帰宅後
「ただいまぁ!」
「ただいま戻りました!」
玄関の扉を開けて帰宅の合図を告げる。
「あら、おかえりなさい」
すると奥から一人の女性が声を掛けてきた。
彼女はブリューネ・ハートさんといって俺たちの師匠、ハーラン・ロワードさんの恋人だ。
黒髪の綺麗な方でこれぞ大人の女性と思わせるような雰囲気を醸し出している。
そして家事をなんでもソツなくこなし、その腕前はレナもたまに教えを乞うほどのものだ。
「結構ゆっくりと帰ってきたのね」
「はい、シオンくんと色んなところに寄りながらでしたので」
「シオン、そうなの?」
「うん」
「へぇー」
ブリューネさんは俺たちを交互に見比べるとニヤッと口角を上げた。
「シオン、レナ、正直に答えてね」
「な、何急に」
「良いから、レナもね?」
「はい、私は全然」
「彼女はそう言ってるわよ?」
「うっ、わかったよ。・・・・・・え?彼女?」
ブリューネさんの言葉に俺が疑問を口にするとブリューネさんは掛かった!と言わんばかりに得意げな顔をした。
「あなたたち恋人同士になったんじゃない?」
「実はそうなんです!」
レナが嬉しそうに報告するとブリューネさんは目を見開きそしてレナを抱き締めた。
「レナ~!良かったわねぇ!」
「はい!これもブリューネさんのアドバイスのおかげです!」
「あぁ~可愛いわ!シオン、レナを絶対に泣かせるんじゃないわよ!」
「ブリューネさんに言われなくなって、そんなことするわけ・・・」
ブリューネさんに痛いところを突かれて否定しようにも前科があるため言い淀んでしまう。
「でも本当に良かったわね。ハーランと一緒にあなたたちの関係に何度やきもきしたことか」
「うっ・・・」
「ふふ、まぁ、結果オーライね!シオン?大切なのはこれからだからね?レナに愛想つかされないように気をつけなさい」
「言われなくともそれは重々承知してますよーだ」
「あら、生意気ね」
そう言って俺の頬を軽く抓るとブリューネさんは夕食の準備をしている間に荷解きをするよう、俺たちに促した。
「そうだ!あなたたち、試験はどうだったの?」
「やっとか・・・」
「はぁ・・・」
ようやく本題に触れたブリューネさんに揃ってため息をつく。
「はいはい、反省してます。・・・で、どうなの?」
期待半分、不安半分といった様子で聞いてくるブリューネさんに苦笑しながらも試験の結果を伝えた。
「うん、俺もレナもちゃんと合格したよ」
「はい!バッチリです!」
「そうなの?おめでとう二人とも!」
そう言ってブリューネさんはとても嬉しそうに笑い、俺たちを祝福してくれた。
・・・
「「ごちそうさまでした」」
「はい、お粗末さまでした・・・あ、ちょっと待ちなさい!」
手を合わせ食後の挨拶をして食器を流しに運び、それぞれの自室へと戻ろうとした際にブリューネさんに呼び止められた。
「なに?」
「はい?」
俺とレナの声がシンクロする。
「あなたたち、下宿先は決めてきたの?」
あ、忘れてた。
学園に通う生徒の大多数は周辺で部屋を借りるなり、部屋数に上限があるが学園の用意している寮に下宿して生活しているのだ。
そのため出発前に試験が終わったら物件の下見をしてくるように言われていたのだけど・・・。
「すっかり忘れてた」
「あわわ、ど、どうしましょう!?」
うーん、もう一回王都に出向くのもだるいなぁ・・・。
と、考えているその時。ブリューネさんの言った言葉に俺たちは呆気に取られた。
「心配要らないわよ?あれからハーランと話し合ってあなたたち二人の家を既に購入済みだから」
「え?」
「へ?」
開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
そんな俺たちを他所にブリューネさんは続ける。
「別に問題無いでしょ?家事ならレナが進んでやるだろうし、シオンも手伝えば上手く回るはずよ」
「で、でもさ!俺たち一応、年頃の男女なわけでして・・・」
「あら?尚更良いじゃない?」
「なんでだよ!?」
「はぁ・・・シオン、よく聞きなさい」
「え?そんな改まってなにさ?」
ブリューネさんが真剣な眼差しで俺を見つめる。
「紳士なことは褒めてあげるけど、奥手なのはいい加減に直しなさい」
「は?」
「据え膳食わぬは男の恥って言葉があるでしょ?
つまりはそういうことよ」
「なんで俺が責められてんだよ」
「いいからいいから!ほら、愛しの彼女を見てみなさい!」
ブリューネさんに言われ俺はレナの方へと振り返った。
「レナも言ってやってよ」
「・・・ます」
「レナ?」
「シオンくんと一緒に住みます!」
俺の彼女はどうやら肉食系女子みたいだ。
「レナ!あなたなら快く承諾してくれるって信じてたわ!」
「勿論ですよ!こんな絶好の機会、逃すわけには!」
「そうよ!その意気よ!」
「はい!」
「じゃあハーランに連絡するわね。引越しの馬車は私たちで用意しておくから。必要な家具とか食器は好きな程持っていって良いわよ」
「ありがとうございます!では遠慮なく・・・」
そう言ってレナはウキウキしながらブリューネさんと二人で持っていく物の見繕いを始めた。
トントン拍子で進んで行く同棲計画を、俺はただ蚊帳の外で眺めることしかできなかったのであった。




