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人類の願いを叶える為に魔法はやってきた-1-

 魔法とは契約だ。物理法則とは違う個人と魔法で結ばれる契約である。

 魔法が最初に結ぶ契約は願いであり、本人の持つあやふやな感情と意志を汲み取って発現する。

 始まりが日本で、サブカルチャーも豊富であったからこそ今の魔法という形があるのだろう。小さな奇跡を最初にもたらすのが、今の魔法の形である。

 そう、最初の一回目が肝心なのだ。一度目の奇跡以降は、大体自力で願いを叶えるしかなくなる。

 一回だけの願いなら、人は、真摯に祈ることができるのだろう。そうやって、世界は不安定ながらもバランスを保つことができた。魔法は人の願いを叶えるのだが、魔法に願っても魔法が応える事はないのだ。

 もし、二回目も同じように願いが叶うのならば、それはもっと残酷な結果を引き起こしてしまうだろう。


 僕が初めて出会った魔法少女が最期に願ったのは「怪人との争いが永遠に終わらないこと」であった。

 朝目が覚めた時から、修羅場だった。年季の入ったアパートに、自分の叫び声が木霊した。


 


「ヤバい! 遅刻するー!!!」


 


 朝食も摂らずに家を出る。──その前に、姿見で自分の全身をチェックする。


 


 目元にかかる黒髪。最近は忙しくて切る暇が無かったし、少しの事情もあって邪魔になるほど伸びている。一応寝癖とかはないので良し。


 柔らかい印象を与える目元。リップも塗っていないのに潤いに満ちた唇。全体的な形は変わっていないが、成長期に合わせるように雰囲気が変わってきている。


 


 そして、黒の学ラン。男子の制服。特に埃が付いている様子もなく、汚れも見当たらないことを確認する。


 そう、男子の制服だ。僕は魔法少女として活動しているが、その実体はただの男子高校生である。本日から。肉体的にも。


 謎の中二病魔法少女ライゼンター。その少女は変身を解いたら男子高校生。


 誰かにバレたらとんでもないことになってしまう。今のところ身バレしたことはないけれど、気を付けるに越したことはない。


 


「……あっ!」


 


 遅刻するところだったのを思い出した。昨日の内に準備したスクールバッグを掴んで家を飛び出す。


 


「──いってきます」


 


 僕以外に住んでいる人のいないアパートに向けて、声をかける。返事がくることはない。一種の儀式みたいなものだ。


 既に感傷的になる事もなく、バタンとドアを閉めて駆け出した。


 


 


 


 式、というのは案外どこにでもある。それの始まりは、宗教的な儀式に基づくものであったり、実は誰かが一番最初にやると決めてから、なんだかんだで続いているうちに伝統となったパターンもある。


 この式というのは基本的に始まりと終わりに使われがちな区切りであって、そこを厳かな雰囲気で執り行うことで意識を切り替えるのが目的と思われる。


 


 つまらない入学式の最中。暇にあかしてその存在意義を説いていた僕に、司会進行役の先生の声が届く。


 


『これにて、入学式を終了します』


 


 礼をして式は終わる。新入生である僕たちは、そのまま退場し、教室へ連れて行かれた。この後は、少し話をしたり準備とかで午前中にでも帰ることになる。というのが一般的だろう。


 


 残念ながら、今のご時世日本ですら治安が悪い。怪人の襲撃で学校は頻繁に統廃合を繰り返すし、場合によっては疎開が始まる。一応、近年その回数は結構減ってきてはいる。ここ一年は余程のことがなければ疎開なんて発生していない。


 


 ただ、それでも怪人が現れたりするので、出席日数とか授業の進行度が安定しなくなった。そのため、入学式が終わればすぐに授業開始となるのだ。


 


 緊張感に包まれている教室。顔見知り同士で固まっているらしい仲の良さそうな人。近くの席に声をかける女の子。早速コミュニケーションを取ろうとする人たちがいる。各々好きな席を取り、そこに鞄をかけている。名簿や席順は関係ないらしい。


 僕も、散々引っ越しやら魔法少女としての活動もあって、これまで仲のいい同年代が一人もできたことがない。学校生活を楽しむと決めたのだから、早速友達を作らなければ。


 


「ね、ねえ! 君、隣の席だよね? 僕は水雪名残(みずゆき なごり)い、一年間よろしくね!」


 


 緊張で震え上擦る声のまま隣へ話しかける。


 隣の席に突っ伏して寝る男子。こういう子はよく知っている。誰かに声をかけて貰うことを待っているのだ。引っ越ししたての中学生の僕がそうだった。


 


「チッ……」


 


 男の子は、少し顔をあげてこちらを一瞥すると、舌打ちを一つして睨みつけてまた眠ってしまった。


 


「…………」


 


 声をかけたときに持ち上げた手と僅かに浮かせた腰。前傾姿勢のまま僕の全身が凍りつく。ゆるゆると力が抜けて、正面を向いて隣の彼と同じ体勢になる。


 


 もう駄目だ。心が折れた。そんなに迷惑だったのだろうか。


 


「席に着けー」


 


 この教室へ案内した先生がやってくる。僕も男子も顔を上げた。横目で見たが、彼は僕のことを気にした様子はない。


 


「この学校も何年居られるか分からない。どうせ今更と思うかもしれないが、これから自己紹介をしてもらう。大人になった後で、名前も思い出せないのはかわいそうだろ?」


 


 出席簿を片手に先生がそう言うと、名前順で自己紹介をすることになった。


 この学校は、一応三年以上廃校になっていないらしい。そういう実績もあってこういうことをするんだろう。


 


 窓際最前列。明るく立ち上がった少女はかなり可愛い顔をしていた。セミロングの髪に、気まぐれな猫を思わせる瞳。小柄な体型からも、小動物感を漂わせている。守りたくなるような外見とは逆に、彼女は一つ一つの仕草が躍動感に満ちていた。


 エネルギーを感じさせる笑顔いっぱいの表情で彼女は自己紹介を始めた。


 


「はーい! トップバッターを努めます赤坂(あかさか) 穂村(ほむら)です! 実はここが地元です! 趣味はランニングで特技は宙返りができること! そして、魔法少女やってます!」


 


 その言葉に教室がざわついた。


 彼女は新しい魔法少女である。怪人と人類、魔法少女の争いにおいて、怪人が優勢だった暗黒時代を戦争期組。それ以降の魔法少女を新時代組と呼び分けている。


 


 大きな違いといえば、メディア露出の有無である。新時代組の魔法少女は、基本的にSNSを通じて自らの活動を広めている。平和的で良い時代になったものだ。


 僕みたいな戦争期組は、メディア露出なんてほとんどない。あくまでも噂とかが広まって名前だけ知れ渡っている事もよくある。


 


 気付けば噂が一人歩きして、僕みたいにもう正体を明かせないところまで来ることもある。


 


 教室のざわめきとは別に、自己紹介は進んでいく。次に立ち上がったのは、長い黒髪を切り揃えた女の子だった。身長が女子にしては高い。所作の一つ一つが丁寧な印象を受けた。


 


 凛とした雰囲気。清楚というよりは鋭い冷気を思わせる人だった。風紀委員とか委員長が得意そうで、剣道とか弓道やっていそうな美人さんだ。


 


青葉(あおば) 来織(こおり)です。よろしくお願いします。最初に紹介したホムラ同様に魔法少女をしています」


 


 再び教室に衝撃が走る。まあ、なんだかんだで魔法少女やっているという人はいるけれど、それでも少ない方だ。公言しているにせよ、個人の特定までは行われないのだから。


 


 魔法少女個人の特定は禁止行為である。過去に幾度となく事故が相次いだため、やってはいけないこととされている。だから、あの二人が魔法少女だと言っても本当かどうかは分からないのだ。あくまでもそれっぽいのを見つけるだけまでが許される範囲。


 二人目の魔法少女発言に、まばらな拍手が飛ぶ。小さく一礼をして彼女は席に着いた。


 


千葉(ちば) (まもる)だ……」


 


 僕の隣の男の子が立ちあがる。全体を睨み付けるように見回し、そして、二点で視線を止めた。その先には、最初に自己紹介した魔法少女の二人がいる。


 


 そこに籠められた感情は、強い怒りのように見えた。


 


「強いていうなら、魔法少女が嫌いだ」


 


 そう言い切り、彼はまた机に突っ伏して眠ってしまった。


 魔法少女嫌いは、ちょっと珍しいくらいの存在だ。今の社会、怪人から守ってくれる存在は魔法少女しかいない。それに対して、気にくわないと思う人がいるのは確かだが、本人たちの前で言い放つとは。


 


 しかし、彼の目にあった怒りの感情。


 


 それは、魔法少女そのものに向いているのとはまた違った気がする。


 


「おい、君の番だぞ」


「あっ!? え、はい!」


 


 考え事をしていたら、いつの間にか僕の番まで来ていた。前の席の男の子に言われて慌てて立ち上がる。椅子が大きな音を立て、視線が一斉に集まった。僕の姿に対して、微かな困惑が漂っている気がする。


 


「僕は水雪 名残みずゆき なごりです! えっと、い……以上です!」


 


 ああ、しまった。何を話すべきか考えてなかった。


 恥ずかしさで顔が赤くなる。熱が上がってきて肌がチクチクとして、掻きむしりたくなる。


 


 恥ずかしさをごまかすように顔を伏せた。どこかから「かわいー」という声が聞こえて、ますます顔に熱がこもる。


 


 そして、この日は教室中魔法少女である二人に人が集中し、僕と千葉くんに声が掛けられることはなく。


 


 結局誰とも仲良くできずに、一日が終わってしまったのだった。

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