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メタリックな黒の長方形の建物が、小さな町並みにどんと主張激しく建っている。白く光るラインが刻まれており、鈍く発光する様子から、SFのようなモノリスを思わせる造りとなっている。
なお、近隣住民や当該施設利用者からは、かわいくないと不評の嵐であった。最高責任者たちからは「ライン入れた分だけスタイリッシュにはなったな」とのお褒めの言葉をもらっている。
学校の窓からも大きくそびえ立つ壁のような建造物が見える。建てた当初は注目の的であったが、今ではすっかり日常風景の一つとして受け入れられている。
そんな中、ガラリと大きな音を立てて教室の扉が開かれる。既に一時間目は始まっており、堂々とした遅刻だったので注目が一瞬で集まった。しかし、その視線はすぐに散らされることになる。
「おう、千葉。復帰したか」
「すいません。朝に病院? に行ってて遅れました」
「お疲れ様ですアニキ!」
赤坂さんが笑顔で迎え入れる。その一言で、みんなは苦笑した。
顔にいくつかガーゼを貼ってワイルドになった男。千葉くんの出所である。
怪人の襲撃と千葉くんの魔法力覚醒から既に二日。傷の手当と体調復帰を優先したために、本日彼は新しく建てられた魔法少女協会日本支部東日本拠点へと呼び出される日となっているのだ。
一応既に魔法少女協会側での会議は済んでいる。後は決定を受け入れるかどうかで対応が変わる。
久しぶりに引退した魔法少女たちとも会い、戦争期魔法少女組フルメンバーでの会議となった。
進行役がエンハンサーであり、それ以外は適当に輪の形になればいいと、思い思いに座っていた。
「魔法少女武器を発現した男子に関する会議を始める」
「情報調べたけど、なにその主人公みたいな覚醒」
「レン〜ライゼンター久しぶりじゃーん!」
そんな感じで気軽にわちゃわちゃしていた。僕は最年少なだけあって部屋に入ると同時に引退した先輩たちに抱きかかえられた。レンも変身状態は小柄なのでセットでだ。
最終的な決定としては、既に目撃者がいるので突然消えました。という秘密裏に処分するのは不可能と判断。隠したほうが探られるので、魔法武器の使用条件を色々隠して開示することになった。
一応新時代魔法少女なら調べられても問題ないので、気を付けるのは、現存する戦争期魔法少女の私たち四人と千葉くんの魔法武器だけである。
その千葉くんの武器に関しては、先に取り上げて処理を施すので問題は解決する。
ちなみに、次点で多かった策は、とりあえず保護して魔法少女同様に魔法少女協会所属にさせて、怪人との戦いに見せかけて処分するという案だった。
それはさておき、こちらの選択肢は殺さないというものである。少なくとも命の保証はあるのだ。
時間は進んで、魔法少女協会の前。建物を見上げて立ち尽くした彼に呼びかける。同じ学校の炎華たちが引率したほうがいいだろうが、当人たちの素性が確定してしまうのを避けるためと、本部との接触もあるので私が出ることとなった。
「怖がらなくていい」
「命だけは取らないつもりだって言われて連れて来られた方の気持ちも考えてくれ」
まあ、魔法に関わる者たちは命の保証よりも自由と安全を保証してもらいたいよね。
項垂れる千葉くんを励ましながら協会へと手をかざす。
魔法力が物質を駆け巡り、壁が動いて通路が現れる。
「前にも来たから、怖くはないでしょ」
「そりゃそうだが。というか、何回見ても不思議な建物だよな」
複数の魔術効果を与えた魔法物質の建造物なので、見たことないのは当たり前だ。
創造の魔術は、既存物質を生成するのが難しく、ぼんやりとしたイメージで作られる謎物質だと簡単に生み出せる。魔法少女が詳しい物質のイメージが難しい事に起因するものだと思われる。そういった事情もあるので、産業や医療に関しては、魔法少女の願いがそれに準じていない限り非常に難しいものとなっている。この二点は現在、魔法少女協会の最優先研究対象である。
ご都合魔法物質は残そうと思えば永続的に残り続けるし、科学ではなく魔法力や魔術でアプローチすれば加工は容易なので使いやすいのだ。廃棄するだけなら消せば残ることはないし。
実際に、千葉くんを建設現場の近くに置いたあと、サッと魔術で組み立てて中に入れて手当をしたのだから。建設にかかった所要時間で言えば五分くらいのものだろう。
なお、協会所属魔法少女たちは、これが見せかけの建物だと理解している。とはいえあれば便利なのは間違いない。
実際に、何人かの魔法少女は実務をほとんどしないこの拠点が、ただ広いだけの施設だと知っているので、勝手に住み着いている。環境は悪くないし、何より魔法少女同士で生活できる利点があるとのこと。魔法少女の間ではマンションと呼ばれているらしい。
中は非常に殺風景で、光源がないのに明るい。居住区は遠く離れているので、近くに魔法少女の姿は見えない。
「どこに向かってるんだ?」
「魔法少女協会のボスが奥で待っている。こちら側のやることは決まってるから、どの道をあなたが選ぶかによる」
魔法空間にある真の本部と違って、元魔法少女の先輩たちはいない。エンハンサーが沙汰を下すためだけにこちらへ来ているのだ。
協会の中央へとたどり着く。ここは他と違って、ドアを取り付けたり装飾を施している。建物全体は全て私のセンスで行っているが、大抵の子には不評なので、内部の物の設置まではやっていない。居住区なんかは、既に各々の魔法少女が自分のセンスで部屋を作り替えている。特になんの目的もない場所は勝手に牢屋に改造されていたりもする。何に使うのだろうか。
ノックをすると、中から「入れ」という指示が来る。そのままドアを開けて入ると、絹の大きな絨毯が敷かれた部屋が目に飛び込んできた。
部屋の内装が黒一色ではなくなり、木らしき板のフローリングに白い壁に作り変えられていた。
観葉植物や、デスクだけは置かれており、最低限体裁が整えられている。背後の壁には、魔法少女協会が使っているステッキと本のシンボルまで飾られてある。
「よく来た。魔法武器を使う少年だな?」
「は、はい! 千葉護です」
「ああ、よろしく。それで、早速だが君のこれからについて話そう」
魔法少女エンハンサーが立ち上がり、千葉くんの前に手を差し伸べる。
「我々の手を取るか。否かだ。手を取るならば、魔法少女協会は君を仲間と認め、保護しよう。拒むのなら、我々は仲間ではなくなる。それだけだ。組織に所属するなら他に政府もある。正直に言うと、いまだに仲間ではない君を協会の中に入れるのもどうかと思っているくらいだ」
千葉くんが絶句する。まあ、こんな態度で来られるとは思ってもいなかったのだろう。
エンハンサーは魔法少女の味方だ。人類とは非友好的というよりも敵対的な姿勢だし、千葉くんに対しても排除側にいた人だ。この子は結構長い間魔法少女をやっており、協会立ち上げ前から魔法少女のリーダーをやっていたらしい。それだけ仲間意識が強いのだろう。
「いまだに世間は魔法少女を受け入れておらず、ようやく今になって不干渉の関係に落ち着いたところでしかない。それまでは敵でしかなく、今こうして会えているのは、新時代組の魔法少女たちが人類へ友好的な姿勢を取っているからに過ぎない。その彼女たちであっても、大半は無関心なだけだ」
「それは……」
「昔のことを教え込んでいる訳じゃない。本部以外では魔法少女にまともな教育も何もできていない状態だ。そうであっても、彼女たちは敏感に大人の気配を察知して、学習し、対応を学んでいるんだ」
千葉くんがこちらをちらりと横目で見る。残念ながら、私は異端だ。参考にしない方が良い。当時は人里で活動なんてほとんどしなかったし、魔法少女の扱いも噂程度に知っていたから山籠りで修行したり観測されないような魔術を編み出して人間との関わりをしていないのだから。
「我々は姿が少女だからと侮られやすい。先に殴られたのはこっちだ。さて、聞こうじゃないか人間。君は魔法の道を進むのか? それとも、人間の道を進むのか?」
「……俺は、願ったんだ。もう家族のように大切な人を守れない自分にはなりたくない。もう魔法少女だけに負担をかけたくないんだ」
千葉くんが、エンハンサーの手を取り力強く握った。
ようやく、エンハンサーは安堵した表情を浮かべた。
「ならば、歓迎しよう! ようこそ魔法少女協会へ! 早速で悪いが、魔法武器を貸してくれ。最初に我々は組織の所属に誓いをするのだが、君は魔法少女じゃないからな。魔法武器に誓いを組み込ませてもらう」
「お、おう」
「ああ、別に意識する必要はない。誓いといっても、簡単な事を三つ守るだけだ。仲間を裏切るな。自分の身を守れ。どんなに辛くても願いを忘れるな。それだけだ」
千葉くんからエンハンサーへと手渡された魔法武器を私に渡してくる。
魔法少女の誓いは、戦争期の魔法少女たちが作り出した教訓と望みである。魔法少女協会設立後にあった共産圏魔法少女のスパイによる裏切りなどを経験して、これだけは絶対に守れ。と言われるものをルールにしている。
実は、誓いそのものが魔法であり、条件で魔術が発動できるようになる干渉型の強力なものだったりする。
最たる例が、誓えば魔法少女たちが使えるようになる技術ツリーであり、これは歴代の魔法少女たちが編み出した魔術などをまとめた歴史書である。正式には、その一部を抽出して、加工したのが技術ツリーとなる。
有用な魔術を効率よく覚えられるようにしつつ、魔法少女の暴走を防ぐツールでもある。原典の方は危険なものも多いし、編み出された魔術や記録からその背景を推測される可能性を考慮して、安全性に配慮された作りとなっている。
原典の制作者は私と性格的な相性がいい引きこもりだった。真実を記し、観測するだけの知りたがりで、臆病な魔法少女であった。彼女の遺したものは、今なお魔法少女が世界と渡り合うために役立っている。
千葉くんの魔法武器を手に取る。誓いを組み込むと同時に、ちょっとしたおまじないを入れておいた。
「はい。返す」
「ただ一周してきただけじゃねえか!?」
「既に誓いは組み込まれている。魔法少女は機械や施設を使う必要があまりない。魔法力をただ行使するだけなら詠唱もいらない」
「なんつー理不尽な……。じゃあ、魔法少女が偶に技を叫ぶのは?」
「魔術は魔法の発展形だから名前がほしい。名前の前にある詠唱はノリで言っている」
「ノリかよ!?」
「一応、個人の魔法に関するイメージ補助とか色々な効果があるからな? なくても良いが、あればもっと良いんだ。魔法は契約で魔術は儀式みたいなものだ。儀式に必要なものを揃えていると考えてくれ」
技術派近接魔法少女のレンなんかは、結果を先に引き出して後から詠唱する魔術を編み出しているし、そこら辺は案外緩いのだ。とりあえずやることやれば効果は引き出せる。必要なのは魔術の名前と魔法力だ。
「魔法や魔術関連は後で教える。連れて行っていい?」
「誓いを組み入れたし、ここでやることは終わっている。退室していいぞ」
「あ、これで終わりか?」
「そう。ようこそ魔法少女協会へ。次は、協会にいる魔法少女に紹介する。ついでに、簡単な座学もやるから」
「…………は?」
啞然とした様子の千葉くんを引っ張って退室する。中で魔法力が高まり、エンハンサーの気配がなくなった。もう本部へ帰ったのだろう。
協会内部を上へ進む。黒一色なので方向感覚がなくなる。壁にぶつかりそうになる千葉くんを誘導しながら、第一会議室と書かれた紙がセロハンテープで貼られた部屋の前に着く。
「一瞬でチープになったな……」
「急造だから」
扉を開けると、既に多くの魔法少女が並んで座っていた。
「あっ! 千葉くんだぁ!」
「炎華、落ち着いて」
「よう、互いに生きてたな?」
「あれが噂の男の子か……」
「ちょっと格好いいかも!」
年頃の女の子とあって非常に姦しい。ここには、炎華と氷理、断頭を含めた新時代組の魔法少女が集結している。用事があったり、支部の近くにいなかったり、怪人退治で出動している子を除いた全員が集まっているはずだ。
「転校生を紹介する!」
指を天に掲げて宣言すると、わあぁー! と歓声が上がった。漫画でしか見ないような一人だけの転入で、しかも男の子とあって彼女たちのテンションが高い。
「ど、どうも……。転校生の千葉護です」
「はいはいはーい! 千葉くんは彼氏いますかー?」
「彼氏!? そもそも付き合った経験すらねーよ!」
頭に大きなリボンを付けた魔法少女が質問をして、千葉くんがツッコミを入れつつ返すと、魔法少女たちから「おぉー!」という声が上がる。
「…………とまあ、冗談はここまでにして、これから魔法に関する座学を行う。千葉くんも適当に座るように」
「じゃあこっちおいで!」
「ズルイ! 私の隣でいいよ!」
挙手していく魔法少女に困惑して、一番近くの開いている席に座った。隣は断頭である。
「よお」
「断頭か。この間は助かった」
「そりゃこっちの台詞だ。ここに来たってことは、協会所属になったんだろ? これからよろしくな」
既に仲良くなっている魔法少女もいるようで安心だ。
私は、皆の前に立つと、魔法武器を取り出して解説を始めた。
「本日の座学を始める。内容は、魔法武器と過去の魔法少女について」
千葉くんへと視線が集まる。一斉に向けられたソレに、千葉くんが怯んだ。
「な、なんだ?」
「彼は姉の魔法武器を持っていて、魔法力に目覚めた結果、魔法武器を使えるようになった貴重な存在。気になるだろうけど、やっていることそのものは私たちと変わらない。とりあえず先に、魔法少女の過去、歴史について話す」
魔法少女が現れたのは、今からおよそ十年前。日本の魔法少女佐藤が観測された事で、魔法とそれを扱う魔法少女というものが知れ渡った。
「旧インターネットにはプライバシー保護がなく、魔法少女であっても晒され、人と空間を隔離しない限りは情報なんてものは法律以外では守られていなかった」
SNSでその存在はあっという間に拡散され、世界に認知された。本来の魔法少女の名前はサクラであり、イメージしていたのは昔のアニメであっただろうことが予想される。
しかし、名前が判明している通り、昔は情報の拡散が早く、それでいて規制なんてものはあってないようなものだった。
「故に、新インターネットでは、魔法少女の技術を利用して復興がされており、個人情報やら色々保護されている。魔法少女は特に厳重。しかし、表現の多くは規制すべきではないとされており、魔法判別による人間の肖像権以外では画像や動画は投稿できるし、文章はいくらでもかける。つまり、私のような存在をいくらでも噂できるということ」
私もまた、旧インターネット時代からその存在を噂されてきている存在だ。
「えっと、先生? でも今のインターネットでも魔法少女ライゼンターの姿はずっと一つだけ流されていると思うんですが」
千葉くんが手を上げて質問してくる。
「魔法少女の映像は、写っている魔法少女の余剰魔法力を感知して作動する仕組み。あの時の私は、災厄級怪人との決戦とだけあって、魔法力のほとんどを使い果たしていた」
「ライゼンター先生! 怪人の下級とか災厄級ってなんですか?」
炎華も質問を飛ばしてくる。それに対して、私は自分の背後に魔術で映像を作った。
「怪人の等級は、大雑把に決まる。個人の小さな願望で生まれた怪人は、下級。特に三大欲求みたいな原始的なものがあるパターンが多い。判断基準は、魔法力と知性。人を喰ったり、魔法少女を襲って別の魔法を手に入れると、原始的な願いに別の願いが入る。すると、怪人は知性を手に入れる」
魔法は願いであり、下地には想いがある。一人の願いでは単純な想いだけがあり、あまり複雑な感情もないし、想いもない。怪人が人を襲って魔法を得たり、魔法少女を襲って魔法を奪えば、そこに別の想いが混ざることで、思考の複雑化が起きるのだ。
「魔法少女も怪人を倒せば魔法力が増えますよね? でも私たちの意識はあまり変わったようには感じないんですけど」
氷理が疑問を口にする。確かに、同じことが起きているのだから、魔法少女にも同じ現象が起きるべきだろう。
「魔法少女は、本体が人間。だから純粋な魔法の塊と違って、基本的に影響はない」
例外は、魔法少女の魔法や人間から魔法を得た場合だ。
怪人も魔法少女の持つ願いは複雑なのか、一般人を襲うよりも魔法少女を襲った場合の方が大きく成長する。魔法少女も、仲間を看取ったりすると、相手の魔法。つまり願いが流れ込んでくるので、大きく成長するし、複雑な魔法の行使を可能にする。
これを、魔法少女は想いを背負う。繋ぐ。と表現する。混ざるというよりも、自分と仲間の願いを併せ持つことになるのだ。
「そうして複雑な思考と強大な力を持てば、怪人の等級が上がる」
千葉くんたちを襲った怪人は中級である。中級では会話をするだけなら人間とあまり遜色ない。ただ、大体は狡猾になって、こちらを口で騙そうとしてくる。裏切りを引き起こしたり、仲間になろうと誘ってくる。
「生まれつき怪人が強い場合もある。この場合は願いに対して魔法が単一なので、思考力はあまりない。ただ、一つ特徴があって、単純にすごく大きい」
これは、明確な敵などの民衆の感情が一方向に向かう場合に発生する。分かりやすいのは、怒りだ。民衆の怒りが集うことで大きな怪人が現れるケースが最も多い。
「東京壊滅を引き起こした怪人が、その例になる」
千葉くんの姉を殺した怪人も、実はこれに該当する。
悪政と圧政によって不満が高まり、市民感情も、当時は政府に向かっていたのだ。現に、東京都防衛戦線素通り事件では、襲撃した怪人は大型で、積極的に政治家を狙っていた。だからこそ当時の魔法少女も素通りさせたのだ。
「なら、同じ理論で上級魔法少女なんてのも作れるのか?」
断頭の言葉にゆっくりと頷く。もう昔の事で忘れている人も多いだろうが、戦争期に有名だった魔法少女は私じゃない。私は戦争期の終わりに有名人となっている。それまではネットの掲示板で噂される程度なのだ。
「たぶん、名前を言われれば皆思い出せると思う当時一番有名で、今でもネットの奥底で話の上がる魔法少女」
そんな伝説とされる魔法少女はたいてい決まっていて、その中には私の名前もあるけれど、当時最強とされていたような魔法少女も名前が出てくることがある。
「……もしかして、アメリカ合衆国の魔法少女ですか?」
「そう、アメリカ合衆国で熱狂的に支持された魔法少女ザ・ヒーロー。彼女は怪人の蔓延るアメリカにおいて、望まれて誕生した皆のスーパーヒロインである存在」
金髪に白磁の肌。瞳は碧く、マスクで目の周りを隠されている。ピッタリとした青のヒーロースーツに、赤のスカート。そして星条旗のマント。アメコミに登場しそうなイメージのスーパーヒロインそのもの。
「彼女は皆の想いや願いを受けて誕生した。故に、皆の応援によっていくらでも強くなれる」
「待てよ。そんなのアリなのか?」
「願いによっては。そもそも、魔法少女は願いによって誕生する。その願いによって魔術の得意不得意も決まるし、魔法少女そのものに能力がある。例えば、ライフリンカーという魔法少女なんかは、繋がった仲間で魔法力などを総合し共有できるといった能力があった」
そこで、炎華が炎の拳を突き上げた。
「私はこうやって熱血パンチと炎が得意だよ! 実は私自身にも炎の影響を受け付けない効果があるのだ!」
「炎華はそうだけど、私は別に氷が得意でも氷に耐性がある訳じゃないから、本当に人それぞれね」
代表的で分かりやすい氷炎コンビが実例を出してくれた。千葉くんはそこで何を思ったのか、私を見て首を傾げた。
「ライゼンター先生はどうなんだ?」
「……私? 私は、特定条件に引っかかった人の元へ移動することができる。そう、同じ宿命を持つ者同士惹かれ合う」
「うぅ!?」
氷理が呻く。彼女のように、私と同じような中二病による古傷を持つ者は多い。実は、私の魔法条件はそれよりも狭く限定的だけど。魔法という性質の観点で言えばこの上なく適した能力だったと言えよう。
「つまり、魔法少女ライゼンターがここにいるのは、氷理が過去に中二病だった……ってこと?」
「ふふっ……能力者同士。出会わずにはいられない。ということか」
「もうっ、やめてください先生!」
炎華に合わせて弄ると、氷理が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「気にしなくていい。私の能力は中二病同士惹かれ合うわけじゃない。もっと限定的で狭い能力だから」
「そ、そうだったのね……」
ほっと安堵の息を吐く氷理。しかし、既に皆に昔は中二病を患っていたとバレているのだが大丈夫なのだろうか? 設定がバレた訳じゃないからまだ致命傷なだけか。
「それぞれ願いに応じた能力があるから、それをうまく利用すれば大きく成長できる。なるべく早く自覚しておくといい」
結論を出した。皆良い子でしっかりと頷いてくれる。
「千葉くんは魔法少女じゃないから能力はないけど」
ズコーと椅子から転げ落ちる千葉くん。普段の学校では見せない一面だ。案外彼はノリが良いのかもしれない。
「……そういえば、先生はなんで本物の魔法少女って言われているんだ?」
「しーっ! 千葉くん、それは言っちゃだめだよ! 魔法少女ライゼンターは、技術ツリーに公開されている魔術から、編み出した能力、詠唱の多くがダークとかデストロイみたいな安直じゃなく、ちょっと一工夫が入ってるの! で、ネットで唯一姿が画像付きで判明している魔法少女だから話題にもなってるの! そこで魔術とかの考察とかが行われるんだけどね、魔術の名前を聞いただけで、原因不明の胸の痛みやうめき声をあげる人が続出したの! これは条件発動型魔術に違いない! ということにして、魔法少女ライゼンターは本物っていう通称が付いたんだよ!」
炎華が千葉くんの疑問に答える。目の前で説明されるだけで過去の掲示板のみんなを呪いたくなる話だ。
そういうレッテルを貼られているからか、私の魔術には人気がないらしいし、私が編み出した魔法少女に有用な技術だってあるのに、使われていなかったり、正式名称が変えられている始末。
新時代組の魔法少女なんか、横文字をなるべく避けて魔術の名前を作るなんていう雰囲気にもなっているのだ!
皆が私と同じ基準になれば私は普通になれるというのに……。
大きく咳払いをして注意を引く。炎華は舌を小さく出して片目を閉じた。
「……話を戻す。十年前から、アレコレ戦いの歴史を繰り広げて、ようやく今がある。機密もあるから多くは話せないけど、かつては人間。特に男の人たちが魔法を使う研究というのも行われていた」
基本的に、社会を回す存在は男性だったからね。怪人への唯一の対抗手段でもあるから、軍人がどうにかして魔法を使って対抗できないかと研究はされてきているのだ。
「もちろん、今の千葉くんのように魔法少女になれないなら魔法少女の武器を回収して使えばいいのではないかという考えがあった。それじゃあ、実際に魔法武器を千葉くんに渡してみようか。氷理」
「ええ……千葉くん。どうぞ」
千葉くんに氷理の魔法武器が手渡される。彼女の武器は伸縮自在の氷の鞭だ。発動前は柄しかない。
「おう…………なんだ?」
手に持った武器へと魔法力を籠めようとした千葉くんは、しかしピクリとも動かない魔法武器に首を傾げた。
「……ね。できない。新時代魔法少女なら確かめた人もいるかもしれないけど、あなたたち魔法少女は武器を奪われないようにプロテクトが掛かっている。しかし、条件さえ満たせば誰でも使えるのは事実」
魔法少女の武器は、願いや心の結晶とも言われている。魔法そのものは残り続けるから、そういった道具を使えば自分も魔法を使えるんじゃないか? そう思われていた時期がある。これによって起きたのが魔法少女狩り。
まあ、これに関してはそもそも魔法少女が強いのと、魔法少女と怪人が戦えばどっちかが消えるまで争うことが多いので、滅多に魔法遺物が残ることはない。
だからこそ譲渡という形で魔法少女の武器を集めようとする企業なんかもあったりした。
「こういう条件が発覚すると、魔法少女の武器を集めようとする人はいなくなった」
最も、それは魔法少女協会にて誓いが作られてからだ。それまでは、こういったプロテクトはなかった。そもそも奪われる事があまりないのだから。魔法武器を直接使うのではなく、動力源や効果を利用したものが、魔導兵器と言われるものになる。
新人たちに話すことではないので語りはしない。新時代組の魔法少女なら、誓いがなくともかつての悲劇を起こさないよう対策は打っている。
千葉くんのような例外や、私たち現役の戦争期魔法少女でなければ、この方面での研究が再び行われることはないだろう。
「魔法少女の武器は、心の形を示すとも言われている。私たちの間では、魔法少女の武器による性格診断なんかが流行っていた」
話題を明るい内容に切り替える。魔法武器に関する歴史は、人間と魔法少女の争いの歴史ばかりになってしまう。そもそも、魔法の研究に関しては多くが人間との争いになるが。
邪魔だったので消していたヴァイスシルトを顕現させる。魔法少女の武器は魔術とは別なので、基本的に変身さえできれば魔法力を使わずに出したり消したりできる。
「例えば、私のような盾。これは攻撃するものじゃない。けれど身を守り拒絶する壁とも言える。特に、私の周辺を自動で浮いて守るヴァイスシルトは自分の身しか守れない。だから、他人を拒絶する心のあり方をしているとからかわれた事もある」
当時の中二病設定的にも、あまり他人に心を開かないものだったので仕方がない。私の魔法は全てを傷付けると言っていた時期もあるのだ。黒歴史に動悸が襲いかかってきた。
苦しみを表情にせず、シュバルツドルヒを取り出す。白の短剣は、飾り気がなく、ただナイフとしての役割を示すようなものになっている。サイズとしては少女用にそこまで大きくなく、護身用と言われても納得できる。だからこそ、切るよりも突くことに重点を置かれた形状なのだろう。
「剣や槍は人との戦いと権力の証でもある。剣は特に人に対する攻撃性の現れとも言われるくらい。魔法少女の武器では剣はかなり珍しい部類になる。レンや私は剣に分類されるらしい。やっぱり願いやその根底にあった想いは人間に向いているだろうね」
断頭も剣というよりは包丁だが、刃物という括りでは攻撃性の高さを示す。特に彼女は刃で切るよりもズタズタにするのが目的と言ってもおかしくない形状なので、残虐性があるといえる。
「……まあ、武器に関しては本人の当時の心の在り方に大きい影響を受けるから、今とは別の場合もある。そこまで気にするものじゃない」
ついでに、魔法武器には一つの事故がある。
「魔法少女には、得意魔術や変身時の魔法力配分によって得意距離が変わってくる。ここで、偶に起きる事故が、魔法武器による適正距離間違い」
私が分かりやすい例だ。使う武器は盾と短剣。服装には鎧がないし盾は手に持たないので、素早い動きで翻弄するアタッカーのように見えるだろう。だが、私の適正距離は遠距離である。魔法力探知は苦手だけど。
「魔法少女の変身体は、本人の意向を汲んで心の底にあるそうでありたいという姿を作るようになっている。しかし、魔法力による適性配分は本人の最も効率の良い配分に自動で行われる」
騎士の鎧を来た槍持ち魔法少女が、実は遠距離大得意だったりすることがある。そして見た目に惑わされたり、本人のなりたい姿のせいで、得意距離を間違えてしまう事故はまれに発生するのだ。
「だから、一度魔法少女は全距離の戦い方と魔術を一種類だけ覚えて、自分にあった距離を見つけるといい」
皆が元気良く返事をしたところで、丁度いい時間になったから座学を終了する。
途端に騒ぎ出す魔法少女たち。
「しっかし、魔法少女協会の座学で、しかも戦争期という一世代前の魔法少女が話してくれるんだから、当時の怪人との決戦とか大規模作戦について話すと思ったんだが、そうじゃないのな」
椅子の上で伸びをする千葉くんが呟く。
「あー、分かるー! やっぱり私たちを守った人なんだから、その輝かしい戦記とか聞きたかったかも!」
炎華も同意する。他の魔法少女たちも、同じような考えのようで、小さく頷いていた。
「じゃあ、最後に一つだけ」
そう言うと、期待の籠もった目で皆が見つめてくる。
「私たちは当事者として昔を語れるけど、そのどれもが鉄錆と腐臭の記憶ばかりだ」
魔法少女協会は、私が魔法を発現した後に作られたものだ。私の活動期間は大体三年。魔法少女協会は二年前の七月に作られている。
それまでは、魔法少女は結託なんかしてなかったし、各々好きに動いていた。魔法少女同士仲が良いなんてことばかりじゃない。今日笑いあった仲間でさえ、半日後には、明日生きるために武器を突き付け合うこともあった。
私たちは、そういった争いを全部ひっくるめて戦争期の魔法少女だ。
「戦争と歴史は美化するものじゃない」
例え、私たちが時代の勝者であれど、その意識は変わらない。
私たちだって生きるために散々卑怯で残酷な事をしてきた。既にこの両手は血で汚れきっている。直接人間を殺すことは滅多にないが、一度もない訳じゃない。見殺しにした数なら余裕で億は超える。間接的に怪人に殺してもらったこともある。
魔法少女だからってキラキラ輝いている訳じゃないのだ。私の歩んできた道には、幾千幾万もの死体が横たわっている。




