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魔法少女レンと話をしてから一週間。魔法少女炎華と氷理は、魔法少女協会へと申請を出して、しっかりと道場による新人研修を受けることにしたようだ。
先日は結局立ち話だけで終わってしまい、道場の中にはいることはなかった。しかし、今日は違う。
床と畳が半々になっている広間。壁には神棚や謎の読めない書が額に入れて飾られている。
期間としては、高校も時期のズレたゴールデンウィークによる一週間ほどの休みの間。炎華と氷理以外にも、数人の魔法少女たちが道場に集まっている。
上座にレンが新人たちと向き合うように座っており、新人たちも同様に、下座で横一列に正座している。
「さて、今年も何度か行っている魔法少女新人研修会へようこそなのじゃ。妾は魔法少女レン。戦争期と言われる一つ前の世代の魔法少女なのじゃ」
戦争期の魔法少女というのは、僕自身が目立っていたこともあるので、全体的にとても有名だ。現役が非常に少ないのもあって、常に動向を追われていたり、知らない間にファンクラブが作られていたりする。
「今期の研修者たるお主らは非常に運が良い。いつもは妾のみで研修を行うのじゃが、今回は誰もが知る英雄である魔法少女にも来てもらっておる」
「魔法少女ライゼンター。よろしく」
レンに紹介されて、短く挨拶すると、新人たちの視線がこちらに移る。そこには、困惑や驚きが多分に含まれていた。
「本来なら近距離戦を主体とした実戦を教えるのじゃが、ライゼンターもいるので魔術方面も詳しく教えていくのじゃ。最後には模擬戦もやるので楽しみにしておくといいぞ」
そうレンが伝えると、彼女たち新人は怯えたり、挑戦的な目をするようになった。
ひときわ強い視線が飛んでくる。まるでぼろ切れのような貫頭衣を着た、一見するとみすぼらしい魔法少女。その簡素な服装と、本人から立ち昇る強い感情から、外観をみすぼらしいというものから罪人か処刑人のように印象を塗り替えている。
これは教えがいがありそうだ。
ちなみに、なぜ私がここに居るのかというと、レンから自分が見ている新人が来ると言うなら少し手伝えと言われてだ。
「さて、早速じゃが各々の魔法力を測定していくぞ」
レンの号令により、魔法少女たちが立ち上がる。私たちも立って、一応測定機を用意しながら準備をする。
『魔法少女ライゼンター……』
『あれが伝説の魔法少女か』
『テレビで見るのとは格好が違うけど?』
待っている間、魔法少女たちが小さな声で話し合っている。どうにもいきなり現れた私に困惑しているようだ。
「ほれ! さっさと始めるのじゃ!」
測定機を用意したレンが一喝すると、魔法少女たちが並んで順番に魔法力を解放し始める。
「結構優秀なやつが多いの」
「新時代組は安定して優秀な子たちが多いからね」
「当時は技術ツリーなどなかったしのう。安定していて平均的な強さを持ちやすくなったものじゃ」
そうこうしているうちに、全員の計測が終わる。
「魔法力だけで言うならば、ここ最近は優秀な者が多くて嬉しいのう! 昔と比べて鍛える機会が少ないと思っていたのじゃが、今期も非常に立派なのじゃ!」
嬉しそうに満面の笑みでレンが言う。僕としても非常に嬉しい話である。それだけ魔法少女全体の底上げがされているのだから。
「ちなみに、参考程度にしてほしいのじゃが、お主ら新時代組の平均値が100sくらいなのじゃ!」
「あの、一つ良いですか?」
そこで、炎華が手を挙げた。
「初めて測定された上に、よく分からない単位が付いているのですが、これはどういうものなのでしょうか?」
「おっと、すまぬ。魔法少女における魔法力は、基本的に単位がsになるのじゃ。これは、原初の魔法少女一人分の魔法力が1sとなる」
魔法がまだ世界に認知されていない時代の話だ。今からおよそ十年ほど前に、魔法というものが世界中に認知された。
その、原初の魔法使いにして、今後の魔法という形を制定した存在が、先程の原初の魔法少女という存在である。
「ちなみに、原初の魔法少女は佐藤という名字をしておるそうじゃ。お主らの平均は佐藤百人分の魔法力ということじゃの」
「魔法力のsって佐藤のsですか!?」
「ちなみに、これは旧インターネットやテレビなどで放映されていたのじゃが、現場にいたインタビュアーが佐藤という名前での。その人を呼ぼうとしたら、魔法少女が反応したせいで彼女の名字は佐藤なのではないか? という憶測が出たのじゃ」
「しかもアバウト!」
ちなみに、魔法少女名がサクラなので単位は佐藤ではなくサクラのsが正解だったりする。測定機による計測以外ではほとんど使われることのない単位だ。魔法少女協会の裏方の人でもなければ、今後使うことは一生ないだろう。
原初の魔法少女は全くと言ってもいいほど戦う能力はなかった。ただ杖に跨って空を飛べるだけの可愛らしい普通の女の子でしかなかった。
ただ、魔法という存在が現れた時に、最も魔法と適性が高かった人物である。彼女の存在が知れ渡ることで魔法が認知され、同時に魔法に対するイメージも固められた。
結果、魔法は魔法少女と怪人以外には存在せず、サクラのイメージによって魔法少女というかなり限定的な力になったのだ。
「さて、この魔法力じゃが、下級怪人は五から八千。中級怪人は一万から千万。上級が五千万以上という魔法力を持っているのじゃ。魔法力の増やし方は、基本的に怪人を倒すこと以外にはないのじゃ」
数字ごとの隙間は、まれに人を喰ったりすることで上昇する上がり幅である。魔法力九千は、例え下級怪人でも知性を持っている可能性が非常に高いので、初心者の魔法少女が派遣されたりしないように協会側で管理されたりしているのだ。
ちなみに、魔法少女も怪人同様に、魔法少女から魔法を得たり、人間を襲うことでも魔法力は増やせる。さすがにやめるように言われているが。
「勝てば勝つほど魔法というのは力を増すことができるのじゃ。魔法力が高まると、技術ツリーにある登録魔術の習得や、基礎能力が鍛えられることになるのじゃ」
「だから、本来は魔法少女の魔法力に衰えはない」
あるのは世間体とかだけだ。
私はいまだに引退組を疑っている。とはいえ、私とは事情が異なるので他の魔法少女がどうなのかは分からないのだ。
「ちなみに、戦争期の鉄砲玉だった妾なら、魔法力は億を超えるのじゃ」
驚愕に染まる新人たち。私としては少ないな。といった印象だ。レンは鉄砲玉というが、実はあまり怪人との戦闘経験は多くない。
私なんかは災厄級怪人の撃退やらいろいろやってきているので、レンの魔法力では埋めようもない魔法力を有していたりする。
「ライゼンターさんはどうなんですか?」
先程からツッコミを入れたり先人切って質問したりと忙しそうにしている魔法少女から質問が来る。
「測定不能」
「へ?」
「だから、測定不能」
そもそも、こんな魔法力を測る機械が登場したのはここ最近の話である。
魔法少女サクラおよび佐藤がいた頃の時代ですらないのだ。ただ、魔法そのものに関する計測やら観測から推測された、原初の魔法少女の魔法力が大体これくらいだろう。とされているだけである。
その上で、一大陸を滅ぼす怪人を倒した私の魔法力というのは、機械によって計測ができない規模なのだ。
「魔法力は、基礎力でしかない。攻撃力防御力にはなるけれど、それだけで覆せないほどの差を作るのは困難。魔法力の使い方こそが重要になる」
「……お主に言われたくない言葉ではあるが、事実じゃ。火力一辺倒の魔術しか使わない魔法少女は、その火力で倒せない怪人を相手にしてしまうと詰む。そのために、今から行う研修は、戦い方や立ち回りの他、妾たちが開発した魔術を技術ツリーから習得する事が目的になるのじゃ」
「私たちは、戦争期の生き残り。太平洋決戦の勝者。それでも、成り立ての頃はすごく弱かった。だけど、生き残ってきた。その理由が、ただ魔法少女として火力だけを求めた訳じゃないから。私の最初の魔術は、敵を重くする魔術だった。レンはただ一撃を防ぐバリアだった」
「魔法少女協会の誓いは覚えておるな? 一つ、仲間を裏切るな。二つ、自分の身を守れ。三つ、どんなに辛くても願いを忘れるな。だ。魔法少女になったからには、願いを持っているのじゃろう? 最後の模擬戦では、妾やライゼンターと戦う。そこで、何としてでも生き残る道を探すのじゃ」
レンが目を細めてにっこりと笑う。薄く開かれた瞳が爛々と輝いている。
どこまでも貪欲に、生きることだけを選んできた猛者の瞳だ。何度負けようとも、背を向けて逃げ回ってでも生き延びてきた者だけが持っている。地獄を見てきた生への輝き。
「妾の願いは剣の道を極めることのみじゃ。その中に死も剣士としての誇りもない。ただ道を極めるのみ。義に殉じる事はない。そう、魔法少女は人間を怪人から守る義務なんぞないのじゃ。いざという時は、自らの願いを思い出せ。そして足掻くのじゃ」
「勝てないのは、弱いから。守れないのは、弱いから。魔法少女は選ばれた存在でもあり、人類の勝手な希望。百人の無垢な一般人よりも、魔法少女一人の方が価値がある。ただ無駄に命を散らさず、生きて少しでも世界を良い方に変えていくの」
新人たちは、何も言わなかった。少しだけ俯き、ただ拳を握り締めただけだ。悔しさを感じているのだろう。
それでも、その志は立派だと思った。
「それでは、研修を始めるのじゃ! 全員、命懸けで学べ!」
動き出しこそ固かったが、それでも必死に学ぼうという意思が見られる一日だった。
「ふわー! きっついねぇ!」
「ええ。新人を集めての研修。最低限何か学べることがあればとだけ考えていたのだけど……」
一日目の研修が終わり、道場でバタリと炎華が倒れ込む。氷理も、姿勢こそ崩してはいないが、精神的に厳しそうな様子だった。
一日目はほとんど座学だ。基礎的な怪人に関する情報と、魔法少女が持っている魔術以外の技能について。要は武器のことや、変身に関することくらいだ。
その後は、数ある魔法少女と怪人の戦闘ケースから、技術ツリーを見ながら対応方法を考えていく程度の内容だ。幻覚魔術による場面再現での答え合わせも付いている。
「怪人が人質を取った場合の対面状況ねー。今の私だとその手を取られたら何もできなくなっちゃうか、人質を守れないかだったよ……」
「逆に言えば、同じような状況に対する解決策のような魔術が技術ツリーの中に存在しているのよ? 正直に言って、ここまで幅広く魔術が覚えられるとは思ってなかったわ」
「改めて考えると、この技術ツリーってすごいよねぇ」
「技術ツリーは、魔法少女の中でも特に仲間想いだった魔法少女が編み出した魔術」
「あっ! ライゼンターさん!」
雑談をする二人に声をかけると、炎華が笑顔を浮かべて反応してくれた。
「この間は近場で応援してくださっていたらしくて……えっと、ありがとうございました!」
「気にしなくていい。新人に無理な戦いをさせないのも役目ではある」
「……やっぱり、私たちの事を認識してたんですか。こちらは、あなたの事を感知できなかったのですが」
「ドンケルハイトの効果だから」
私がよく演出として使っている環境操作型魔術であるドンケルハイトは、周囲を夜のように暗くする効果がある。副次効果により索敵妨害や敵の環境操作を防ぐことができるのだ。
「ドンケルハイトって何ですか?」
「闇という意味。環境操作型魔術」
「うっ」
氷理が呻く。
「環境操作型魔術は魔法力を拡散するけど、攻撃的な効果はほとんどない。自分に有利な環境を作ったりするのが目的。私のドンケルハイトは相手の環境操作を防ぐことと、全体的な探知妨害ができる」
「ほほう」
「レンのような直接攻撃主体ならバックアタックが狙えるし、私みたいな魔術攻撃主体なら距離も魔術も知られずに一方的に攻撃もできる。範囲内の敵は探知不可能になるから、逃げる時も有効」
「はへー。便利ですねぇ」
「私たちも探知不可能だったのはなぜですか?」
「条件指定は面倒臭い」
作った当初から私自身が単独行動する魔法少女だったのもある。そして、そもそも二人は能力不足でこちらを探知できていない。ドンケルハイトは戦う前にしか使っていないのだから。
「私も覚えた方がいいですかね?」
「炎華は拳で戦う接近戦スタイル。なら、決め技として、攻撃型魔術を一つ。基礎力の強化型魔術を一つ。そして相手に接近したり離れたりする移動型魔術を一つ覚えた方がいい。環境操作型魔術は魔法力消費が大きいから、あれば便利だけど初心者向けじゃない。覚えるなら魔法少女氷理の方」
「私、ですか?」
「鞭を使っているけど、罠の設置や妨害のような魔法を得意としている。ならおすすめは環境操作型になる。炎華との相性を考える必要があるけど、サポートするのならあっても邪魔じゃない」
「あれ? そういえば、私たちのこと知ってるんですね!」
「…………実は戦っているところを見てた」
「えっうそでしょ!? そんな近くにいたの……?」
恥ずかしそうに顔に手を当てる氷理。ごちゃごちゃ言い争いをしていたし、なんかイメージを大切にしていそうなところはある。
ただ、青葉さんの時点で赤坂さんに振り回されているから、既にあってないようなものだけど。魔法少女としては取り繕っていたのかもしれない。
「住んでいるところ、結構近いんですか?」
「……私は活動範囲が広い。魔法少女協会から近場の魔法少女では対応が難しい怪人を倒すのが普段の仕事」
「おぉ! なんかエージェントみたい!」
素直に感心してくれる炎華。普段話しかけてくれる時よりも話しやすいぞ。すごく嬉しい!
これは、もう少しアドバイスでもしようかな。と高揚していたところに、水を差すような声が届いた。
「魔法少女は、少しでも多く速く怪人を倒すべきじゃないのかよ」
強気な瞳。怒りの籠もった顔をして、話に入ってくる魔法少女。強い視線を向けてきた貫頭衣の魔法少女だった。
「あなたは……」
「魔法少女断頭。それで、どうしてアンタみたいな伝説とか本物と言われるような魔法少女がこんなところでのほほんと生活しているのさ」
最近は少ないと思ったが、いつものタイプである。
私は、戦争期最後にアメリカ大陸を滅ぼした災厄級怪人を、魔法少女の総力戦により太平洋沖で撃退している。
当時の魔法少女たちは他に割ける魔法力なんぞなかった。それだけの強敵を相手に最終的に全てを攻撃に回した私が、映像対策用魔術を使えなくなってしまった結果が、唯一世界中で放送される魔法少女の姿になる。
だからこそ、ネット内ではよく言われるのだ。どうしてそれだけ強いのに私たちは助けてくれないのか? みたいな言葉を。
強者の義務を果たせと。
「まず、魔法少女は人類の味方ではない」
「っ!」
この言葉に強い反応を示す断頭。怪人と魔法少女に強い感情があるようだ。
しかし、私たちが人類の味方ではないのには理由がある。魔法に対して人類の既存科学はほぼ無力だ。必然的に、魔法少女に頼る必要が出てくる。
そして、魔法少女と怪人の戦いが魔法少女の優勢に傾くと、その後を考えて足を引っ張る連中が出てくる。
結果、魔法少女ならびに魔法の利権だなんだと騒ぎ始める。怪人との戦いの中では何の戦略も見通せなかった癖に、有利になると出口戦略だとか考え出すのだ。問題の日本では魔法少女税の導入が可決されたり、法律が魔法少女のいないところで決められていた。税に関しては国民が払って魔法少女への支援という名目だが、受け取った魔法少女は結局現れていない。それ以外でもいろいろ人類側が魔法少女のことを決め出したのだ。特に魔法少女を呼ぶことなく、自称専門家を用意して。
結果、魔法少女の足が引っ張られて怪人が優勢になる。
そういうことがあって、人類が一線を超えた上でこちらの堪忍袋が爆発した。その結果が魔法少女による戦線放棄だ。
東京都防衛戦線素通り事件である。具体的に言うと、都内の怪人が国会中の議事堂に攻め込もうとしたのをあえて通らせた魔法少女が出たのである。
結果、当時の政府関係者は軒並み死亡。政府関係者や官僚の逃亡に関しても、魔法少女はそういった人物を狙う怪人を撃破しなかった事で、最終的に日本国そのものの存続がやばいことになった。
そして最後に、素通りさせた魔法少女による全世界に向けた演説が始まったのだ。魔法少女非友好宣言と呼ばれる演説だ。
「あの事件と声明は当時の魔法少女側の総意だった。これ以上足を引っ張られる訳にもいかない。私たちが人類の味方をやめたのは、アメリカ大陸の滅亡と、ユーラシア大陸が破滅の道を歩み始めた後」
私は当時日本国内で修行中だったので、実は戦線放棄していなかったりするのだが、多くの魔法少女は自分の力が及ぶ範囲と身内の防衛程度で、一切の怪人討伐を止めたのである。国との協力を拒んで雲隠れしていた。
「最初は人類規模で批判の嵐だった。それでも私たちは無視した。結果、どうなったと思う? 人類は一ヶ月で総人口が十億人を下回ることになった」
当時既にかなり減っていたのもあるが、少なくとも倍以上は生きていた。
「私たちは、なにも特権がほしいわけじゃない。魔法少女は願い事によって力を手に入れる。それは多くが個人的な理由になる。私たちは人類を助けたいという願いも使命もないの。ただ、善意で協力してただけ。邪魔をされたくないの」
当時は本当にひどかった。監視カメラや旧インターネットは魔法少女の情報に対して何の保護も働かない。実際、素通り事件を引き起こした魔法少女は、またたく間に特定されて、誹謗中傷や犯罪行為の嵐に見舞われた。
魔女狩りの如く魔法少女を責め立てた。既にストーカーが発生して身の危険を感じる魔法少女の方が多かったけど、その行為を許す大義名分を人類は手に入れたのだ。
「日本だけじゃない。世界中で、魔法少女は怪人と戦うべき。という流れがあった。偶然手に入れた力なのだから、特別な訓練で得たものではないという理由で、ほとんど無給。民間人なのに、所属させられた組織は軍隊や自衛隊と連携して行うものだった。私たちは、自分の意思とは関係無く、強制的に怪人と戦わされ、それ以外は犯罪者として扱われていた」
「……そんなの、徴兵じゃん」
炎華が小さく呟いた。実際そんなものだった。軍や自衛隊は怪人と戦えないから、私たちが前線に立たされた。
世間では、この流れを汲んだことで私たちを戦争期の魔法少女と呼んでいる。
私の魔術であるドンケルハイトは、実は怪人対策ではなく、昔の機械文明に対しての魔術である。探査妨害や光を通さないのは監視カメラを始めとした機械に対する魔術として編み出したのだ。
当時は技術ツリーなんかないので、私のように対機械魔術を使う魔法少女は少なかった。多くが民間人によって家を突き止められて狩られた。人の目から逃れられず、戦うことを強制された。身内を人質に取られた。逆恨みで殺された。
「魔法少女は人類に対して団結する必要があったの。結果、生まれたのが魔法少女協会」
魔法少女協会は、私たちの権利と自由を保護するための魔法少女が運営する組織だ。
「魔法少女協会の提供物は複数ある。技術ツリーもその一つ。そして、魔法少女協会に入るには、誓いを宣言する必要がある」
魔法は契約だ。願いを叶えるための契約。名前を呼び、魔法力を行使する儀式。
「一つ、仲間を裏切るな。二つ、自分の身を守れ」
この誓いは魔法少女に働く魔術である。技術ツリーを開発した魔法少女たち。未来の礎となった魔法少女たちの願いと祈りの結晶だ。それだけの地獄があったという戒めでもある。
「三つ、どんなに辛くても願いを忘れるな」
最後の一つは、魔法少女としての矜持だ。
「私たちは、魔法少女。魔法に選ばれた願いの遂行者なの。人類の救済が願いじゃない。私たちは、ただ日常を普通に送りたかった普通の女の子でしかない」
私はちょっと違うけど。
でも、それは原初の魔法少女から続く事実だ。
「私たちは英雄じゃない」
お茶して笑い合って喧嘩して、恋して青春する。当たり前の女の子だ。
「…………」
辛そうな顔をして俯く魔法少女たち。
「でも、私たちの時代は終わった。今の魔法少女たちは、新時代組と言われる。人と積極的に関わっていく世代」
人類の総数が減った事で、人類の生活自体も全体的に余裕があるようになり、同時に怪人の発生数も減っている。
「そっか、そうだよね!」
「人類の味方ではない。だけど、無理じゃない範囲で怪人を倒すのは自由ということね」
炎華と氷理が顔を上げる。明るい表情で前を向いている。
「……正直に言うと、俺はまだ、魔法少女が嫌いだ。親を、家族を助けてくれなかったから」
今のご時世その程度の子供はどこにでもいる。というのは無神経過ぎるだろう。私もその一人だけど。
「だけど、確かに誓ったんだ。仲間を裏切るなって。アンタがやらないのなら、俺がやるまでだ。俺の怒りが魔法少女に向いているのは、八つ当たりでしかないって分かっている。だから、絶対にアンタたちみたいにはならない!」
断頭が強く、そう宣言する。
「俺は、ここから先に生まれてくる子供たちに、親の顔も分からない。愛情を知らずに育ったなんてことがないようにしてやる!」
「やってみろ」
強気に言い返してやると、これまた力強い視線を返してくる。
私たちは、新しい魔法少女のために、彼女たちがやりたい事を、願いを叶えられるようにするために下地を作った。
助けたい人がいた。仲間とすら剣を向けあった。そんな悲しみを一つ一つ乗り越えて、二度と起こらないようにしてきたつもりだ。
旧インターネットはその存在を破壊して、魔法少女のプライバシー保護をガチガチに固めて、新しい魔法少女が裏で監視管理するインターネットに置き換えた。
人類の意識を改革するのにとことん痛い目を見せた。縋る無辜の人々の手を振り払い、自治できないことの罪を植え付けた。
悪質なメディアに対する魔法少女の映像規制の魔法を使った。唯一残る私以外の魔法少女は、撮影は困難で、放送すると発動し、奴等の罪を永遠に流し続けるようにして押さえ付けた。自由のために文字までは奪わなかったけど。
魔法少女協会が結成され、拠点を作り、立派な組織になるまでここまでの時間をかけた。そして、去年の六月にようやく魔法少女は世界各国と対等の立場を得て発言を認められたことを宣言した。
新時代になるまでに、ここまで苦労してきたのだ。もう生き残りも二十人すら満たない。現役で活動している戦争期の魔法少女は私を含めて四人だけだ。
彼女たちが当たり前のように享受している平和は、幾多の苦労の元で成り立っている。
願わくは、それが、長く続いてくれるように。
私は、次の世代のために何を伝えていくべきかを考えていた。