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傷物令嬢マリアローザは隠居がお望み  作者: ウメバラサクラ
CASE3 聖女が来りてホラを吹く

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27.聖女様といっしょ

「――音を立てない!」


ペチン!

王宮の一室から、指導の音が聞こえる。教鞭で手の甲を叩かれた『聖女』ジュリアは、「イタイ!」と口走った。


「痛いと言うほど叩いていません。」

「痛いか痛くないかじゃなくて、叩くのが悪いって言ってんの‼」

「あら、正論。しかし、聖女様に正論を吐いていられる時間があるとお思いで?このままであれば、もうじき殿下とエレナ様はご結婚なさるのですよ。それでもよろしいのですね??」


その言葉に、ジュリアは悔しそうに唇を噛む……。


「〰〰やるわよ!やればいいんでしょ⁉」

「先ほどから、お言葉がはしたない!」

「イタッ‼……やります、やらせていただきます!!」


彼女はナイフとフォークを持ち直し、渋々ながらも再び食事マナーのレッスンに挑み始めた。

表情は反抗的だが、なかなか根性はあるようだ。そんなところは悪くない。……が――…


「あっ!殿下ぁ!!」


明らかに高くなった、声のトーン。

少し離れた向こうに王太子・シルヴィオの姿を見付けたジュリアは、ガタンと席を立って駆け出した。そして遠慮なく彼に近付いて行く。


「マリアローザ様ったら、酷いんですよお。あれがダメこれがダメって、あたしを叩いて意地悪するんです……。」


ぐすんと涙ぐんでみせているが、あれはたぶん嘘泣きだろう。物凄い変わり身の早さには唖然とさせられる。


「へえ、そうなんだ。」

「ほら見てくださいここ!赤くなってるでしょう⁇」


だから、赤くなどなっていないと言うに。彼女はすっかり、悲劇のヒロインモードである。

少し前までは完全なる一般庶民だったはずなのに、生粋の貴族である自分を目の前にしてこんな行動が取れるとは……。世間知らずほど恐ろしいものはない。

呆れるやら感心するやらで、マリアローザの頭の中は忙しかった。


「まあ、よくある話だよ。マリア嬢も君を思っての事だ。立派なレディになれるよう、更に励むといい。」

「え……、あ、あの……」


シルヴィオはにこりとしながら立ち去って行く。ジュリアは、『あれ?おかしいな』という顔をしていた。それもそのはず……


『……本物の王妃教育は、こんなものではなくってよ。相手がわたくしで良かったですわね、ジュリアさん。』


――…今の彼女よりもずっと幼い頃から、王宮内で行われていたそれは……泣こうが(わめ)こうが容赦のない、過酷な「訓練」であった。いやむしろ、泣いたり喚いたりすれば、もっと辛い指導が待っている――。

そういう、華やかさや優越感とは無縁の、実に厳しい世界だったのだ。

きちんと周りの見えている王子や社交界にいる人間ならば、みな知っている事である。知らぬは、バカ王子と平民だけ……


「さて!シルヴィオ殿下から励ましのお言葉も頂戴した事ですし……。張り切って参りましょうねえ、聖女様?」


あぁ、腕が鳴る。どうやらこのお方は、意地悪令嬢がご所望のよう。ならばそれにお応えして、もっと厳しく躾けて差し上げなければ失礼というもの……。

ニヤリと浮かべたその笑顔がよほど恐ろしかったのか、王太子もいなくなったというのに、ジュリアは少しだけ本当に泣きべそを掻いていた。


うなる教鞭、漏れる泣き言……


かくして、今日もジュリアへの教育は続く――。


「……マリア様。そこまで厳しくなさらなくとも……。」


様子を見にやって来たエレナが、そう声を掛けて来る。この程度、自分たちが受けて来たものに比べれば、まだまだ序の口なのだが――その心は『王家に入らない彼女には過分では?』という事らしい。


「そんな事はありませんわ。平民とて、作法とは身に付けておいて損の無いものです。特に彼女の場合、下級貴族や大きな商家から求婚されても、おかしくはないでしょうし……」


そうだ。ジュリアならば本来、こんな事をしなくても評判が広まっただろうから、いつかそういう者に見初められる事になったと思う。良い家に嫁げる期待は、十分にあったのだ。……彼女が()()()()で満足したかどうかは、別として。

この先だって、事の次第によっては、どんな人生が待っているか分からない。それなりに良い暮らしが出来る可能性も、まだ残っているのである。その時、今の教育は役に立つはず。


「……それもまあ、()()()()()()()。ですけれど。」

「ホホホ……」


全ては、彼女が何を考え選択するか。それに掛かっている。


「では、ウォーキングをあと三十分!頭の上の本を落としたら、やり直しです‼」

「エエー!?……もぉいやああああ〰〰!!!」






本日も、役目を終えたマリアローザが馬車へと乗り込んだ。


「このままお屋敷へ戻られます?」


御者台から、執事のリノが尋ねて来る。


「いいえ。オーナーから連絡があったでしょう。宝飾店まで行って頂戴。」

「かしこまりました~。」


頼んでいた“光る石”についての調査が、ようやく終わったらしい。それを早速聞きに行く。どうやら、首尾は上々との事である。楽しみだ。――それはさておき。


……今日も、大変だった。

ジュリアは根性だけはあるものの、向上心が無い。『とりあえずやればいいんだろう』という具合で、やっつけのように取り組む毎日。そりゃあ、身に付くものなどありはしない。それでも心を鬼にして叩き込み、ようやく形になって来たという有様である。……根性はあるのだから、やろうと思えば出来るのに。


彼女は打っても響かない太鼓……。何かを思い出す。

そうだ、元王太子の恋人だ!!あれとまあ、そっくりである。あの子もまた、向上心が無かった。違う点があるとすれば、教育を施されているという意識があるか無いか。あと、したたかさの有無。それから、貴族と平民の差くらいのものだった。

共通するのは、楽して王妃になろうという、甘い考え――。


『ここまで付き合ってみて分かったのは、ジュリアさんはあまり賢くはないという事。自ら悪巧みをするようなタイプではなさそうね。教える事は、やる気さえあれば、出来るようになるだろうという事……』


マリアローザが物思いにふけっていると、王都の繁華街にある宝飾店にはすぐに到着した。


「――いくつか、見付けて参りましたよ。」


奥にある個室の応接セットで、いつものように人の良さそうな笑顔をしたオーナーが話し始める。


「こちらにご用意いたしましたのが、太陽光に反応して光ると言われている石の数々でございます。」


そう言って、彼はケースに入ったいくつかの見慣れた宝石たちを差し出す。……どれも、元からキラキラと光り輝く美しい石ばかり。

これらは、陽の光によって色を変えたり、わずかに発光したりする性質のある宝石である。


「生憎と本日は、日が暮れてしまいましたからねえ。光っているところを実際にお見せする事が出来ず…」

「オーナー。」


マリアローザは、その説明の途中で話を遮った。


「…申し訳ないのだけれど、このくらいでしたらわたくしも存じていてよ。貴族たるもの、その程度の知識は持っておりませんと。」

「ああ、そうでございましたね。これは大変なご無礼を。」


それはそうだ。日夜宝石を身に着けているような貴族にとって、その知識が無いという事は目利きも効かないという事である。下手をすれば、堂々と偽物を着けて人前に出る事にだってなってしまう。そんな事は末代までの恥。――…それに伴い、太陽の下で光る宝石の事だって、広く知られた話なのだ。そういう物で着飾る女性であれば、なおの事。


「それにね、オーナー。話がきちんと伝わっていないのかもしれませんけれど、探しているのは“宝石”ではありませんの。」

「存じておりますとも。“普通の石ころ”をお求めなのでしたね。こちらは少しばかり余興と申しますか、小手調べのようなものでございますよ。伺った条件に近い物ですと、このような物がありました。」


はは、と笑うオーナーに、どうやら少々遊ばれていたらしい。それでは本題に入ろうかと、彼は別の石を取り出す。

それはさっき出された宝石たちとは違う、何の変哲もない路傍の石ころにしか見えなかった。


「……これが、そうなの⁇」

「ええ。こちらは某国の一部地域に落ちております、何という事はない石でして。良く晴れた日に暗い場所へ持って行くと光る――という事で、庶民の子供のおもちゃになっているようですね。」

「子供のおもちゃねえ……」


マリアローザは、一つ摘んで持ち上げてみる。ふむ。どこからどう見ても、ただの石。……こんなものが本当に光るのだろうか?


「何分、宝石ではございませんもので。探すのには苦労いたしました。色々と伝手を当たりまして、ようやく辿り着いたのでございます。わたくしも試しに陽に晒してみたのですが、確かに光りましたよ。少しの間でしたが。」


オーナーは自信を持って説明する。だが、そう言われても実際に見てみるまでは分からない。


「分かりました。ご苦労様。これは、買い取らせて頂きますわね。そちらの言い値で結構よ。」

()()()()()、ありがとうございます。」


彼はにんまりと、今日一番の笑顔を見せた。

本人による検証はまだの、単なる石ころ……。それに破格の値が付く。付き添っていたリノは心配になり、こそりと尋ねてみた。


「……ちょっと!いいんですか?こんな物にそんなに支払って……」

「いいのよ。」


彼女は平然と答える。

光るというのが嘘であれば、オーナーが信用を失うだけの事。マリアローザとの取り引きは、今後一切無くなるという事だ。彼は、姑息な手段で荒稼ぎしようとするような、浅い人間ではない。それに――

これはほぼ、『調査費用』なのである。


例え、実際はこれとは別の石であっても構わない。重要だったのは、“光る石”が存在するという事実。そしてその現物を確認する事だった。

これで目的はまた一つ、達成された。こちらのカードは揃いつつある。


「後は、モスコン男爵と“聖女様”の嘘を暴く方法ね……。ねえ、オーナー。わたくし、考えている事があるのだけれど……聞いてくださる??」

「ええ、もちろんですとも。どのようなお話です⁇」

「実は――」


そこで、マリアローザは密かに温めていた案を披露する。リノは怪訝な顔をし、オーナーは興味深そうに聞いていた。


「……なるほど……。それでしたら、わたくしよりもベルティーニ伯爵を頼られてみてはいかがでしょう?」

「エ゛ッ⁉」


リノがおかしな声で反応し、マリアローザとオーナーは彼の方を向く。その口を自分の手で塞いだのを見ると、二人は会話に戻った。


「ベルティーニ伯爵様に?」

「はい。お隣テラキアーロでは、最近()()が流行していましてね。特に、大掛かりな仕掛けが大ウケしているようですよ。きっと、その道に詳しい方をご紹介頂けるのではないかと。」


ふむ、とマリアローザは考え込んだ。ベルティーニ伯爵ことフィオレンツォとは、今回の計画を共有している間柄でもあるし……。どこか胡散臭い事を除けば、秘密に関しては問題ない。

それに、オーナーの推薦とあらば、間違いはないだろう。


「参考になりましたわ、オーナー!それでは、何かあればまた。頼みますわね。」

「こちらこそ。またのお越しを、お待ちしております。」


宝飾店一同に見送られながら、マリアローザは帰途に就いた。

……フィオレンツォならば、わざわざ探す必要も呼び寄せる必要もない。屋敷にいれば、どうせすぐにふらりと現れ…


「あっ。わたくし、近頃は王宮へ通っているのだったわ!」


聖女・ジュリアの教育のために……。不覚。

まあいい。屋敷にいる使用人たちに言付けを頼めば済む事だし、何とでも出来る。


そんな事より、計画の総仕上げについてだ。

沢山の観衆が見守る中、皆があっと驚く“奇跡”をご覧に入れようではないか。「真の偽聖女・エレナ様」によって――。

そう、彼女らが起こしたようなチンケな奇跡ではなく、本物の奇跡を。である。


「…………その時の事を考えると、ゾクゾクしますわね……!」


馬車の中で一人、マリアローザは恍惚とした笑みを浮かべていた。





――後日。

朝から非常にいい天気の日に試してみたところ、あの石は本当に光った。

ほんの少しの間だけ。

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