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結局、二週間ほど頑張ってみたが、僕の友達を作ろうという意気込みは上手くいかなかった。
隣の席の千葉くんも同じように、周囲との付き合いを拒絶していたし、どうせいつか縁が切れると、そこまで積極的に友達を作ろうとしない人もいた。僕が目を付けた友達ができていない勢は、みんなそんな感じだった。会話の勢いやテンションに落差が大きく、どうにも馴染めないというか、相性が悪い。気まずくて、積極的に声をかけにくい関係になってしまった。
学校では話すけど、休日とか放課後までは関わらない。みたいな。
怪人による別れを幼い頃から経験してきた世代というだけあって、一部は本当に消極的だったりサバサバしている。
僕は逆に、限られた時間しかないのだから良い思い出になるように積極的に関わりたくて空回りした。
男子女子関係無く広く声をかけたし、挨拶とかは頑張ったんだ。
だけど、そこから先が全くわからない。どうやって踏み込んだり仲良くなればいいのだろうか。
中学校ではとことん人と関わらなかったので、そこら辺のノウハウがないのだ。
結果、僕の立ち位置は皆と話せるけど、誰かに誘われたりするほど特別な間柄にならない。そんな感じに収まってしまった。輪の外で会話には混ざらないけど笑っている。そんな感じの人。
弄られキャラならそれでも良かったのだが、なぜか僕に関しては弄られることもなく。むしろ距離を感じる丁寧で優しい対応をされがちだ。腫れ物のような扱いで涙が流れる。
一時間目の授業中。頭を抱えて悩むけれど、解決策は見当たらない。
僕の学校生活は友人作りに一番時間もリソースも割いている。ここ最近は出動する必要もないから魔法少女に変身すらしていない。
「お、遅れました〜!」
ガラッと勢いよく教室後ろの扉が開けられる。そこには急いで来たのだろう、二人の女の子が肩で息をしていた。
「赤坂、青葉、遅刻だぞ!」
「ご、ごめんなさい〜。来織ちゃんが魔法罠で完璧な布陣を作ってから誘き寄せようとしてて……」
「ちょっと、穂村が必殺技使うせいで間に合わなかったんじゃない!」
わーわーと言い争い始める二人。先生はその様子を見て、呆れつつも温情を下した。
「まあ、次は気を付ければいい。早く座れ。今回は見逃すから」
「やったー! 先生ありがとう!」
「ありがとうございます」
二人はいそいそと席に向かう。そんなやり取りをしている間にも、クラスメイトは小声で話し合っていた。会話が僕のところにまで聞こえてくる。
「なあ、二人ってやっぱり魔法少女炎華と氷理だよな?」
「状況証拠的には、な」
「しーっ! 魔法少女のプライベートは探るもんじゃないよ」
クラスメイトが話している通り、彼女たちは魔法少女炎華と氷理である。ここ、東北の宮城県北部で活動するコンビの魔法少女であり、二、三ヶ月前から活動を開始している新人魔法少女だ。特徴は名前の通りの属性の魔法を使うこと。
二人は結構あけすけに活動を話すから、ほとんど特定されたようなものだが、僕のような魔法少女じゃない限り確定された訳じゃない。特にSNSの運用が事務的で、知名度は高くない。地元密着型魔法少女といった印象だ。
新時代の魔法少女は、大きな会社のメディアにこそ出演しないが、動画配信やSNSで自らの活動を取り上げたりする。スポンサー契約などは結べないが、サイトそのものの広告収入やら、投げ銭にて日々の活動費を稼いだりしているのがほとんどだ。
一応、魔法少女にはその生活や活動を守る協会がある。魔法少女なら住居や生活拠点を貰えるので、怪人を倒した時の討伐報酬なんかは存在しないのだ。魔法少女になればそれだけで生きていけるようになるが、社会で活動する資金はもらえない。そういった事情もあってか、今の魔法少女は、ネットで活動アピールをしている人が多い。二人もその例に入るのだろう。
それだけなら誰にも特定されないのだが、二人はプライベートでも魔法少女であることを隠していない。現役モデルの魔法少女とかもいるので、暗黙の了解として、正体を知られていることは稀にあるのだ。
とはいえ、それを本人に確認を取ったりはしない。それは絶対に犯してはならないタブーとされているのだ。
「それじゃあ、ちょうど魔法少女様たちが来たから、少しだけ雑談を入れるか。お前たち、魔法少女の特定はしていないよな?」
「してませーん!」
「当たり前じゃないっすか!」
先生がチョークを置き、遅れて来た二人の準備と板書が終わるまで雑談を始める。クラスメイトの中でも特にお調子者の男子や、明るい女子が返事をした。
「まあ、そうだよな。つい二年前……あれ、そんなに最近だったか? ……数年前に、日本は怪人と戦う魔法少女に対して、国家主導での資格化や課税などを行うことを決めたんだ。当時は怪人に対する唯一の対抗策として、魔法少女の確保は必須だったのもある」
資格化というのは、魔法少女と無関係な第三者が政府に申請し、魔法少女を管理する組織を立ち上げて、そこに所属する魔法少女が正式な魔法少女。それ以外は不正な魔法少女として、逮捕するための法案を通したのだ。
さらには、その資格組織に所属すると、民間人でありながら自衛隊と提携を結んで活動する。実力以上の怪人と逃げられない戦いを強制されてしまうのだ。
他にもいろいろあったけどな。日本では、これが決定打だ。と先生は続けた。
「魔法少女は、それまで善意の無償で戦う人だったんだ。特に組織的な行動もなく、怪人と戦うと言っても、積極的だったりそうじゃなかったり、てんでバラバラだった。まあ、見た目は子供で、しかも女の子だったからな。当時は甘く見られていて、そして政府もそこに利権を見たんだろう」
一拍置く。その先の出来事は、高校生の僕たちならほとんどが知っている事だろう。
…………実は、僕はちょうど街の外で活動していた時期で、しかも修行で山に引き籠もったり、あちこちを飛び回っていたので、ソレを知ったのは数ヶ月後になるのだが。
「魔法少女、あー、個人名は言わないが、政府の出した案の後しばらくして、とある魔法少女が、怪人との戦いを放棄した」
とても気まずそうに話す先生。しかし、話をやめる様子はない。
まあ、忘れてはいけない出来事でもあるから。
「『私たちは、国家にも人類にも助けられた事なんかない!』だったかな。まあ、国民を守るはずの国家や軍隊は怪人に敵わず、魔法少女におんぶに抱っこだったのも事実だ。それなのに、世界中で怪人の先を見据えて、魔法少女の確保やら何やらと騒ぎ立てて足を引っ張った訳だ。それを嫌がった魔法少女が、全世界の魔法少女に声をかけたんだ。人々を守るのはもうやめようってな」
ああ、その魔法少女の事は僕も覚えている。引き金を引いたのは、日本の魔法少女だからだ。
「当時は、魔法少女と国でデカい問題もそこら中の国で起きていたらしいからな。魔法少女側にも、そういう空気があったんだと思う。その結果、魔法少女のほとんどは、怪人との戦いを放棄したんだ」
僕は、その流れに乗っていなくて、怪人との戦いに明け暮れていた。だからこそ、今でも語り継がれるような目立ち方をしてしまった。そもそも、そんな事件を引き起こした魔法少女と出会ったのも人のいない場所だった。そしてそういう状況だったとも知らされていないので、気にせず戦っていたのだ。
「まあ、人類からは非難轟々だった。それまでは、結構魔法少女優勢で、怪人の被害も実はそこまで悪くはなかったからな。痛みを忘れていたんだ」
それは人類の罪だと、僕は思っている。確かに彼女がしたことは、あまりにもひどいものだっただろう。僕が魔法少女側の立場だからというのもある。
「その結果、当時の日本政府は消滅し、東京周辺は今なお怪人がはびこる人の住めない土地になっている。ぶっちゃけ、国としては一極化もあって致命的なダメージだったと思っているよ。一ヶ月は何もかもが機能停止したからな」
──だけど
「たった一ヶ月。いや、それまでの減少もあったけどな。一ヶ月で、人類は十億人未満までその数を減らすことになった」
人類を守る魔法少女が「怪人との戦いが一生終わらなければ良いのに」って泣くのは、間違っているだろう。
東京に怪人を素通りさせた、今なお大犯罪者とまで言われることもある魔法少女ジェノサイドは、最期に僕と出会って、何度も泣いて悩んだ後に、この言葉を言い遺していなくなったんだ。
ちらりと横目で、先生は板書をする二人を見た。
「今現在でも、怪人の脅威はなくなっていない。だからこそ、皆魔法少女に関して過度な干渉は避けるようになったんだ」
シンと静まり返る教室。東京の滅亡につながった身近な出来事であるためか、誰もが真剣に耳を傾けている。
魔法少女嫌いで有名な千葉くんも、ジッと黒板を睨み付けるようにして聞いていた。
先生は暗い雰囲気をかき消すように明るく続ける。
「さ、歴史の教科書には書かれていない。数年後には載っているお話はここまでだ。魔法少女に関する詮索はしちゃ駄目だが、魔法少女が関わってきた歴史は調べられるぞー。そうだな、当時の歴史に関する内容を調べて、レポートでも書いてもらうとしよう。ちょうどアメリカ滅亡やユーラシア大陸周りの大事件が多いから、調べがいがあるぞー」
授業はそのまま続いていたが、僕を含めてほとんどの人が、集中できていなかったと思う。