13.下ごしらえは念入りに
「宝石商なら、お屋敷に呼んだらいいんじゃないですか??」
マリアローザから命じられた通りに馬車の用意をしたものの、リノは首を傾げる。聞けば、行き先は王都城下の繁華街にある宝飾店だというではないか。そんなのは普通、貴族であれば呼び付けるものだと思うのだが……。
元侯爵令嬢が、わざわざ出向くだなんて??
「単にお買い物をするだけならばそうするけれど、今回は相談をさせて貰うのだもの。こちらから出向くのが礼儀というものでしょう?」
「でもー、内緒の相談ですよね⁇お屋敷でした方がよくないですかー?」
「来れば分かるわ。」
――そんなわけで。二人を乗せた馬車は、あっという間にとある宝飾店の前に到着した。
馬車を降りると、ドア番の警備員が扉を開ける。そこから店内へ一歩足を踏み入れれば、すぐさま出迎えの従業員が声を掛けて来るという寸法だ。
「まあ!これはこれはマリアローザ様、お久しゅうございます。当店一同、お待ち申し上げておりましたわ‼」
「しばらく顔を見せずに、申し訳ないわね。オーナーはいらっしゃる?ジュエリーを一式探しているのだけれど……。」
すると、従業員の女性は察した。
「ええ、おりますわ。奥の個室へご案内いたします。」
彼女に先導されながら、リノを伴ったマリアローザは慣れた様子で店の奥へと入って行く。そして部屋に通されると、内部を眺めたリノは感嘆を漏らした。
なるほど、椅子もテーブルも高級そうで、壁際に飾られた壺はいかにもといった雰囲気だ。床にも名のある石が使われ、まさに宝飾店らしい煌びやかさである。
特別な客は、こうして別室にて直接オーナーから接客を受ける。――というのは建前で……
「――お待たせして申し訳ございません。ようこそお越しくださいました、マリアローザ様。」
マリアローザがふかふかとしたソファに腰を下ろしてすぐ、オーナーらしき人物が現れた。
にこにことした、非常に人当たりの良さそうな中年の男性。物腰が柔らかく、宝飾店のオーナーにしてはあまり生々しい金の匂いを感じない人物である。
挨拶をした彼は、マリアローザの向かいに置かれた下座のソファへと腰を下ろす。
「ところで――本日は、どういったご用件でしょう⁇」
リノの眉がピクリと動いた。
……我が主人はあの女性従業員に「ジュエリーを一式」と伝えたはずなのに……。「どういった用件か」とは、どういった了見だ。と、彼は思う。
こんなに立派な店なのだ。例えいち案内係であろうと、こと上客相手には半端な仕事などさせるわけがない。にも拘わらず、オーナーはあんな事を尋ねて来た。申し送りが無かったなんて、考えられない!
そして一方のマリアローザだが、表情を変えずに出された茶へと優雅に口を付けている――。
いや、そもそも宝飾店に来ているのだから宝飾品を買いに来たと思うのが普通だ。ならば「どういった物をお探しで?」と言うべきではないのか??
というか、それ以前に……
「今日はジュエリーの件も本当ですわ。後で色々と見せて頂戴。」
「おお、そうでございましたか!かしこまりました、それでは後ほどお持ちいたしましょう。ご要望などあれば何なりと。」
元々笑顔だったオーナーの顔が、更に破顔した。
そんな会話を前に、マリアローザを後方で見守っていたリノが怪訝な顔をしている。ここまでのくだり、聞いていたのと少々話が違うのだが……。
「……あの、マリアローザ様?お買い物じゃないって、言いませんでした⁇」
彼は一、二歩進み出て、後ろからこそりと主人に耳打ちをする。ここへ来たのは、相談をするためだったはずなのでは?と……
するとマリアローザは口元を扇子で隠し、彼を横目で見ながらひそりと答えた。
「だけならば屋敷へ呼ぶ、と言ったはずだけれど?わたくしがいつ、お買い物は“しない”と言ったのかしら。」
「……デシタネー。黙りまーす。」
ピンと背筋を伸ばすと、一、二歩下がったリノは元の位置で口を結んだ。
仕切り直しのようにしてマリアローザは微笑むと、広げた扇子をパチンと閉じる。
「――さて。ここ最近、景気はいかが?近隣諸国へも、買い付けなどに行っているのでしょう?」
「はい、おかげ様で順調ですよ。国外には買い付けだけでなく、お得意様もいらっしゃいますからね。つい先日も三つほど国を回って来たのですが、ご満足頂けたようで何よりでした。」
オーナーはホクホク顔をしている。さぞや良い取り引きが出来たのだろう。
「結構な事ですわね。それで……付近の情勢は今、どうなのかしら?」
彼はキョトンとした顔になった。
「おや?マリアローザ様。隠居なさったと伺いましたが、各国の動向にご関心がおありで⁇」
……以前の彼女とはよくそんな話もしたが、現在の彼女にはそれはもう必要の無いものだ。そうなったのだとばかり、思っていたのだが……。と、オーナーは小首を傾げる。
「ただの個人的な興味ですわ。わたくし、政治の一線からは身を引きましたもの。で――、最新の情報は持っていらっしゃる?」
「ええ、それはもちろん。」
疑問は一先ず脇へ置き、二人は宝飾店でするような話題ではない会話を始めた。
「このアルベロヴェッタ周辺の国々は、どこも比較的安定しておりますよ。観光などにはよろしいかと。」
「そう。各国の社交界の方はどうかしら?面倒事などは起こっていない⁇」
「社交界ですか……そうですねえ、特に目立った悪い噂などは、耳にしておりません。宝飾品のご購入意欲なども変わらないようですから、平常と考えてよろしいのではないでしょうか。」
「ふむ……。」
マリアローザはそれを聞き、少々考え込んだ。それからまた尋ねる。
「――西の隣国は?あそこは確か……立太子で揉めているという話があったと思うのだけれど。」
「“テラキアーロ王国”ですか?それでしたらあまりご心配は無いかと。貴族間で対立があるとしても、ごく一部だけのようですから。それも些細なものなので、内乱にはならないでしょう。」
「そうなのね……」
再び彼女は考えを巡らせている……。オーナーはふと思う。
「失礼ですが……もしやマリアローザ様、移住でもお考えで⁇」
「まさか!わたくし、国外に拠点を移す事は禁じられていますのよ?」
マリアローザは一笑に付す。西の隣国・テラキアーロ王国といえば本当にすぐ隣にあって、この国からは一番近い国なのだ。逃避行には向いていない。
それはさておき、彼女は本題へ入った。
「ところで、貴方に頼みたい事がありますの。」
「何でしょう?」
「西の社交界に精通している方を、どなたかご紹介頂けないかしら。老若男女は問いません。ただ、出来るだけ顔の広い方がいいわ。」
すると今度はオーナーが「ふむ」と考え込む。移住でないとするなら……
「――つまり……あちらの貴族様との、仲介役をご所望なのですね⁇」
「理解が早くて助かりますわ。」
彼は再び考えを巡らせる。西の、社交界……
その時「あっ」と思い出した。
「でしたら、良い方がおられますよ!実はちょうどこの後、来店予定になっている西の方がいらっしゃいましてね。先方がご承諾なされば、お繋ぎいたしますよ。いかがでしょう?」
「まあ、本当に??素晴らしいわ!では、その方がいらっしゃるまで待たせて頂きますわね。」
「かしこまりました。それでは、ジュエリーを一式でしたね。只今お持ちいたしますので、お待ちの間じっくりとご覧ください。」
オーナーはうきうきとしながら、一先ずこの部屋を出て行った。すると誰もいなくなったところを見計らい、すかさずリノが後ろから話し掛けて来る。
「…ちょっとマリアローザ様!!いいんですか⁇急に勝手に隣国の方とお会いするだなんて!国王陛下が知ったらどうなると思ってるんです⁉」
慌てたように彼は言う。しかしマリアローザは、平然と茶に口を付けている。
「大丈夫よ。別に悪い相談をするわけではないから。どうせなら詳細までを知ってくだされば、面倒な事にならずに済みますわね。」
「でででも、また日を改めてにしません??その方が絶対にいいですって!!」
「どうしてそんな面倒な事を!上手い具合いに今日いらっしゃるというのだから、待っているのが得策でしょう。」
「ですけどほら、急な話なので先方に断られるかもしれないじゃないですか!?」
マリアローザは振り返り、怪訝な表情をして執事の顔をじっと見た。
「……なぜ、そんなに嫌がるの⁇」
その問いにリノは口の端をひくつかせ、明らかに何か動揺をしている。そして妙に上擦った乾いた声で答えた。
「へっ!?……いやだなぁ~、嫌がってなんかいないですよ〰〰??」
……怪しい。彼をそういう目で見ていると、この特別室の扉がコンコンと叩かれた。
返事をすると、上機嫌なオーナーが部下にもいくつかの商品を持たせて再び入室して来る。そうしてマリアローザの前に置かれたガラスのローテーブルの上は、見る見る内に沢山のジュエリーで満たされたのだった。
「――あぁ、そうでしたわ。貴方へ頼みたい事が、もう一つありましたのよ。」
先ほどと同じ場所に座り直すオーナーに、彼女はわざとらしく声を掛ける。
「他にも何かお探しですか?」
「ええ、ちょっとね。今度は国内の、ある業界と人物についての情報が欲しいわ。」
「ほう……」
「受けて頂けるのなら貴方のお薦めをもう一セット、追加で購入いたしましょう。いかが?」
その提案に、オーナーはにんまりと微笑んだ。
「お買い上げ、大変ありがとうございます。」
交渉成立。
マリアローザは早速オーナーへ詳しい依頼内容を伝えながら、同時にジュエリーの品定めまでしていた。単なる報酬代わりの購入かと思いきや、意外と熱心に……。
昼過ぎにこの店を訪れた彼女は、そうやってしばらくの時間を潰し――…
日が傾いた頃になって、ついに待ち望んだ相手と会える事になった。
急な要求だというにも拘わらず、こんなにあっさりと承諾してくれるだなんてついている。マリアローザがそう思っていると、オーナーがその人物を連れて現れた。
「――貴女がマリアローザ様ですね?お噂はかねがね。私は西で伯爵をしている、フィオレンツォ・デ・ベルティーニと申します。どうぞお見知りおきを。」
その若き西の伯爵は、スラリとした背の高い好青年といった風貌である。
……確かに「老若男女は問わない」とは言ったが……。「出来るだけ社交界に顔が広い」という条件の方で、それなりの年齢の人物が来る事を想像していた。
しかし彼はさっきの短い挨拶の印象も良く、誰からも好かれそうな人懐こい笑顔をしている。人たらしとでも言うべきか。……もっと言えば、数々の浮名を流していそうな雰囲気さえ持っている。なるほど、人脈は広そうだ。
「お初にお目に掛かりますわ、ベルティーニ伯爵様。突然のお話でしたのに面会に応じて頂けた事、感謝申し上げます。」
マリアローザは握手をしようと手を差し出す。すると彼フィオレンツォは、その手に挨拶の口付けをした。
「いいえ。貴女に声を掛けて頂けて、大変光栄です。」
「――…。」
……ああ、やはり。そちらの類いの人間のようだ。
やれやれと思いながら、マリアローザは彼を上座の席へと案内した。
「では、時間が勿体ないですから、手短に本題へ入ろうと思います。――実は伯爵様に、テラキアーロの社交界との仲介をお願いしたいのです。」
「お話は軽く伺っています。構いませんよ。」
フィオレンツォは笑顔で、あっさりと二つ返事をする。それには彼女も少々面食らってしまった。『どんな仲介か』までは、伝えていないのに……。
「……内容をお聞きにならなくても、よろしいのですか⁇」
「ええ。貴女のする頼み事であれば、危険な類いでは無いでしょうから。」
……互いに今日初めて知り合ったばかりだというのに、よくそこまで信用出来るものだ……。自分の噂を聞いていると言っていたから、そのおかげだろうか?『元・王太子の婚約者』の称号は、役に立つ事もあるものだ。――マリアローザはそう思った。
「――…ただし。無条件で、というわけには参りません。」
「……!」
彼の雰囲気が、わずかに変わった。笑顔である事は変わらないのだが、目の奥が笑っていない……ような――…
「マリアローザ様のお願いを聞く代わりに、私のお願いも聞いてくださいね?」
その言葉と共に、フィオレンツォは不敵な笑みを浮かべる。
…………そう来たか。元々、無償でというつもりなど無かったが……。
前言撤回。
彼は、ただの好青年では無さそうだ。そして、ただの軟派男でも無いようだ。さすがは顔の広い伯爵。一筋縄では行きそうにない。
事はやはり、そう楽には運ばないらしい。そんなに都合の良い話など、そうそうありはしなかった。




