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お酒の香るモンブランA

作者: ゆっか

「真由さんの作ってくれるモンブランは少し物足りないな」

「え、そうなんですか。今年はずいぶんブランデーの量を増やしましたけど」

「ごめんね。もうちょっと濃い方がいい」

 真由子は少し心配になる。大丈夫かな、お義父さん、毎年、毎年、ブランデーを増やしてって言う。これではもうモンブランというより、ブランデー漬けの別のお菓子のようだ。

 でも今からモンブランにお酒を足すわけにもいかないので、代わりに真由子は辰雄の前に置いてある紅茶のカップにブランデーを垂らした。

「今日はこれで許して下さいね」

「ありがとう」

 辰雄は真由子の顔を見上げたが、その実心ここにない様子でぼんやりと礼を言った。


 辰雄の目の注がれているところには、もう一脚、対になった紅茶のカップとモンブランの載った皿が置いてある。

 紅茶カップは亡くなった辰雄の妻の有希が長年使っていたものだ。

 それにももう冷えた紅茶が注がれていた。

 辰雄のカップもそうだが、使われなくなって五年経つ有希のカップも金の縁取りが少し剥げて薄くなっている。

 あとで、モンプランと一緒に仏壇へ備えるつもりのものだ。

 

 辰雄は有希の命日、墓参りを済ませたあとで、夜に妻が好きだった紅茶とモンブランを食べることを毎年の行事にしていた。

 ケーキを作るのは有希から作り方を教えてもらっていた嫁の真由子の役割だ。

 一般的に使われるラム酒を使わずブランデーを入れるのが、有希の独創だった。

 真由子はその場では食べずに辰雄が亡妻と語らう邪魔をしないようにしていた。

 辰雄の様子をそれとなく見ていた真由子はつぶやいた。

 「お義母さんが亡くなって、五年か」

 

 妻を亡くした男の人の落胆ぶりは激しいと聞くけれど、お義父さんもそうだ。人前でこそ泣きはしなかったが、ずいぶん涙を流したことだろう。五年も経つのに、一向に過去のこととして片付ける気配がない。一緒に住むようになってみると、気の毒に思う反面、明るい顔を取り戻してくれないことには、家が暗くなってやりきれない。私の力では何ともできないのかしらね。せっかくの美味しいモンブランを悲しみと共に食べてもらうのは切ないなあ。


「ただいま!おかあさん。何か食べるものある?」

 小学五年の健太が帰ってきた。

「冷蔵庫にモンブランがあるわよ」

「わかった!」

 喜んだ健太が冷蔵庫のドアを勢い良く開けて、一番見つけやすい所に置いてあったケーキを取り出した。

「ええっ。これすごくお酒の匂いがするよ」

「あ、そうだわね。健太にはまだ食べさせてはいけないか」

「食べちゃダメなの?ひどい!見せるだけ見せておいて!」

 健太はわめきたてた。

「おばあちゃんが作ってくれたものは食べられたよ。これはうちのモンブランじゃない!」


 辰雄が騒ぎを聞きつけて、台所へ顔を見せた。

 事の次第を察すると言った。

「そうだな。うちのモンブランじゃないか。確かにな。悪かった健太。おじいちゃんだけ食べてしまっていたな」

 真由子の方を向いて言った。

「明日、もう一度作ってくれないか。もともとのレシピで。みんな一緒にで食べよう」

「わかりました。その方がきっとお義母さんも喜びますね」


 翌日、健太の父も加わって、食後に一家で食べたモンブランは、ほんのちょっぴりだけブランデーの香りがするものだった。

「おばあちゃんのモンブランだ」

 喜ぶ健太の声に、辰雄もようやく「これがその味だったな」と暖かいものを覚えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] Bの方も読ませて頂きました。 辰雄が有希を忘れたくないという気持ちが募り、記憶の中のブランデーの味を濃く感じさせてしまっていたのかなと思いました。 「おばあちゃんのモンブラン」の味を思い出し…
[良い点] 義父がブランデーにこだわるのは、悲しみをごまかすために家族に隠れてブランデーをたくさん飲み、舌の感覚が鈍磨しているからではないか。もしくは妻のモンブランを心の中で理想化しすぎるあまり、義娘…
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