ナンパの対処法
可愛らしい目をゆっくりと開けたレナ。そして俺を視界に捉えると八の字になっていた眉、男を睨んでいた目元、固く結んでいた口元を全て緩め安心しきったように満点の笑みを見せてくれた。
「お待たせ、レナ」
もう片方の手でレナの頭を撫でながら言うとレナはとても嬉しそうにして腰に腕を回し俺へと抱き着いてきた。
「遅いですシオンくん!待ちくたびれちゃいましたよ」
ホニャりとゆるゆるに笑って返すレナ。
「悪かったよ。急に仲間イベントが発生しちゃってさ」
「仲間・・・いべんと?」
コテンッと首を傾げるレナ。今のもだけどレナが取る全ての仕草が可愛く見える。これが惚れた弱みというやつなのだろうか?
「いや・・・今のは気にしないでくれ」
「はぁ、シオンくんが言うなら」
「ありがとう」
「いえいえ!」
「そう言えばこの人に何か怪我とかさせられなかった?」
「・・・心配してくれるのですか?」
「そりゃあ、まぁするでしょ。俺の中での優先順位のトップはレナのことなんだから」
「ふふふ、ありがとうございます。私は大丈夫ですよ。シオンくんが助けてくれましたから!」
「ははっ、間に合って良かったよ」
自分がナンパしたものの袖にされてあしらわれた女が突然あらわれた見知らぬ男に抱き着くと生々しい会話を繰り広げている。
そんな男としては許し難い状況に己のプライドを傷付けられたのだろう、男が怒り心頭といった様子で詰め寄ってくる。
「おい、貴様ら!俺を無視するんじゃない!それとお前、早く俺の手を離せ!」
「うるさいなぁ、なんですか急に大きな声を出して。びっくりするでしょうが」
もう少しでレナを待たせた件を誤魔化す事に成功しそうだったのに・・・。
非常に迷惑極まりないタイミングで会話を途切れさせられたことにより少々苛立ちが募る。
「だ・か・ら、早く掴んでいるその手を離せと言っているんだ!」
「手?、手、・・・あぁこれか。わかりましたよ、直ぐに離します。俺は野郎と手を繋ぐ趣味なんて持ち合わせていないんでね」
パッと手を離すと男は二、三歩下がり距離をとって、手をさすりながら引けば良いのに性懲りも無く再び絡んできた。
「貴様、俺を誰だと思っているんだ。このオルビー・バッハを前に随分と無礼な態度をとりやがって」
「オルビー・バッハ?君は何かの有名人なの?」
「はぁ!?貴様俺のことを知らないのか!?」
まるでこの世のものとは思えないものを見るかのような目で驚愕し、俺を凝視するオルビーくん。
自分に自身を持つのはとても良い事だけど君のさっきからの言動からは小物臭が半端ないんだよなぁ。
「嘘をつけ!俺の名、オルビーを知らなくともバッハ家を知らないとは言わせないぞ!」
「バッハ家ねぇ・・・。うーん・・・レナは知ってる?」
自分の記憶を辿るが目ぼしいものは無かった俺はギブアップを決め込みレナに助けを求めた。
「えっ、私ですか?ちょっと待ってくださいね。えーっと、バッハ家・・・誰かから聞いた事があったような、無かったような・・・?」
記憶力の良いレナでも思い出せないとなるともうお手上げだね。
悪いけど諦めてくれオルビーくん。
「クソがっ!なら教えてやるよ。この俺が平民風情にわざわざ名乗ってやるんだ、二度と忘れるんじゃねぇぞ!」
ナチュラルに見下され、軽く罵られた俺たち。
こいつの言い方に腹は立たないと言えば嘘になるが気になるっちゃぁ気になるので、ここで変に遮ることはしなかった。
「聞くがいい愚民よ!俺はこの国の権力を握る四大公爵家の一つ・・・」
「そこまでにしなさい。オルビー」
威張り散らす態度を我慢しつつ、ようやくこいつの正体が判明すると思ったのだが新たに現れた第三者によって結局はオルビーくんの自己紹介は中断させられたのだった。
「ッ・・・!んだよ、セイラン。邪魔すんじゃねぇ」
セイランと呼ばれた女の子は艶やかな髪を靡かせてオルビーと睨み合う。
どうやら二人は知らない仲ではないらしい。
「邪魔ですって?名誉ある騎士学園の敷地内でナンパという下劣な行為を行うあなたの方が余っ程周りの方々に迷惑掛けていると思いますよ?」
えっ、下劣?それはちょっと言い過ぎじゃないか?学園なんだし新しい出会いを探すの自体は別に責められるような事じゃないよね。
時と場所、方法にもよるだろうけど。
「あーはいはい、流石は王女様ですねー。そんな王女様は人に注意している暇はあるのでしょうかね?また俺含め四大公爵家の跡継ぎに成績抜かれませんかぁー?」
「お生憎様、私はあなたと違って日々の鍛錬を怠ることなんて決して有り得ないのでそう言って余裕ぶっていられるのも今のうちですよ」
「そーですかそーですか、それは楽しみだなぁー。じゃあ俺はこれで失礼しますね。お・う・じょ・さ・ま」
憎たらしい捨て台詞を残してオルビーはセイランさんに背を向け歩き出したのだが、数歩進んだところで振り返り俺に指をさして言い放った。
「俺を馬鹿にしたこと後で後悔させてやるからな。覚えておけ!そこのクソ女もだ」
最後に意味深なことを言って今度こそオルビーは去っていった。
オルビーがいなくなったのを確認してからセイランさんは溜息をつくと俺たちの方を向いて話し掛けてきた。
「あなたたちは大丈夫だった?何かされたりとか」
「いえ、ご心配ありがとうございます。でも大丈夫でしたよ。・・・嫌味は言われましたが」
「やっぱりそうなのね。あいつに代わってだけど私が謝罪するわ。本当にごめんなさい」
オルビーが行った事にも拘わらず、セイランさんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ちょ、ちょっと辞めてくださいって!頭をあげて、あなたが謝る必要なんでないですよ」
「そうです!セイランさんは何も悪くないんですから!悪いのは全部あいつです!」
「そう?優しいのねあなたたちは」
そう言ってセイランさんは軽く微笑んだ。
あっ・・・めちゃくちゃ可愛い。
「そう言えばさっきあいつが王女様とか言ってましたけど、もしかして・・・」
「はい、私はこの国の王であるエール・リーデンの孫娘のセイラン・リーデンと申します。以後お見知りおきを」
セイランさんが華麗に一回転すると裾を持ち上げて一礼した。
それは絵本から出てきたお姫様のようで・・・いや、お姫様か。
・・・って、お姫様!?
「えーっ!王女様!?」
「はい」
「本当ですか!?すみません、シオンくんが馴れ馴れしくしちゃいまして・・・」
「えっ?レナ俺何かしたっけ?」
「いえ・・・何もしてないと思いますが一応」
「ふふふっ、とても賑やかな方たちね」
俺とレナの掛け合いを見たセイランさんが上品に笑う。
レナの癒されるような笑顔も良いがこっちもこっちでなかなかくるものがあるね。
「そんなに畏まらなくても良いわよ。これから同じ学園に通う級友になるんだから」
「わかったよ。それじゃあセイランて呼ぶね」
「私はどうしましょうか?セイランちゃん?」
「この歳でちゃん付けは少し恥ずかしいかなぁー」
「うぅー、ダメですかぁ?可愛いと思うんですけど」
「そうだ!私のこともちゃんを付けて呼んでいいでから!」
セイランは悩んだ。
折角出会えた王族とかを気にせずに仲良くしてくれそうな同級生たち、どうせなら親密な関係になりたいと思うのはいけないことだろうか。
しばらく悩んだ末にセイランは決断した。
「わかったわ。あなたの呼びやすい呼び方で良いわよ」
「ありがとうございます!私の名前はレナ・コーリングです!」
「レナちゃんね。これからよろしく!」
「俺はシオン・アレナドね。よろしく」
「シオンね、こちらこそよろしく」
ここに新たな友情が芽生える。今日だけで俺は二人も新しい友人を得ることが出来た、現世の頃からしたら考えられないくらい順調だな。
「セイランちゃんもこれからの試験を受けるんですか?」
「いや、私は昨日の試験に参加してもう終わってるんだ。今日は他の受験生の見学に来たんだけど来て良かったよ」
「そうか、俺たちは今からなんだよ。なぁレナ?」
「はい!」
「ではそろそろ受け付けを済ませないといけない時間だな」
セイランに言われて俺は慌てて時刻の確認をした。
確かに受け付けしてたら時間になりそうだな。
時間も時間なのでこれくらいにして俺たちは入学式の日にお互い胸を張って会えるように願いを込めて別れることにした。
「頑張って。シオン、レナちゃん!一緒に通えるのを楽しみにしてるからな」
「はい!じゃあセイランちゃん、また入学式で会いましょう!」
「またな!」
手を振りながらセイランが校門を出て行くのを見送る。見学に来たと言っていたが急用が出来たみたいで今すぐ王宮に帰るらしい。
「いい子でしたね。セイランちゃん」
セイランの後ろ姿も見えなくなった後にレナが嬉しそうに話してくる。
俺が知る限りでは姉さんを除いて初めての同性の友達じゃないかな?そりゃあ嬉しいよね。
「友達が出来て良かったな」
「はい!凄く優しそうですし、これからが楽しみです!」
「だね」
「シオンくんもですか?」
「勿論嬉しいよ。セイランみたいな美人と知り合えて喜ばない男はいないって・・・」
「は?」
レナの冷たい疑問の声を耳にした俺は気付いてしまった。
見事に地雷を踏み抜いたことを。




