家族を信じて
「あ、あれって・・・まさか・・・」
レナが震えた声で言った。
あれが恐らくお父さんが昨日話していた竜なのだろう。
山一つ分越えた先の上空から顔を出していて、こちらを見ていないのにとてつもない殺気と底知れない絶望感が僕たち二人を襲った。
「うん・・・あの竜が昨日お父さんが言っていた魔人族の部隊を壊滅させたっていう竜だね」
「聞いていただけで寒気がしていたけど、これは・・・想像以上だな」
「そうですね、でもなんでこんなところに・・・」
「あれ?」
その時、僕の言葉に青ざめながら頷いて同意してくれていたレナがある事に気づいた。
「レナ?」
「いえ・・・あの竜の視線の先にあるのって・・・」
レナの言葉に僕は息を呑むと同時に考えたくもない最悪の事態が頭に浮かび上がってきた。
あの空は僕たちが今日越えてきた山の向こう側の空だ・・・。
そしてそこから竜が睨んでいるのは・・・。
ま、まさか・・・!!
「レ、レナ!今すぐ帰るぞ!」
「はい!」
僕たちが固まっていた体を何とか動かして急いで家へ向かおうとしたその時、今までただポカロ村のある方を、鋭い目で睨んでいただけの竜がいきなり獅子のように大きく裂けている口を開き、何かを吸い始めた。
「うわぁっ!」
「きゃっ!」
突然の突風が僕たちを襲う。
あの竜の口に向かっていくような強風が吹き荒れ、ほんの一瞬体が宙に浮いた。
このままじゃやばい、と感じた僕はレナの手を掴むとすぐ傍に立派に生えている大木にしがみついた。
木々は風で傾きながらしなっており、湖は荒海のように波が立っている。
この周りの木が見劣りしてしまう程の大きなこの木でさえも根っこから抜けて飛んでいってしまいそうだ。
こうしてしばらくの間、僕たちが何とか必死に堪えていると、大きく開けた竜の口の先に赤黒くとてつもない禍々しいオーラを放つ魔法陣が出現した。
「おい・・・あいつなにする気だ!」
「まさか、村に打つ気なのですか?」
その考えに至った時僕たちは体が勝手に動き、気づけば叫んでいた。
「やぁぁめぇろぉぉー!」
「ダメです!やめてください!」
背筋が凍り、嫌な汗が体に流れ出すことを気にすることなく僕たちは力の限りに叫んだ。
多分・・・いや絶対に今まで生きてきた中で一番の声量だろう。
力の限りに叫び続ける僕とレナ。
しかし、僕たち二人の叫びはあの竜に届くことは無かった。
ゴォォオォォ━━━━━━━!!!!
竜が息を吸うのをやめ、口を閉じたかと思うと一気に開き、魔法陣から闇魔法なんて生ぬるく感じてしまう程の邪悪な炎が放たれた。
声が出ない・・・。
足も固まってしまい動かなくなってしまった・・・。
レナの方を見ようとしても体が硬直してしまい首が回らなかった。
そしてそんな光景を眺めながらただ絶望を味わい二人してその場に呆然と立ち尽くしていたのだった。
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あれから一体どれくらいの時間が経ったのだろう。
ほんの数分のようにも感じたし、一時間以上経った気もする。
自分が自分じゃないような感覚に陥ったり、まるで物語を読んでいる時のみたいに外から自分を見ているような気さえおきていた。
空を見上げると既に竜の姿は無く、ただ穏やかに何事も無かったかのように星がキラキラと浮かんでいた。
あれ・・・今何があったんだっけ・・・。
頭の中がぐちゃぐちゃになり考えが纏まらなかったが不意に聞こえてきたレナの声ではっきりとする。
「うっ、おじさん・・・おばさん・・・リーナお姉ちゃん、ひぐっ」
「レナ・・・」
レナの声は震えており、体もカタカタと音が聞こえてきそうな・・・まるで痙攣でも起こしているかのように震えていた。
そしてレナの目元を見ると涙が溜まっており今にも零れ落ちてしまいそうだった。
「レナ、帰るよ」
「・・・ぐずっ、は、い・・・」
僕はレナの手を握りそう言った。
レナも力無く握り返してくれて二人で手を繋ぎながら歩き出したが、しばらくするとどちらからでもなく走り出していた。
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どれくらい走ったのだろう。
ずっと走っているが全く疲れを感じないし、足からグチュグチュと音が鳴っているため恐らく足の爪が剥がれて血が出ているが痛みも感じない。
「レナ、大丈夫だよ」
「シオンくん・・・」
「お父さんが絶対にみんなを避難させてくれているから」
「そうですよね・・・」
「お父さんは王国騎士団の第八師団団長なんだ!絶対に大丈夫!」
僕は自分に言い聞かせるように言い、レナと繋いでいる手に少し力を込めて握り直すとレナも握り返してくれて。
「ですね!家族のみんなを信じましょう!」
そう力強く言った。
そうだ、村に行けば家は焼け落ちているかもしれないがみんな心配そうにしながらも
笑顔で"おかえり"と言ってくれるはずだ!
気合いを入れ直した僕たちは更に走る速度を上げ村への道を急いだ。
既に頭に何度も浮かんでは消えていくを繰り返している最悪の結末を考えないようにしながら・・・。
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とうとう僕たちはポカロ村まであと一歩の所まで来ていた。
大丈夫だ、あそこを抜ければ家は無くとも村の人達が集まっていて、お父さん、お母さん、姉さんが出迎えてくれるはず。
僕はそう自分に言い聞かせながらレナと繋いでいる手に力を込めた。
タッ タッ タッ。
よし!抜けた!ようやく帰れたぞ!
僕たちはやっと村に帰ることが出来た。
これでさっきから胸を押しつぶすような不安が消え去ってくれる!
そう思いながら帰ってきた僕たちの先に広がっていた光景は・・・。
「は・・・?」
「え・・・?」
今夜は空気が澄んでおり、月と星の輝きでいつもより少しだけ明るく感じる。
とはいえこんな夜であるにも関わらず、視界に入った瞬間にわかってしまう程に真っ黒に焦げた大地がそこには広がっていた。
そう、何も無かったのだ。僕たちが心の底から願い、絶対にあると信じていた光景はそこに何一つとして存在しなかった。
「な・・・にこれ?」
「嘘ですよね・・・?」
「みんなぁ!もうあの竜はいなくなったんだよ!」
「そうです!みなさんもう出てきても大丈夫ですよ!」
僕たちは精一杯の大きな声で呼びかけるが二人の声がただ暗闇の中に散っていくだけで望んでいたものは何も返って来なかった。
「嘘だ、ウソだ、うそだぁぁぁ!」
「いやぁぁぁぁー!おじさん、おばさん、リーナお姉ちゃん!」
「は、はやくいつもみたいにおかえりって・・・
い、いって・・・ください・・・」
「みんないるんでしょ!?はやく出てきてくれよ!」
「遅くなったのはいくらでも謝るからぁ!」
僕たちが耐えていたものが決壊し、ボロボロと止めることが出来なくなった涙を流しながらそう叫んでいた時、目の前に三つの光が現れた。
その光はゆらゆらと揺れながら僕たちの正面に来ると人の形へと変化していった。
「え?」
「おじさん・・・おばさん・・・リーナお姉ちゃん・・・」
そう、三つの光はそれぞれお父さん、お母さん、姉さんの姿になったのだ。
『 ごめんな、シオン、レナちゃん 』
「どういうこと?何で謝るの?もう竜は去ったんだよ?はやく出てきてよ!」
僕がそう言うとお父さんは困った様に笑い、力無く首を左右に振って僕たちが聞きたくなかった事実を告げてきた。
『それは出来ないんだよシオ・・・お父さん達は、逃げれなかったんだ・・・』
『あの竜が現れた時にね、みんなですぐに逃げようとしたんだけど急に体が動かなくなってしまったのよ』
『最後に見た時覚えているのはあの角にある冠が赤く光ったことで・・・それから後は何も覚えてないわ』
「みなさん・・・一体何を仰られているのですか?」
レナがフラフラとした足取りで近付くと言った。
『ごめんねレナ・・・もっと一緒にいてあげることが出来なくて・・・』
『大丈夫よレナ!あなたは私の自慢の妹なんだからね!本当はもう少し、いやもっと、ずぅ━━━っと、一緒に遊んだりしたかったんだけどね』
リーナが少しおどけたように言ったがその瞳からは涙らしき光の粒子が溢れていた。
『レナちゃん、もっと色々な所に連れていってあげたり、可愛い服とかを買ってあげれなくて本当にごめんね・・・シオンのことよろしく頼むよ』
「嫌ですおじさん!私はまだあの時、行く宛ての無い私を助けてくれて、家族に迎え入れてくださった恩を返せてないんです!どこかへ連れてってくれなくたっていい、可愛い服もいりません・・・だ、だからもっと一緒に楽しくこの村で暮らしていきたいです!」
「おばさんも私のことを実の娘のように可愛がってくれたこと、凄く嬉しかったです!まだ料理だって下手くそで、もっとおばさんに教えて欲しいものがたくさんあります!なのでこれからも一緒に生きていくんです!」
「リーナお姉ちゃん!私だってまだまだ一緒に遊びたいし、お話もしたいです。!お姉ちゃんは私の憧れの人で大好きな人なんです!もっと一緒にいてください!」
「お金で買える物なんて要らないんです!私は・・・人はお金や物で強くなることは決してありません!周りの笑顔・温かい想いを貰って失敗しながら強くなっていくんです!だからまだ弱い私は皆さんに一緒に居てもらわないとダメなんです!」
レナは力の限りに思いの丈をぶつけたが僕は・・・いや、恐らくレナも既に気づいていた。この状況が覆ることは決して無いのであろうということを。
『レナ・・・私はね、娘の"ように"じゃなくて本当に実の娘としてあなたのことを愛しているのよ。この先も永遠にね』
『料理だって大丈夫よ!ほんの少しアドバイスしただけであれだけ美味しい卵焼きが作れるんですもの!あなたは私の・・・私たちの自慢の娘であり家族よ。シオンのこと宜しくね。あの子は、ほら!たまに無茶しすぎちゃう時があるからその時はレナがちゃんと止めて支えてあげてちょうだい』
『そうよレナ!お母さんの言う通り。それにレナはもう十分強いわよ!普段は恥ずかしがる癖に今はこんなに自分の伝えたい想いをぶつけられたんだからね』
お母さんに続けて姉さんもレナを励まして彼女の頭を撫でた。
『自分の事を弱いってそこまで認められる事は凄いことだよ。でもね、過度な卑下は良くないね。レナちゃんの言ったことは間違っちゃいないよ。だけど自分で自分の成長を認めるってのが一番大切なんだ。』
『レナ、自分に自信を持ちなさい。あなたは凄く良い子なんだから。こんな風に育ててくれたあなたのお母さんは本当に素晴らしい人だったのね。大丈夫よ、私たちは少し早めにあなたのお母さんに挨拶しに行くだけだから。シオンとレナはゆっくり来なさいね?そしたら皆でまたお話しましょ』
『お母さんったら、でもそれはめちゃくちゃ楽しそうね。レナぁ?たくさん面白い話聴かせてもらうわよ?勿論シオンとの進展具合もね!』
『俺たちが言ってあげられるのは次で最後になりそうかな。レナちゃん、”自信”って言葉のように自分で自分の力・信念を信じて、貫いてシオンと頑張ってね』
『 レナちゃん 』
『『 レナ 』』
『 『 『 愛してるよ 』 』 』
最後の言葉を聞いたと同時にレナは泣き崩れた。
「うわぁぁぁぁあぁーーーん!嫌です!行かないでぇもっとみんなで暮らしたいよぉぉぉー!」
普段から敬語を使って話すレナが無意識にタメ口に
なっている。
さっきからずっと何を喋っているんだ・・・。
そんな事をぼんやりとした頭で考えていると姉さんが話しかけてきた。
『我が弟よ!もう時間が残されていないみたいだし手短に言うぞ!シオン愛してる、レナのこと泣かすなよ!この私の大切な妹だからな、もし泣かせるような事があれば化けて出て一発ぶん殴りに来るからな!』
「だめだよ姉さん、僕はもっと姉さんと遊びたいし、またからかったりもして欲しい、それからレナの大切なお姉ちゃんとしてこれからも傍にいてあげて欲しいんだからさ。たまにガサツだって思っちゃったりする事あったけど僕たちはその姉さんの自由さ、真っ直ぐな心に支えられてたんだ。もっと支えてもらわなくちゃ困るよ、僕とレナの自慢のお姉ちゃんとして」
『シオン・・・本当にごめん・・・私も、あなたと、大切な弟ともっと一緒にいたかったよぉ・・・』
そう言って姉さんは泣き出してしまった。
いつものようなふざけたりする雰囲気など一切そこには無かった。
『シオン』
「お母さん・・・」
『シオン、しっかりしなさい!そんな事じゃレナを守ること出来ないじゃないの、大丈夫よあなたなら心配する事なんて何も無いわ』
「辞めてよお母さん、もっとずっとみんなで生きていくんだから!」
「僕はまだまだお母さんに甘えたいし、僕がダメな事をしたらちゃんと叱って欲しい、そして何か良い事・成功したらまた褒めて欲しい!僕はあの優しく頭を撫でてくれながら自分の事のように喜んでくれるお母さんが大好きなんだ!」
「だからさ、そんな別れの挨拶みたいなことしたくないよ!」
『ごめんね、ほんとにごめんねシオン・・・私もあなたとずっと一緒にいたいし、叱る時はちゃんと叱って、褒める時はうんと褒めてあげたい』
『そしてあなたが成長していく姿をあなたの一番近くで見ていきたかったわ。シオン大好きよ愛してるわ、これまでもこれからも、ずっとあなたは私の大切な愛する息子よ』
『レナと仲良くね、しっかり二人で支え合いながら生きていきなさい。二人の力を合わせればどんな壁だって乗り越える事が出来るし、どんな困難にだって立ち向かえるわ』
『それから・・・レナを必ず幸せにしてあげなさいね。ちゃんと女の子の気持ちに気付いてあげて!これはお母さんからの最後のお願いよ』
お母さんは微笑みながらそう言い切ったかと思うと先程の姉さんと同様に手で顔を覆って泣いてしまった。
その光景を眺めていると次はお父さんに声をかけられた。
『シオン立派になったな』
「お父さんもお母さんと姉さんみたいな事言うの?」
『まぁ、そんな感じなんだが二人程でもないよ、男同士だしな』
お父さんはそう言ってニッコリと笑った。
『シオンにはもっと教えたいこと山ほどあるんだけどなぁ』
「だったらこれからも教えてくれたらいいじゃん」
『おいおい、無茶言うなよ。お前もとっくにわかってるんだろ?』
お父さんに尋ねられたが僕は即座に否定した。
「わからないよ!お父さんは名誉ある王国騎士団の第八師団団長で、ちょっと意地悪な時があるけど僕の尊敬する人で、僕の目標の人で、僕の大好きなお父さんなんだよ!」
「ねぇ、また色んなことを僕に教えてよ、もっとみんなで一緒に暮らしたいよ・・・」
『すまんなシオン、こればっかりはもうどうにもならないんだよ』
『だがな、ひとつお前に残すことが出来るものがあるんだ』
お父さんがそう言った瞬間、目の前が光ったと思うとそこには一本のボロボロになって錆びている剣が現れお父さんは僕に渡した。
『これは《オーディン》という剣でな、代々アレナド家に伝わるものなんだ』
『今はこんなにボロボロだが、お前の大切で守りたいと思うものに危機が迫った時に必ず力を貸してくれるからな。それまでしっかりとこの剣を扱う事が出来るように鍛えておけよ』
「お、とうさ・・・ん」
『最後にシオン!何があってもレナちゃんの事はお前が守れよ!他の誰でもない。シオン、お前が守る事に意味があるんだ。これは漢と漢の約束だからな!』
お父さんは僕の頭に手を乗せて数回撫でた後に笑いながらそう言った。
『みんな、そろそろだぞ』
お父さんが言うとみんなの体は薄くなっていきまた最初のような光に戻った、そして。
『 俺たちは何があってもお前たち
二人の家族だからな 』
そう言い残し三つの光は空へと昇っていくと満天の星空の中に消えていった。
ただ取り残された僕たちはそれを見送っていたが三つの光が消えた直後に僕の中で何かが音を立てて崩れていった。
「あぁぁぁぁあぁぁぁぁ───!!」
錯乱状態に陥った僕は叫ぶと近くにあった木まで走り出して、すぐさまその木に向かって頭を打ちつけ始めた。
ガンッ、ガンッ、ゴンッ!
「ゆめだ、ゆめだ、これは夢なんだ」
何度もそのようなことを呟きながら頭を打ち続けた。
しばらくの間、呆気に取られて固まっていたレナだったがハッとすると急いで僕の元に駆け寄って必死に止めた。
「やめてください、シオンくん!このままじゃ・・・」
レナが叫び抱き着いてきたが僕は止まらなかった。
その攻防がしばしの間、続いた時にレナの言葉が僕の頭の中に、スっと入り込んできた。
「シオンくんまで、いなくならないでください!もう大切な家族を失うのは・・・」
すると突然、頭が冷えていき我に返った僕は頭を打ちつけるのをやめてレナの方に振り返る。
目を腫らしてレナが泣いている・・・。
彼女をこんなに泣かせて僕は何がしたかっただ・・・。
レナも辛いのは同じだし、何よりついさっきにお父さん達と約束したばかりじゃないか。
「レナ、ごめんね僕がどうかしてたよ」
「ひぐっ、もうこんな事しないでください・・・」
レナがそう言って無理矢理にだけど笑ってくれたのを見て安心した僕は急に体に力が入らなくなり、その場に倒れ込んでしまった。
「シオンくん!しっかりしてください!」
レナの悲鳴が聞こえてくる。
大丈夫だよ、レナ・・・。
僕はそう言ったつもりだったが口は動いていなかった。
そしてレナの必死な声を聞きながらどんどんと意識が遠のいていき、しばらくすると・・・。
プツンッ。
頭の中で線のようなものが切れた音が響いたかと思うと僕の意識はそこで途切れた。