斎藤雄也
「はぁ〜〜・・・やっと家に着いた・・・」
家に帰ってきたという解放感からか急な疲労感に襲われた俺は大きなため息をつくと担いでいたリュックを玄関に放り投げた。
俺の名前は斎藤雄也、今年の8月で29歳になったピチピチのアラサーだ。高校を卒業してからはろくに就職もすることなくずっとフリーターとして近所のコンビニでアルバイトをしている。
まぁ、言わゆるダメ人間だ。
そんなダメ人間の俺が日々の疲れ・ストレスを和らげてくれ唯一の趣味と言えば・・・。
「さて、今週の録り溜めた分のアニメを観ますか」
そう、アニメ鑑賞だ。
と、重大発表のように言ったがこんな俺みたいなやつがアニメ好きって言ったってなんの違和感・疑問も生じないだろうな。
俺は平日は結構遅くまでシフトに入ってるのでアニメの放送をリアルタイムでは観ずにアプリなどで休日に一気に観るようにしている。
しかし今日ばかりは理不尽なクレーマーや老人相手にストレスの溜まり方が尋常じゃなかったので明日もシフトが入っているがアニメで癒されようと思い目星を付けておいた作品の再生ボタンを押して鑑賞を始めた。
「ふぅー、今のは当たりだな。おっと、もうこんな時間か・・・明日も朝からシフトに入ってることだし、そろそろ寝るか」
一通り見終えた俺はもうする事も無いので何時でも寝ることができるように電気を消してベット上に乗り壁にもたれかかって最近のアニメジャンルついて考えることにした。
「最近は転生ものばかりだなぁ」
異世界転生・・・それは冴えない男が突如として異世界に転生されそこでチートな能力を手に入れ勇者になったりし、色々な種族の女の子に惚れられてハーレムを築くというご都合主義もいい所の羨まけしからんジャンルだ。
だが俺はこの異世界転生ものが大嫌いだったりする。いや、転生もの自体は全然面白いと思うしむしろ自分に起こって欲しいとも思っている。俺が嫌っているのはその物語の主人公の性格?みたいなものだ。
あの目立ちたく無いので能力を隠しますってのが観ていて本当にイライラする。
何が目立ちたくないだよ。こんなこと言っておいて結局はチート能力使って世界を救ったりお姫様やらを助けて英雄になり様々な女の子に好意を抱かれて終いにはハーレムになっている。
やっぱりチート使って目立つんだったら最初からやっておけ!
みんなも思うだろ?
いい歳してコンビニでバイトやってる俺が言えたことじゃないがなんて言うか優柔不断?・・・いや、なんか違うな、まぁとりあえず俺はあの性格が大っ嫌いなんだ!
ハァ、ハァ、ハァ・・・。
心の中で叫んだ俺は少し虚しくなりながらぼーっとしていたその時、
ドガンッ!!
「!?」
急に壁の向こう側から叩かれる音がした。
「夜中にうるせぇんだよ!」
「す、すみません」
どうやら最後の方は声に出ていたらしい。
もうすぐ30になる恋人もいないフリーターが1人で夜中にアニメの主人公の性格が大嫌いなんだ!って叫んでたんだな・・・。
そりゃあ正社員として働いている人からしたらまた明日も仕事なのにこんなアホみたいな事で起こされたらキレるわな。
「俺一人で何言ってんだろ」
これ以上考えるとやけに悲しくなって来るので別のことを考えるべくと思い部屋の中を見渡してみた。
するといまくつろいでいるベットの横に位置する棚の一番上に置いてある一つの貯金箱に目がいった。
あれは確か一週間くらい前に駅の方の本屋に漫画を買いに行った際、めちゃくちゃ可愛いお姉さんが配っていたものだったか。
なんでも幸せを呼び込む貯金箱らしく会社での試作品を試しに提供していたみたいで残り一つだから貰ってほしいと頼み込まれたのだ。
最初は宗教かと思い断ろうかと思ったのだがあんな美人に少し目をうるうるとさせて上目遣いに言われてしまえば童貞である俺はイチコロだったわけで・・・
まぁ貯金箱でタダで貰えるので別に良いかという感じで貰ってきて今に至る。
今の所とくに何もいい事は無いがこの子豚みたいなデザインは可愛げがあって少し気に入っているし、何よりあの美人からの貰い物ということで俺は十分満足していた。
「もうこんな時間か」
などと考えていると時計の針は既に夜中の一時を回っており明日はシフトが朝からになっているのでもう寝ることにした俺はベットに横になり思考を中断させ目を閉じた。
──────────
「・・・て・・・よ、お父さん!」
ん、なんだこれは?
「どうしてだよ、・・・う・・・やめて・・・」
待てよ、なんか見覚えがある光景だ・・・
「もう俺に当たるのは辞めてくれ!」
あっ、思い出したわ
これは俺がこんな惨めな人生を送る事となった原因と言っても過言ではない出来事。
ここで一つ昔話をしよう。俺は大手企業で若くして部長を務めている父とスーパーで週に2~4日程パートに出ている母の元に生まれた。
家も一軒家で父が俺が産まれたのと同時にそこに住めるように建築士さんと相談した注文住宅ってやつだ。そこは二階建てで広めの庭もついておりとても住みやすい家だった。
これだけ見れば良い両親の元に生まれたとね、と思うだろう。確かにそれは事実だ。実際に俺は生まれてから小学校の6年生になるまではお金、食べ物に困る事なんて一切無かったし両親も優しく学校にも友達がいて毎日が楽しかった。
ただ女の子の友達は居なかったがな!
そんな感じでまぁ、ほんとに楽しかったのだ小学校6年まではね。
そして俺の人生の転換期となった小学6年の5月に事件は起こった。
何と俺の父親がハニートラップに引っかかったのだ。これは会社のでの飲み会で起きた事で恐らく若くして出世して順風満帆な生活をしていた父親を妬んだ者によって仕組まれた事なのだろう。
そしてこの事件を踏まえて父親は会社をクビになり再就職しようにも全く面接で受かる事は無く父親はエリート社員からただの無職になった。
で、その噂は何故かすぐに俺が通っている学校に広まっていく事となる。当時は理由がわからなかったが今ならわかる。あの時俺のクラスにいる男子の父親が当時は俺の父親の部下として働いていたらしく多分・・・絶対にその男子が噂を流したのだろう。
今思えば異様に俺はその男子からは嫌われているような感覚があったし、たまに睨らみつけるような視線も感じるときがあった。
そんで噂が広まってからはクラス内で俺のいじめが始まった。最初は無視から始まり徐々に靴を隠す、俺の私物を捨てるなどにステップアップしていった。
まぁとは言っても小学生のする事だから限度がありまだ耐える事が出来たがそれは中学に上がる事で吹き飛んだ。
俺は小・中・高一貫学校に通っていたため周りの環境が大きく変わるなんて事は無かったのでいじめはエスカレートしていく一方だったのだ。
ここまで言えば誰でもわかるだろう。暴力が始まってしまったんだよね。殴られ、蹴られる毎日が続きお金も恐喝されて巻き上げられるようになった。
もうこんな日々には耐えられないと思った俺は担任の先生に相談する事にした。
「先生、助けてください」
「はぁ?何を助けろって?」
「俺クラスのというか学年の人達からいじめられてるんですよ」
そう言って俺は殴られた跡などを先生に見せた。先生が助けてくれて事態が好転してくれると期待しながら。
だけど・・・
「何馬鹿な事言ってるんだ」
「は?」
「この学校にいじめなんてあるわけないだろ。」
「いやだってここに殴られた跡とかあるでしょ!」
「それはお前が転んだり他の生徒とじゃれ合っただけだろ?もう少し大人になれ、先生だって暇じゃないんだ」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「いいから話は終わったろう?この学校にいじめは無い。わかったならさっさと帰れ」
うーん腐ってるね!
思い返してみてここまでテンプレ通りだと怒りなど通り越してもはや笑えてくる。
こうして学校に居場所が無くなった俺は次第に学校に行かずに家に引きこもる日が増えていった。
これじゃあ家には居場所があったみたいな言い方になるがそんな事は無く当時の俺の家の家庭環境は最悪と言っていいものとなっていた。
あの事件は以降会社をクビになった父親は再就職活動を試みるも、全く上手く行かず俺が中学に上がる頃には既に諦めており毎日家で酒ばかり飲んでいた。エリート街道まっしぐらだった父親だ、自分で意識してない内に高いプライドが出来てしまっていたのだろう。
それにしてもテンプレにつぐテンプレだな。世界には男が失敗したら酒に溺れるとかいう決まりでもあんのか?
母親はそんな父親を初めのうちは応援していたがそんな父親は遂に俺や母親に手を上げるようになり母親はどんどん憔悴しきっていった。
そして中3の夏に母親が宗教にハマってしまった。もうその頃には鬱病と診断されてもいいんじゃないかという程精神的におかしくなっていたので宗教にのめり込むのも仕方ないだろう。
しばらくすると母親はあるものにお金をつぎ込むようになった。それは母親が入教している宗教の公式キャラクターであるほっとけーくん人形だ。
ほっとけーくん人形は埴輪みたいに何故か無性に不安になってくる顔をしており丑の刻参りに使う藁人形のような顔をしている。仏をもじったようなふざけた名前をしているくせに人々に安らぎを与えるどころか不快感を与えていると思うんだけどな。実際に俺はこの人形を見る度に不快な気持ちになっていた。
母親曰くほっとけーくんはいればいるほど邪気を吸い取ってくれるらしい。あれだな、お金はいくらあっても良いというのと同じでほっとけーくんもあればあるほど良いという事だ。
こうして新たな家族が出来た俺は枯れた薔薇のような日々を過ごしていく事となった。
学校に行けば暴力・恐喝が相次ぎ先生もそれを見て見ぬふり、家に帰れば酒に溺れ殴ってくる父親に泣いたり奇声をあげたりたまに俺に物を投げつけてくる母親、そして増えていくほっとけーくん人形。
なんですかこれは地獄かな?
こんなアホみたいな生活を続けること数ヶ月。
また事件が起こる。
あれは確か12月だったかな。母親が宗教の男の元に行ってしまった。
テレビのドラマでよくこんな展開を観たがまさか実際に自分の身の回りで起きるなんてね。
そんでね、心の支えを失ったらしい父親はその後すぐに自殺しやがりました。
マジで自分勝手だよな。でも当時はやっとこの暴力から解放されると少しだけ安堵したんだよね。これは良くない考えだとわかってはいるが、でもそれくらいは許して欲しいな。
それからの俺は施設に移り中学を卒業すると高校は通信制の学校にしてそれからはコンビニでバイトをして卒業してもろくに就職もせず今に至るという訳だ。
・・・おっと!そろそろ夢が覚めるようだ。
それじゃあまた後でね。
──────────
「・・・を覚ま・・・て・・・さい」
んだよ、この声は。
まだ夢の中にいる気分で寝惚けている俺はもう一度深く眠りについて今度こそムフフな夢を見ようと頭まで布団を被った。
のだが、
「目を覚ましてください」
また声が聴こえた
今度ははっきりと。
ガバッ
「なんだよ今の声」
ようやく目が覚めた俺は頭がクリアになっていくのと同時に先程のまでに見ていた夢の内容がどんどん頭の中に入ってきた。
ちなみに今日は1月1日だ。
そう、新年なのだ。そしてその新年に見た俺の初夢はあのクソみたいなやつだった。
「夢くらいはもっとマシなの見させてくれよ・・・」
嘆いても仕方ないのだが流石に新年の初夢であれは悲惨すぎるだろ。
「てか、結構寝た気がするんだけど今何時だ・・・まさか!寝過ごしたか!?」
今日は8時から出勤だと言うのにぐっすりと眠ってしまっていた俺は寝過ごしたと思い時間を確認するために時計をみようと勢いよく立ち上がった。
だがそこで俺はある事に気づいた。
「・・・ここ、どこだ?」
勢いよく立ち上がる。
そう、ここは俺の部屋ではなかったのだ。そして何故かベッドも無くなっていて布団だけがある状態だった。
今俺が驚きで固まって突っ立っている場所は真っ青な空に下は水のようなものが薄っすらと張り鏡の様になっていて空を映し出している。まるでウユニ塩湖のような景色があたり一面見渡す限りにずぅーっと広がっているとても神秘的な場所だった。
ウユニ塩湖は俺の自分の最後を終えたい場所ランキングで堂々の1位に輝いているとても素晴らしい幻想的な景色を眺める事が出来る場所だ。
とても綺麗な景色なのでもっと見蕩れていたかったがずっとここでこうしている訳にもいかない。
とりあえず歩いて辺りの散策でもしてみようかと思い一歩目を踏み出そうとしたその時何も無かったはずの背後に急に気配を感じたので振り返ってみた。
するとそこには・・・。
「ようこそおいで下さいました
斎藤雄也様」
先程俺の目を覚まさせた声をした一人の女が立っていた。