を悟られないよう、マリアローザはこの日もまた「聖女」ジュリアの教育のため、王宮を訪れていた。

……さて、()()()()()を開くにあたり、どうやって多くの人々――目撃者を集めるか。その事に考えを巡らせながら、足を進める。

そんな時、耳慣れない声に呼び止められた。


「ああ、これはこれは。マリアローザ様ではありませんか!」


彼女は声の方を振り返る。そこには一人の、中年の紳士がいた。彼はにこにことした、胡散臭い笑みを張り付けている。その顔にも覚えが無い。やはり初対面だ。しかし……

それが誰なのかは、すぐに理解出来た。


「――あら。貴方はもしかして……モスコン男爵、ですかしら?」

「ええそうです!こうしてお目に掛かるのは初めてですが、お分かりになるとは……。さすがはマリアローザ様。」


……初めて会ったのだから、まずは挨拶をするべきでは?――その非常識さに呆れたものの、マリアローザはそれをおくびにも出さず、微笑む。


それはそうと。

思っていたよりも、ずっと遅い接触だ。こちらからは、あえて会おうとはしなかった。彼自身には興味が無かったからだ。

例えいかなる理由があろうとも、モスコン男爵は無垢な人々を扇動し、王家を謀ろうとした。それが全て。そしてこれは、紛れもない大罪である。その行為に、「それじゃあ仕方ないね」なんていう甘い裁きなど、ありはしない。

男爵にあるのは、己の仕出かした罪を償う責任。ただそれだけである。


「何かご用かしら?わたくし、少々急いでおりますの。」

「もちろん、存じていますよ。我が義娘(むすめ)の、王妃教育に向かわれるのでしょう?」

「…ええ、そうですけれど。」


本当に、一体何の用なのだろう?今になって、こんな所で呼び止めるとは……。

しかも舞台役者のように、張った声。……元々こういう喋り方をする人物なのだろうか??


「遅くなりましたが、ご挨拶をと思いましてね。もっと早くにお会いしたかったのですが……私も何かと忙しいもので。」

「あら、そうでしたのね。」


挨拶と言う割に、男爵は笑顔の下の目が笑っていない。挑戦的ですらある、眼差しだ。見たところ、牽制でもするつもりのようだが……マリアローザに喧嘩を売ろうとは、いい度胸である。

ならば喜んで受けて立つ、と彼女は笑った。


「義娘がいつもお世話になっております。何やら、ずいぶんと熱心にご指導頂いているそうで。」

「王妃教育ですもの。厳しくせねば、王室のためになりません。王の伴侶となる者は、誰でも通る道でしてよ。」

「だとしても、もう少し手加減して頂けると有難いですな。義父(ちち)としては、あの子の辛そうな姿を見ていると、胸が痛むのですよ。」

「ホホ……そんな甘い事をおっしゃっていたら、王妃になどなれませんわ。」

「しかし、ジュリアは聖女なのですから。お手柔らかに。」


にこにこと、二人は笑顔で静かな舌戦を繰り広げる……。


ここは王宮のエントランスホール。つまりは出入り口だ。

太い柱が等間隔に立ち並ぶこの場所は、一部が吹き抜けになっていて縦にも横にも広い。そこに、貴族たちや役人などが多数行き交っていた。彼らは気にしていない素振りをしつつも、こちらの様子を盗み見ているらしい。――…そうか。

男爵は、人目のある所で自分を吊し上げたかったのだな、という事に彼女は気付いた。通りで、喋る声がいやに大きかったわけである。

……『聖女は、教育係に虐められている』――。そういう印象を周囲に与えたかったのだろう。浅はかな。どうやら彼も、王妃教育の実態については知らなかったらしい。愚かな男だ。


そちらがそう来るのなら、こちらも同じ手を使ってやろうではないか。

今度はマリアローザから打って出た。


「!そうでしたわ、モスコン男爵‼」


彼女は突然大きな声を出し、ぱちんと一つ手を叩く。周囲も思わず、一瞬はっきりと目を向けてしまった。


「お恥ずかしながらわたくし、実は……聖なる力というものを、少々疑っておりましたの。だってそんな文献もお話も、これまでには存じ上げませんでしたから。」


急に何だ?と、男爵は訝しむ顔をする。だがそれを気にも留めず、マリアローザは話を続けた。


「ですが先日、この目でしかと見たのです!……火も無い場所で、何かが光っているところを……。それは、何の変哲もない石ころでしたわ!そしてそれを持つ、()()()の姿を……!!」


それを聞いた男爵の顔色が変わった。明らかに、動揺している……。そして彼の中で、何か考えが巡らされている様子が窺えた。その内容には見当が付く。

……あの石は、あれからジュリアに渡してはいないのに……。勝手に持ち出したのか?いいや。彼女は使い方だって知らない。例え勝手に持って行っても、あれを光らせる事など出来ないはずだ。なのに……⁉


口元を手で押さえた男爵は、血色の悪い顔で額に脂汗を浮かべている。そして、必死にその謎を解こうとしているようだった。

だから早々に、驚愕の事実を明かしてやろう。


「それを見て、やっと“聖女”の存在を確信いたしました。……貴方がジュリア嬢を見付けられたように、わたくしも新たに見付けてしまったのです。王太子殿下の婚約者であるエレナ様が、“聖女”であったという事実を――…!」


マリアローザは歌い上げるがごとく、高らかに声を響かせた。そして、『目覚めた』かのような、清らかで恍惚とした笑みを浮かべている……。まさに、聖なる何かに出会ってしまったかのような表情だ。

名優ばりの演技力。しかし、これくらい出来て当然ではないか。王妃となるには、敵を欺く力も求められたのだから――。

だが、それに青ざめたのはモスコン男爵である。


「な に !?」


その驚きの声を掻き消すようにして、同時にその場が大きくどよめいた。周囲は、見ていない振りをして見ていたのだから、そう反応するのも当たり前だろう。

()()マリアローザが言っているのだ、間違いなどあるわけが無い。彼らはそう判断する。この大ニュースは、この後瞬く間に知れ渡る事になるに違いない。


「……わたくしは、己の無知を恥じました。きっとこの世には、まだその存在を知られていない事が沢山あるのでしょうね。最初にその存在を認識された男爵には、心から感服いたしますわ‼」

「ま…………待ってください、マリアローザ様!!」


酷く慌てて、男爵は叫ぶ。このままでは不味い、と彼は思ったのだ。


「まぁ何でしょう、男爵⁇」

「そ、それは何かの間違いです!」

「間違い?何がです??」

「だって、もうすでにジュリアという聖女がいるではありませんか!」

「ええ。ですからエレナ様は、二人目の“聖女様”という事でしょう?」

「ですから、それは……」


マリアローザは、きょとんと首を傾げてみせる。それに、必死で違うと訴えるモスコン男爵……。そりゃあそうだろう。

“聖女”なんてものは、彼が小説からヒントを得て作り上げた虚構の存在である。実際にはいない。それを一番よく知っているのは、何を隠そう男爵自身だ。

なのに?新しい聖女を見付けただと??正直、この女が何を言っているのか分からない。頭がおかしくなったのではないかとすら、彼には思えた。


「聖女が二人いるなんて、あり得ません‼普通、聖女は一人でしょう!!」

「……そんな事をおっしゃられても……。()()、とは??どうして一人だけだと思われるのです?二人いたって、何もおかしいとは思いませんけれど。」

「〰〰ッこういうものは()()、そうなんですよ!!」


困惑した顔で愛想笑いをし、マリアローザはもう一つ首を傾げた。

この、お約束も分からない世間知らずめが‼――男爵はそう叫びたくて堪らなかった。『普通』、世界を救う特別な人間といえば、相場は一人ではないか!!なぜそんな事も分からない!?少しは物語の本も読めッ!!!

……彼は頭の中で、彼女をそう罵倒し続けた。ちなみに。そんな事、マリアローザはエレナたちが置いて行った小説で履修済みである。その事も、男爵は知る由もない。


「先ほどから、要領を得ません。そこまでおっしゃるからには、何か証拠となる資料でもお持ちなのでしょうか?でしたらぜひ、見せて頂きたいわ。」

「…それ……は……」


口籠る男爵は、視線を彷徨わせた。必死で、今度は言い訳を考えている……。

そして思い付いた。


「!神託です!!ジュリアは、神託を受けたのですよ‼“ただ一人の聖女である”、とね……!!」


はい出ました、困った時の『ご神託』。ありきたり過ぎてお話にならない。神もいい迷惑であろう、こんなに便利に使われて。

しかし男爵は、これ以上ない最高の手であると確信していた。

神託に、見せられるような証拠など存在しない……!勝った、と彼は思った。


「……ご神託ですか……」

「そうなんです!何か見せられるようなものでもあれば、私もそうしたかったのですがねえ……申し訳ない。」


そう言って、モスコン男爵はニタニタとした笑みを浮かべた。


「では、わたくしが見たものは一体何だったのでしょう?」

「残念ですが、見間違いでしょうな。よくある事です。」


ふむ、とマリアローザは、考える「振り」をする。それから言った。


「――わたくしはやはり、この目を信じますわ。エレナ様は、確かに石を光らせていらっしゃいました。」

「何をおっしゃるんです⁉聖女は一人!これは神のご意思ですよ!!」

「では、エレナ様が本物なのかもしれませんね。」

「はあっ!?そんなわけがないでしょう!ジュリアはこれまで、数々の奇跡を世の人々の前で見せて来たんですよ!?これは疑いようのない事実です‼ただ石を光らせただけで本物とは、失礼ながら笑ってしまいますね!!」


おやおや、おかしな事を言い出した。『ただ石を光らせただけで――』どこかで聞いたようなセリフである。

彼は、自分の論理が破綻しかけている事に気が付いていないようだ。そして、王太子の婚約者を侮辱している事にも、気付いていない。


「ならば、検証してみませんこと?」

「け、検証……⁇」


マリアローザの提案に、モスコン男爵は怪訝な顔をした。


「そうですわ。どちらが真の聖女か……。皆の目の前で、実際に奇跡を起こして証明するのです。簡単な事でしょう?」

「……そ、それは……」


彼は狼狽えた。奇跡を起こす……。それなら、()()()()()()()()で何とかなるはずだ。困るのは、どう考えても彼女らの方……いや。


『“キセキ”なんてものが本当に存在すると思っているから、こんな提案をするのだな?馬鹿な女だ……』


一体どんな事をさせようと思っているのかは知らないが、自分たちに出来ない事を彼女らがやってのけるわけがない。最悪、引き分けだ。少なくとも、負ける事は絶対にない!……いいやもしかすると、これはむしろ好機なのではないか?

目の上のたんこぶだった王太子の婚約者を、正当な理由をもって排除する事が出来るのだから……‼


男爵はニヤリと笑った。


「いいでしょう。それで貴女の気が済むのであれば……。こちらは、やましい事など何もありませんからね。」

「それなら、決まりですわね。」


マリアローザもにこりと返す。


「では、出来る限り沢山の方をお招きして、その前で検証を行おうと思います。証人は多い方がいいですものね。いかがかしら?」

「それはいい!さすがはマリアローザ様だ。」


大勢の前で、この女と王太子の婚約者が同時に失脚する……。まさに理想の断罪劇ではないか!と男爵は思った。これで、物語はまた一歩完成に近付く。


「あぁそうだ……、言い出したのはわたくしです。会場のセッティングなどは、こちらで責任を持って整えさせて頂きますわね。それでよろしくて⁇」

「もちろん、是非!そうして頂けるなら有難い。」


“金も掛からないし”。…――とでも、思っているのだろう。実に単純な人間のようで、本当に()()()。マリアローザはほくそ笑んだ。

何せ、今回の肝は会場での仕込みにある。それが十分に出来るかどうかが、成功の鍵なのだ。流れるように自然に誘導出来たようで、何より……。


「場所の確保などに、一週間ほどお時間を頂きたいわ。詳しくは追ってご連絡します。それでは、一週間後。検証の場で、またお会いしましょう。」





そうして、約束通り一週間後――。

マリアローザとエレナ、そしてモスコン男爵と「聖女」ジュリアは検証の場に現れた。


会場は、王宮のエントランスホール。今日一時だけ、一部を広く開放して貰うように頼んだのだ。誰もが自由に見学出来るように……。

もちろん、警備は厳重にしてある。あらゆる所に騎士が配置されていて、不審な人物には目を光らせているから問題ない。


客は、招待するのではなく、向こうから勝手に来て貰う事にしたのだ。

有難い事に、あの日のやり取りは多くの者が目撃している。その後、思った通り話は一気に拡散された。噂好きの社交界のみならず、市井の人々にまで――…。

大注目の「聖女様」の話だから、当然の事だろう。


話を聞き付けてやって来た人で、エントランスホールはごった返している。この件に非常に深く関係している王太子・シルヴィオも、向こうでこの様子を見守っていた。見届け人は十分だ。


さて。そろそろ始めようか。

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