25.聖女探訪~生誕の地を行く~
――“ジュリア・レティシア・モスコン”。
それが、「聖女」の名である。
“ジュリア”は実の両親が付けた名で、“レティシア”は養女にした際、モスコン男爵が付け足した名だそうだ。
歳は17。もうすぐ成人年齢になるところで、王太子妃に名乗りを上げるにはちょうどいい頃合いと言えるのかもしれない。つくづく、よく練られた計画である。
そんな、「聖女・ジュリア」が生まれ育った地へと、マリアローザたちはやって来た。
「ふむ……。」
これまで回って来た村々とまでは行かないが、ここもかなり素朴な町である。
しかし町というだけあって、見掛ける人の数は若干多い。だが皆のんびりとした様子で、ひなびた土地だ。
上昇志向のある若い女子にとっては、さぞかし不満な事だろう……。
「さすがに、ご実家へ突撃するのはやめておきましょう。わたくしたちは、新聞記者ではないのですからね。」
それに、そんな事をしてはファンの風上にも置けないではないか。ここはそっと、縁のある場所を巡っているだけでいい。
だってほら。そうしている内に――…
「あのーぅ……。もしかして、“聖女様”関連でいらした方ですか??」
釣れた。『聖女様が幼い頃遊んでいた場所』なる所に立ち寄って眺めていると、若い女性が近付いて来たのだ。
「ええ、そうです!よくお分かりで。」
またあの胡散臭い笑顔で、リノが答える。彼女の方は、安堵したかのように笑顔になった。
「やっぱり!最近、そういう観光客が増えてるんですよね~。おかげでウチの店も潤ってて。ホント、聖女様様ってかんじです!」
……王都での行動にはだいぶ難があるものの、「聖女様」は地元の経済には貢献しているらしい。
「貴女はもしや、聖女様のご友人ですか⁉」
自然な流れで、リノは彼女に尋ねた。相手は首を横に振る。
「私の家はもっと向こうの方にあって……聖女様の家は、あっちの方なんです。住んでるのは近所じゃなかったんで、遊んだ事とかは無いですねー。」
親切にも、彼女は指を差してまで教えてくれた。
示したのはそれぞれ別の方向。さして大きな街でもないのに、住んでいる場所が少し離れているというだけで、交流などが無い……。
なるほど、と後ろで聞いているマリアローザは思った。
「あっ、でも、見掛けた事はありますっ‼」
少々慌てたようにして、その女性が言い繕う。どうやら、こちらががっかりしたのではないかと思ったようだ。
「ほう!いかがでしたか??」
「んー……。その時は、可愛いけど普通の子に見えて……。けど何か、すっごい力?を持ってたんですよね⁇びっくり。元々、美人って事では割と有名でしたけど……男の子には人気あったりとか。」
この女性、年格好は「聖女様」と同じくらいである。最初「聖女様」に好意的かと思われた彼女だが、話をして行く内、その顔は段々と曇って行った。
……何となく感じる、滲み出る嫉妬心……。店が潤った事と聖女個人についての感情は、微妙に違うらしい。そして――
『少なくとも、昔から“聖なる力”とやらを使っていたわけでは無い、という事はほぼ確実のようね。』
万が一、いや億が一。彼女が「本物の聖女である」という可能性は、消えたと見ていい。
有名だったのは、『美人である』という事だけ。誰かを治したりした、という奇跡の話ではない。
……まあ、これまでは力を隠していただとか、ある時急に覚醒したのだとか……。後からいくらでも理由を付ける事は出来るけれども。
「……リノ。」
マリアローザは前にいる執事をつつき、次へ行くよう促した。
「お話を聞かせてくださり、ありがとうございました。お嬢様もご満足のようです。」
「……やっぱり、貴族様だったんですね!この辺にもたま~に通って行く事があるから、分かりましたっ。あのっ、お食事の場所を探しているならぜひウチへ!!」
彼女が近付いて来た目的は、飲食店の営業だったようだ。貴族イコール金持ちを前にし、女性は目を輝かせている。
リノはにっこりとした無機質な笑顔で、きっぱりと返した。
「参考にさせて頂きます。」
――次。
もう少し、聖女の実家の側まで行ってみよう。
その人となりが、もっと詳しく知りたい。
「ジュリアかい?昔っから可愛らしい子だったよ。小さい頃は、“お姫さまになるんだー”なぁんて言っててねえ。」
「あの美しさは、聖女だからだったんだ!今にして思えば納得だよ‼」
「男爵様がここに来た時にはたまげたもんだが……。貴族様の養子になるなんて、ジュリアはこの町の誇りだわい!」
「せいじょ様??っていうの⁇よく分からんけども、別嬪さんはすごいねえ~。」
「…そんな力があるなら、私が怪我した時に治して欲しかったなー、なんて……」
「俺は知ってたよ。ジュリアは絶対に、他の人間とは違うんだってね!!」
「トムの告白断ったって聞いた時は、正直、何様⁉って思ったけど……」
「“あなたはあたしの運命の人じゃないのー!”ってやつでしょ?」
「そうそう!……けどまあ、聖女様だったわけで……。」
「でもあんた、そのおかげで今トムと付き合えてるんじゃない!」
「まあ、ね。」
……………………
「うー~~ん……。」
リノが渋い顔で腕組みをしている。話したそうな顔をした人々は、一通り去った。
「何ていうか……。老!若!男!女!ごとに分かれてまとまった意見ではあるものの、感想がバラバラですねぇ。特に、若い男女別の傾向なんて顕著なもので。」
大絶賛の声ばかりの若い男たちに、言葉の端々がどこか刺々しい女たち……。ここでのジュリアがどんな風に暮らして来たか、何となく想像出来た。
――しかし。聖女の力とやらは、近所の人々も結局見た事が無いようである。どこからの噂も聞こえて来ない。
「本当ね。……それにしても。男爵は、一体どうして彼女に目を付けたのかしら……。」
可愛いとか美人だとか、みな盛んに口にするから――。……やっぱり、愛人的な意味合いで?
いや、だとしたら、王太子妃に推薦する意味が分からない。…………否。
愛人を王太子妃にして、色欲も権力欲も満たそうという算段だったりして――…。
ばれたら処刑ものだが。
「――…あっ!」
その時マリアローザは、まだ一つ確認していない事に気が付いた。
「そうだわ、雨の予知の話を聞けていない!」
これまでは、町の人を自由に喋らせていた。話を誘導したりなどはせずに。そのため、彼彼女らの自然な意見を聞く事が出来たのだが――…。「聞きたかった事」について、話してくれる人はいなかった。
『雨の予知は、トリックを使ってもさすがに無理があるわ。たまたま当たる事もあるでしょうけれど、そう何度も上手くは行かないはず。にも拘らず、王太子の耳にまで入るくらいに広まっているとは……。こればかりは、偶然とは言えないのよね。』
どんよりとした曇り空を見て、雨を予知した?――…そんな事、他の人間にだって分かる。ならば、遠くの雨の匂いを敏感に感じて予測したとか??
……もしくは、その話自体が作り話だったり⁇
「――ああ、それだったら、子供の頃からよく当ててましたよ。“明日辺り雨が降りそう”って。」
「あ……あした!?」
マリアローザは思わず声を上げた。
何人かに声を掛けたところ、ついに幼馴染みだという女性に当たった。その発した言葉に、彼女は動揺してしまったのだ。
いくら何でも、前日に雨の匂いを察知する事は出来ない……。あれは雨で舞い上がった埃の匂いなのだから。この線も消えた。
だったら、どうやって――。
「はい。確か……“今日は何だか頭が重いから”とか言って……。でも、そう言うと本当に次の日とかに降るんですよ!いつも驚いちゃって。あれって聖女の力だったんですね。」
それを聞くと、マリアローザは穏やかに微笑んだ。そして尋ねる。
「それは、ここにいらした時は、しょっちゅうおっしゃっていた事なのですか?」
「そうですね……昔からしょっちゅう言ってましたよ。雨の前には必ずってわけでは無いですけど……。そういえば、晴れから突然雨に変わった時には、一緒にずぶ濡れになった事もありましたね。今ではいい思い出です。」
……そういう事か。微笑みは、気付かれないようにしてニヤリという笑いに変わった。
「まあ……。貴重なお話が聞けて、嬉しかったですわ。ありがとうございます。」
それからすぐに馬車へ乗り込むと、マリアローザたちは「聖女生誕の地」を後にした。
「マリアお嬢様。こちらでの調査は、もうよろしいのですか?」
念のため、ジーナが確認をする。窓の外を眺めながら、満足気な顔をしたマリアローザは答えた。
「ええ。もう結構よ。最後に、重い病に苦しむ人を癒したという病院を回って、後は急いで王都へ帰りましょう。」
「えっ⁉雨の話はあれだけでいいんですか⁇全然解決してないじゃないですか!」
リノが困惑したように口を挟んだ。マリアローザは正面に顔を向ける。
「したわよ。なに、聞けば実に簡単なお話でしたわ。」
「どこがですか!全然分からないんですけど‼」
彼はむくれて口を尖らせた。彼女は溜息を吐く。
「――“聖女様”はね、気象病持ちなのよ。気圧の変化に敏感で、雨の前にはいつも何か症状が出ている。だから当てられたのだわ。」
予知だとか、聖なる力だとか……。そういう言葉に惑わされて、王太子から聞いた噂を鵜呑みにしてしまった。
……「“もうすぐ雨が降る”と言うと、その後本当に雨が降って――」。
噂は、話半分に聞くべきである。必ず尾ひれが付いているものだ。もしくは、少しずつ形を変えて伝わるのが世の理。それが伝聞というものではないか。
あの話も、「翌日」がどこかで「すぐに」と変化したのだろう。その方が、何か“奇跡”っぽい。
当てた時の状況――それさえきちんと聞けば、不思議な事など何も無かったのだ。
「気象病……。聞いた事がございますわ。女性に多い症状だとか。」
「そのようね。気圧には関係の無い、にわか雨は分からなかったようだから。まず間違いは無いでしょう。」
……何となく、見えて来た気がする。
男爵の計画が先か後かは分からないが――…、モスコン男爵はあの町で、偶然にもジュリアが雨を言い当てているのを聞いたのではないだろうか。
翌日本当に降った雨を見て、彼は思う。
『……これは使えるぞ……‼』
そしてその後、彼女に接触した。
――「君は聖女になれる!」――とか何とか言って、言葉巧みに……。
平民のジュリアは、どこか夢見がちな少女のように思える。男爵の誘いは、何から何まで彼女の琴線に触れたに違いない。きっと、簡単に彼の手を取ったはずだ。
「けれど……残念でしたわね、男爵。」
マリアローザは再び窓の外へと目をやる。
「わたくしの大事な人たちに喧嘩を売ったという事は、わたくしに喧嘩を売ったも同然。――覚悟なさい。」
さて、一体どうしてやろうか。
わくわくとしながら、彼女は早くも計画を練り始めた。




