表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

-4-


 爽やかな五月の朝。クラスの皆の緊張もほぐれて、どことなくまとまりができあがってきた今日このごろ。


 僕のいるクラスでも、全体的に雰囲気が明るくなってきたタイミングで、問題が発生した。


 


「もう一回言ってみろよ」


 


 教室の空気が重い。なぜこんなことになったのかというと、魔法少女に関する話を大声でしていたクラスメイトが、千葉くんへと絡みまくったあげく、地雷を踏み抜いたからである。


 怒った千葉くんは発言主の男子生徒の胸ぐらを掴んで、掴まれた生徒もへらへらと笑いながら反省の色を見せない。それどころかむしろ煽っているような態度のままだ。


 


 クラスの中で一番大きな体格の持ち主。昨今ではあまり見かけられない厚い胸板に盛り上がった二の腕。シャツの前のボタンを全開にして、中から真っ赤なタンクトップが覗いている。髪は金色に染められていてオールバックの男子。


 声も大きく、いじめっ子みたいな出で立ちの通り、不良と体育会系を混ぜ合わせたグループを構成している中のリーダーだ。


 


「いや、さ。君の知り合いを偶然見つけたわけよ。俺。そしたら千葉くんの家って家族皆怪人に殺されたって話じゃん? だから魔法少女を毛嫌いしてんじゃないの? マジで身勝手過ぎ」


「そこに魔法少女は関係ねえよ。お前みたいにヘラヘラ笑って守られてる愚図と違ってな」


「いやさー、でも、それにしては魔法少女に対する感謝の念が足りないっていうか? ウチのクラスにも魔法少女はいるわけじゃん? 千葉くんみたいなやつがいて魔法少女を不愉快にさせたら、たまんないていうかさ? マジチョーシ乗んなよって感じ? 魔法少女が手出さなくても、俺は生意気なヤツ見ると締めたくなんだよね」


 


 粘つく眼差しが吊り上がっていく。揉め事の雰囲気に、クラスメイトは先生を呼びに行ったり、遠巻きにしたりと様々だ。


 


『おい! 水雪、静かに素早く逃げて来い!』


『名残ちゃん逃げて!』


 


 両者の視界に入らないところでは、僕に向かって必死に手招きする委員長たちがいる。しかし、僕が今動いても間に合わないだろう。彼らは密着する勢いで向かい合っているし、僕は座っているから気付かれていないだけで、彼らの腰に少し動けばぶつかる位置にいる。


 不良男子の方には取り巻きがいて、やんややんやと千葉くんを囃し立てることしかしない。喧嘩になったら真っ先に僕が被害を受けるのでやめてほしい。


 


 ちなみに、肝心の魔法少女たちはというと、例によって怪人の出現を察知して出て行ったきり戻ってきていない。魔法力の位置からして、まだ戦いも終わっておらず、帰ってくることはないだろう。


 


「俺個人の感情と魔法少女の間になにイキって出てきてんだよ。無関係の第三者が一番むかつく存在だって知らねえのか?」


「その感情がメーワクだってわかんねえ? 今時家族が怪人に殺されたのなんかどこにでもある事情だろ? ウジウジ馬鹿みてえにねちっこい感情表に出すなや陰キャ──ガッ!?」


 


 不良男子がひっくり返り尻餅をつく。驚いたまま床に座っていたが、みるまに顔を怒りで赤く染めて立ち上がる。


 


「テメェ!」


「なんだよ。お前がこっちにネチネチ絡んできてんだからこれくらいご挨拶だろ? なに熱くなってんだよ」


 


 千葉くんが馬鹿にしたように嘲笑う。彼と同じような大人しい部類にいた男子から失笑が起きる。他はドン引きである。


 


「おい、千葉やめろ!」


「抑えろ抑えろ!」


「先生早く連れてきて!」


 


 手が出た後の僅かな空白に男子たちが突っ込んで千葉くんと不良男子を押さえ込む。


 男子委員長がやってきて二人を叱った。


 


「いい加減にしろ! 今はもう警察も法律もまともに機能してないんだぞ! 騒ぎ起こして保護者が出てきてはい終わりじゃねえんだよ!」


 


 委員長の言う通り、残念ながら日本の多くの組織は機能していない。魔法の願い先に使われやすい警察や中小ブラック企業は優先的に破壊の対象となった。国力として壊滅的であり、現在の日本の産業は農業と畜産が主流になっている。加工もようやく戻って来たところだ。


 最低限の治安維持として自衛隊という名の軍隊こそ存在するが、国民を取り締まり法を守る存在ではないのは事実だ。彼らの役目は、国の産業を守ることである。優先的に守られるのが農地や施設で、民間人は優先度で言えば最底辺だ。


 


 そうなると、悪い人たちが暴れ出すのだが、悪目立ちすると今度は怪人が現れて悪い人たちと同時に全てを殺し尽くすことになる。今現在はそうやって善悪のバランスが保たれている。どちらか一方に傾きすぎるとヘイトが集まって調整されるのだ。


 しかし、それは行き過ぎた場合の結果であって、そうなる前の段階では個人同士の喧嘩や小競り合いで死者が出ることも多い。むしろ、怪人が現れないために、完全に殺すようにしているとか。


 保護者なんていないし警察もいないので、簡単に一線を越えてしまうようになっているのだ。


 


「……チッ。冷めたわ。退けよ!」


 


 不良男子が押さえていた生徒を振り払い、教室を出ていく。千葉くんも、相手がいなくなった事で、椅子にどっかりと座り込んだ。


 


 事が収まってから先生は教科書を持って現れて、千葉くんが舌打ちして教室を後にした。その様子を先生は黙って見送る。


 


「あー……どうにも騒ぎがあったようだが、なるべく生徒全員が助け合って収めるように」


 


 保護者からクレームが入らない学校では、先生などこんなものだろう。むしろきちんと話をするし教育もしていく分まだまともだと言える方だ。


 


 頼れる大人なんていないんだと知った生徒の幾人かが失望の目を向けている。それらを全て無視して、先生は教卓を前に授業を始めた。


 


 


 


「はえー。そんなことがあったんだねぇ」


「水雪くんはどうして離れなかったのかしら?」


「逃げられなかったんだよ。一触即発なのにすぐ側にいて動ける人がいると思う?」


 


 お昼休み。遅れて登校して来た赤坂さんと青葉さんに誘われて昼食を取る。最近はこの二人に昼食まで誘われるようになってきたのだ。そうでなくとも、普段から何かにつけて呼ばれる。


 理由を聞いたら「人畜無害そうですっごいかわいいから!」と赤坂さんに言われた。とりあえずぼっち飯だけは回避したので良いとしよう。僕も自分の外見に関しては複雑な心境と同時にかわいさを覚えている。


 


「言っちゃ悪いけど、私たちをダシにして争わないでほしいかなぁ。あっ! こういう時こそ私のために争わないで! って言うべきなのか!」


「穂村、そうやって茶化すのが、あなたの悪いところよ。千葉くんの方には少なくとも何かしら事情があるのでしょうし」


「うーん……別に魔法少女が好きじゃない人なんていくらでもいるしね。表立って石投げたり罵声浴びせてこない分いい方だよ。というか、彼って魔法少女を嫌っているというよりも、遠ざけようとしている感じだし。むしろこうやって喧嘩しているあたり、民間人のほうが嫌いなのかもね!」


 


 責任転嫁などよくある事なので、事を起こした魔法少女全体を嫌う人間は数多くいる。それらは表面にこそ現れないが、薄皮一枚剥けばたちまちどこからでも噴き出すだろう程度には。


 そんな一枚剥けた人たちは、公衆の面前で罵倒して石を投げるくらいのことはしてくるのだ。僕自身民間人の前に出ることがないので体験したことはないが、魔法少女の間では度々話題として挙げられる。主に中年層とその子供辺りが魔法少女に対して敵対的だ。その年代がメディアと政府に興味と関心がなく、それでいてネットの情報に踊らされやすい。


 


「極端なこと言っちゃえば、親家族がいない子供って今じゃ珍しくもないしねー。あ、でもこの前の断頭ちゃんも同じような事情だったか」


「死者の念を引き摺るのは仕方のない事よ。むしろ人情があるってことなのだから」


「死が近くなるとなんか割り切っちゃうよね」


 


 赤坂さんに同意するつもりで放った言葉に、なぜか二人共驚いたような顔でこちらを向いた。


 


「水雪くんがそういう感じなのすごい意外かも!」


「もしかして過酷な人生だったとかかしら?」


「へ?」


 


 過酷かどうかと言われれば、第三者が見れば過酷な人生送っているとは思う。


 だけど僕は記憶上、これまで散々好き放題生きてきたような自信がある。特に魔法少女になってからは。つまり、最も過酷な時期を、中二病でなんかそれっぽいシチュエーションに興奮しながら戦い抜いた僕は、総合的に見ればそんなに過酷な人生送っていないことになる。


 


 戦争期の真っ只中を生き抜いた先輩たちの方が過酷な人生を歩んできているだろう。


 


「確かに人の生き死には多く見てきたけど、別に無感情ってわけでもないよ。わりと泣いちゃうし」


「おぉ……人畜無害系ミステリアス男の娘!」


「そんなに怪人に襲われてたら自分も死ぬと思うのだけど……もしかして東京出身なの?」


「生まれは宮城だよ。育ちは転々としてるけどね。それに、東京の時より前に家族を失ってるから」


「いっしょいっしょ!」


 


 いえーい、と赤坂さんがハイタッチしようとしてくる。合わせようとしたが、タイミングが合わずペチと小さく音が鳴るだけに終わった。


 


「むっ。やっぱりなんか魔法力っぽい!」


「ふふふ……バレちゃあ仕方がない! この僕は何を隠そう魔法で美貌を作っていたのさ!」


「うそと断じにくいわね……」


 


 赤坂さんの言葉にごまかそうと冗談で返すと、青葉さんが難しい顔をしながら俯いてしまった。


 


「まあ、千葉くんには何か事情があるんだよ! 単に魔法少女が嫌いってだけじゃなさそうだしね! 水雪くんは巻き込まれちゃ駄目だよぉ!」


「問題は絡んで行った方だろうね。僕も気を付けるよ」


「私たちも数日は時間に余裕があると思うから、今度巻き込まれたら迷わず助けを求めるのよ」


 


 こちらを心配してくれる二人に手を振って席を立つ。


 午後になって、不良男子たちは戻ってきたが、千葉くんの姿はいつまでも見えなかった。


 


「あーくそ! まだイライラするわ……。アイツどっかで襲われて死なねえかな」


 


 当たり散らすようにゴミ箱を蹴飛ばしながら、不良男子が呟く。


 


 軽く吐いた言葉であったが、それは理性を感情によって塗り潰されて、機会があればやってほしいと本心で願っているように見えた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ああ、愚かなり、人間の性
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ