君に告白を
「うわぁー!ほら、シオンくん!はやくはやく!」
「わかってるよ、今行くからさ」
幼子のようにはしゃいで俺を急かすレナを微笑ましく思いつつ俺は一段飛ばしで階段を駆け上がった。
あれからレナの希望通りにデパートに行って小物を見たり、新作の服を見たりと楽しい時間を過ごしていると気付けばもう日が沈む時刻となっていた。
俺は本日のデートに大満足な様子の彼女を連れて、夜になればライトアップされる王都の街並みを一望出来ると巷で話題のケンブリッジ展望台へと訪れていた。
「わぁ!街がキラキラ光っていて素敵です!」
「おぉ、凄いねこれは。予想以上だ」
先を行く彼女に追いつき隣に並び立つといざ、王都の夜景を眺める。
目前に広がるのは数々の建造物に人々が生活をする住宅街、様々な店が建ち並ぶ繁華街、そしてバルハン王国の・・・人間族の象徴であるこの国の舵取りを行なっている要塞・バルハン城が煌びやかな輝きを放ちこの素晴らしい景観を生み出していた。
俺たちは思わずその美しい光景に感嘆の声を漏らした。
「王都にはたくさんの名所がありますけどこんなロマンチックな場所もあったんですね」
「そうだねぇー」
「シオンくんはどうしてこのようなスポットがある事を知っていたのですか?」
「え?」
レナが疑惑の視線を向けてくる。
「えーっと、ブリューネさんが教えてくれたんだよ。もし時間があったらレナを連れてってあげなさいってね」
「ほんとにですか?もしや別の女の子と来たことがあるとか・・・」
「ほんとほんと!ここに来たのは初めてだよ!帰ったらブリューネさんに聞いてみてよ」
俺は彼女の誤解を解くため知った経緯を力説した。
「そうでしたか・・・シオンくんが言うなら信じます」
俺の弁解に彼女は渋々といった様子で納得してくれた。
「・・・」
「・・・」
二人して言葉を発すること無く静かに夜の街を見下ろす穏やかな時が流れる。
・・・さて、どうしたものか。
告白すると決めたのはいいものの、前世で・・・そして現在進行形で彼女いない歴=年齢の俺はこの先どう話を展開させたものかと悩んでいた。
頭の中で前世のラブコメを頼りに、告白までの流れを何度もシミュレーションするが、如何せん成功体験なるものが皆無な為、告白後の結末が想像できなかった。
そうして俺が自分の致命的な欠点に嘆いているその刹那、先に沈黙を破ったのは彼女だった。
「シオンくん、今日はありがとうございました。生まれてから一番楽しかった時間と断言できます」
「・・・」
「少しだけ語らせてください」
そう言ってレナは静かに遠くを見ながら話し始めた。
「いつも私が勝手に拗ねたり不機嫌になっても呆れずに宥めて寄り添ってくれた、どんな我儘を言っても優しく付き合ってくれた」
「父親に捨てられた私を快くあの温かい家族の一員に迎え入れて、傍で励ましてくれたあなたに、幾度となく私は救われてきました」
「レナ・・・」
「私はシオンくんと・・・私たち二人が初めて出会ったあの冬の日のりずっと、ずぅーっとあなたのことをお慕いしております」
彼女は涙まじりの震えた声で続ける。
「数え切れない初めてを私にくださった、これまでもこれからも唯一無二の男の子」
「ですから・・・たとえシオンくんが私じゃない他の女の子を選んだとしても・・・私は・・・わた・・・っふ・・・えぐっ・・・」
そこまで言って彼女は泣き出してしまった。
頭の中では整理したつもりでも心ではその結末は許し難く受け止められなかったのだろう。
そんな彼女を目にして俺はとんでもない罪悪感に駆られた。
また、やってしまった。
経験が無いだとか自分に言い訳して、もし彼女に拒絶されたら・・・という可能性から怖気ずいて逃げていただけだ。
その結果こうして何度目かわからないくらいに彼女に涙を流させてしまう。
こんな無様な、情けない姿を晒し続けていたら本当に姉さんどころか父さんも母さんもみんな揃って化けて出てきて、恐らく鬼の形相で引っぱたかれるだろう。
ろくに言葉で表現せずに彼女なら理解してくれると自分勝手に高を括ってレナを常に不安を付き纏わせたことを反省し、俺は意を決して一歩踏み込んだ。
・・・よし!
「レナァ!」
「!?」
俺は震える彼女を力いっぱいに抱きしめる。
「シ、シオンくん!?」
慌てふためく彼女。
だけど今は外面がどうとか、みっともないとか、なんて一切気にしないでなりふり構わずに彼女に語りかけた。
「ごめんねレナ。俺が言葉にしないせいでいつも不安にさせて」
「そ、そんな!シオンくんは悪くないです・・・」
「いいや、全面的に俺が悪い。だから・・・今更かもしれないけど聞いてくれる?」
「・・・」
黙ったままのレナから肯定の意と受け取った俺は緊張しながらも話を続けた。
「俺にとってもね、君はたくさんのものを貰ってたくさんの初めてを経験させてくれた、たった一人の女の子なんだよ」
「あの冬の日、初めて見た君をあんな状況にも関わらずに凄く綺麗だと思ったんだ。この子を助けたい、幸せになって欲しい!・・・願わくば自分の手でってね」
「っ・・・!」
「君が街で声を掛けられる度に隠してはいたけど本当は物凄く不安な気持ちになった。だって中には俺よりかっこよくて紳士なやつもいたからさ」
「・・・」
「だけど心のどこかでレナなら大丈夫、他の男になんて靡かない、俺を見ていてくれるはず。だなんて甘えてたんだよ」
「大丈夫ですよ、それに関しては自信持ってください」
「うん、ありがとう。でもね、自信を持つことと、甘えて相手の気持ちを疎かにするのは全くの別物だ」
「そして残念ながら俺は後者の行動をとってしまっていたんだ」
俺はレナに語りかけると同時に自分にも戒めるように話をした。
「でも、そんな情けない、臆病な俺だけど絶対に揺るがないものが一つだけある」
「・・・」
彼女は静かに目を閉じて話を聞き入っている。
「・・・君の隣なんだ」
「えっ?」
「君の隣、この世で一番安心できて居心地のいい大切な場所・・・」
「シオンくん・・・」
「だから・・・その席を俺にください。俺だけのものにさせてください」
「ぐずっ・・・」
レナの涙を啜る音が聞こえる。
俺はそんな彼女と目を合わせて頬に手を添えると俺の伝えたい想い全てをぶつけた。
「君を他の男になんて取られたくない。一番近い場所で君を守らせてください。君とたくさんの思い出を共有させてください。君が悲しい時、泣いた時、絶望に瀕した時。君と寄り添って、手を取って、その涙を拭う役目を俺にください」
「・・・」
「俺は・・・僕は、レナ・・・君が好きです」
「うっ・・・ひずっ・・・っふ・・・」
「必ず君を幸せにする、過去の辛い記憶なんか忘れ去ってしまうくらいに」
「シ、オン・・・ぐぅん・・・」
泣きながらレナが俺の肩に顔をうずめた。
「命を懸けてなんて言わないよ、死んでたら元も子も無い。それに逆の立場だったら俺は悲しいから・・・」
「はい・・・一人で残される方が辛いし苦しいです」
「うん、俺たちは最期まで一緒だよ」
「はい!」
そう言ってレナは女神様のような笑顔で答えてくれた。
「でさ・・・」
「ん?」
「その・・・へ、返事が欲しいなぁー・・・なんて」
「あっ!そっか、ごめんなさい!」
えっ?
・・・・・・・・・・・・。
えええぇぇぇ━━━━━━━━!?
この流れ、雰囲気で振られたのか!!??
やばっ、足がふらつく。
視界は真っ黒、脳内は真っ白になっていった。
そんな俺に気付いて首を傾げたレナは自分の発言を思い返したのか、ハッとすると慌てて訂正した。
「違うんです!今の、ごめんなさいはそのごめんなさいじゃなくて!・・・その、あれのごめんなさいなんです!」
「ぐはっ!」
「あ〜!だから!ちがっ、うぅ〜・・・」
レナは唸ると軽く深呼吸をして落ち着くと、一つ咳払いをして言った。
「おほん、では答えます」
「私もあなたが、シオンくんが好きです!大好きなんです!あなたの隣を誰にも譲る気はありません!」
「レナ」
「シオンくん・・・」
俺の名を呟くと彼女は目を閉じた。
「えっ?」
「も、もう!早くしてください!これ結構恥ずかしいんですよ!」
「あ、ぁぁ、ごめん・・・」
俺はバクバクと波打つ鼓動を感じながら目を閉じて俺を待つレナにゆっくりと顔を近づけるとそっと唇を重ねた。
「・・・」
「・・・んっ・・・」
彼女の口から漏れる声。
やばい、エロい!
まずいぞ、これは非常事態だ。こんな美少女のこんなえっちい色っぽい声をこの筋金入りの童貞が耐えられるわけが無い!
これ以上は制止が効かなくなると判断した俺は優しく彼女の肩を押して唇を離した。
「レ、レナ!ありがとね!それじゃ、帰ろっか!」
「むぅ・・・」
そんなヘタレな俺の態度に不満を持った彼女は勢いをつけて俺の首に手を回して抱き着いた。
「レナ!?」
「ダメです!もっと・・・たくさん・・・激しくね?」
そう言って彼女は先程より深く、長く、濃い口付けを交わしてきた。
二人きりで愛を約束し合う俺たち。
そんな俺たちを夜空に浮かぶ星の中でも一際輝きを放つ四つの星だけが静かに見守っていたのだった。




