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-3-

 時間は進んで体育の授業。昼休憩も挟んであり、既に一時間目にあった重苦しい雰囲気など吹き飛んでいた。


 


 本日の体育は自習。グラウンドにて適当なボールを出して球技をする。というものである。積極的な生徒が動いた事で、男女混合サッカーをすることになった。


 試合はハーフタイムを過ぎて、選手の半分が交代した状態である。僕は前半にディフェンスで出たので残りは見学だ。


 


 午後の天気は晴朗で、授業に励む生徒の明るい声が響く。体育の授業が自習なのは単純に人手不足であり、こういう状況にクレームが来ると思われがちだが、あいにく僕らの世代に親がいる子は非常に少ない。皮肉にも、保護者が少ない状況が、こののんびりとした空気を作っている。


 既に男子も女子も大体のグループが出来上がっており、僕はこういう時にあぶれてしまっている。応援グループの一団から離れた土手に座り込み、ただぼんやりと試合を眺める。


 これ以上離れると、今度は早めに上がったやる気ない組の領域に入ってしまう。だからこそのボッチである。仲がいい子を応援している人っぽさを出すしかない。


 


 なお、僕が目を付けている千葉くんが試合に出ているので、見学の意義はある。しかし、こういう時僕の方にちらほらと視線が飛んでくるのだから、誰かが声を掛けてくれたりはしないのだろうか。


 正面から吹いた風が僕の伸びた髪を押し上げて、運動した熱を逃がしてくれる。


 


『水雪ってさ、普段からそうだけどさ……』


『こうやって体操服を着ると女子にしか見えねえな』


『マジで男なの?』


 


 男子がこっちを見て会話している。まるで僕の事を話しているように見えるのでやめてほしい。こういうことが多いので、僕から声をかけるのに気が引けてしまうのだ。


 


 うつむいて視線から逃れるように顔を隠す。さらりと伸びた黒髪が顔にかかる。


 不意に影が落ちてきて、頭上から声がかかった。


 


「やっ、隣いい?」


 


 いつの間にか、赤坂さんがそばに立っていた。こくりと頷くと、すぐ隣へ腰掛ける。


 


「ありがとう! いやぁ来織ちゃんが後半戦組でさ、私前半だったから暇だったんだよね! えっと、水雪……くん? で、いいんだよね?」


「これまで話した事はなかったもんね。好きに呼んでいいよ」


「あ、名前じゃなくて性別的な話で……」


 


 とても言いにくそうに指摘される。まあ、この外見は僕でも女の子にしか見えない。


 一応付いているから男の子である。


 


「あー、わかりにくいよね。男だよ。僕でも鏡見たときに偶に脳が理解しないんだよね」


「あ、やっぱり? どこからどう見ても女の子だよね! いやー、自己紹介する前からずうっと気になってたんだよね! 実は複雑な事情とか?」


「髪は忙しくて切る時間がなくてね。しかも伸びるの速いから放置してただけ。そうじゃなくても別に複雑な事情はないよ」


「本当? じゃあちょっと触ってみたりとかいい?」


 


 断る暇もなく赤坂さんは手を伸ばしてきた。距離感近いな。


 


「うわっすごくさらさら! なんか特別な手入れとかしてるの?」


「特にはしていないと思うけど」


「引っ掛かりがないとかやばいよ! なんかもう一種の高級な布とかそんな感じがする!」


 


 あいにく、ネットで調べた以上の手入れはしていないので、髪質とかはほとんど魔法少女の時の影響だけである。


 好き勝手に触っていた赤坂さんが、何かに気付いたように髪を覗き込む。


 


「あれ? なんか、魔法っぽい?」


「……」


「うーん、なんだろう。なんか、質感が違うような……?」


 


 なぜバレたのだろう。


 


 僕の肉体は大半が魔法である。というのも、それは願った内容に関する事情があるのだ。


 だからこそ、僕の体はより魔法少女に近しく、それでいて男でありながら女の子のような外見をしているのだ。魔法側の影響が大きいので、一時期別人の姿になったこともある。その時は引きこもった。


 


 しかし、外見はともかく、体が魔法的だなんて今まで一度も気付かれたことがない。


 このままでは少しまずいかな。と、考えていた時。


 


「っ!?」


「穂村っ!」


 


 学校内に、魔法力反応があった。


 


「ごめんね、急用ができた! 来織、行くよ!」


「ええ!」


 


 即座に気付いた青葉さんも急いで駆け寄ってくる。そして、二人はそのまま「保健室に向かいます!」と、全く具合の悪さを見せない大きな声で告げて走っていった。


 ただごとではない様子に何かを察知した様子のクラスメイトが思い思いに喋りだす。


 


「え、何あれ?」


「もしかして、怪人?」


「やっべー、見に行かね?」


「馬鹿。情報集めて避難すっか考えるぞ」


 


 流石にああまで露骨だと、一般人も気付かざるを得ない。


 周囲の反応はまちまちだ。携帯を取り出して操作をする者。動かずに友達と話し続ける者。不安がって逃げようとする者。


 僕は、そんな浮ついていて、しかし誰もがまとまって動き出そうとしない状態に紛れて、こっそりとその場を離れた。


 何気ない風を装って、校舎へ入る。周囲に人がいないことを確認して、変身をする。


 


「来て、ライゼンター」


 


 装飾のない墨色のワンピース。髪がさらに伸びて、地面に届きそうになる。周囲には手に持たない漆黒の盾ヴァイスシルト。手には白の無骨な両刃の短剣シュバルツドルヒが握られていた。


 


 そして、私とほぼ同じタイミングで、体育館から二つの魔法力が膨れ上がる。一つ一つは既にそこにあった魔法力よりは微かに少ないが、それでも二人合わせれば余裕で勝てる程度の魔力だ。


 少し悩んでから、私は体育館へ向かう。渡り廊下に差し掛かり、そのまま正面には向かわずに体育館裏へと進む。


 


 春先の微かな湿り気を帯びた雑草を踏みしめる。通気口に手を掛けて、静かに横へスライドすると、あっさりと開いた。スライドの音を掻き消すように、体育館から音が溢れ出た。


 


「ああ、憎らしい! 不平等だ!」


 


 男性のような低い声に、黒板を引っ掻いたような変な高く嫌な音が言葉の形を作る。


 


 覗いて見れば、そこには黒い筒を構えたのっぺりとした影のような怪人がいた。


 怪人の言葉の先に、陸上選手のようなスポーティでありながらフリルのあしらわれた赤と白の服に身を包んだ赤髪ショートヘアーの女の子と、前の部分で重なるようなスカートの形をしている白に青のラインが入っているドレスを着た雪色の髪をポニーテールにした女の子が立っている。


 


「俺はこんなにも苦労しているのに、ガキ共が平和そうに笑っていやがる! ああ、子供の声で目が覚めちまう! うるさいうるさいうるさいうるさい……」


 


 壊れたラジオのようにただひたすらに不愉快な音をかき鳴らすだけの怪人。対話をするような理性はなく、ただ魔法少女にむかって一方的にまくしたてるだけ。


 なんてことはない。ただの低級怪人だ。


 その低級怪人は、しばらく唸るような音を立てながら頭を掻きむしって、うるさいと溢すばかりだった。しかし、不意に唯一血のような黒い赤色の口が、ニタリと弧を描いた。


 


「だったら、撃ち殺してしまえばいいじゃないか! 暇な子供がするような妄想の、脅威側になって、世の中の理不尽さを教えてやろうじゃないか!」


「そんなことは間違っている!」


 


 ケタケタと笑い始めた怪人にきっぱりと強い声で言い返す、赤い方の女の子。


 


「今の平和は私たちの先輩の魔法少女が作り出したもの! 怪人なんかに壊させない!」


「そうね。それに、アナタが子供だった時、そんな馬鹿な大人は居なかったのではない? 優遇されて守られていたのに、自分が大人になったら、恩を仇で返すつもり?」


 


 鞭を振るって地面を叩きながら、一歩二歩と歩みを進める青い女の子。まるで女王のような風格だ。


 彼女は心底軽蔑したような視線を向け、冷たく言い放った。


 


「なんて甘ったれた。ガキ以下なのかしら」


 


 それが、怪人の何かに触れたのか、発狂したように銃を構えて叫びだす。


 


「ああああ、うるさい! 生意気だ!」


 


 バンッと言葉と同時に打ち出された弾を、二人は跳んで避ける。赤い魔法少女は前へ、青い魔法少女は後ろへ。


 


 黒と赤と青の線が交差する。


 銃撃の隙に懐へ潜り込んだ赤い魔法少女が拳を握る。どうやら、装備が発現していないタイプらしい。身体能力全般が強力なタイプだ。


 


「染まれ《血色》!」


 


 拳が怪人の腹に直撃すると同時に魔術が詠唱され、鮮やかな紅色の炎が爆発する。


 衝撃で吹き飛んだ怪人に鞭が唸りを上げる。攻撃を受けた腹に追撃が叩き込まれた。


 


「直接攻撃は苦手なのだけど……」


 


 特に詠唱をしていないので、魔術を使用したわけじゃない。純粋な物理攻撃である。


 それでも、魔法少女の攻撃は強力で、怪人の傷口から漏れ出るドス黒い魔法力が鞭の先、怪人の姿も煙幕のように見えなくしてしまった。


 


「ちょっと、氷理! 決める時は必殺技でって言ったでしょ!?」


「うるさいわね炎華。一々そんな格好付けたりするから戦いが長引くのよ。決め技があるのは良いでしょうけど、それで敵を倒すまで擦り続ければ対策されるじゃない」


「なぁにおう!?」


 


 言い争いを始める二人。怪人と戦っている状況にあるまじき姿だが、これでも戦闘経験は積んでいる方だろう。平和的で良いのだが、油断はしないでほしい。


 怪人の魔法力はそこまで減っていないのだから。


 


「糞がよぉ!」


「っ!?」


 


 ますます怒り狂う怪人が現れる。腹に受けた傷口から魔法力が煙のように漏れ出ているが、それも微々たる量だ。


 


「死ねや。なんで俺だけ。うるさい。辛い。ムカつく」


 


 ブツブツと負の言葉を吐き続ける怪人。


 


「なんだか随分不満が溜まってるね」


「そうね。なんというか、誰にでもある不満かしら?」


「気分悪いしちゃちゃっと退治しよっか」


 


 その様子を見て、相談をする二人。


 再び銃を撃ってきた怪人に先ほどのやり取りを巻き戻したような光景を見せる二人。


 しかし、それを覚えていたのか、怪人が接近した赤の魔法少女、炎華の頭目掛けて銃床を薙ぎ払う。


 


「炎華っ!」


 


 頭に攻撃が直撃し、魔法力が炎華の顔面で爆発する。


 安否を尋ねる青い魔法少女氷理。しかし、すぐさま返事があった。


 


「だいじょーぶ! なんたって、私頭が硬いんだからね……」


 


 言葉の通り、炎華は額に傷を負いながらも、銃床を受け止めていた。


 


「ガッツリお返ししてやる……! 覆え《銀朱》!」


 


 拳に炎を宿らせた炎華が左右の拳でラッシュ攻撃を浴びせる。


 


「私はオラオラよりもダダダダ派なんだよ!」


 


 距離を取れずに攻撃を受け続ける怪人だが、無理やりにでも離れようとして銃を振り回そうとする。


 


「あら、開きなさい《薊》……下手に暴れれば死ぬわよ?」


 


 氷理が魔術を詠唱し、氷の棘が周囲に展開されて、怪人の行動を制限する。


 生まれた隙に炎華が拳を大きく振りかぶる。


 


「これで決めるよ! 必殺《赤朽葉》!」


 


 赤とも黄色とも言えない微妙な色に燃える拳が怪人の顔面を打ち抜く。同じ色の炎が肘からも噴出していて、拳のスイング速度を上げるための推進剤となっている。


 


 ガシャンとガラスが砕けるような音を立てて、怪人の顔が粉砕する。僅かな空白の後、怪人の肉体が四散した。


 


「やったぁ! 大勝利! 必殺技もバッチリ決まったよ!」


「はいはい……。さあ、早く授業に戻りましょう」


 


 ガッツポーズをする炎華を見てやれやれと肩をすくめる氷理。二人の様子を確認し、静かに通気口の窓を閉じた。


 


 なるほど、新人の魔法少女は危うげなく下級怪人を倒せるらしい。コンビネーションもあるようだ。被弾はあっても、怯む事はないし、大きなダメージでもない。


 


「これは、暫く任せられそう」


 


 あれだけ優秀ならば、治安維持を二人に放り投げてもいいかもしれない。


 


「……だけど、まあ。全てを委ねることはできないかな」


 


 


「おいおい、ガキかよ?」


 


 体育館裏、覗きをしていた僕の背後にドプリと血のような液体らしきものが落ちてくる。それはまたたく間に形を作り、蛇のような細長い形になった。


 


「チッ……新人の魔法少女しかいないんじゃなかったのかよ雑魚を当てて消耗したところを喰うつもりだったのによ」


「素質としては下級。だけど脳がある、人を食べた?」


「ああ、ここに来るまでに三人ほどな? 女の肉はうまいもんだ」


 


 蛇の癖にケケケッと人を小馬鹿にしたチンピラみたいな笑い方をする。


 


「それにしても、ここは良い場所だなぁ! こんな貧相で薄っぺらいガキはともかく、肉体的にも魔法力的にもうまそうな魔法少女が二人もいる。特に青いほうが生意気そうで良い! 嬲っても折れない心は、赤い方を踊り食いしたらどんな風に歪むだろうなぁ! そのためだけに、一度逃がしてやるのもいい!」


 


 嗜虐心だろうか。蛇型の怪人がうねうねと蠢きながらいやらしい笑みを浮かべる。まあ、僕の存在を知らない辺り、そこまで古くも力もない怪人だろう。


 


 これらを見ての通り、怪人というのは人の暗い欲望から生み出される存在だ。生まれし感情に従って、行動を取る傾向がある。下級の怪人ほど、下種で安い妄想みたいなレベルの、個人的な感情によって生まれる。


 まあ、多少の違いはあれど、人々の願いを叶えるっていうのが魔法である。本質的には魔法少女も怪人も同じようなものだ。


 大まかに言えば、両者の違いは自分で叶えたいような願いであるか、犯罪のような後ろめたい願いであるか。それだけの差だ。


 


 太陽に向けて手を翳す。ぐっと握り潰すように手を閉じ魔術を詠唱した。


 


「天を覆い隠し世界を閉ざせ《ドンケルハイト》」


 


 私の魔法力が世界に広がる。太陽の光を遮り、まるで夜になったかのような暗闇を作り出す。


 今更になって、私の正体に気付いたのか、蛇がうろたえ、後ずさる。


 


「お、おおおお前はまさか……! 魔法少女だったのかよ……」


 


 人類の願いを叶えるために魔法は現れた。


 人の欲望は限りなく。しかし自らの手を汚したくないから誰かを願う。抑圧する。


 魔法少女は、無垢な魔法の時に、始まりの魔法使いがそうあれと願ったからこそ、魔法少女という形になった。


 


「私は闇であり影だ。光の元でその力は振るわれる事はなく、故に敵は皆闇の中へ葬られる」


 


 完全に嘘である。格好いいから私はわざわざ闇を作る魔術を作り出しただけだ。まあ雰囲気作りにいいからね。何度か改造はしたけれど、最初に作った目的は、闇に動く存在が格好いいという理由だ。


 魔術ドンケルハイト。効果は周囲の環境を闇に閉ざし、魔法力の感知や魔術行使の阻害。そしてカメラなどの映像からも隠れる効果を持つ。影は知られてはならないのだ。


 


「暗き欲望もまた、人知れず消え失せるべきだ」


 


 魔法は人の願いを叶えてくれる特別な力だ。自分の手でなくとも、きちんと願いは執行される。それが例え、犯罪行為であろうとも。中二病であろうとも。


 人類がいる限り、怪人は消えることはない。絶望の中から希望が立ち上がるように、魔法少女もまた現れるだろう。


 


「そう思わないか?」


 


 これ以上昂ぶって魔法を使うわけにもいかない。シュバルツドルヒを手の内で回す。


 蛇の顔は泣いているかのように歪んでいた。


 


 これは、人類によって引き起こされた、魔法少女と怪人の終わることのない戦いの物語。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 後に風呂場で今日の事を思い出して、悶える事を僕は知らない。

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> 後に風呂場で今日の事を思い出して、悶える事を僕は知らない。 これまで何回同じ失敗を繰り返したのでしょうか(n敗)
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