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平和の魔法 -1-


 空は人間の憧れだ。自由の代名詞であり、ロマンでありながら、孤独を示す表現でもある。

 これまで、人は空を飛ぼうとしてきた。やがて現実が立ちはだかり、人は自分自身の手で飛ぶことを諦めてしまった。

 そうして、訓練を積めば誰でも、お金を払えば手軽に、人は空を飛ぶ機械を手に入れた。自由を失い、憧れを収めたのだ。

 しかし、それは妥協の結果でしかなく、人はいまだに夢を空に抱く。

 箒に乗って、頭にプロペラを付けて、肌で風を感じて自由に飛ぶことを夢見ている。

 そんな、あり得ない妄想を叶える手段として、魔法が現れるまでは、人は空を人類のものだと考えていた。

 揚力でしか空を飛べない地を這う生き物は、空を支配するその存在を前に、ただ見上げることしかできなかった。

 僕が魔法少女になった時、初めて見たのは、空から落ちていく自分の姿と、どこまでも澄んだ美しい青空だった。


 現代に失われた概念がある。常識、愛想、礼儀、気品。社会を円滑に取り運ぶ通念とでも言うようなそれらの考え方は、社会の根幹がひっくり返されると同時に、一度姿を消した。


 明日さえも生きる信用がなくなった時に、人は「明日さえ生きられるかどうか分からないから」と横暴に、自由に振る舞った。僅かな人が「死ぬなら綺麗に死にたい」と、人との繋がりと思い出を求めて、美徳を積んだ。


 最終的に、美徳を積んだ人間が多く生き残った事で、今の世界はなんとか成り立っている。


 


 綺麗に列を作る人を眺めていたら、自衛隊員の掛け声がこちらまで届いた。


 


「おーらい! おーらい! 補給品受け入れ準備整ったか?」


「関係者以外は一度離れてください!」


 


 迷彩服に身を包んだ自衛隊が広場を封鎖して、トラックから物資を取り出している。周囲には民間人が並んで待っており、そこにハンディカメラを向けてインタビューをするメディア関係者もいる。列からはたまに野次のような声が飛んでいるが、それでもお行儀よく並んでいるのは、日本人の習性なのだろうか。


 


 魔法少女協会日本支部設立後、日本政府は魔法少女と共同で民間人への配給を開始した。ついでに暴動対策で少数の魔法少女が駆り出されている。


 


 今回の共同作業は、政府と魔法少女協会を結ぶ中間地点で活動を行うとされており、山梨県の東京からほど近い場所を中心に複数箇所で実施されている。この地は、東京に近く、怪人が襲撃に来る可能性が非常に高い。よって、これまで政府が配給に来ることはなかった。代わりに、離れた場所で、大規模な配給を行っていた。


 


 政府にしては非常に腰が軽い対応。B-01がこちらに来てからまだ一週間程度だ。


 


「これ、俺が出る必要あるか?」


「千葉くんは魔法武器が使えたところで、それ以外は人間と変わりないからねぇ。だったら魔法少女を動かすよりも、千葉くんを人間との対応に使った方がいいんだって」


 


 本日のメンバーは千葉くん、私、魔法少女炎華の三人だ。一応政府側の魔法少女としてA-01がいる。


 他の場所でも魔法少女が参加している。一部の魔法少女は、街周辺にいる怪人の掃討作戦を行っていた。今なら街で戦っても、最悪建物が壊れるだけだから。


 


「ゆくゆくは、魔法少女協会の使う建築技術を利用した集合住宅を作りたいと考えているそうです。こういう配給の時間に民間人を集めて、戻った時に住む場所を新しくできれば、と政府で計画を作っています。この場所を配給所にしているのは、東京復興計画の拠点の第一候補だからです」


「それ、こっちに教えて良かったの?」


「自分に教えられている事でしたら、友好的関係を築くために教えても構わないとされています」


 


 古い軍服をアレンジしたような姿の魔法少女A-01が休めの姿勢のまま答えた。宙に視線を縛り付けたまま、身動ぎせずに立っている。


 彼女の視線の先は、東京である。ここは特に東京に近く、遠目にタワーが半ばから折れている様子も見えた。


 


「……ところで、魔法少女ライゼンターさんは、どうしてこちらに居られるのでしょうか?」


「市街地戦だと私は弱いから。レンが出た方が力を発揮できる」


 


 瞬間的な火力の高さと範囲の広さなら私の得意分野だ。しかし、それでは街を壊してしまう。民間人の制圧なら、それ用の魔術があるので、私に適任だったということだ。


 ついでに、東京にいるであろう怪人が襲撃した場合の対応も任されている。


 


「ところで、この自衛隊でも魔法少女でもないマスコットの出来損ないみたいなのはなんだ?」


 


 千葉くんが、妖精というには無理がある、羽虫の擬人化をブサイクにした人間大の大きさの謎生物を指差す。


 表情が一切変わらず、ドピンクの肉塊は、夜中に見れば悲鳴をあげてしまいそうな不気味さがある。問題なのはサイズがデカいせいで、かわいげが全て損なわれているところだ。


 


「フレッシュミートの妖精さん」


「魔法少女の公認マスコットなのかあれ!?」


「数揃えるのは簡単で便利だから……」


「私も怪人がちょっと遠くに出たときに、抑え役してくれるの見たことあるよ!」


 


 魔法少女エインヘリアルの作る肉人形である。素体も集めやすく、通常は人間よりちょっと力が強くて脆いだけなのだが、数を用意するのは簡単なのだ。具体的に言うと、処理できていない死体を再利用している。種別問わず。


 


 これに魔法少女エンハンサーが強化をかけると、下級怪人ならギリギリ倒せる程度に強くなるのだ。二人がいるおかげで、魔法少女協会は足りない人手をどうにかして、怪人被害の減少からアメリカ大陸の監視、封印された場所で観測作業などの様々な事をやっているのだ。


 見た目が悪いので、人前に出すことはほとんどないはずなのだが、こうして出ている辺り、自衛隊側の人手不足の解消にも手伝っているらしい。


 


「…………お、おい。その姿、魔女か?」


 


 汚れきってくたびれたスーツの男が、震える指で私たちをさした。聞き慣れないフレーズに、千葉くんが首を傾げる。


 


「魔女?」


「…………積極的に人を攻撃する魔法少女のことだよ」


 


 誰が呼び始めたかは分からない。人間が魔法少女に表立って攻撃を始めた時期から、反撃してくる魔法少女などの人間を攻撃する魔法少女を相手に、そう呼ぶ人が増えたのは分かっている。


 最終的に激化した争いの結果、人を攻撃した事ない魔法少女が存在しなくなった事で使われなくなった。


 西洋では魔法少女というよりも魔女という呼び名のほうが有名なので、偶に聞く程度のものだ。


 


「なんで魔女がこんなところにいる! 犯罪者の人殺しが!」


 


 激昂する男。騒ぎを聞き付けて自衛隊や一般人が集まってきた。自衛隊にA-01が尋ねる。


 


「彼は?」


「東京で生き延びてきた人物だそうで、少し前にここに住み着いた一般人です。そのため、情報が古く魔法少女に対して敵対的な様子で……」


「お前らなんか怪人と何も変わらない! むしろ悪辣な化け物じゃないか! どうして人の世にいる! 誰かこの化け物を排除してくれ!」


「落ち着いてください!」


 


 自衛隊に宥められるも、男は聞く耳を持たない。私は、新人たちより一歩前に出る。すると、男は私に気付いて強い怨みを向けた。


 


「下がってください!」


「別にいい。彼の恨みは私に向けるべき」


 


 止めようとする自衛隊を手で下げる。


 


「私は、貴方の言う魔女と変わりない」


「罪を認めるのなら、今すぐ東京の被害者たちに謝って死んでくれ! お前たちのせいで、家族が、仲間が、皆死んでいったんだ!」


 


 この感情の強さは危険だ。怪人が生まれてもおかしくはない。魔法少女全般に向けるよりも、私一人に向けられた方がいい。


 


「おっさん、ちょっと待てよ。何もこんな小さな女の子に向けるべき言葉と感情じゃないだろ? それに、魔女の世代だというなら、俺だってその時の魔法武器を持った奴だ」


 


 千葉くんが私を庇って前に出る。男が一瞬眩しいものを見るような顔をして、首を横に振った。


 


「違うんだ。怪人を産む人間と、魔女はまた別の存在だ」


「どういうことだ?」


 


 ──こいつ、知ってるのか?


 


 魔法力を溜める。いつでも男を撃ち殺せるように。


 


「ライゼンターさん……?」


 


 訝しむ炎華の声も聞こえない。どれくらい知っているのか。それによって使う魔術が決定する。魔導兵器関係者なら即刻始末する。魔女を知る人間という時点で、洗脳の対象外だったか、その後も秘密裏に研究をしていた人間かもしれない。


 


「魔法少女は、魔法によって肉体を作った、人の意識があるだけの怪人と何も変わらないんだ」


「…………」


「願いの方向性が違うという人もいるが、逆に言えばそれだけしか変わらないんだ! しかも、その願いはあくまでも自分勝手なもの! それの何が怪人と違うというんだ! むしろ民意を汲んだ執行者の方が良いじゃないか!」


「問題は向上心じゃね?」


「魔女は悪魔と魂の取引をした呪われし子供と何も変わらない! 人間の世の中を取り戻すには、奴らを排除するんだ! 魔女の力の根源は自らに向く! 結局、魔女の行き着く先は、自己中心的な願いでしかないんだ!」


 


 魔法力を解除した。この程度なら別に問題ない。恐らくは、東京の被害者故の恨みだ。彼ら市民からすれば、私たちは、自らのために東京都を犠牲にした存在だと言えるのだし。


 


 フレッシュミートの妖精をちらりと見る。アレもこっちに集中している。なら、エインヘリアルからエンハンサーへと事情も知らされているだろう。


 


「俺は東京で地獄を見てきた! 魔女はその力を自分のためだけに使い、物資を独占した! 助けを求める手を振り払う魔女たちを見た!」


 


 男の声に、民間人の意識が私に向けられる。基本的にこの人たちは貧しく、我慢を強いられている。不満はあるのだろう。


 蓋をしていた気持ちを開けようとする奴が現れて、不満が噴出したと。


 


 大きく身振りをして、周囲へ喧伝するその仕草に、もしやという考えがよぎる。


 


「千葉くん」


「どうした炎華……うわっ!?」


 


 空気を感じ取って炎華が千葉くんを引っ張り下げる。


 場に魔法が渦巻いてくる。緊張が張り詰めた。


 


「今も隠しているだけで、魔法少女はその力を独占して贅沢の限りを尽くしているんじゃないか!?」


 


 この言葉で、奴の狙いが分かった。


 


「……俺、宮城で一日も経たずに魔法少女協会とかいうアパートよりも大きい建物が出来たって聞いた」


 


 男の声に、小さく誰かが呟いた。


 


『確かに聞いたことがあるな』


『私はそれ見たよ! 大きくてすごい立派な建物だった!』


『俺たちの生活は苦しいのに、なんで魔法少女のためだけに大きな建物を作るんだ?』


『それだけ余裕があるなら、助けてくれてもいいのではないか?』


『ずるい』


『卑怯だ』


 


 その声を皮切りに、人々が不満や憶測を口にし始める。集団の中で感情がぐるぐると巡り、高まった感情の矛先を求めて研ぎ澄まされていく。


 


「見てた方がいいよ。これが、怪人が生まれる瞬間だよ」


 


 炎華が千葉くんに耳打ちする。


 


 彼らは誰も、こちらに面と向かって何かを言うことはない。私たちが強く、そもそも非友好的で、別にこれは必要でも義務でもルールでもなく善意でやっていることを、理解しているから。


 だが、それでも感情は抑えられない。真実がどうであれ、彼らは意思を一つに、願った。


 


「あの魔女を殺せ! 民衆の怒りを見せてやれ! その力を利用して富を独り占めする魔女を打ち倒せ! 奴らは悪だ! 日本を滅茶苦茶にした癖に、のうのうと偉そうな顔をしてまだ日本にいる害虫だ! 追い出せ!」


「──衆愚が」


 


 スーツの男が叫ぶと、想いが一つになり、配給所に十メートルサイズの怪人が現れた。


 八つの腕、顔も同じで胴体が一つ。人間体に近い姿をしており、まるで阿修羅のようだ。


 


 突如として怪人が現れた事で、民衆はパニックを起こす。泣き叫び混乱し、とりあえず距離を置こうと三々五々に散ろうとする。


 


「っ! 怪人警報! 協会規定中級相当と思わしき怪人が出現!」


 


 自衛隊員が無線で応援を呼ぶ。A-01が指揮をとった。


 


「他隊員は直ちに下がり、事前退避場所へ民間人とともに移動しろ! 物資は放棄! これより魔法少女と共同で怪人討伐に移る!」


 


 私の横に並び、右手を怪人へと伸ばした。魔法力が高まる。


 


「政府最新の魔術、撃ちます……《捕縛》!」


 


 対象指定型魔術のようだ。阿修羅怪人の腕が縛られていく。しかし、力を籠めると、拘束があっさりと弾き飛ばされてしまう。


 


「くっ……魔法力不足ですか」


 


 怪人は、口をガパリと大きく開くと、火球を放ってきた。


 


「炎華っ!」


 


 A-01を抱き寄せてヴァイスシルトが火球を防ぐ。余波で千葉くんが火傷しないか振り返ると、名前を読んでおいた炎華が千葉くんを腰に抱えて飛び上がっていた。


 


「大丈夫!」


「……俺は、大丈夫じゃねえ」


「わわっ!? ごめんね!」


 


 千葉くんは急激な力が一点にかかったせいか今にも内蔵を吐き出しそうな顔をしている。


 


「おおっ! 新たなる怒りよ! 民意を伝えし神の使徒よ!」


 


 スーツ姿の男が阿修羅を前に手を組んで膝を付く。祈りの姿勢だ。思わず舌打ちをしてしまう。


 


 これまた随分厄介な奴が東京から来たものだ。


 


「怪人信仰者か。アジテーター気取りのテロリストめ……」


「ご存知なのですか?」


 


 近くにいたせいでA-01が聞きとったらしく、私の腕の中で見上げてくる。


 


「魔法の発現そのものはそう難しくない。強い感情と心の底からの願い。それさえあれば魔法が反応して意思を叶えて魔法が発動する」


 


 怪人が消えない理由だ。人は余裕がなくなるほど原始的な欲求に基づいた怪人を生み出す。余裕があればコントロールされるが、その分溜まった感情で強力な怪人が誕生しやすい傾向がある。


 


 そうと分かれば、人々は怪人を安易に作り出すようになる。意識的なコントロールは難しいが、不可能というわけじゃない。なんなら、自分自身では願わずに人を使うこともある。


 


「アレは、カルト宗教の一つ。民衆を扇動して感情を高めて矛先を整えれば、簡単に社会を変える暴力装置が作動する。ほとんどの国では思想に制限なんかないし、思想の制限そのものも難しい」


 


 テロの手法にすらなったものだ。成功率は高くないが、決めれば街中で突然怪人が現れてしまう。武器を持ち込まずとも、気軽にテロが起こせるのだ。


 まあ、大抵は怪人が生まれれば願った人間は死ぬことになるが。


 


 皮肉にも、この手法は内戦や紛争を終わらせた事で大いに広まったのだ。結果、詳しく知る人は、怪人によって、戦地の人間の大半が死んだ方法だと警鐘を鳴らすも、怪人が人間の問題を解決させる方法として一般に広く認識されたのだった。


 


「我が身を捧げさせてください! 神よ! この世の怒りよ!」


 


 男は狂ったように叫び続ける。怪人が男をチラと見ると拳を振り上げた。


 ぷぎゅ、と喚く男を潰して、怪人は男を摘んで口に入れた。すると、怪人の大きさが変わっていき、二メートル程度の大きさへと変わった。


 


「ふううぅぅぅ! ……待たせたな。強き者よ」


 


 蒸気のような息を吐く怪人。既に理性的な瞳をしていた。


 私も、今後の不安要素が消えてくれたのでA-01を離してシュバルツドルヒを構えた。


 


「最後に何か言い遺す事はある?」


「死地を選ぶならば、空がいい」


「……付いてこい」


 


 ここには配給品もあるので、場所を変えられるならこちらにとってもありがたかった。怪人を促して空を飛ぶ。


 


「ライゼンター!」


「千葉くんは飛べないでしょ。炎華、千葉くんと一緒に一時退避。魔法少女レンへ報告して。A-01は来ないのであれば観測するも配給を再開するも自由に」


 


 名前を呼ぶ千葉くんに手を振って、遥か上空へと飛び上がった。


 


 人も生身では居られないような空の上は、身を切るような寒さと、それ故の神秘に満ちた景色をしている。


 どこを見ても、水平線が広がっており、空は青より蒼く、天頂は穴が空いたように黒い。


 


 阿修羅と対面する。彼我の距離はおよそ十メートルほどしかない。淡雲が間を駆け抜けていき、スカートがたなびく。呼吸が白く染まっている。


 


「魔法の代名詞とはなんぞや? 炎の玉? どこからか湧いてくる水? 急激に治る傷? いいや、どれも違う。科学で実現可能な範囲であり、それは魔法ではなくてもいい」


 


 阿修羅が語る。それらもまた神秘的現象であり、魔法と言われれば思い付く現象だが、違うようだ。阿修羅は攻撃の意思を見せぬまま、空を見て語り続ける。


 


「普遍的な魔法というのは、空を飛ぶことだ。人は空に憧れて、しかし自力で飛行する事はいまだに不可能だ。機械を用意して飛ぶまでだ。故に、箒に乗って飛ぶことこそが、魔法の代名詞と言える」


 


 魔法は、造形に関係なく全てが空を自由に動ける。飛行する事も立つことも泳ぐことだって可能だ。これは、魔法と言われる現象に空を飛ぶことが薄くとも認識されていることからくるのだろう。


 


 怪人と人類が争いを始めた時、真っ先になくなった兵器は戦闘機を始めとした航空戦力だ。速く、しかし防御力は低いそれらはまたたく間に撃墜されてこの世から消え失せる事となった。


 同時に、今の地球に人工衛星は存在しない。空は全てが魔法によって失われることとなっているのだ。戦車や銃は残っているが。


 


「今の子供は空に走る一条の飛行機雲を知らないだろう。怪人が真っ先に消し去ったのだからな。空こそが魔法の戦場であり、空こそが魔法少女たちの舞台となる。そこに傲慢にして愚かな人類の介在する余地はない」


 


 私たち魔法少女であっても、なぜか戦闘機やヘリコプターといった航空機は嫌いだ。見ていると不愉快な気持ちになる。というのが魔法少女全体で起きている。


 これは個人の感情ではなく、魔法そのものの性質なのだろう。


 


「今では怪人は地を這うようになった。それは空に人間の力は及んでいないからだ。今でも空を飛べるが、わざわざ飛んで動くこともない」


 


 喰った男の記憶なのか、空と魔法について力強く語る怪人。初めて喰った魔法にはかなり影響を受けるので、彼も何か思うところがあるのだろう。


 


 阿修羅が構える。手に刀を持つ。その数、八つ。全ての腕に武器を持っている。


 


「構えよ。魔法少女よ。我ら魔法と人類のエゴにより産まれし同胞よ。空こそが我らの舞台であり、人間の鎖から解き放たれし場所だ。ここに邪魔が入ることはない。


我は、新たなる時代を生み出すため、誰かが変えてくれる事を願われ生まれた怪人だ! 我が野望は破壊にして創造! 古き悪しきの一切を破壊し尽くして、始めからやり直す事を目的とする! 戦え、魔法少女よ! 今ここに貴様を縛るルールはない。例えあったとしても、無視してしまえば良いだけだ! ルールは誰のためにある? 暴力は誰のためにある? 全ては少数の勝者が作りし革命を防ぐための手段だ! 我が身を守るのはルールではない! 力だ!」


 


 私は、シュヴァルツドルヒを手に持ったまま、中空にてただ立っている。訝しむ怪人だが、それでも奴は切り掛かってきた。


 一振りをヴァイスシルトで防ぐ。二振りをシュヴァルツドルヒが受け止めた。三振り目からは、防ぐことができず、刀が直撃する。


 


「どうした! 魔法少女よ! 死を受け入れたか?」


 


 八つの腕から絶え間なく斬撃が降り注ぐ。魔法力が敵の攻撃を弾くも、いつか砕けると言わんばかりに、力の限り刀を打ち付けてくる。


 その全てを受けていると、怪人が何かに気付いたように、動きのキレが悪くなる。一太刀ごとに力が弱まり、震え、滑っていく。


 


 やがて、刀を降ろして呆然と立ち尽くしてしまう。


 


「なぜ……幾度もの攻撃を受けて無傷なのだ?」


 


 この身に幾ら攻撃を当てたところで、中級怪人程度なら私に傷を付けることはできない。スプーンで海を掬ったところで、全てを掬いきる前に蒸発し、海へと還るように。微かに魔法力を削ったところで、時間で回復する量を上回れない。


 


「革命は既に成された」


 


 怪人が怖気付いたように下がる。


 


「人類は空を失い、大地の半分以上の住処を奪われた。私たちは、人類とは友好関係を結んでおらず、ただ異空間に私たちだけが生きる場所を用意している」


 


 魔法少女協会は、既に人類との敵対準備ができている。


 


「それでもなお、脅威があった。魔法の力を目にした人間は、狂ったようにその力を解析し我が物にしようとしてきた」


 


 第三次世界大戦開戦より後の世代に生まれた魔法少女は、戦争期と呼ばれる。それより前は怪人期の魔法少女だ。それが、魔法少女協会にある世代の真実。


 


 しかし、私たちは怪人期の魔法少女の情報を消し去った。原初の魔法少女から、怪人の登場までを黎明期。怪人との戦いが始まった時期を戦争期と作り替えた。そして、第三次世界大戦。魔法大戦そのものを隠蔽することにしたのだ。


 


「私たちの魔術は、怪人と戦うように作られていない。地上、海上を破壊する《スクラップカーテン》人間の制圧を目的とした毒魔術ウルフズベイン視覚的に監視カメラや目撃情報から逃れる《ドンケルハイト》そして、地下から地面を割る拠点破壊戦術用魔術アルカディア・カタストロフィ


 


 私たちの世代は、怪人よりも対軍を意識した魔術ばかりだ。


 


「戦争は、互いの国の消滅、滅亡によって終結させた。そして、私たちは、人類が再び魔法の研究をして争いを起こさないようにあらゆる情報の回収、封印処理を施した。機械のみならず、人類の記憶まで」


 


 今では、アメリカ大陸は災厄級の怪人によって滅んだとされている。東京の件は、怪人を素通りさせた本当の理由を忘れている。ユーラシア大陸に関しては、詳しい情報すら残っていないまま、消滅したとされている。これが今の世界の歴史だ。


 


「海を見て」


「なっ……!?」


 


 ここからなら、微かに太平洋まで見渡せる。


 


 その海の中に、巨大なヒトがいた。


 


 首のない巨人。海の底に沈んでいながら、なおそこに居ると分かる残骸。


 


「あれが、アメリカ大陸が創り出した魔導兵器」


 


 人は、魔法少女の手を借りずに魔法を使う方法を模索した。その名残り。


 消えぬ魔法の存在。災厄級の怪人。


 


「胎動している……?」


「私は、アレを倒した。当時、魔法少女の力を集めて、暴走するアレの首を落とした」


 


 それでも怪人は消えることなく、いまだに生きている。何度私が攻撃しようと、消えない。


 


「アレを産み出した存在はいまだに生きている。願った奴は、いまだにどこかで生きているんだ。今なお願い続けている」


「不死の怪人ということか!」


 


 魔法少女と怪人に大きな違いはないというのは、紛れもない事実だ。せいぜい生まれてくるまでの願いの方向性や数が違うだけ。それ以外は変わらない。


 


「怪人じゃない。アレは魔法少女」


「なに?」


 


 阿修羅が聞き返してくる。


 


「怪人と同じ方法で、生み出された魔法少女。人に望まれて生み出された最強のアメリカ合衆国所属の魔法少女ザ・ヒーロー」


 


 彼女は、その作りが怪人と同じだったせいなのか、願いの性質なのか、多くの人の願いによって力を増す能力があった。


 


「彼女は生み出されこそすれど、」


 


 そして、その願いによって、彼女は徐々に記憶や思考を汚染されていき、あらゆる思想と価値観に飲まれて暴走した。アメリカ大陸最大の怪人、アメリカの願いそのものとなって。


 


「私たちは、いまだにあの魔法少女を助けられない。人間が作り上げた実験の果てを攻略できていない。だからこそ、管理して、忘れさせて、悲劇を繰り返さないようにした。彼女は、作るだけで大陸一つ滅ぼせる事を証明してしまったのだから」


 


 もし、再び魔法の実験が再開されたら、即座に今いる魔法少女たちが逃げられるように、空間を作ってきた。魔法少女協会の本部では、異空間での産業と農業を開発している。


 


「私は戦争期の魔法少女だから。あの負の遺産を処分する必要がある。だけど、新時代の魔法少女は別」


 


 あの子たちは、戦争を知らない魔法少女たちだ。私たちの希望なのだ。彼女たちが人類と再び仲良くするのなら、私たちは手伝おう。彼女たちが、再び平和な世界で自由に魔法を使えるように。


 


「新しい時代は既に訪れた」


 


 魔法力を解放する。吹き荒れる力が雲を吹き飛ばした。私を中心に突風が巻き起こる。


 


「私の役目は、時代の変わりを嫌い、今を破壊する存在の排除にある《ドンケルハイト》!」


 


 世界が闇に飲まれる。暗闇は一定空間に広がっているだけであり、地上はドンケルハイトによってより広い範囲に影が差しているだろう。


 


 手のひらを返す。魔法力が次元を移動していく。


 


「見果てぬ理想を追い求めよう《ジ・イクリプス》」


 


 闇が晴れる。世界が色を失い、上と下が逆さまになり、体が裏返った。怪人がなんとか見上げた空に太陽はなく、空を埋め尽くす程に大きな月が、そこに浮いている。大地の向こうで、無数の成れの果てが蠢いていた。


 


 


 


 


 魔術を解除する。世界が正常に戻り、色と法則を取り戻す。


 


 怪人は空中に倒れ伏せ、戻って来た空に目を細めた。


 


「暴力はさらなる暴力によって覆される。我が負けるのなら、それは我が弱かったからだ。弱き暴力に一切の価値無し。ああ、ならば勝者へ言葉を送るとしよう」


 


 怪人は思ったよりも丈夫で、五体も満足であり動こうと思えば動けそうだ。


 それでも指一つ動かさないのは、心が折れたか、魔法力が尽きたのか。


 


「やがてまた、怪人と魔法少女のバランスは崩れるだろう。魔法少女たちは、最悪を封じたつもりであろう。しかし、人は愚かだ。不尊にも、いずれ領分を弁えぬ者が現れるだろう。心しておくことだ。人は魔法に及ばぬだろう。だが、魔法少女は人でもある。以前は怪人であった。魔法少女は被害者であった。だが、やがて魔法少女こそが敵とされるだろう」


 


 阿修羅が予言するように言葉を紡ぐ。そばに立つ私の瞳を捉えて、豪快に笑った。


 


「手繰り寄せた因果は、戦いの結果は、皆で夢見た理想の景色とは程遠いだろう! 目の前の悪を倒せば平和な世界が来るなんてことはないと、いつか知るだろう! 革命の夜が望む朝日には、秩序さえ切り捨てる覚悟が必要だ! その時こそ、再び手を取り戦おうではないか! それまでは、さらばだ……」


 


 魔法力が霧散する。怪人の形が崩れて溶けていく。僅かな魔法が、私の胸に吸い込まれていく。


 


「嗚呼、我らが王よ……願いと想いを背負っていけ」


 


 阿修羅の面影も風に吹かれて消えた。


 私はしばらく風に身を任せると、頬を叩いて街へ降りていく。


 


「私たちは世界だ革命だなんて理由では戦ってないんだよ。大義や正義なんて根幹にないんだ」


 


 目の前の事をなんとかしたい。ただそれだけなんだ。魔法なんて不完全で不確かなものに、本気で未来を願う人はいない。


 自分の罪と責任を背負う覚悟があるかないかだけだ。


 


「魔法とは空を飛ぶこと……か」


 


 小さく呟く。あの怪人の言葉に、確かにそうだと思った。


 


 戦う力ではなく、ただ誰にも迷惑をかけない方法。それは、確かに戦いを望んでいなかった原初の魔法そのものであった。


 


※さいたまから東京タワーが見れるから山梨でも行けると思っていたのですが、現実では理論上先端くらいは見えるかもしれないって感じです。

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[一言] まじか、ヒーロー、そんなんなってたん。
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