そして家族へ
ある日の夜遅く、村の住人も寝静まった時間にレナは父と二人で食卓に並んで座っていた。
普段ならもうとっくに眠ってしまっている時間だが起きているのには理由がある。何と父から酒を飲むのは今日で最後にするから付き合ってくれと言われたからであった。
やっと願いが届いた!。
レナの努力がやっと実を結んでくれたのだ。
そのことにレナは歓喜し、自然と涙が溢れてきた。その涙はいつも流しているような悲しい涙ではなく、
父がやっと正気に戻ってくれた!。
また二人で楽しく暮らせるんだ!。
と、これからの事に期待して心が踊る喜びの涙だった。
という事がありレナがウキウキしながら父が飲み終わり空いた樽ジョッキにお酒を注いでいると
一人の男が家に訪ねてきた。
「ごめんくださーい」
「おっ、やっと来たか」
こんな夜遅くに誰だろう?
そんな事を思いながら父親が開ける扉を見つめているとそこから金髪で少し遊び人のようにも感じる髪型だがキチッとした服装をした男が入ってきた。
「いやぁ、すみませんね準備に時間がかかっちゃいまして」
「ったく、こっちは待ちわびてたんだぞ」
「へへっちょっと追っ手やらなんやらで少し立て込んでるんですよ」
「あっそ、まぁそんな事はどうでもいいんだ。それより金はちゃんと用意したんだろうな?」
「大丈夫ですよぉ、ここにほら?」
男がそう言って懐から札束のようなものをチラッと見せると父はニヤリとレナが今まで見た事ない気味の悪い笑みを浮かべた。
「用意できてるんなら良いんだ」
「そこんとこは任せといてください。ウチは信用で勝負してるんで」
「どの口が言ってんだか」
「まぁ話もこのくらいにして例の女の子は?」
「あぁ、そうだな」
会話がひと段落したのか父親が振り返り手招きをしてレナを呼んだ。
「ほら、おいでレナ」
「えっ、お父さん誰なのその人?」
「それはねお前を買ってくれた新しいご主人様だよ」
父親の言葉にレナの頭は真っ白になった。
買ってくれた?。
新しいご主人様?。
様々な疑問が頭の中で駆け巡っているがふとした瞬間にそこで今まで感じていたほんの些細な違和感を思い出す。
その違和感とはレナがいつも受けていた暴力は主にお腹を殴ったり蹴ったりする事で顔や服からはみ出ている所には一切傷など付けなかった事だ。
レナも不思議に思い時には嫌な予感がする事もあったが父に限ってそんな事するはずが無いと信じ、日々受ける暴力から耐えていた。
そしてこの事を思い出した今、全ての点が線を描いて繋がっていくような感覚に陥る。
あぁ、私やっぱりダメだったんだ・・・。
もう家族としての絆はとっくの前に母親が死んでしまった時に壊れていた事に気付いてしまった。
「新しいご主人様って・・・どういうこと?」
「そのままの意味だ。金が無くなっちまったからお前を売ったんだよ」
「嘘・・・だよね。お父さん!お願い!嘘って言って!」
「あー、嘘じゃねぇよ。いいから黙ってろ」
「嫌だよ!お父さんお酒辞めてくれるんでしょ?それでずっと一緒に居てくれるんじゃなかったの!?」
「んなわけねぇだろ。あんなもん嘘だよ う・そ! 」
「嫌だ嫌だ嫌だ!これからも二人一緒に暮らしていこうよ!私お料理もちゃんと勉強して頑張るからさ!」
レナは泣きながらも必死に説得を試みた。
先程までの楽しい浮かれた気分はとっくに消え去っており今はこの先に待ち受けている想像をも絶するであろう恐怖と父親に売られたという絶望感、そしてほんの少しだけのまだ父のことを信じたいという想いがレナの心の中で渦巻いてぐちゃぐちゃになっている。
そしてレナの説得が鬱陶しく感じてきた父親は段々とフラストレーションが溜まっていき遂に手を振り上げて、
バチンッ!!。
「さっきからうるせぇんだよ!黙れって言ってんだろぉが!」
レナの頬を思いっきり平手打ちした。
今起こった事が理解できずに呆然と頬の痛みを感じているレナを他所に父は続けた。
「俺はなぁ、本当はお前なんか要らなかったんだよ!あいつと二人で生きていきたかったんだ」
「うっかりしててデキちまった時はマジで後悔したよ。堕ろそうと言おうと思ったがあいつはすげぇ嬉しそうにしてたからな」
「それであいつが喜ぶならと思って仕方なぁーくお前を育ててやってたんだよ」
「わかったか?このクソガキが」
吐き捨てるように言うと父親はヘラヘラと笑ってまだ樽ジョッキに残っていた酒を一気に飲み干した。
捨てられた・・・いや元から愛してすら貰っていなかったのだ。
もう何も耳に入ってこなくなっていたレナにはただその告げられた悲しい事実だけが重くのしかかって来ていた。
そんな絶望しているレナを全く気にする様子もない父親に男が慌てて口を出した。
「ちょっとぉー困りますよ旦那ぁ、大切な商品なんですからね」
「すまんすまん、ついカッときちゃってな」
「もぉ、今回だけですよ?」
「悪ぃな」
「それじゃあこの子は買い取らせていただけるということで間違いないですね?」
「あぁ、好きにしていいからサッサと持って行ってくれ。こいつの顔見てるだけでイライラしてくんだよ」
そう言うと父親は酒を入れ直そうと立ち上がり台所に向かった。
そんな父親を見送った男はレナに近づき肩に手を置いて、
「レナちゃんだね?これから君にはいっぱい稼いでもらわないといけないから覚悟しててね」
「逃げたらタダじゃ済まないからな」
とニヤニヤしながら背筋が凍るような事を言った。
あぁ・・・もうこれで終わりなんだ。
そう理解した所で目の前が真っ暗になっていきそうな時、急に母の笑顔が脳内に再生されて・・・。
(大丈夫よレナ、信じなさいあなたの王子様はもうすぐ現れるわ)
母の優しい声でそんな言葉が聴こえてきた。
大好きだった母の声、今唯一信じることが出来る・信じたいと思う人の言葉だ。
「助けて・・・よォ、おかぁさん・・・私の・・・王子さま・・・」
何とか気持ちを持ち直しやっとの事で出したレナが力の無い声で呟いたその時。
バタンッ!!。
「ここだよ!お父さん!!」
一人の男の子が駆け込んできた。
男が驚き振り返る。そして声の正体がまだ小さい子供だと知ると気を緩めてヘラヘラとしながら絡み始めた。
「なんだ、坊やこんな時間に? 」
「いえ、女の子の助けを呼ぶ声が聴こえたので」
そう言うと男の子はチラッと男の背後にいるレナに視線をやった。
それに気付いた男がサッと身を寄せレナを隠すとまたヘラヘラしながら話を続けてきた。
「ん?それは坊やの勘違いじゃないかな」
「この子もちゃんと元気だよ。ただ転んじゃっただけなんだ」
男はレナの方へと振り返る。
口調はチャラチャラしているのに目が笑っておらずレナのことを睨んでいた。
「ほら、自分の口で言いな大丈夫ですって」
男が眼力で威圧してくる。
ここまで気丈に振る舞い頑張ってきたレナだがまだ五歳の女の子だ。大の大人に睨まれれば怖くて萎縮してしまうのも無理はないだろう。
「だ、だい・・・丈夫で・・・」
レナが恐怖心のあまり男に従ってしまいそうになったがここまであまり喋らなかった男の子がレナを制し口を挟んできた。
「レナちゃん僕の事を信じてくれないかな?君が思ってる事・抱えている悩みを全部吐き出して欲しい」
「僕が絶対君を守るから」
男の子は太陽のような笑みをレナに向け安心させるように温かい言葉をくれた。
その温かさは母が死んでしまってからは感じることが出来なくなってもう二度と感じれないんじゃないかとさえ思っていたレナが今、心の底から一番欲しいと望んでいたものだった。
この人なら大丈夫、絶対に私の事を守ってくれる・・・。
先程母が言っていたのはこの人の事だろうか。
答えを知ることは出来ないがレナの心は名前も知らない今初めて会ったこの男の子を既に信頼しきっていた。
そして久しぶりの温もりに触れることができ、勇気が湧いてきたレナは力を振り絞ってまだ残っていた恐怖心を打ち消し力の限りあの男の子に届くよう叫んだ。
「助けてください!私はお父さんに捨てられてこの人に連れて行かれて酷いことされそうになってます!」
ありったけの力を込めた。もう自分が出来ることはないだろうから後はこの男の子に委ねよう。
するとこの叫び声に父親が慌てて駆けつけた。
「どうしたんだ?」
「旦那ぁ何故かガキが来ましてね。嬢ちゃんを助けるとかほざいてるんですよ」
「はぁ?おいっ、お前どういうことだ」
「そのまんまの意味ですよ。僕がこの子を助けます」
「何言ってんだお前。こいつわなぁもう既に売却済みなんだよ。だからてめぇみてえなガキが出てくる必要なんざ無いんだ」
「殺されたくなかったらさっさと帰れ」
「ほんとにどうしようもない人なんですね」
「さっきから何言ってやがるんだ。いやもういいか殺すわ」
そう言って父親は包丁を振りかざした。
恐らく台所に行っていたので騒ぎを聞きつけた際に一応持ってきておいたのだろう。
「危ないっ!!」
レナの叫びが響き渡る。
レナはもうダメかと思い目を閉じたその時、
《 水球》
ドォォン!。
何かの呪文と同時に勢いよく水の球が父親と男目掛けて飛んできて衝突した。
「うわぁっ!」
そして二人が倒れたと同時に甲冑を着た人が数人駆け込んでくる。
「そこまでだ!我々は王国騎士団・第八師団の者だ」
「お前達二人を人身売買、虐待等の容疑で捕らえに来た」
そう言うと騎士達は父親と男の身柄の拘束をし始めた。
これでもう安全だと安心した事で無意識のうちに張り詰めていた気が抜けてしまい疲労感が一気に襲いかかって来たレナの意識はそこで途絶えた。
────
「・・・はっ!」
目が覚めるとそこはベッドの上だった。
見渡してみるが初めてきた場所で戸惑っていると扉が開きあの男の子が入ってきた。
「良かった 目が覚めたんだね」
「はい・・・あの、ここは一体?」
「あぁ、いきなりこんな所で寝てたんじゃビックリしちゃうか」
「ここはね僕の家だよ。隣のポカロ村って所なんだけど知ってる?」
「いえ、聞いたことないです・・・」
「そっか、でまぁとりあえずあの後君が気を失って倒れちゃったからお父さんと二人で家まで運んできたんだ」
「あのあと・・・」
そこまで考えると記憶が蘇ってきた。
父に言われたことそして捨てられたこと。
全てが頭の中に浮かんでくる。
すると勝手に涙が流れ始めた。
「おと・・・ぅさん・・・な、んで・・・」
そうして流れる涙を止めることが出来ずに泣いていると男の子があの時のように優しく声をかけてくれた。
「大丈夫だよ、泣かないでこれからは僕が君と一緒にいるから」
「・・・ど、どういうこと?」
「実はね・・・」
最近、村で人身売買をしている業者のような人を見かける・近所で虐待を受けているかもしれない女の子がいるという噂があり彼の父が調査しに来ていた事、そしてそれに彼も同行させて貰えるように父に頼み込んだ事、そして手分けをして探していた所嫌な気配を感じた為居場所を特定することが出来た事といった経緯を話してくれた。
「そうだったんですか・・・」
「うん」
「そう言えばあなたの名前は?」
「あ、そっか自己紹介がまだだったね」
そう言って穏やかに笑うと男の子は姿勢を整えて
名乗ってくれた。
「僕の名前はシオン・アレナドって言うんだ
今年で五歳になったよ」
「ありがとうございます。私はレナ・コーリング
あなたと同じ五歳です」
自己紹介を終えた二人は少し見つめ合いそして・・・。
「「はははっ!」」
耐えられなくなり笑いあった。
「なんか恥ずかしいねこういうの」
「そうですね。なんかムズムズします」
そうしてレナが笑っているとシオンがジィーっと顔を見つめてきた。
「ど、どうしたんですかシオンくん?」
「いやね、初めて会った時も思ったけどやっぱり凄く可愛いなと思って」
「!?」
レナの顔が瞬時に真っ赤に茹で上がる。
「ど、ど、どう、いうことですか!?」
「いやどうってそのまま意味だけど
レナの笑顔が凄く可愛いと思ったんだよ」
「っ!!??」
レナは悶えた。
ただでさえあんなピンチを助けてくれたのだ。それに母に王子様が来てくれると言われていたその直後に現れ、レナを魔の手から救ってくれた。この二つだけで、もう十分なのだが加えてシオンの容姿はレナの好みにドンピシャだった。もう運命だと言い切ってしまってもいいくらいに。
これは惚れてしまっても仕方ないだろう。
そんな感じでふわふわとした気持ちに浸っていたがここで先程考えていた疑問を思い出した。
「そんなことよりシオンくんは何でお父さんに着いて来たんですか?」
「そんなことって・・・」
「あっすみません」
「いやいや冗談だから気にしないで」
「もうシオンくんったら」
「ははっ、それじゃあ着いてきた理由だけどそれはねある夢を見たからなんだ」
「夢、ですか?」
「うん、なんかレナに似た女の人に娘を助けてあげてくださいって頼まれたんだよね」
「それって」
「うん、多分レナのお母さんだと思うよ」
「・・・」
やっぱり母が助けてくれたんだ。
大好きだったお母さん、いつも優しく一緒に遊んでくれたレナの大好きな人。天国に逝っても自分のことをずっと心配して見守っていてくれたのだ。
また涙が溢れてくる最近ずっと泣いてばかりだったが今流している涙は少し温かく感じた。
ひとしきり泣いた後落ち着いた所で重大な問題に気付く。
「私ってこれからどうしたら・・・」
「あぁ、その事なんだけどね僕達の家族になって一緒に暮らさない?」
「えっ?でも・・・」
「うちは四人家族なんだけどお父さんもお母さんも姉さんもみんなこの事は知っているから大丈夫だよ」
「私なんかがいいんですか?」
レナが不安そうに呟くとシオンが少し怒ってレナを咎めた。
「レナ、絶対に自分のことを”なんか”とか言って自分自身で否定しないで。レナは凄く可愛くて優しい良い子なんだから」
照れる様子や茶化すようなこと等無く真っ直ぐな目でレナに言ってくれる。
その優しさに嬉しくなりレナはまた涙を流す。
「はい、ありがとうシオンくん」
「ん、僕もごめんね少し怒ったようなこと言っちゃって」
「いいんです私が悪かったしそれに嬉しかったので」
「そっか」
しばらくの間無言の時間が続いたがそこにはとても穏やかな空気が流れていた。
そして少し時間が過ぎた後にレナがドキドキしながら尋ねた。
「あの、私もシオンくん達と家族になってもいいですか?」
心臓がバクバク言っているこんな事は生まれてから初めてだ。不安もあるがそんなものより楽しみや期待が遥かに上回ってこれからの未来に既に胸が踊り出していた。
「当たり前でしょ。レナならみんないつでも大歓迎だよ!」
「ありがとうございます!」
「それにね」
「?」
まだ続きがあるようだ。
「レナのことは僕が守るって言ったし夢でレナのお母さんと約束したしね」
満面の笑みでシオンは恥ずかしがる様子もなくそう言い切ってしまいレナの顔はまたもや真っ赤に茹で上がってしまうのだった。
こうして無事にレナはシオンの家族にも受け入れられて楽しく幸せで平和な日々が続いて行くことになった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
────現在────
二人は並んで家に帰っていた。
「レナは今日は何してたの?」
「掃除とおばさんに料理を教えて貰ってました!」
シオンが質問するとレナが嬉しそうに答えてくれた。最近レナはシオンの母に手伝いの傍らで料理を教えてもらうのが日課となっていた。
まぁ、誰の為とか言うのは野暮ってやつだろう。
「そうなんだ!なにか作れるようになったの?」
「全然下手ですけど簡単なものなら・・・」
「へぇー、いつかレナが料理作ってくれるの楽しみだなぁ」
シオンがいつもの笑顔で微笑む。
「!!」
「下手くそなんでまだ無理ですよ!」
「じゃあ頑張ってね、ずっと楽しみに待ってるから」
「・・・ズルイデス」
そして照れてしまうレナ。
「うん?」
「なんでもないです!これからもっと頑張りますから!」
「はははっ」
そして気付かないシオンといつも通りの楽しい掛け合いをしながら二人は家へと続く道を仲良く並んで歩いていた。
この平和な日常がずっと続くと
思いながら・・・・・・。