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戦争と歴史は美化するもんじゃない -1-


 感情において、最も効率に優れているのは怒りだ。持続性が高く、出力も大きい。元々野生の時から戦うためには怒りの感情は必要であった。人間として考えるならば、カッとなってやったという言葉がある。これは、怒りの感情が敵の排除に作用しやすい事を示している。興奮によって、恐怖を吹き飛ばすのだ。

 怒りは原動力だ。長く続きやすく、瞬間的には全ての道徳や倫理を投げ捨てる出力すら発揮する。

 戦うための力が怒りであるならば、その反対は何だろうか? 悲しみ? それとも全くの無?

 怒りこそが生物の生きる力になるのなら、反対は自らを殺す力になる。それは苦悩や不安に当たると思う。

 恐怖とは違う。薄く広がるような絶望感。それこそが苦悩と不安の根源だ。生きるうえで付きまとうものだと言われがちだが、そんなことはない。

 怒りが今に向けられた感情であるなら、苦悩と不安は未来への感情だ。生物において、高い想像力を持った人間の推測こそが苦悩と不安だ。

 人は、直近の絶望では死なない。それが長く続く終わりのないものだと考えるからこそ死を選ぶのだ。


 では、願いを叶える魔法があった場合、人は苦悩と不安を抱えていれば、どのような願いを口にするだろうか?

 怒りは怪人を生み出す。苦悩と不安からくる絶望は人間を殺した。魔法少女すらも。

 原初の怒りが獣の姿であるならば、絶望は人の形をしているのが当然だろう。


 翌日から、千葉くんは普通に登校してきていた。しかし、私が声をかける暇もなく、休憩時間になるとどこかへ行ってしまう。今日なんか、用事があるのか誰よりも早く学校を下校していた。


 そして、入れ替わるように、不良男子の姿が学校で見られなくなっていた。これが、噂となって、彼はますます孤立していっている。


 


「うむむ、これは怪しいですなぁ!」


「そうね。どこかに居場所を見つけたってことならいいんのだけれど……」


 


 本日は、学校の屋上で、魔法少女炎華と氷理の二人と一緒に活動している。今は、学校で起きている問題について二人から話を受けていた。もちろん私も正体を知られていないだけでクラスメイトなので、二人以上にクラスのことは知っているつもりだ。


 そもそも、千葉くんたちの問題に関して、二人は争点にいるはずなのに部外者となっている。よって、二人もこの問題に首を突っ込めていないのが現状だ。僕も毎朝挨拶しても、無視され続けている。三人集まっても知恵は降りてこなかった。


 


 曇天の空が重苦しい空気感を漂わせており、少しすれば雨が降ってきそうだ。早めの梅雨を予感してか、生徒たちも色とりどりの花を地上で咲かせながら歩いている。日が伸びたからか、放課後になってもしばらくお喋りしている生徒が多いようだ。しかし、彼らも今日は天候を見てか、暗くなる前に帰ろうとしている。


 


「ところで、他の人は?」


「えっと、B-01ちゃんと断頭ちゃんが来るはずなんだけど、トラブルでもあったのかな?」


「最近は街でも変な目撃情報が多いのよね」


 


 私が魔法少女ライゼンターとして学校近くにいるのは、魔法少女協会側での活動が関係している。


 というのも、東京より西の県は既に人も多く、復興を政府主導で行っている。魔法少女は戦力が不足しがちな地域を援護するために、東北方面に魔法少女協会日本支部を設置することになったのである。


 


 その設置場所として、近年怪人討伐率が高く治安維持もされているこの街が抜擢されたのだ。仙台は政府機関もあるので、そこより離れた地域に置かれる。


 


 本日は、政府側の魔法少女と合流して、支部設立を行う予定である。肝心の魔法少女が案内と一緒にここに来ないのが少し気になるが。


 


「探すべきかな?」


「魔法力も感知できないし、合流も難しいのよね。ライゼンターさんはどう判断するのかしら?」


「……私が探してくる」


 


 不測の事態に備えて、私が探すことにする。怪人が出たのなら、ほとんどの敵を倒せる私がいるべきだろうし、機動力に関しても新人とは比べ物にならないのだから。


 


 問題は、私はあまり探知系が得意ではないということだ。得意な感知もあるが条件が狭過ぎて使い道がないというか。手遅れになっているパターンが多い。


 


「適任だと思うけど、ライゼンターさんがいないと作業始まらないから、見つからなかった場合十五分間隔で戻ってきてね!」


 


 炎華とすれ違いにならないような取り決めを行い、空を翔ける。


 


 簡単に見つかってくれるといいのだが。


 


 


 


 千葉護は、最近不登校になっていた男からの呼び出しを受けて、再び公園へと来ていた。


 


「話ってなんだよ」


 


 不登校になったのは、以前喧嘩した男だけでなく、その取り巻き全員だった。恨みを買って、数を揃えて襲撃をしてくるのではないか。と予想していた護だが、見える場所には、男一人しか立っておらず、少しだけ拍子抜けした。


 


「単刀直入に行こう。手を組まないか?」


「はぁ?」


 


 護は自身の耳を疑った。それだけ、この男の言葉が信用できなかった。普段の様子ともかけ離れた、理性的な喋り方をしている事も拍車をかけた。


 まるで、別人になったような。そんな考えが脳裏によぎる。


 


「俺は、魔法少女こそが世界の上に立ち、今後の世界を回していくべきだと思ってるんだよ。だから、正直に言うと、魔法少女に真っ向から牙を剥くお前が嫌いだった」


「……わかってんじゃねえか。俺は魔法少女が嫌いだよ。ヘラヘラ笑って、心配なんざかけさせねえで世界の敵と戦ってるんだ。笑ってんじゃねえって言いたくもなる。非友好宣言をしたところで、怪人が現れりゃあどこからともなくやってきて倒しちまうんだからな」


「だからこそだよ。今の世界は腐っている。魔法少女だけができるからと、負担を強いて、しかし世間は何の手助けもしない。昔はむしろ嫌がらせや足を引っ張る行為が多発していたんだ。民間人によって殺された魔法少女と怪人によって殺された魔法少女はそう数が変わらないとまで言われている。だけど、お前は逆だ。力不足の癖に、魔法少女に負担をかけることを嫌っている」


「…………」


 


 護もまた魔法少女の身内を持っていたからこそ、その言葉に反論できなかった。


 


「世界を変えたいと思ったことはないか? 変わらない支配構造。それこそがこの世界を理不尽なものに仕立て上げていると思わないか? 奴らは自分たちでは何もせず、ただルールを作って数を使って他を従えさせている。行き着く先は戦争だ」


 


 脳裏によぎるのは姉の事だった。怪人と戦うだけで良かった時から、社会のルールだ権利だ資格だとメディアやら誰かの適当な言葉で翻弄され、民衆感情によって被害を受ける少女。関係者も特権階級だと言わんばかりに責め立てられた毎日。


 自分たちの生活は苦しかったのに。まるでそういった事実がないかのように、無視された。誰だって生活は苦しかった。そんな言葉と共に。


 


「魔法っていうのは、理想を叶える願望器なんだ。魔法少女や怪人は、それを人格化させた世界を救う使者なんだ」


 


 雨が降らない日は魔法で雨を降らせられる。土だって機械を使わず一瞬で耕せる。戦う力に使わない時の方が、姉は魔法を発揮できていた。そうしてお手伝いをすることで、普段は生活を助け合っていたのだから。


 


「だけど同じ魔法だからって、怪人は別だろうが」


「なぜ、そう思う? 魔法は魔法でしかない。そこに違いはないんだ」


「は? でも、怪人は周囲を破壊して人を殺すじゃねえか。それは間違いなく社会存続のための敵だろ?」


「それは人間に都合が悪いからか? だが、怪人や魔法は人間が使うからこそ動くのだ」


「怪人は悪くないってか?」


「そもそもの話、善悪の概念は所詮人間が生み出したものに過ぎない。人間の尺度でしかものを語れないんだよ。どうしてそこまで人間が偉そうに振る舞うのか? 自分に認知というものが存在しているからか? それこそが知性の証明だからか? なら、怪人も魔法少女も、人間に付随するものではあるが、認知を確立していると言えるだろう。育った怪人は、人間と見分けがつかなくなる」


「人間がいなきゃ魔法は使えないだろうが」


「違う。魔法は一度動き出せば、死んでも残り続ける」


 


 護は、その言葉を聞いて思わずペンダントを握りしめた。彼の姉の遺品。魔法少女として活動していた彼女の武器でもある謎の物質。傷一つない、時が固定された不可思議なアクセサリー。


 


「原初の魔法使いが、魔法を定義した。魔法は願望器である。魔法を使いこなす人間は魔法少女であると。その魔法は今でも続き、男は魔法少女になれず、魔法少女のみが人間の魔法を使う存在だと言われている」


「……だからなんだよ。女尊男卑ってか?」


「自らを霊の長と称する人間の意識は認められる。魔法の発動キーでもあるからだ。だからこそ、魔法少女や怪人は、次代の生物の頂点だともされている」


 


 日本ではあまり見ることがないが、魔法少女や怪人を信仰するカルト宗教も存在する。特に、魔法少女の力は核やら何やらと人間たちが使ってきたエネルギーよりも遥かにクリーンで、悪影響がない。今の秩序を破壊する怪人は、地球を汚す人間に下された鉄槌だとする声もある。


 


「人間の視点から離れれば、これほどまでに優れた次代の星の支配者はいないじゃないか」


「……なら、人間は全て絶滅するべきか?」


「いいや。数こそ減らすべきであり、その装置こそが怪人だが、人間には魔法を起動する役割がある。まあ、既に起動は完了しているが」


「それが魔法少女だってか?」


「正確に言えば、原初の魔法少女だ。彼女が魔法を発見し、使い、定義した時点で起動は完了している。人間の視点で見るならば、世代交代と同時に、自分たちも環境に合わせるようにするべきだ。やがて、人間という怪人や、人間という魔法が生まれてくることになるだろう。その時こそが、今の人間の時代の終わりだ」


「それこそ、魔法少女じゃねえか」


「男であろうが魔法を使う手段はある。その一つが怪人だが、別に他の手段も存在するんだ。付いてこい。千葉護。こちらに付けば、魔法の真実を教えてやる。次なる世界の作り方もな」


 


 男が手を差し出す。護は、その手を取るべきか悩んだ。


 


「じきに日本に大破壊が巻き起こる。我と共に来れば、魔法によってどんな願いも叶えられるだろう。魔法が地球を覆い尽くし新たな秩序が生まれるのはまだ先だ。今手を取れば魔法の王が──」


 


 鈍い赤色が一条の弧を描いた。差し出されていた男の手が切り落とされる。


 


「騙されんな! 魔法は願いによって生まれるんだ! 怪人は自分の手を汚さずに成し遂げたい嫌な願いのための存在だ! その果てはなんだ? 人間の欲望なら、終わりはねえよ! 結局こいつらも願いのために破壊と争いと略奪を繰り広げるだけだっ!」


 


 見覚えのある貫頭衣が目の前で翻る。包丁を振り下ろした姿勢のまま、魔法少女断頭が護を庇うように前に立っている。


 男の腕が切り落とされたにも関わらず一滴の血も流れていない。微かに黒い霧のような気体が漏れ出ている。護の記憶に一つの存在が思い浮かぶ。


 


「まさか、こいつ!」


「ごちゃごちゃした口調で喋りやがって……アンタ、どれだけの人を喰ったんだ? この前の黒饅頭だろ? 人格が絡まってるんだよ!」


「……様々な人を襲ったさ。最初は魔法少女を嫌う古い年代の頭の固い奴ら。そいつらの願いと想いを知って、次に普通に魔法少女に友好的な奴らを。そこで知った。良い顔している奴が味方とは限らないとね。どいつもこいつも腹の中では魔法少女に媚び売って権力を手に入れることしか考えてない奴らばかりだった」


 


 その理性的な喋りに、護は驚愕した。これが怪人なのか。姿はあの時と違って人間そのものであり、口調こそ違和感を覚えた。しかし、怪人のイメージからは程遠い。会話も可能だ。


 


 これでは、人と何も変わらないんじゃないか?


 


「飲まれるなよ護、アレは人の形をしているけど、決して人なんかじゃない。もっと悪辣な、人の皮を被った化け物だ。よく聞けば違和感が残るはずだ。まるで複数の人間と話しているように、主義も一人称もコロコロ変わることがある」


「ひどい言い草じゃないか。俺は魔法少女とそう変わらない存在だ」


「根っこのところが違うっつーの。私たちは人間。アンタは欲望の権化。いたずらに暴れ散らかすだけの怪人と比べりゃ、理性ある人間の方が幾分かおりこうだ」


 


 断頭が武器を肩に担ぐ。左足を後ろに下げて、半身の姿勢を取った。


 それに対して、怪人の方はだらりと手を下ろし棒立ちになったままだ。


 


「やめてくれ。俺は魔法少女と戦うつもりはない。君たちは敵じゃあないはずだ」


「ぬかせ。それこそ怪人は魔法少女の敵として生まれた存在だろうが」


「確かにそうだが、別にその事実に固執する必要はない。多くの人を喰らい魔法を得てしまえば、怪人でも意識を得る事は可能だ。俺の本来の願いはそこの男を殺すことだが、多くの人を喰らったことで考えを改めた。男を殺す理由は、これまで喰ってきた人間と同じ魔法少女を邪魔する奴が目障りだったからだが、魔法少女のことを考えるなら、願った本人を殺したほうがマシになるんだ」


「結局のところ、殺しはやってるじゃねえか」


「成長のための糧だ」


「じゃあ将来は人間を家畜にするってか?」


「可能性を否定はしないさ。淘汰の可能性も保護の可能性も否定できないのは事実だ。だが、そうやって想いを繋ぐことで、魔法少女も怪人もより高度な存在になっていく。だから、人間という魔法を生み出すことも可能なはずだ。今の人類をわざわざ飼い殺す意味は薄いと思うがね」


「じゃあやっぱり無理だな。俺とアンタは分かりあえない。革命を起こしたいってんなら現実や広い可能性を語るな。理想だけを見つめろ。そうじゃないと中途半端になる。アンタの言葉には信頼性も信念も感じねえ。俺の理想はな、もう誰も泣かないような世界を作るってことなんだよ!」


 


 断頭が大地を蹴る。弾丸のように飛び出し、怪人に向かって包丁を横薙ぎに振るう。


 


「贖え《敲刑》!」


 


 包丁をバットのように振り回し、怪人にぶち当てる。遠心力のかかった一撃に怪人が空中へ飛ばされる。


 


 そこに、小さな弾丸が頭を貫いた。


 


『《射撃》いつまでお喋りするのか不安でした』


 


 断頭から音声が聞こえる。腰にトランシーバーらしき通信機が付いていた。ボタンを押すことなく双方での会話ができている辺り、全くの別物だと思われるが。今の東北の地方には、基地局が存在していないのは事実だ。人工衛星も全てがデブリと化して久しい。


 


 射撃魔術の発射された方向を見ると、人の住んでいないアパートの割れた窓から、魔法少女が顔を覗かせていた。シスターのようにも見えるが、軍帽のようにアレンジされたベールと、肩に付けられた識別章がただの一般人ではない事を示している。


 


「やれやれ、争いたくはないのだがね」


 


 確かに攻撃が当たったはずなのに、空中に立つ怪人はダメージを受けた様子を見せていなかった。


 


「くそっ中級以上か? なんで街の中にこんな怪人がいるんだか……」


『魔法少女断頭。アレは怪人なんですか? 理性があるように感じられますが』


「人を喰えば怪人だって理性を得るんだよ。アイツは多分怪人も喰ってる。口調にブレを感じる。出会った経験はないけど、研修でそういう怪人がいるっていう話を聞いた」


「そうだ! 君たちも、我々の仲間にならないだろうか」


 


 まるで名案を思いついたように明るく切り出す怪人。二人はそれに間髪入れずに答えた。


 


「『お断りだ!』」


「君たちも魔法少女なら、人間相手に石を投げられ罵声を浴びせられるくらいのことはあっただろう? 下心を隠して擦り寄る人間も数え切れないほどに。愚かな人間たちを見て、助けた人に殴られ、どうして見限らない」


 


 わからない。と頭を抱える怪人。本当に悩んでいる様子だ。


 アパートにいた魔法少女が窓から飛び出して、断頭の隣へ着地する。そして、怪人を睨みつけると言い切った。


 


「そういう人たちも守るのが、自衛隊ですから」


「腹が立つけど、だからって助けを求める手を振り払っても嫌だろ。恨みの連鎖もどこかで断ち切る必要があるってだけだ。受け入れられるまで戦うんだよ」


 


 雨が降り始めた。遠くから雷の音が聞こえてくる。


 


「そうか。我にはわからない。だからっ!」


 


 怪人が降りてくる。公園の地面を割って着地し、ゆったりと立ち上がった。


 怪人の肌が、髪が、全身が黒に染まっていく。顔の中央が縦に割れて歯列を剥き出しにした。


 


「喰ってお前たちの意識を学習しよう!」


「あー、クソッ! いいか護! 絶対に下手にうろちょろすんじゃねえぞ! B-01は援護頼む!」


「はっ!」


 


 シスター服の魔法少女が散開する。断頭が護を庇うように背に隠した。


 


「どうにかして援軍を呼べればいいんだけどな……」


 


 いつになく弱気な声が、護の耳に残った。


 


 


 


 魔法少女が目の前で戦っていたからか、いつしか忘れていた姉との記憶を、護は思い出していた。


 


 当時の自宅は、庭に桜の木が植えられていた。死んだ母親が、学校の卒業祝いだとかでもらったものらしく、それが十数年経って成長したのだという。


 


 縁側に姉と二人で座って、その桜を見ていた記憶が蘇る。


 


「桜、綺麗だね」


 


 もう声も思い出せなかったはずなのに、なぜかそう言っていたのだけは覚えている。


 


「今じゃ、皆下ばっかり見ちゃって、お花見する余裕がないからね。こういう時こそ、何もない平和な時間を思い出して、楽しんでくれたらいいのに」


 


 母親が死んで、家族二人きりになった時のことだ。葬式をあげる暇もなく、姉が魔法で母親の死体を燃やして、桜の木の下に植えた。


 


 街では、小さな一人の魔法少女が世界に向けて、何かを演説している。放送機器やインターネット、テレビを見てもどれも同じ内容を話していた。


 


「護、お姉ちゃん頑張るからね」


 


 この時を境に、姉は変身を解いた姿をあまり見せなくなっていた。


 


 場面が切り替わる。魔法少女の姿に変身した姉に縋り付く近所のおばさんが叫んでいた。


 


「お願いよ! うちの子を助けて!」


 


 怪人が住宅地に出現して、周囲一帯が火事になった時の事だ。姉がなんとか皆を守りながら安全な場所まで連れて行ってから、あの人が縋りついたのだった。


 


「あの火災では、もう……。それに、皆何かしら置いてきているのだから、あなただけ特別扱いなんて……」


「そんなの分からないじゃない! お願い! 私はどうなってもいいから! 私にはもうあの子しか家族がいないの! 物よりも人の命のほうが大事でしょう!?」


 


 命について語られた時に、迷いで揺れ動く瞳が決心に固まったのを見ていた。


 


「お姉ちゃん……」


「あ、護? お姉ちゃんちょっと戻ってくるだけだから。心配しないで!」


「お、おい! それなら家に置いてきた荷物も取ってきてくれ!」


「それなら、うちだって犬を置いてきているの!」


「「「お願い!」」」


 


 夜の中、遠くの炎で影のようになった人たちが、姉に迫っているのを見て、強い恐怖に襲われた。まるで生きている人間に亡者が纏わりついているみたいだった。


 


「様子だけ、見てきます。無事だったら、持ってきますので……」


 


 そう言って飛び立った姉の背中を、ただ見上げて何も言わない人たちが怖くて、呼び止められなかった。


 


 なんでそんなに大事なら、持ってこなかったのか。とか、火の中に飛び込む姉の心配はなんで誰もしていなかったのか。とか。


 頭の中だけで言葉がぐるぐる回って、口に出すことはなかった。


 


 予感がしていた。あの住宅地に出現した怪人は、きっと彼らが姉を疎んで呼び出したものだと。あの場所で、魔法少女に助けられて支えあっていたが、世間の流れは魔法少女が悪だと繰り返し訴えていたのだから。


 


 場面が切り替わる。火事の中で、怪人と戦った事で結局姉は何も持ってこれなくて、少し傷を負って帰ってきた。


 


 火が燃え尽きた後、路上に並べられた袋の前で、姉が座り込んでいた。


 


「ごめん、なさい…………」


 


 小さく謝る声が、自らの悲劇を嘆く人の泣き声で掻き消されていく。その中には、あのおばさんもいた。感謝も罵倒もしなかったが、ただ大きな声でみんなに知らせるかのように大声で、子供の名前を呼んで泣いていた。


 


 直接姉の事を責め立てる人は居なかったが、背中や視線。態度は別だったと思っている。死者を悼んで、生者を責めるその姿に、一人背中を小さく丸める女の子がいたぶられている。


 


 姉は何も悪くないのに、どうして同類の魔法少女も、近所のみんなも、彼女を責めるんだ。


 


「ごめん……ごめんなさい……」


 


 場面が切り替わる。人々が都会や住みやすい街を離れて、田舎に疎開した。自衛隊が大きな鍋で料理を作り、配給をしている。すぐ側で箱を椅子にして姉と並んで座り、プラスチック容器に注がれたスープを口にしていた。


 


 魔法少女に対する世間の反応は非常に厳しく、姉と二人で東北まで避難してきた。ここでは、まだ活動している魔法少女がいるらしく、そこまで危険でもないし、魔法少女というだけですぐに襲われることもなかった。自衛隊の人たちは、魔法少女に政府がした仕打ちを理解していたのか、その力がないとやっていけないのを知っているのか、笑顔で自分と姉を受け入れてくれたのを覚えている。


 


 だが、それでも世間の目は厳しかった。


 


「姉ちゃん、食べないの?」


「うん。お姉ちゃん魔法少女だから、あんまりご飯いらないんだ」


 


 小さな声で、そうやり取りをしていた。自分も腹をすかせていたので、喜んでもらっていた。魔法少女の姿だと、肉体にかかる影響は無視できると教えてもらっていたのもある。申し訳ない気持ちと一緒に、いつか自分が姉を支えてやれる日が早く来ないかと待っていた。


 


「おい! なんだよこの配給! 具も少ねえし味も薄いじゃねえか!」


 


 すぐ近くで怒声が響く。びっくりした自分が、スープを少し溢してしまう。


 


「なんで毎日畑耕して家組み立てて肉体労働している俺たちがこんな飯少ないんだよ! あそこのガキはなんで具も多いんだ!」


「声が大きい! 周囲に迷惑です! それに、子供なんだから成長に必要でしょう?」


「働いてないガキに飯食わせて労働者の俺たちを飢えさせるんのかよ! クソッタレ!」


「それに、あちらの子は現在この場所にいる唯一の魔法少女なんです。彼女がいなければ怪人に襲われて生活も何もあったもんじゃないですよ!」


 


 その声に、周りの人たちがざわざわと聞こえるくらいの大きさで喋り出す。騒ぎ始めたのは、最近東京から逃げてきた避難民だった。


 


「魔法少女?」


「アレが、俺たちの生活を壊した……」


「なんでこんなところにいるんだよ」


 


 悪いのは魔法少女じゃないのに。生活を壊しているのは怪人で、守っているのは魔法少女なのに。


 


「化け物」


「怪人を操ってるんだって」


 


 口さがない人たちがこっちを見る。


 


「大丈夫だよ」


 


 ふわりと、姉に抱き締められた。見上げれば、笑顔の姉がいる。


 


 もう子供じゃないのに、背が低いのが気になって、少し恥ずかしかった。それでも安心した。自分には、無敵の魔法少女である姉がいるのだから。


 


 場面が切り替わる。


 


 放棄された廃倉庫。そこで縛られ殴られた自分が転がっている。近くに立っているのは怪人。影のような姿で、人と同じくらいの背丈。腕に何かを抱いていて、唯一目だけは白く、そこから血のように赤い涙が流れている。


 


「護っ! 無事!?」


 


 ここには、避難所で出たゴミを廃棄するために来ていた。あまり力がなかったり、外で作業をしない子供や怪我をした大人、女性がやる仕事だった。


 


 そんな仕事の最中に、怪人が現れた。既に何人かを殺しており、仕事から戻って来た時には避難所全体がパニックに陥っていた。


 皆は慌てていて、しかし、その隙間を縫うように誰かの声が響いた。はきはきとした田舎訛りの無い口調で。


 


「あの魔法少女の弟を置いて逃げよう。そうすれば、魔法少女がここに来て、弟を助けてくれる」


 


 その言葉に突き動かされたように、皆が襲い掛かってきた。姉は、その時外に自衛隊と一緒に物資回収に出ていた。


 


 そして、動けない自分のために、姉が怪人に立ちはだかる。


 


 俺のことはいいから。逃げてくれ。


 


 そう言った自分に対して、姉が振り返って笑った。


 


「大丈夫! 私は護のお姉ちゃんなんだから!」


 


 そして、俺の不安を振り払うように、ペンダントから光の剣を出して構えた。


 


「価値ある皆の未来を守るため! 魔法少女、いざ参る!」


「価値ある未来か……。じゃあ、教えてよ」


 


 そこで、廃倉庫に光が差し込み、影のような怪人に色があった事を知った。


 


 それは、まるで焼け焦げた人間のようで、腕に抱いたのは、ぐちゃぐちゃの炭だった。赤子や犬、財産などを一緒くたに混ぜたような塊。それを抱いて、怪人は泣いていた。


 


「焼けた私たちの子供や犬、築いてきた人生は、無価値だったのか?」


「そんな……っ! どうして!」


 


 場面が切り替わる。


 


「ねえ、護……そこに居るの?」


「いるよ、姉ちゃん……!」


 


 怪人との戦いは熾烈を極めた。避難所は吹き飛び、辺り一帯は荒廃し瓦礫の山となった。


 


 姉は、既に魔法少女としての形も保てない程に衰弱し、変身が解けている。魔法少女の形態変化という技で魔法少女の力を全て注ぎ、怪人の攻撃と刺し違えたのだ。


 


 血が流れ過ぎていて、目の焦点が合っていない。光を失っており、何も見えていない。


 握った手は、枯れ枝のようにやせ細っていた。


 


「ごめんね。たぶん、お姉ちゃんはここまでみたい」


 


 そう言って、手に持ったペンダントを押し付けてくる。


 


「魔法少女としての力も使っちゃって、これしかないの……」


「待ってよ! 死なないで!」


「護は寂しがり屋だから、これを身に着けて、我慢してね……。大きくなったら、皆を守れるように、立派になるんだよ? 同じ年の女の子はいじめちゃだめ。誰かが弱っていたら、助けるの。意地を張って、好きな人を守れなかった。なんてことがないように、ね」


 


 押し付けられた手ごと握るも、既に感覚もないのか、力が入っていない。抱き起こした体は、あまりにも軽くて、羽のようだった。


 


「今度は護が、みんなを助けるんだよ……」


 


 呼吸が弱くなっていく。


 


「お母さん……私、ちゃんと、約束、守れたかな……?」


「お姉ちゃん!」


 


 何度呼んでも返事がなかった。背後から影が上ってきていた。倒したはずの怪人が起き上がっていた。小さく、蚊の鳴くような声で、呟いているだけだ。


 


「願い事、叶えられなかったな……また、家族みんなで……あの桜を……」


 


 


「──願いは聞き届けた。《ドンケルハイト》死者に祈りを。手向けに花束を。私は繋ぐ者、背負いし者!」


 


 視界が暗転する。その直前、かわいらしい女の子が精一杯厳格そうな雰囲気を作ったようなちょっと低めでかわいい声が聞こえた気がした。そこから先の記憶はない。


 


 その日から、護は自分の名前が嫌いになった。


 


 


 


 


 現実に帰ってくる。篠突く雨が水煙を立てる。体はとうに冷え切っていた。


 泥の中に護は倒れ込んでいた。視界には、同じように倒れているB-01と呼ばれていた魔法少女と、離れた地面に包丁を地面に突き立てて、ふらつきながらも立っている断頭が映る。


 彼女の前に、手傷を負っているものの、しっかりと立っている怪人がいる。


 


「断頭っ!」


「っ! なんだよ……。速攻で吹っ飛ばされて気を失った奴が目を覚ましたのか? 動けんならとっとと逃げろ」


 


 全力で体を起こそうとするが、腕が震えて上体しか起こせない。


 その様子を見て、断頭は諦めたように笑った。


 


「あー、辛いなら寝てていい。無事で済むかどうかは分からないが、ここら一帯をふっ飛ばせば、逃げおおせることもできるだろ」


「それじゃあ、お前はどうするんだよっ!」


 


 魔法少女と、怪人の単純な戦力差。そして、足手まといである自分という存在を前に、護は自分の脳内で出した答えを否定するように問いかけた。


 


「なんとかなるだろ。気にすんな」


 


 大して気に負っていないヘラヘラとした笑みを、断頭が浮かべる。記憶にある姉の最期の笑顔が重なって見えた。相手に心配させないように、気楽そうに見せる表情。


 それが、一番護の嫌いな表情だった。それでいて、胸が苦しくなるほど好きな表情だ。


 やり取りを見た怪人から護に言葉が投げかけられる。


 


「逃げたければ。好きにしろ」


「……は?」


 


 聞き分けのない子供を見るような目付きをしていた。


 


「どうせ、人類や世界は魔法によって一度リセットがかけられる。そこにあるのは早いか遅いかだけだ。魔法少女は放っておけば強くなるから、ここで逃がすわけにはいかないが、人間一人なら逃げたところでどうすることもあるまいよ」


 


 怪人に情けをかけられる。


 路傍の石を見るような無価値なものをなんとなく眺める目。そこに価値も何も見出されていない。


 


「己の弱さを恥じて、せめて魔法少女が戦いやすいように生きるんだな」


 


 その言葉に折れそうな心を、懐かしい姉の声が支えた。


 


『まもる』


 


「……わかってんだよ。自分が弱くて情けないガキだってのは。力も何もない雑魚だってのは。だけどよ、それが事実だからって引き下がんのかよ! 知らない誰かに役目を押し付けて生きろっていうのかよ! 支えも手助けも守りもしないで、応援だけしろっていうのかよ! それが大人だっていうのかよ! 馬鹿にすんな! 腐った屑になるくらいなら、今目の前にいる困った奴助けて死んだほうがマシだ!」


 


 その声に呼応するように、彼の持つペンダントが光を放つ。


 


「姉さん……」


「はぁ……? なに、それ。魔法武器じゃん……」


 


 魔法は願った人が死んでも残り続ける。怪人こそが最も分かりやすい例であり、極まれに、こうして魔法少女の遺品が家族の手元に残ることがある。


 魔法を使う能力は、全人類が共通して持っている。しかし、原初の魔法少女が、魔法の共通認識を歪めた結果、魔法が怪人と魔法少女の二種類になってしまった。


 しかし、魔法そのものを使う能力は消えていない。


 男であっても、魔法武器のような、遺された魔法を使うことは不可能ではない。その魔法に願うだけのものがあり、遺された魔法と本人の願いが一致するのであれば。


 


「そうだ……。今こそ、俺は人を守れるようになるんだ!」


「馬鹿言うな、下がれ!」


 


 断頭の声も聞こえない。先程まで全く入らなかった力が全身にみなぎってくる。


 


 護がペンダントを構えて立ち上がる。光が剣を形作る。記憶に残る姉の武器と何一つ変わらない姿で。


 


「魔法少女の武器だと!?」


「オオォォォ!!!」


 


 気合を吐いて、地を這うように低い姿勢で走る。魔法が力を与えているのか、怪人が目を見開くほどの速さで距離を詰めた。


 


 逆袈裟切り。一条の軌跡を描いて怪人の胴を切り裂いた。光が怪人の背中から吹き出す。


 


「魔法に隠された真実の一端を掴んだか……」


 


 しかし、怪人は切り裂かれた胴を無視して、驚きと感心の混ざる声で一人ごちる。


 


「訂正しよう。千葉護。君は魔法を使うに値する人間だ。敬意を持って、君たちを排除しよう」


 


 護もまた、ただの素人が勝てるとは思っていなかった。


 


 ただ、このまま逃げてしまえば、一生自分に背を向けて生きることになる。二度と自分を許せなくなる。そういった想いだけで、この場に立っている。


 


 断頭が足を引きずりながら護の横に立つ。


 


「素人の一般人が死ぬだけだぞ」


「なら後悔しないように、死ぬだけだ」


 


 覚悟を決めて、剣を構える。濃密な魔法力が周囲一帯を包み込む。緊張した空間に、少女のかわいらしい声が頭上から響いた。


 


「みっけ」


 


 その瞬間、全力で怪人が跳ね上がり空を駆けて逃げ出した。形振り構わない姿勢に、呆気にとられる護と断頭。


 


「死を覚悟したような気配を感じたんだけど……。魔法武器を使っちゃったのか」


 


 雨に濡れてより一層黒さを増した艶のある美少女が舞い降りてくる。


 その姿は、姉以外の魔法少女をほとんど知らない護であっても、名前すら分かる存在だった。


 


「魔法少女ライゼンター……!」


 


 本物の魔法少女。ネット上でいまだに語られる伝説の存在が、公園の真ん中に立っていた。


 


 ひらひらと気軽そうに手を振って、しかし、視線は厳しく、護の手にあるペンダントへと向かっていた。


 

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