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傷物令嬢マリアローザは隠居がお望み  作者: ウメバラサクラ
CASE3 聖女が来りてホラを吹く

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23.聖女偽造計画

シルヴィオとエレナは、目をパチパチとさせた。


「……聖女を……創る⁇」

()()()()が……聖女??」


首を傾げた二人はキョトンとしている。しかしマリアローザは、余裕の笑みを浮かべたままだ。


「そうです。この件に関して問題は二つあって、一つは聖女なる人物が信者を得ている点。そしてもう一つは、エレナ様の“王太子殿下の婚約者”という立場が脅かされている点ですわ。」


うんうん、とシルヴィオたちは頷く。

まやかしではあるが、奇跡の力とやらを見せ付けた「聖女」は、すでにその地位を確立しつつある。更には、国を救う存在だからと次の王妃にするよう要求までして来る始末だ。

「聖女」は、排除すれば王室に対する反感を抱かせる事にもなりかねず、放置すれば王太子と結婚させるべきだという声が方々から上がるかもしれない。もう、にっちもさっちも行かない状態である。

国を救うどころか……正直、混乱に陥れる存在となっているのだ。


「――この問題を一度に解決する方法……。それが、エレナ様を“真の聖女”に仕立て上げる事なのです。」


王太子は「ほう」と感心した。


「つまり、偽の聖女の存在を、新たな偽の聖女で塗り替えてしまおう……という事だね⁇」

「さすが王太子殿下ですわ!ご理解が早い。」


にっこりとマリアローザは笑う。


「せっかくあちらがお膳立てをしてくれたのです。これを利用しない手はありません。彼らが作り上げた信奉――。断罪と共に、ごっそりと頂いてしまいましょう。そしてそのまま、エレナ様への求心力と変換すれば良いのですわ。」


“にっこり”だと思っていた笑顔は、いつしか黒い笑みに変わっていた。そしてそれは、王太子も同じようである。


「いいね……。そうすれば、エレナの立場も揺らがなくなる。だがどうする?偽りは所詮、偽り。いつか嘘がばれた時、逆に窮地に陥ってしまうのではないかな。」

「それはご心配なく、殿下。そうならないための策も考えましたの。」

「ハハハ抜かりないな。マリア嬢、君も相当な悪だね?」

「ホホ、嫌ですわ。そうおっしゃる殿下も、やぶさかではないご様子で……。」


今、二人は恐らく本家よりも悪党のような顔をして笑っている……。まるで彼女らが悪巧みの黒幕かのようだ。……実際、内容だけ見ればそうとも言えるのだが……これぞまさに、毒をもって毒を制すというやつである。

だがこれは、モスコン男爵と「聖女」が余計な事をしなければ良かった話。

王室に――ひいては、エレナと懇意にしているマリアローザに喧嘩を売る事になってしまったのが、彼らの運の尽きなのだ。こうなった彼女は容赦しないだろう。


「あらまあ。お二人とも、楽しそうですわね!それではわたくしは、何をすれば良いのかしら⁇」


パチンと手を打ち、エレナがワクワクとしながら尋ねて来た。こちら、「()()聖女(偽)」となる予定の当人も、なかなか乗り気のようである。


「エレナ様には、今は一先ず、いつも通りにお過ごし願いますわ。何せ、“真の聖女様”ですからね。気品があって、神聖なる雰囲気を醸していなければ。……ですがそれって、“普段のエレナ様”そのものではなくて?」

「あらマリア様、お上手ね。でも……それだけでは、何だか物足りませんわ。」


彼女は「ふう」と物憂げな息を吐く。どうやら、何か聖女っぽい事をやりたかったらしい。


「焦らないでくださいな。いずれ、エレナ様にも派手な舞台をご用意いたします。その時までお待ちになって。」

「貴女がそうおっしゃるのなら、仕方ありません。その時を楽しみにしておきますわ。」


――そんなこんなで、『エレナ・聖女計画』は始動する事になった。


「エレナ様を聖女に仕立て上げるには、まず敵を知るところから始めましょうか。殿下、その“聖女様”については、すでに王室でも調べているのでしょう?その資料を頂けますかしら。」

「ああ、構わないよ。後で持って来させよう。」

「それから、トリックも暴かなければね。ええと、“石を光らせる”に“怪我人や重病人の治癒”……それと、“天気の予知”でしたわね。……これは、一度現地へ行ってみる必要がありそうね……」


うつむき気味でブツブツと独り言を呟きながら、マリアローザは早くも考えを巡らせ始める。

その時、少し離れた場所から声を掛けられた。


「――石についてなら、宝飾店のオーナーに相談されてみては?」


男の声だ。

ここは自分の屋敷。今この部屋の中にいる男は、王太子だけなのに……。マリアローザははっと顔を上げると、それが聞こえて来た方を向く。


「…ベ、ベルティーニ伯爵様!?」


思わず大きな声を上げてしまった。そして、ガタリと席を立つ。

先日世話になった、隣国の伯爵である。この部屋の扉を入ったすぐそこに、彼はいた。あれ以来、こうして度々この屋敷を訪ねて来るようになったのだ。


「申し訳ございませんが、本日は大切なお客様がいらしておりますの。お帰り頂いてもよろしいかしら。」


さすがに今日は相手を出来ない。素っ気ない態度でマリアローザは言う。しかし、全く意に介していないようだ。


「ええ、存じていますよ。ですからぜひご挨拶をと思い、こうして参った次第でして。」

「いえ、お帰りくださいと申し上げたのですけれど!」

「そう固い事を言わず。」


ニコニコとしながら、ベルティーニ伯爵ことフィオレンツォは近付いて来る。そして、椅子に座ったままのシルヴィオの所まで行くと、その前で跪いた。


「アルベロヴェッタ王国の王太子殿下とお見受けいたします。わたくしは隣国テラキアーロ王国で伯爵位にある、フィオレンツォ・デ・ベルティーニでございます。以後お見知りおきください。」


彼は顔を上げる。シルヴィオは王太子らしく、上から見下ろし余裕の表情で返した。


「――ああ、君か。近頃マリア嬢のもとに頻繁に通っているという、隣国の貴族とは。」

「これはこれは、わたくしの事をご存知でしたか!光栄でございます。」

「それはそうだよ。()()()()()()()令嬢に、悪い虫が付いては困るからね。」


二人は笑顔で対峙する……。そして、少しの妙な沈黙の間があった。


「あら……あらあらあら⁇もしかしてこれはっ……一人の女性(マリア様)を巡る、男たちの無言の戦いかしら!?」


胸をときめかせ、エレナの目が輝いている。その片方は自分の婚約者だというのに。

マリアローザは苦笑いをした。


「違いますから。あと、貴女がそれに喜んでどうしますの……。」


それから、続けて溜息を吐く。


「全く、リノは一体何をしていたのかしら。エレナ様たちがいらしているのに、お通しするなんて……」


群がって来る令嬢たちと同じように、ここは追い返すべきところではないか。


「――“リノ”。…ああ、執事殿なら、会うなりものの数秒で中へ入れてくれましたよ。」

「はい⁉……なんて事……。後でお仕置きが必要なようね……‼」


フィオレンツォの話に、彼女は怒りで震えた。仕事が出来そうだと思ったし、実際よくやってくれてはいるものの……こういう抜けた事をするとは。


「忙しかったのかもしれませんねえ。……あまり、話をしたくないようでしたから。殿下方の事は、他の使用人から聞きまして。」


なまじ最近よく出入りしているからか、伯爵への対応が甘くなっているのではないだろうか。一度、屋敷の空気を引き締め直さなければとマリアローザは思った。


「まあまあ、どなた様もあまり警戒なさらずに。こうして殿下へ直接ご挨拶させて頂いたのは、マリアローザ嬢とはやましい関係では無いですよというアピールのためですから。」

「やましくないと言う者ほど、やましいそうだが?」

「これからも、健全なお付き合いが出来ればと思っております。」


なかなか食えない男だなとシルヴィオは思う。しかし……敵意や、コソコソとするような事は無いと伯爵は言いたいようだ。


「まあいいか。今はその言葉を信じよう。それより――貴殿の国の王位継承問題はどうなっているのかな?僕も新しく王太子になったから、早く挨拶に行きたいのだけれどね。」

「申し訳ございません。まだ少々揉めておりまして……。それについては、わたくしにお答え出来る事はございません。」


さっきまでの余裕のある笑みから、フィオレンツォは弱ったような笑みに変わった。


「ところで、何やら面白そうなお話が聞こえていたのですが……」


その言葉で、元からこの部屋にいた三人はハッとした。――そうだ。そんな事よりも、大事な話をしていたのだった!「誰かさん」のおかげで、だいぶ横道に逸れてしまったではないか、と……


「……この方の前で、()()()()を続けても良いのですか⁇」


マリアローザがコソコソとシルヴィオに尋ねる。

偽の「聖女」(ペテン師)に王室が脅かされているというだけでも恥なのに、向こうの計画を乗っ取ろうとしているなんて事が広まったら、一大事だ。こちらの計画が潰されるだけでなく、王家の威信が完全に地に堕ちてしまう。


「……あまり良くはないけれど、どうやらすでに聞かれてしまった後みたいだからね……。」


シルヴィオもコソコソと返す。それから彼はフィオレンツォの方を向いて、良い笑顔で語り掛けた。


「伯爵。ここで聞いた事を口外したら……どうなるか、分かるだろう?そうしたら国際問題になってしまうなあ。貴殿も戦争の引き金には、なりたくないよね。」


途中、笑いながら親指で首を横に切る仕草は、なかなかに背筋の凍る光景だった。

……戦争の引き金になった時には、自分はもうこの世にはいないという事で……。没後の事など知った事では無いのだが、それ以前に没したくはない。

フィオレンツォは神妙に返事をする。


「…はい。肝に銘じておきます。」


しかし、口の堅さにかけてはかなりの自信があるので、特に問題は無かった。


「――それでは、話を元に戻しましょうか。」


ンン、と咳払いをして、マリアローザはどこまで話していたかを思い返す。……そうそう、まずは例の「聖女」の事を調べようという話だった。


「確かに……宝石でないにしても、石の事ならばオーナーが詳しいかもしれませんわね。」

「では、私から聞いてみましょうか?」

「なぜ伯爵様が?……何か見返りをご希望なのかしら。」

「まさか!皆様の計画の一味に加わったという、証のためですよ。」


どうも胡散臭い。そんな目で、彼女はフィオレンツォを見た。

だが――…


『エレナ様も殿下も、これ以上政務を放っておく事は出来ないから、今後はそちらへ掛かり切りになるでしょうね。“聖女”の件は、急いで調べなければならない事が多過ぎる。遠方へも出掛けて行く事になるし。』


人手も時間も足りない……。となれば、致し方ない。


「……でしたら、お願いいたしますわ。だって貴方は無害、なのでしたものね?」

「ええ、もちろんですよ。」


彼はニコッと微笑んだ。


さて。こんな事を話している間にも、時間は刻一刻と過ぎて行く。


「早速、行動を始めましょう!殿下とエレナ様は、男爵と“聖女様”に対し変わらない態度で接してください。あくまでも、いつも通りに。ベルティーニ伯爵様には、光る石の件をお願いするとして……わたくしは、旅の準備をいたしましょう。」

「旅?」


首を傾げながら、エレナが尋ねる。

パチッと片目を瞑り、マリアローザは答えた。


「ええ。――…暇を持て余した傷物の、ぶらり“聖女の()()への旅”!ですわ。」




いざ行かん、聖女が奇跡を起こして来たという土地巡りへ――!

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