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魔法少女協会の通路はしんと静まり返っていた。人の気配が一切しない。しかし随所に生活感漂う物が散らばっている空間に、三人の足音と能天気な会話だけが響いていた。
「……で、結局どうすればいいか分からなかったと」
「申し訳ねえ」
あの後、私とレンは津波の対処と災厄級怪人の迎撃を命じられた。少し余裕があるので準備してから向かおうと部屋を出ると、魔法少女協会の入口で阻まれている千葉くんと出くわした。
彼はまだ魔法力の扱いを学んでいる最中なので、伝達率の良い魔法物質でさえもうまく動かせないのだ。断頭に置いていかれた挙げ句、締め出され、扉が開けられないから戻れないという事情を聞いた結果、先程の言葉が出た。
「っていうか、怪人が来ても問題ないんだろ?」
「実はそうでもない」
あっけにとられる千葉くんに、事情を説明する。
「災厄級怪人の出現そのものは二年前の十二月に起きている。その後わずか一ヶ月でアメリカは滅亡したという判断が下された。一切連絡が取れなくなったから」
「その後、しばらく怪人はアメリカ大陸に留まり続けていたのじゃが、アレは多分アメリカ大陸にいる人間の殲滅を行っていただけじゃろう。あやつが暴れまわるだけで地球上に安全地帯がなくなってしまうのじゃ」
怪人にせよ魔法少女にせよ、一定以上の魔法力を持つと飛躍的に強くなるのだ。特にアメリカの災厄級は、魔法力と大きさ以外では下級怪人とほぼ同等なのに、その二点だけで災厄級と評価されている。
「逃げ回りながら異空間の拡張に全力を注いでも、おそらく地上にいる人間の半分は助けきれない」
「今でいうと……多くても五億人か」
「選別するにしても、どのような基準でやるべきか。そしてその結果、再び争いや亀裂が生まれ、妾たち魔法少女が支配者層になるのは避けられないじゃろうな」
「元々、上級怪人はそれを目論んでいたらしい。災厄級の復活によって選んで潰させるつもりだった」
消えていない時点で、きっかけがあれば災厄級怪人は復活すると予想していた。ただ魔法力を与えるだけで目覚めるとは思ってもいなかったが。
「あ、そういえば、護殿が因縁を結んでいた怪人なのじゃが、東京に出没した上級怪人になっていたのでこっちで倒してしまったのじゃ。すまぬ」
話の流れで、上級怪人について事情を聞いていたレンが千葉くんに謝る。彼は、思い返すように目を閉じたが、すぐに開いた。
「ああ、それはいいよ。ってか、あいつ東京に潜伏してたのか。てっきり人を襲いまくってたんだと思ったんだが」
「ある程度襲っていただろうけど、大きな噂にもなっていない辺り、数人喰って後は東京にいたんじゃないかな」
「なるほど。だとすると自衛隊でも喰ったのかな。あいつ、俺を襲った時に、魔法の真実を見せるって言ってたんだけど、どこでそんな事知ったんだか」
その一言で、脳のパズルがぱちりと揃った気がした。
東京に潜伏して、災厄級怪人の存在に気付いた。ということか。
「……ごめん! レン、やることができた」
「は、はぁ〜!? 津波と怪人の対処はどうするのじゃ!」
「すぐ戻るから両方やっといて!」
「待て! 待つのじゃ! 妾魔術は苦手なんじゃが!?」
レンの静止を振り切って空を飛ぶ。
目指すは東京だ。アメリカ大陸とユーラシア大陸は魔法少女が封鎖した。だが、東京を封鎖したのは誰だったのか? それを思い出した。
物理法則を無視する。魔法体が一瞬で、東京へと辿り着き、干渉を可能にすると押し出しによって小さな風が生まれた。
爆速で駆け巡る。自衛隊基地、違う。国会議事堂、違う。千代田区──
あった。
旧皇居。そこに既に人はおらず、かの人物は京都へと住まいを移しておられる。しかし、それでもその家系の人は、わずかに残っていた。魔法に憧れていたその人と、多くの政治家たち、民間人や外国人と思わしき人たちがそこに集結していた。自分たちの体を縛り合い、魔法少女の武器を使って、つい最近まで、ただ生かせられていた形跡がある。ミイラのように枯れ果てた体には虫などが寄り付いておらず、野晒しなのに保存状態が良いところからそう判断できる。他の研究者らしき死体には虫が集っていた。
彼らの傍らに置かれている古い大型のコンピューターと、そこから伸びる管に繋がれた魔法武器。蝶をモチーフにした鎖が束になり連なっている。それを覆うように、植物の枝が絡み付き永遠に枯れぬ花を咲かせていた。
魔法少女ライフリンカー。彼女の魔法武器は人と人とを繫ぐことにある。今までずっと探していた実験兵器と魔法少女の武器をようやく発見することができた。
あの不良男子の怪人は、東京に潜伏し、これを見つけたのだろう。
「負の遺産が」
死体を見つめて毒を吐く。
魔法武器による実験は戦争期に数多く実施されている。しかし、人間にまつわる実験なので、日本やアメリカでは思うように研究も開発も進んでいなかった。
敵国である共産主義者たちは、人権を無視できる。だからこそ、どんどん開発は進んでいくし、このままでは負けるという危機感をアメリカに与えていた。
そんな時に、日本が漫画などを参考にして作り出した狂気の実験が、統一魔法化実験である。
政府への怒りからくるような願いは大きくて強い怪人を作りやすい。そこに着目されて、この実験は始まった。
「統一魔法化実験……英雄計画」
コンピューターがいまだに稼働している。実行中のプログラムに書かれていた名前を読み上げて、内容を確認して、機械を破壊した。魔術を用いて内部データを吸い上げる。
この実験はいくつかの成功と大きな破滅を産んだ。
魔法少女ザ・ヒーロー。彼女はプロジェクトメンバーであったある研究者の親を持った小さな子供で、実験の成功を願われて誕生したのだ。
複数の意識を統一し、願いによって生み出された魔法少女。彼女は誕生したその時から、圧倒的な力を持っていた。民衆は本物のヒーローを喜び、称えた。
問題があったのは、そこはアメリカという国であり、彼女が白人で美しい女性だったことだ。
名声を得た魔法少女は、徐々にその足を引っ張られることになる。様々な思想家や活動家に邪魔をされた。彼女は肉体的には無敵のヒーローだった。だからなのか、民衆は彼女に武器を向けず、心だけを攻撃し続けた。
彼女の能力や誕生の経緯を考えれば、最悪の手だとも知らずに。
悪意ある願いや意思を注ぎ込まれた彼女は、最初に小さな身体障害が出た。難聴、四肢の痺れ、幻覚といった症状が短時間。徐々に長くなり、記憶障害のようなものまで引き起こしていた。元々深く魔法に踏み込んでいた存在だと言うのに、そこに注ぎ込むように悪意の魔法を足していけば、汚染が引き起こされるのは仕方のないこと。
多くの人に望まれて誕生したヒーローは、その民衆の手により怪物と化した。
元々彼女の作りは怪人のソレに近かったのもあるのだろう。短期間で多くの魔法を得ると、記憶障害が発生するのは怪人も魔法少女も変わらない。しかし、時間経過で魔法少女なら回復できるはずなのだ。
もっとも、彼女に休める時間があったとは思えないが。
「悪いけど、あなたたちに墓を用意する暇はない。私たちの仲間をいつまでも縛り付けていて、苦しめたあなたたちに、そんなことをしてやる義理もない」
機械に絡め取られていた魔法武器を取り外す。
手に持ったその魔法は、ほのかに暖かく、トクントクンと心臓のように鼓動をしていた。
魔法武器が外された途端に、彼らの肉体は急速に白くなり、やがて灰になって崩れ去った。
「そもそも、複数人の意思を統一することが困難。巨大怪人の発生率は低い。わずかな違いで複数体の個別の怪人になってしまう。明確な敵さえいれば意思の統一は簡単だけど、人種も国籍も多様な大プロジェクトだったのも悪かった。なるべく人を選ぶべきで、そうしなかったから、悲劇は起きた」
だが、計画の要にあったのは、ライフリンカーの魔法武器だ。人と人とを繋ぐ魔法。無理やりにでも意識の統一化はされていたのだ。本来なら分離するはずのものすらも受け入れていた事で、魔法の受信範囲が広くなってしまったのだろう。
結果、幅広い願いや想いを受け止め、魔法として発現され続ける最強の魔法少女は、人々の暴走した正義を受けて超巨大怪人となった。しかし、怪人は敵国を攻撃せず、かと言って国内の怪人を倒すわけでもなく、ただひたすらに人類を攻撃し続けた。
私たち魔法少女は、この最悪な実験に対して、アメリカにいる人間の封鎖でもって応えた。
滅亡するような状況に陥ると、短期間で怪人が急増することになる。そして、怪人によって人間の数が大きく減り、怪人の発生速度も落ち込む。そして、最終的に人類が滅亡する辺りで一度強力な魔法が現れて、人類が完全に滅亡する。というプロセスを踏む。
長期的に見れば、怪人がその後発生しない利点が人類の滅亡にある。しかしそうなると、怪人の数が手に負えない程に膨れ上がってしまうのだ。
それでも、災厄級怪人よりは個々の怪人の方が対処できるので、アメリカ大陸を滅ぼしたのだ。強力な魔法はすでに現れていたのだから。
実を言うと、魔法少女は一度戦争で敗北をしている。アジアではアメリカ以上に魔法の研究開発が行われており、陸続きで数も多いところから、滅亡処理ではなく、封印という形で誰も近寄れないようにしただけだ。数多くの魔導兵器により、人間が生きられるような場所ではなくなっていた。私たちも、暴走する魔導兵器を全て処分するのは不可能と判断した。
既にあの地には生存者もまともな人間もいない。魔法少女に関しては幾多の実験のせいで存在がどうなっているのかすら不明である。
これだけの混乱があり、そのままでは人類どころか世界が消滅するだろう。という結論を得て、私たちはユーラシア大陸を消滅ということにして、歴史を塗り替えたのだ。アメリカ大陸に関しては、一つの強力な個を抑えきれずに海へ出してしまったこともあり、封印することはできなかった。
話を戻そう。災厄級怪人を生み出した悪魔の研究だが、その実験施設では既に研究者は全滅していた。しかし、肝心の魔法武器と実行者が見つからなかった。
以降は、高校に入るまでに幾度となくアメリカ大陸へ赴き、地表をひっくり返しながら怪人を減らしつつ、魔法武器を探していた。どこかに持ち出されたのは確実だったから。
ようやく見つけた。この研究の提案者は誰だったのか。どこの国だったのか。そして、魔法少女の非友好宣言の後に、東京を封鎖したのは誰だったのかを思い出した。
「犯人は旧政府関係者。左翼系野党。防衛大臣。アメリカ軍との共同研究か」
周囲を漁ると、束になった紙の書類が見つかった。保存状態が悪く、大半は虫食いで読めないが、幾つかは解読できた。
「旧インターネットにも情報が載っていないと思ったら、こんなに古い方法で情報を残していたか」
研究レポートすらも直筆で書かれている。徹底したアナログ手法だ。おかげで今の今まで尻尾すら掴めなかったが。
「とはいえ……。自分自身を魔法使いだと勘違いして終わったようだけど」
どうして今まで怪人が復活しなかったのか。それは、単純に魔法効果をうまく発動できる人がおらず、ただ繋げられただけで、魔法武器の効果が一部発動し、死ぬに死ねなくなっただけに終わったのだろう。
時間をかけて彼らは溶け合い、一つの意識となった。そして、そこに足りない魔法を与える存在が現れて、ようやく今、あの時の災厄が復活を果たしたのだろう。
ライフリンカーの武器を回収する。想いや願いが流れ込み、魔法力と共に私の体へ染み込んでいく。
魔法武器がなくなれば、そこにあった効果もなくなる。私は踵を返して歩き出した。
実行者は消えた。彼女を繋ぎ止める魔法武器も取り込んだ。
ようやく、あの子を終わらせることができる。




