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1.彼女の日常

大国とまではいかない、このアルベロヴェッタ王国。その王都の一角にある、広々とした立派な庭園付きの大豪邸。ここは、侯爵令嬢()()()マリアローザ・ディ・フォリエの自宅である。


『……あ――…いい気持ち……』


大きな窓から漏れる暖かい日差しが心地良く、読書中にも拘わらず微睡(まどろ)んでしまう……

マリアローザは座っていた長椅子でごろりと横になると、読んでいた本を顔の上に置いて光を遮った。どうやら本格的に昼寝の体勢に入るらしい。


重要な事なのでもう一度言うが、ここはマリアローザ「の」屋敷である。彼女だけの“城”なのだ。


作法がなんだ令嬢らしくがなんだと口うるさく言うような両親や教育係は、ここにはいない。この屋敷の主は彼女。いるのは自身が選んだ、この大豪邸を維持するのに必要最低限である人数の使用人だけ。

だからいくらだらけた格好をしていても、文句を言うような人間はここには誰一人としていないのである。


「あぁ!傷物人生、最高‼もう窮屈な王妃やら奥様やらなんて生き方、真っ平ごめんだわ。一生分の資金はあるし、後は好きなだけ怠惰に生活してやる!!」


決して褒められないような宣言を堂々としても、それを咎める者はやっぱりいない。マリアローザは今、誰よりも自由な生活を謳歌していた。


――…さて……。今日もこれから適当に惰眠を(むさぼ)った後、甘い物で小腹を満たし余った時間は庭園でも散歩しようか。そうしてダラダラと過ごしている内に、きっと晩餐の時間がやって来る――…


ぼんやりとそんな事を考えていた時、その部屋の扉がノックされた。


「はぁーい?」


すっかり腑が抜けたような声で返事をすると、扉が開いて一人の若い侍女が姿を現す。彼女は入り口の所に立ったままで一礼し、主人とは真逆のキリッと引き締まった表情で口を開いた。


「お休み中のところ申し訳ございません。お客様がいらしているのですが、いかがいたしましょう。」

「お客様?」


顔の上に置いていた本を少しだけずらし、薄く目蓋を開けるとマリアローザは天井を見詰めて考えた。

今日は、来客の予定なんて特に無かったはず。……と、いう事は……


「……もしかして……、()()?」


体勢はそのままに、少々うんざりとしたような横目で見て彼女は尋ねる。侍女はこくりと頷いた。


「はい。()()でございます。」


“アレ”、か……。どうしてこう、次から次へと自分のところへやって来るのだろう。

ふう、と溜息を吐いたものの、マリアローザは体を起こした。追い返す事も出来るが、門前払いのような扱いをするのは忍びない。とりあえず、いつものように話だけでも聞いてやろうかと思ったのだ。


「分かったわ。応接室へ案内して差し上げて。わたくしは支度をしてから参ります。」

「かしこまりました、マリアお嬢様。」


再び一礼をすると、その侍女は速やかに仕事へ戻った。


そして小一時間。

それなりに人前へ出ても恥ずかしくはないよう整えられたマリアローザが、客のいる応接室へとやって来た。向こうが勝手に押し掛けて来たのだから、()()くらい待たせておいても文句は言えないだろう。


「――ごきげんよう。お待たせして申し訳ないですわ。」


ノックをしてから中へ入ると、応接セットのソファには一人の若い女性が座っていた。身なりの良い格好。もしかしなくても、どこかのご令嬢である。ご機嫌は……よろしくなさそうだ。両手でハンカチを握り締め、顔を覆って泣いている。

挨拶も出来ない状態の彼女に代わり、お付きの者が慌てて頭を下げて来た。


「あっ……、これはマリアローザ様!突然の訪問をお許し頂きましたご厚意に、深くお礼を申し上げます!」

「結構ですわ、顔を上げて頂戴。それで――…、どのようなお話なのかしら?」


マリアローザが対面のソファへ座ると、彼女が来た事にようやく気付いたのか令嬢はハッと顔を上げ、身を乗り出すようにして言った。


「――…ッマリアローザ様‼お願いします、お助けください!!」


その顔は、せっかくの化粧が台無しになるほどぐしゃぐしゃである。

……やはりだ。彼女は確か、伯爵家の次女。約束を交わしてからしばらく経つ、婚約者がいたはずだ。


「わっ…わた…し…っ、もう、どうしたらいいのか分からなくて……‼」


まだまだ手放せないハンカチを握り締めたまま、彼女はボロボロと涙を流して訴えている。

こういう類いには、もはや慣れっこだ。事情は大体、掴めてはいるが……


「大丈夫よ、まずはゆっくりとお話を聞かせて頂戴。何がありましたの?」

「……はい、はい!……実は――」


――…それから令嬢は、涙ながらに洗いざらい自分の置かれた状況を話して聞かせてくれた。


その話によると、最近婚約者の様子がおかしくなり、調べてみたところやはり浮気をしていたそうだ。その相手は、自分と同じく伯爵令嬢……といっても、庶子らしい。

婚約者は彼女にベタ惚れになっていて、自分は今日明日にも婚約破棄を言い渡されそうな状況なのだと言う。


『あらまあ。つい最近も聞いたようなお話ね……』


そう思いながらも、マリアローザは令嬢の話を最後まで聞き続けた。




「――それはさぞ、お辛かった事でしょう。お察しいたしますわ。それで――…。貴女は、どうなさりたいの?」


一通り令嬢の話が終わると、マリアローザは彼女にそう尋ねた。


「えっ……」


令嬢は戸惑ったように言葉を詰まらせる。するとこちらは言葉を続けた。


「ここへ来た方の中には、そうやってお話をされた後、すっきりしたと言って帰って行かれる方もいらっしゃいますのよ。」


それを言い終わる前に、令嬢は激しく首を横に振る。


「…そう。では、婚約者を奪い返したいのかしら?それとも、そのお二人に復讐をお望みかしら⁇」


その問い掛けに、令嬢は動揺して視線を彷徨わせながらも、考えを巡らせ始めた。マリアローザは語り掛ける。


「こういう事に、正解は無いのよ。貴女がどうしたいのか。それだけが唯一正しい答え。例え罪深い道であったとしても、その報いを受ける覚悟があるのならばお進みなさい。ただ、その場合わたくしはお手伝いいたしませんから、ご自分で何とかなさってね。」


最後、少々突き放した事を言うようだが、さすがに激しく法に触れる事まで付き合う義理は無いのだから仕方が無い。――…と、その時彼女は、「ああ、そうそう」ともう一つ言い忘れていた事があったと思い出した。


「わたくし、貴族相手にボランティアをする趣味はございませんの。お手伝いをする見返りは、きちんと頂きましてよ。それでもよろしくて?」


その問い掛けに、令嬢は大きくこくりと頷いた。そして口を開く。


「――…マリアローザ様。わたくし……あの二人を許せません。彼らに罰を与えるためのお力、どうかわたくしにお貸しください……!報酬は、もちろんお支払いいたしますわ。」


さっきまで泣きじゃくっていた人物と同じ人間とは思えないほど、今の彼女は強い目をしている。どうやら本気で心を決めたらしい。

その決意に、マリアローザはにっこりと微笑み掛けた。


「ええよろしくてよ。ならば早速、作戦を練り始めましょうか。では――」





今日もまた、傷物令嬢・マリアローザは厄介事を引き受ける。

そんな彼女の望みは、のんびり穏やかな隠居生活――…。しかしそれが叶う日は、まだまだ先の事になりそうだ。

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