こい
玄関を開けると、何か生臭い匂いがした。嫌な予感がするものの正体はわからない。
リビングのドアを開けると両親が血まみれで倒れていた。
その瞬間私は恋に落ちたんだ。
その腰まで伸びた黒髪、緑色の目、冷酷な表情。
彼自身が闇だ。なんて美しいんだろう。どうしてそんなに私は心惹かれるのだろう。
彼のことを見つめていると、その緑色の目に私を映した。
「恨むか」
恨むわけがない。いや、両親を目の前で殺されたんだ。普通なら恨みどころの騒ぎではない。
でも私は、私にこの体中がひっくりかえりそうな感情を教えてくれた彼に感謝しかない。
狂ってる自覚はある。でも、今まで両親にさえ何かを思ったことはない。でも今目の前にいる人に対しては言葉では言い表せないほどの感情があふれている。
「早く殺して」
彼の質問の答えにはなっていないが、本心だった。
どうせ、この現場を見てしまった以上命は助からない。であれば初めて抱いたこの感情を胸に死んでいくしかない。こんな時まで私は欠陥だなと思う。普通なら命乞いをするべきじゃなかったのか、普通でありたいと思って生きて来たのに最後の最後まで異常な女だった。
あぁ早く。この感情を忘れてしまう前に、殺して。
彼がだんだん近づいてくる。私の死へのカウントダウン。
死ぬのが怖くないわけじゃない。それでも生きているのはとても疲れたなと思ってしまう。
頑張って馴染もうと感情を研究していた私とも、分厚い仮面を被ってほかの人と接していた自分とも、即時に両親が殺された状況を受け入れている私とももうお別れ。
さようなら、この人生はつまらなかったな。最後にプレゼントをありがとう。
プツンと私の意識はなくなった。
夢を見た。小さいころの夢。
父親の部屋には入ってはいけなかった。だから入ったことはなかった。
でも夢の中の小さな私はそのドアを開けた。
ドアの先は部屋ではなく暗闇だった。暗闇というか黒かった。小さい私はその黒の中に入っていった。
私もその黒の中に入ろうとするけど、夢の中では自由に動けないらしい。
耳を澄ませると、話し声が聞こえた。
「本当はわかってたくせに」
「あんたがお父さんとお母さんを殺したんだ」
「お父さんとお母さんは私を気味悪がってたよね」
「心の中ではホッとしたんじゃない?もう私をそんな目で見る人はいないって」
黒の中から聞こえる声を聞き続けるのはつらかった。
でも夢から覚めてくれない。そういえば、私は殺されたんだった。
走馬灯とは決して言えない夢。こんな意地悪してないで早く殺して。
こんな現実向き合いたくなかった。
ごめんなさい。もっと普通でいたかった。
私は深い闇に沈んでいった。やっと楽になれる。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。