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大阪に新しく建てられた防衛省の庁舎は、見た目もこぢんまりで閑散としていた。
空から飛んで警備員のいる門を無視して降り立つと、既に二人の女性が待っていた。入口に立つ警備員が、ひどく悲しそうな目でこちらを見つめているが、二人とも意に介さない様子。
「遅いぞ」
「……ひさし、ぶり、です」
女王を思わせる深紅のベルラインドレスに、小さなステッキ。同じ色の髪が膝裏辺りまで伸びており、悠然とした美を思わせる。少女というには少し成長が進んでおり、女性らしさの方が前面に出ている。
魔法少女エンハンサー。彼女が魔法少女協会の設立者にして、魔法少女たちをまとめ上げる偉大なリーダーだ。
隣には、仄暗く透き通ったフードローブを被り、ドクロのネックレスを着けた、紫銀の髪をおさげにして前に垂らした女の子がいる。
いかにも死霊術師ですよといった見た目の少女が魔法少女エインヘリアルである。
見慣れた姿を前に、ゆるく手を振った。
「おまたせ」
「大阪になんぞ滅多に来ないから分からなかったのじゃ」
私たちに続いて、連れてきた三人の魔法少女たちも挨拶をする。緊張した様子の彼女たちに、エンハンサーは小さく「よろしく」とだけ返すと、庁舎へと歩き始めた。
「それで? 何があったの?」
「まあ少し待て。付いてこい」
有無を言わさず、エンハンサーが庁舎へと入っていく。仕方なく後ろを付いていくと、レンがエインヘリアルに声をかけていた。
「のう、お主らの様子から、突然の押し入りという感じでもないのじゃろう? 何があったのか教えてほしいのじゃ」
「えっと、説明は早いのですが、実際どうなっているのか確認する必要があったから来ているんです。だから、見ればわかります」
「ねえ、なんの話してるの?」
「ひえっ」
私が声をかけた瞬間、エインヘリアルがびくりと肩を大きく揺らした。
すごい怯えようだ。昔っから相性が悪いのか何なのか、エインヘリアルは私に対してとても弱腰でビビリなのだ。会うたびに反応が大きくなってきている。
「し、死神様。おおお久しぶりです!」
「久しぶり」
魔法少女エインヘリアルは、私のことを死神様と呼ぶ。死霊術師における死神なのだから、とんでもない敬われ方をしている気がする。
「此度のことは我々で対応いたします! ま、まさか死神様のお手をわずらわせることなんて何一つありません! なので、どうかお鎮まりくださいませ……!」
「なんか自然災害として信仰されて崇拝されてきたヤバイヤツみたいな扱いを受けているんだけど」
「祟り神みたいなやつじゃのう」
「風評被害だと言いたい」
あまりの腰の低さに、私もどうすればいいのか悩む。レンが呆れたように手を広げて肩をすくめながら首を横に振った。
「三人とも、ここからはあまりふざけないでほしい」
両開きの扉の前でエンハンサーが注意してくる。表札を見れば、第一会議室と書かれていた。
ノックもしないで開け放つエンハンサー。すぐさま中にいる人たちが苛立った様子で顔を向けてきたが、私たちの姿を確認した途端に、引き締まっていく。
一人、スーツの上に白衣を着た男が立ち上がり、歓迎するように笑顔を浮かべて両手を広げた。
「おおっ! お待ちしておりましたぞ! 魔法少女様御一行!」
喜ばしいような表情をしているのはその男だけであり、他の席に座っている大人たちは、緊張していたり、苦々しい表情でこちらを見つめている。彼らを守るためか、後ろには銃を携えた自衛隊員たちが控えている。殺気の籠もった視線を向けられる。
自衛隊と魔法少女の関係はあまりにも悪い。こちらが唯一怪人を倒せる存在な上に、市民を守ることを放棄しているのもあってか、遭遇すると偶に絡まれることがある。私たちの事情を知る人たちは皆死んでいってしまったから仕方がない。
「ささ、席へどうぞ」
白衣の男に促されて、上座の方へと案内される。全員が席に着いても、まだ空きがあった。予想される魔法少女の数が少なかったということだろうか。
男はこれ以上人が来ないと判断したのか、口を開いた。
「本日魔法少女の皆様方に来ていただいたのは、他でもない、我が国日本との関係修復でございます!」
「待て! 話が違うじゃないか!」
白衣の男の言葉に机を叩いて立ち上がったのは、大柄で六十代半ばくらいの白髪混じりの陸軍将校らしき男である。
「いえ、何も違いませんよ」
「そのような内容ではなかったはずだ! 護国のための協定へ続く一歩であると、そういう話ではなかったのか!?」
「いえ、ですから。その通りじゃないですか。我が国日本を守っているのは誰ですか? 怪人の脅威から救っていただいているのはどちらですか? 結局のところ、結論は魔法少女の皆様からの支援でございます」
そう返されて、押し黙る軍人。
白衣の男は、軍人が黙ると、すぐにエンハンサーへと向き直った。
「外野がうるさくて申し訳ございません」
「茶番を見せに呼んだなら帰るが?」
「おっと、では引き留められるように努力いたしましょう。入れ!」
大きな声で呼んだかと思うと、すぐさま三回ノックの後に「失礼します!」というさらに大きな声が返ってきた。
そして、入ってきた存在に、エンハンサーの目が見開かれる。
「まさか……」
「日本政府独立特殊部隊所属魔法少女A-01と申します!」
「同じく、魔法少女B-01です!」
キビキビとした動作で敬礼をする二人。その姿は、自衛隊や軍人とは違う衣装であった。
A-01と名乗った少女は、軍帽に金髪を入れており、肩章にその名が刻まれている。紺色の裾の長い軍衣を着ており上のボタンが二つ開いている事で、中から白いシャツが見えている。その上に同じ紺色の陸軍将校用マントを羽織っている。マントの前から二本の刀の柄がベルトに差されて飛び出してきている。
B-01の方はシスター服がアレンジされており深いスリットが入っている。軍帽とベールを組み合わせたようなヘッドドレスを被っており、微かに軍人の面影だけを見せていた。こちらの髪は水色で、肩の上にかかるくらいで切り揃えている。頭のベールに髪を隠すような作りはされていない。スリットから見える太ももにベルトが巻かれており、恐らくはそこに魔法武器としてナイフか銃があるものと思われる。服装以外に宗教色のある装飾が見当たらない。
二人からは、しっかりと魔法力が発されている。つまり、魔法少女ということだ。
エンハンサーの目の焦点が振れて、呼吸が浅くなっている。
軽く肩を叩いて正気に戻しながら、私が声をかける。
「協会に所属していない魔法少女?」
「お気付きになりましたか! こちらは、女性自衛隊員の魔法少女でございます! A-01は民間人の救助活動中に怪人が襲撃してきて、偶然そこで魔法少女としての力に目覚めたそうです。B-01は、ある日寮で魔法少女に変身しているところを発見されました。最初の魔法少女は変身後に、会議で名前をこのように決定したのでB-01は先輩がそうだから似たような名前を名乗るようになったそうです」
紹介内容だけで二人のスタンスが分かってしまいそうだ。特にB-01は自衛隊としての忠誠心とかほとんどないだろう。
現に、紹介されたB-01は気まずそうに視線を逸している。
「それで? 協会非所属魔法少女がどうしたの?」
「わたくしはこれを待っていたのです。政府に所属している魔法少女の登場を」
彼は、会議室の壁に控えている人たちを手で示した。
「かつて、我々日本政府と一部の魔法少女は互いに助け合っていました。数が少なく、手数が足りない魔法少女。怪人を倒せずとも、手を尽くして食い止めたり、市民を誘導して自分たちのできることをやって、支え合ってきました。ただの善意の民間人に感謝をすることもなく、欲の皮が突っ張った当時の官僚は愚かにも魔法少女に恩を仇で返した結果、縁が切れてしまいましたが」
嘆かわしいと言わんばかりに大仰に振る舞う男。席に座る役員たちはまだ恨みがましい目をしている者が多いが。
彼らは当時の官僚たちの二世か、後釜に座った者だろう。特に、今の地位に付いているのなら、魔法少女よりも政府に批判が殺到していることだろうから、恨んでいるのも分かる。復興とか大変だろう。
「そして、大阪へと政府機関を移し、当時の権力者のことごとくを排斥して今があります。ですが、既に国民からの支持率は著しく低いままです。魔法少女の方々は、街の中に現れた怪人は倒してくれます。ですが、街の開発や復興の手助け、護衛まではしていただけません。それは、我々政府が、国がやるべきことなのですから。ですが、自衛隊には、怪人に抵抗する力がありませんでした。結果、我々ができるのは国民への配給や、救助活動のみです。そう簡単に建造物を作れませんし、生活は苦しくなる一方でした」
男はそこで一度区切る。そして、語調を強くして語り出す。
「ですが、遂に自衛隊員の中から魔法少女が現れました! 我々は、協会に所属しない魔法少女を手に入れて、遂に反撃作戦へ出ようとしたのです! ──そして、あっさりと失敗に終わりました」
成り立ての魔法少女などそんなに強くない。下級の怪人こそ倒せるだろうが、日本では新時代組の魔法少女が増えてきている状態だ。そう簡単に実力をつけられないだろう。数も少ないのに強くもなければ、緊急時の対応以外には何もできないと思う。
なるべく早い段階で戦える力をつけさせるための魔法少女協会であり、技術ツリーなのだから。それがなければ魔術の作成だって一からやらなくてはいけない。死んでいない方が不思議なほどだ。
「それでも、なんとか魔法少女の情報を集めて研究し、遂にわたくしは結論を得ました!」
そう言って、男は深々と頭を下げて、手を差し出した。
「今まで、魔法少女には正式な謝罪をしたことがないと聞きました。魔法少女側も、それを受けるつもりはないという話も。今ここで、わたくしが代表して謝罪いたします。申し訳ございませんでした! そして、わたくしたちは、あなた方におんぶにだっこじゃない力を手に入れました。どうか、今一度関係性を新しく作り直していただきたいです!」
「…………何が目的だ?」
震える声で、エンハンサーが尋ねる。男は顔を上げないまま返した。
「日本に、魔法少女協会の支部を置いていただきたいです。そして、政府所属の魔法少女と交流を。ゆくゆくは、魔法少女の学校を作り、研究と成長を。そして、いつか、東京の奪還、日本の復興を目指しております」
男が洗いざらいぶちまけた。その言葉に、エンハンサーの魔法力が高まっていく。視線には殺気と怒りが籠められていて、視線で人を殺せるのなら、白衣の男どころか、ここにいる役員全員を殺していただろう。それほどまでに、強い感情が湧き上がっている。一言魔術を唱えれば、今すぐにこの場の人間を消滅させることもできるだろう。
魔法力を感知し、A-01とB-01が動き出す。その瞬間に、レンが視線を送って二人を止めた。魔術の詠唱をしていない行使により、二人は既に動けない状態だ。接近戦では必須技術だ。先に魔術を発動するが、その後詠唱を行う後述詠唱という技である。魔術により、二人の動きは絡め取られている。
長い沈黙が続き、エンハンサーが深くため息を吐いた。どうにか感情を抑えたようだ。魔法力と共に張り詰めた緊張と空気が萎んでいく。
「……謝罪は受け入れられない。学校の設立も、魔法少女に対する研究も認められない。だが、今いる魔法少女との交流は、検討する。我々も…………民間人を守れる力が政府にあったほうがいいと思っているから。復興も、そちらの魔法少女を使う分には好きにしろ」
「……ありがとうございます」
エンハンサーは目をきつく閉じて、唇を噛んだ。男は頭を下げたままで、彼女の様子に気付かない。
「話は以上か? では、我々は帰らせてもらう。協会で、このことは相談させてもらおう」
エンハンサーが席を立ち、足早に会議室を後にする。レンやエインヘリアルが心配そうな顔で、エンハンサーの背中を見つめていた。一人先に出た彼女を、皆で慌てて追いかける。
立ち去るその時まで、会議室の中は不気味に静まり返っていた。頭を下げたままの男以外は、こちらを視線で追いかけて。
庁舎を出ると、日が天頂に登る頃になっていた。
「諸君、本日は感謝する。新人たちは、このまま解散してもらっていい。レン、彼女たちの引率を頼む。エインヘリアルは、先に本部へ戻っていてくれ」
会議室にいた時の表情はすっかり消え失せて、少しだけ柔らかくなった雰囲気で、指示を出していくエンハンサー。
「ああ、それと……ライゼンター。お前は少しだけ付き合ってくれ」
ご指名が入る。行き先にはなんとなく予想が付いていたので、黙って頷いた。
人の気配がなく閑散としていて、草がぼうぼうに生えまくった路地裏を進む。大阪から東北に戻って来た。しかし、ここは宮城ではなく岩手である。
牡丹の花を横目に、路地を抜けると、開けた場所に出た。濁った池に、硝子が割れている幼稚園。木製の大きなお寺らしき建物があるが、怪人によってか魔法少女の魔術によってか、既に倒壊して瓦礫の山となっている。
ビニール袋をがさがさと鳴らしながら、エンハンサーが隣を歩く。ここが目的地である。砂利道と、大きな石がたて並ぶ場所。墓地だ。
「まったく、組織を率いるというのも考えものだな。墓参りの一つ気軽にできなくなるんだから」
「まだ、トップが動き回れるほど安心できる状況じゃない」
「お前はもっと本部に顔を出せ。そうすれば私が護衛として連れ回せる」
エンハンサーが苦笑しながら、人気のない砂利道を進む。幾多の墓が並んでおり、そこの一つの前で、立ち止まった。手を伸ばし、愛おしそうに墓石を撫でる。
「……長いな。あの子が自殺してもう二年か。私は、あの子の年齢を追い越してしまったのか」
線香を点ててしゃがみ込み、手を合わせて拝む。私も隣で手を合わせた。墓には何の銘も彫られていない。刻めば、すぐさま墓を荒らされることになるのだから。
「大事なのは生きること。生きて帰ってくることなのに。私たちに大事なことを教えたのは貴女だっていうのに」
名前のない墓標。その墓の下に眠っているのは、日本の東京を滅ぼすきっかけを作った一人の魔法少女、ジェノサイドだ。
彼女は、明るく元気で、人に好かれやすい人だったらしい。残念ながら、その時の彼女を、私は知らない。出会ったのは、彼女が死ぬ少し前だ。
「あの子の夢も想いも、願いも叶えてないのに」
あの子の夢は今でも覚えている。仲間に良く語っていたんだと、言っていた。
『もっと強くなって、皆の生活を守れるようになって、皆に感謝されるような活躍をして、そして、戦争が終わったら、魔法少女の力で復興して、魔法少女も一緒に生きられる生活基盤を作って、皆で笑い合って、遊んで、空を自由に飛んで……』
そして、あの子の慟哭も忘れられない。しでかしてしまったからこそ、合わせる顔がないと泣いていた。
『立派な大人になるのが夢だったんだぁ……。立派な、社会を良くする大人になって、二度と戦争なんか起きないようにしたかったんだ……』
「魔法少女は互いの変身を目の前で解いてはいけない。それは、誓いには入れなかった。でも、入れたかった」
エンハンサーの苦悩する声が溢れ出た。
『どうして、こうなっちゃったんだろうね……』
魔法少女の徴兵、重税、資格化、企業や組合、人間を上司にした組織への所属、給料制化、その他色々。
これらは、魔法少女が変身を解いた事で、身元がバレたから起きたことだ。
全員がバレたわけじゃない。だけど、友人や家族、同じ魔法少女でも、誰かに、変身の前後を見られてはいけなかった。昔は、一度のそれだけで、あっという間に身元が特定されてしまった。
『ごめんね。私、もう頑張れないよ。この戦いがもっと人類に厳しくて、助け合わないとだめで、お金とか権利とか言ってられないようになってほしいなって思ってるよ』
魔法少女たちは強かった。だから、日本を、世界を安全にしてしまった。世界中が、怪人の脅威に怯える事はなかったのだ。
魔法少女が戦争に使われた。圧倒的な力は、クリーンで安全な次世代の核兵器とまで言われていた。
昨日笑い合った仲間を殺す必要があった。殺し合わなければ、家族や自分に危険が及んだ。
『平和な世界を夢見てたのに。怪人との戦いを頑張っていたのに……今さらになって、思っちゃうんだ』
私たちの世代の名前は、戦争期組。ユーラシア大陸とアメリカ大陸で起きた第三次世界大戦で、兵士や兵器として魔法少女が運用された世代だ。本来の意味は、そちらになる。怪人との戦争ではなく、人間や魔法少女との戦争。
そして、そんな歴史を、私たちは消し去った。旧インターネットの破壊。ユーラシア大陸の消滅という名の封印処理。アメリカ大陸の人民流出阻止による滅亡。
そして、世界中の人間への、洗脳。魔法の研究の忘却。戦争の歴史の消滅。二度と悲劇を繰り返さぬように、無意識に考えられないようにして、情報の全てを奪い取った。
次世代型魔法少女計画によって、今後生まれてくる魔法少女から、魔法や魔術の研究ができないように施した。幾重にも危険を排除して、安全を施して、ようやく今の魔法少女が誕生する仕組みを作った。
怪人の数が大いに減り、人々にとって害獣程度のものとして扱われるようになった時。明確な敵がいなくなった時、次の敵は、兵器は、魔法少女となったのだ。
望んでいた平和は、決して訪れる事はなかった。
今は、再び同じ悲劇が起きないように奔走している最中だ。
『怪人との争いが、ずっと、このまま一生終わらなかったら良かったのに』
人類に反旗を翻した魔法少女の最期の笑顔を、僕は見ていた。それが最初で最期の出会いだった。
人は死んでも、魔法は残り続ける。僕は、偶然にも出会った彼女の悩みや話を聞いて、その最期を見届けた。
そして、彼女の魔法を、想いを、願いを託されたんだ。
『強くなって、君が私を連れてって。理想の未来へ。私たちが夢見た世界へ。魔法少女の想いを背負う旅人さん』
あの日から、僕は魔法少女ライゼンターになったのだ。
ひとしきり、黙祷を終えると、ぱっと膝と尻を叩いて埃を払い立ち上がる。
「すまないが花は置けない。次来るのがいつか分からなくてな。枯れるならまだ良いが、もしかしたら土に還るまで来れないかもしれない。墓でも汚したくなくてな」
そう言って、もう一度墓石を撫でると、エンハンサーも立ち上がった。
「ここまでありがとう。ライゼンター」
「別にいい。私も久しぶりにお墓参りしたくなったから」
「全てが終わったら、仲間たち皆の墓を、魔法少女協会本部に移したいな」
「拡張計画に割り込んだら?」
「それをしたら、彼女たちに怒られるさ。死者を優先するなってな」
あまり死者を悼むのは好きじゃないけど。機会があるならやりたくなる。私ももう少し多く墓参りするべきだろうか。
「それで、政府の件はどうするの?」
「……こちらの仕掛けは効いている。なら、そのまま誘導して行くべきだ。感情は別としてな」
エンハンサーは言う。ステッキを振り、指揮を取るかのように。
「魔法少女の管理は難しい。目覚める事自体はそう難しいことではない。だから、魔法少女協会に属さない魔法少女が現れることは予想できている。その上で、我々で魔法少女の未来を掴み取れるようにしていくまでだ」
「私でできることなら言ってほしい」
「ああ、お前には期待している。これまで通り対応が難しい案件はまわさせてもらう。ところで……レンから聞いたんだが、高校生なんだって?」
「プライバシー」
「そう言わないでくれ。確かに気を付けるべきだが、これでも長い付き合いだろ?」
そうは言っても、私には色々隠したい事情もあるのだ。
こう見えても私は戦争期の後処理やら何やらを任されている身だ。それだけの魔法力があったのは私だけであり、決戦の直後は魔法少女も大幅に弱体化していた。そこで弱みを見せないためにも、これを期にと一気に改革を進めたのである。
だから、私は機密情報の塊であると言ってもいい存在なのだ。今の世界を支えているシステムも私の魔法力で維持している。最近になってようやくインターネットの魔法力を協会側が請け負うようになったくらいに一人の力に依存した状態なのだ。消した情報だって、私の中には入っている。
私の肉体が男であることを差し置いても、寝泊まりしている場所や通っている学校はバレるべきではない。運営はともかくとして、魔法少女協会の柱なのは確かなのだから。
「私としては、最後の思い出作りとして高校に通っているつもり。友達と青春して、勉強して、全力で遊ぶ。そして、卒業したら、一生変身を解く事はない覚悟でいる」
「…………私が生きているうちに、お前も引退できるようにしてみせる」
「別に気にしなくていい。想いを背負うのは慣れている。それに、天職だと思うし」
エンハンサーが真剣な顔をするので、笑って手を振る。そういうのを気負わないでほしいから、私は高校生になったのだ。
それ以上は何を言ってもきかないと理解したエンハンサーが話題を戻す。
「一応、こちら側が歩み寄れることは、魔法少女協会日本支部の設置。そして政府所属魔法少女との交流だけだ。あちらもそのつもりだろうし、最終的な着地点としては、両者の組織をそのままに、円滑な交流のための基地を作り、魔法少女の戦いをサポートしていく組織に自衛隊を置くことになるだろう」
「……どういうこと?」
「自衛隊の使い道を考えた場合、怪人との戦いに直接あてがうのは無理になる。ならば、今の何もないまっさらな状態のうちに、自衛隊がオペレーターとなって魔法少女の基地から出撃のための管理をしてくるのが利用方法となるだろう。作戦立案などな」
「うまくいくと思う?」
「所詮は魔法少女の方が立場は上だ。実力が違うからな。最初は健全な組織運用が成されるだろう。だが、自衛隊所属魔法少女や、あちらの技術力が追い付けば話は変わってくるだろうな」
そうなれば、再び魔法少女が反旗を翻すことになるだろう。しかし、あちらには魔法少女を押さえ付けられる戦力が整えられていることになる。そうして徐々にあちらが魔法少女を掌握していくつもりなのだろう。
「そう思い通りにさせないための私たち」
「ああ。あちらは魔法空間に関する知見がない。こちらは魔法少女協会の設立時点で、地球に本拠地を置いてはいない。技術ツリーの開放を整理してあちらへ流出する魔術を管理するぞ」
エンハンサーたちがいる魔法少女協会の地球に置かれている施設は偽物だ。設備を整えてそれっぽく見せているが、せいぜいが運用する上での資金繰りをそこでやっているだけで、本命の魔法関連は取り扱っていない。だからこそのドイツ支部呼びだ。
レンが普段暮らしている道場のように、正式な本部は魔法空間に作られている。さらには、そこで魔法少女だけで自給自足できるように開発を進めている状態だ。
「追い付かれる前に、並ぼうとしてきたところを叩き潰せる準備をする。それまでは仲良くやっていくさ。とはいえ、その案が通るのは大体二週間くらいはかかるだろうと読んでいる。怪人の襲撃次第だが、それまでの間ライゼンターに頼む仕事はない。こちらでできることはやっておくから学生期間を満喫してくれ」
「了解」
エンハンサーが拳を突きだす。
「私個人が魔法少女として活動できるのはそう長くない。その後は、運営だけでやっていく。魔法少女として皆を率いるのはライゼンター、お前になる。任せたぞ」
「……寂しいことを言わないでほしい」
「ははっ! 別に死ぬわけじゃない。もう前線で戦えないだけだ」
こつんと、拳を合わせた。それだけで、肩の荷が降りたように晴れやかな笑みをエンハンサーが浮かべる。
元々魔法少女エンハンサーは補助を得意とした魔法少女である。直接的な戦闘力は世代最弱に等しいほどだ。その分魔法少女の強化ができる稀有な魔術を使う。
彼女は、災厄級怪人との戦いで変身を解かれるまでに追い詰められて、その後大きな怪我を負っている。今は魔法少女に変身する事で怪我の悪化を阻止している最中だ。
一応、彼女の傷を治すための魔術はある。しかし、単純な生命力の譲渡は可能なのだが、魔法と関係のない肉体の修復は複雑で困難なのだ。
治療するには、長い時間をかける必要がある。その間私とエンハンサーが動けないのは、今の魔法少女協会にとって致命的だ。彼女も、恐らく死ぬまで変身を解くつもりはないのだろう。安全に治療ができるようになるまで、どれだけ時間がかかるだろうか。彼女にいったいどれだけの時間が残されているのだろうか。
見送るのには、慣れている。強気に笑いかけてやる。
「私は強い。きっと一生現役でい続ける。安心してくたばれ」
「実力そのものは否定しないさ。だけど、人を使うという点ではお前ほど慣れてないであろう奴はいない。交代したらビシバシ指導してやる」
生意気なやつめ。と笑ったエンハンサーが、もっと強く拳を当ててきた。
その力強さとは裏腹に、彼女の生命力、魔法力は、確かに弱まっていた