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「魔法少女エンハンサー、ただいま帰還した」
「あ、エンハンサーおかえりなさい」
魔法空間上に位置する魔法少女協会本部にて。変身をしたままのエンハンサーが肩を回しながら部屋へと入ってきた。
エンハンサーに真っ先に気付いた魔法少女エインヘリアルが返事をして、他にも部屋にいた成人女性たちが、次々挨拶をしていく。
部屋は、無機質な黒色の材質不明な素材で作られている。繋ぎ目もなく床と壁になっており、謎の金属光沢らしき光もあって近未来的なものを思わせるようになっている。
しかし、その部屋の中は生活感が漂うものであった。
ゆったりできる大きめなソファーに、仮眠用の癖に高品質でダブルサイズのベッド。部屋の一面に作業用の機械が並んでおり、テープを貼ることで部屋に区切りを付けられていた。
ソファーで寝っ転がっていた女性が上体を起こす。
「旅人ちゃんどうだった?」
「普通だったぞ」
「うえ、マジ? あの子最終決戦で燃え尽きるような戦いしてたじゃん。最近活動も控えめになってたし、ネットの噂通り弱体化したんじゃないかなって思ってたんだけど」
床に座っていた女性が驚いた表情をする。
この場にいる女性たちは、皆戦争期の生存者である魔法少女だ。変身していない人は、既に全員が引退している。理由は様々で、戦争による人間不信や精神的な問題が大半だ。前線で戦うには心が折れてしまっている。
彼女たちは、元魔法少女として貴重な情報源にもなりうるので、本部にて全ての生活を完結させている。変身して、魔法や魔術に関する研究も行っている。戦わないのなら、やっていけるのだ。
なお、当人たちは気を遣わせないためと、諸々の感情から引退と発表している。だから決して加齢による引退ではないのだ。
「進学したそうだ」
「え? うそ。あの子いくつよ?」
「私なんかもう三十路なんだけど?」
「中二病ちゃんだと思ってたけど、マジでそんくらいの年齢だったんか」
「ライゼンターは我々の世代最後の魔法少女だからな。その分若いのだろう」
ここにいる人たちは、人類への協力を放棄した時からの仲間である。技術ツリーの魔術に誓いを混ぜ入れて組織所属以外は使えない契約魔術へと作り替えたり、魔法少女の管理をしたりと魔法少女として、表の活動を辞めてもなお、ベテランとして魔法少女協会の運営を支えている。
そんな気心知れた女性たちの話し合いを聞いて、エインヘリアルが自分の身を抱きながら震えた。
「若いとかそんなもんじゃないですよ……。あの人は私の派遣で情報を偶に確認していますが、既に当時の強さを取り戻していますよ」
「こっちに情報ないってことは、常闇の地か」
「いえ、そっちは流石に無理なのでアメリカ大陸です」
エインヘリアルは死を取り扱う魔法少女だ。このご時世死者には事欠かないので、いくらでも数を揃えられる。手軽な死者を戦力として作り上げることができるのだ。
彼女はその力と魔法少女エンハンサーの強化魔術によって、地球での監視や魔法少女が現場に来るまで抑え込む仕事をしている。その規模は世界中だ。
そんな彼女の仕事の一つにアメリカ大陸の監視がある。そこから下手に強力な怪人が発生したりアメリカ大陸から脱出した場合に連絡を入れるのだ。
ライゼンターが週刊誌で取り上げられた時も、同じ案件での出動命令を彼女に出している。
「ここ数ヶ月は目撃していませんでしたが、彼女は気まぐれにアメリカ大陸まで飛んできたかと思えば、地上にはびこる怪人を間引きして帰っていくんです。その時の様子を見れば弱体化したなんて口が裂けても言えないです」
エインヘリアルはビビっていた。魔術で作られた兵士越しとはいえ、今までで一番多くライゼンターの戦いを見てきた。
戦争期の魔法少女はほとんどが死に絶え、生き残りの倍以上が引退。残りの四人ですら、一人はそこまで長くは現役でいられないというものだ。生き残りの魔法少女たちの魔術や魔法力。適性から、戦争期の魔法少女の代表的な強さを残しているのは魔法少女ライゼンターのみになる。レンは接近戦特化であり、エインヘリアルは本体に戦う能力はないからだ。魔法力だけで言えばレンの方が戦争期の魔法少女のイメージに近しいのだが。
そもそも、ライゼンターとエインヘリアルの魔法少女としての相性はかなり悪い。単騎にして最強のライゼンターと、弱くとも数を揃えられるエインヘリアル。両者がぶつかり合えば、拮抗することも許されずにエインヘリアルが負けることになる。
そこらの雑魚怪人にライゼンターをぶつけるのはあまりにも無駄があるが、エインヘリアルなら調整できる。そういった相性の違いだ。
「でも魔法少女ライゼンターって戦争期の魔法少女とはいえ一番やばい世界大戦そのものに関わったことはないんでしょ?」
「たとえそうだとしても、唯一アメリカ大陸の災厄級怪人の首を飛ばした伝説ですよ? むしろ逆です。死神様が投入されていれば、きっと私たちは生きていなかったでしょう。彼女の魔法力だけでこの魔法少女協会が支えられている事を忘れないでください」
「いやー、そんだけ強いとマジで本物の魔法少女っていう二つ名がその通りになってくれて心強いよね」
のんきに女性たちが笑う。
「……本物の魔法少女だといいんですけどね」
エインヘリアルが小さくため息をつく。
魔法少女協会が短期間でこんなにも成長できたのは、それを魔法少女ライゼンターが開発して、足りない魔法力を提供してきているからだ。
底の見えない魔法力。魔法、魔術に関する知識や技術の高さは、魔法少女というよりも、むしろ純粋な魔法存在──それこそ魔導兵器のようにも思えてしかたがない。少なくとも、原初の魔法少女サクラのような、魔法に対する特別な素養があるに違いないとエインヘリアルは考えている。実はアジアで極秘裏に産み出された人造魔法少女と言われても信じるほどに。
「さあ、雑談はそこまでだ」
エンハンサーが席につく。その様子を見て、女性たちも居住まいを正した。
しかし、席に座るつもりはないようだ。その様子を見てエンハンサーは肩を落とすが、気を取り直して話を続ける。
「本日の議題は日本政府から支部を作ってくれという話を受けてきたことだ」
微かな戦争の匂いを嗅ぎ取り、部屋の中に緊張が走る。
「この目で確認してきたが、現状こちらの策は通用している。それを利用して、今のうちにあちらの取れる手段を制限させたい」
「普段は技術ツリーの魔術は自由閲覧にしていたからね。そもそも魔術の習得率からして人気のない魔術は誰も覚えていない。特にライゼンターのはね」
「あれ結構有用なの多いんだけどねー」
「それでは、技術ツリーの仕様変更を後ほど行う。一部、戦争に有用な魔術で、こちらの脅威に成りうる物は非公開にする。ついでに、人気のない魔術もな」
「異議なーし!」
終始明るい調子で、しかし油断はせず会議は進んでいく。エンハンサーが仲間の顔を見渡して戒めを口にする。
「我々は魔法少女のために活動する協会だ。組織に所属する仲間とは手を取り合い、助けていく。それだけが存在理由だ」
「固いぞボスー! もっと肩の力抜きなよ!」
「古い価値観に囚われるのだけはやめてくれよぉ!?」
話しあいは続いていく。最終的に、日本に偽の魔法少女協会支部の設置許可が降りるのは十日後になった。




