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13話

 授業を終えた僕は、まっすぐ梨乃の家に向かった。

 もしまた人格が変わっていたら……そんな不安が脳裏をよぎり、インターフォンを押すことを躊躇わせる。


 でも、ここで引き返すのも違う。

 意を決してボタンを押せば、


「待っていたわよ、間宮くん」


 現れたのは僕が求めていた彼女。

 僕は彼女が相瀬であることに、ホッと胸を撫でおろした。


「今クッキー焼き上がるところだから。適当に座って待っていて」


 僕は言われた通り居間に腰を下ろす。

 それにしても、相変わらず綺麗な部屋だと思った。タンスの上も、その横にある化粧台も、それぞれ小物が纏められていて、散らかりっぱなしの僕の家とは大違いだ。


 加えて埃一つ落ちていない。

 どうやら片付けがマメなところは、人格が変わったとて健在らしい。お菓子作りもしかり、相瀬は家庭的な女性だった。


「はい、クッキー」


 ここで焼き立てのクッキーが運ばれてきた。

 それは色、形ともに見事で、市販の物に引けを取らない完成度である。


「すごっ」


 僕はボソッと呟いて、早速一枚つまんだ。

 味はもちろん美味。

 それを出されたコーヒーで流し込んでは、テーブル迎えに座った相瀬に尋ねる。


「で、見せたい物って」


「これよ」


 化粧台の引き出しから取り出されたのは、A4用紙に描かれた漫画のネームだった。しかもそれは一作品だけではない。ざっと見ても二十作品くらいはある。


「何この量……」


「これは全て相瀬梨乃が描いたネームよ」


「梨乃が描いたネーム……?」


「彼女はずっとシナリオを描き続けていたの」


「ずっとって……中学を卒業した後もってことか?」


「ええ」


「じゃあ僕と付き合っていた時は……」


「もちろん描いていた。何なら彼女は一度たりとも筆を置いたことはないわ」


 それは僕にとって、予想もしていなかった事実だった。

 僕と梨乃は、高校に入学して以来、漫画を創ることをやめた。それは梨乃が高校デビューをしたから。漫画に対する熱が冷めたのだろうと、僕は勝手に解釈していた。


 でも、事実として、僕の目の前には膨大な数のネームがある。

 これを見れば、相瀬の言葉が真実であることはわかった。


「きっと彼女も諦めたくなかったのよ。あなたとの夢」


 とっくに忘れてしまったのだろうと思っていた。創作から離れ、いつしか漫画を話題にすることもなくなった。だから僕も夢を追うのを諦めた。それなのに……


「……どうして言ってくれなかったんだ」


 ネームを隠していた理由が全くもってわからない。

 梨乃と漫画を創らなくなってからも、僕は独りで絵を描き続けてきた。多分、僕は諦めきれていなかったのだと思う。だから希薄な可能性に膨大な時間を費やした。


 その大半がボツ絵として消えた。

 何やってるんだろうって、行きすぎた漫画への執着に我ながら呆れたりもした。でもその裏で、梨乃もネームを描き続けていたのだ。


 どうしてそんなすれ違いが起きたのだろう。元々は協力して一つの作品と向き合っていたのに、どうしてこんなにも心の溝が開いてしまったのだろう。


「相瀬梨乃の物語、読んであげてもらえないかしら」


 驚きと困惑を繰り返していた僕に、相瀬はネームを差し向けてきた。


「きっと間宮くんも気に入ると思う」


 知りたいことが山ほどある。

 でもそれを知るためにはまず、梨乃の作品と向き合わなければいけないと思った。


「時間もらう」


「ええ」


 こうして僕は、久しぶりに梨乃が創り上げた世界へと入った。

 相瀬が焼いてくれたクッキーをお供に、次々とページを捲って行く。


 当然ネームなので絵は荒いけど、それでも情景がハッキリと伝わってくるのが梨乃の作品の特徴だった。


 一作、二作、三作……読めば読むほどに思う。やはり梨乃の書くシナリオは面白いと。相瀬もそうだけど、梨乃にも物語創りの才能があることを改めて実感した。


 それと、もう一つ気づいたのが、作品の系統に関して。

 相瀬と梨乃、両者の描く物語には、明確に異なる点が存在した。


 それは物語の締め方だ。

 前回、メリーバッドエンドを描いた相瀬の作品に対して、梨乃の描く作品はもれなく全てがハッピーエンド。言ってしまえば僕の好みな終わり方だった。


『この絵は主人公やなく、主人公を演じている別なキャラになってしまっとるわ』


 ふと思い出したのは、あの時の江原さんの言葉。

 相瀬のシナリオを漫画にした時、僕はラストシーンを上手く描けなかった。江原さんから指摘を受けて初めて、自分の足りない部分に気づくことができた。


 あの時は僕の未熟さに原因があるのかと思っていた。でもこうして梨乃の作品を読んでいくうちに、より明確と言える原因が頭の中に浮かんだ。


 それはひとえに作品の好み。きっと僕は梨乃の書く物語が好きなのだ。この誰も不幸にならない、最高のハッピーエンドが好きで好きで仕方がないのだ。


 そんな好きな作品に似合う絵を――そう心がけて僕は絵を描き続けてきた。


 これは作品に対しての愛に他ならない。二人で一つの漫画を創る上で最も重要なのはこれなのだと、今になって気づかされた。


「変わってないな……」


 もちろん、相瀬の書いたシナリオも素晴らしかった。

 でもハッピーエンドに囚われた僕の絵では、全てを表現しきれなかった。大切な人を失い、それでも目標を達成したあのラストシーンには、確かな悲しみが存在したから。


「これで最後か」


 読み始めてから二時間。あっという間に残り一作品に。

 ここまで見事なハッピーエンドばかりだったけど、果たしてこれはどうだろう。引き続き読み進めようとしたところ、僕の前にお代わりのコーヒーが置かれた。


「わるい。ありがとう」


「ええ。ちなみその作品はワタシが一番好きな作品ね」


「ほう。それは楽しみだ」


 相瀬の一言でより期待が膨らむ中、僕は早速物語の一枚目を捲った。

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