シオンとレナ
小さな村ポカロ
そこは王都から離れ国境の付近にありながらも皆、農業を中心に生計を立てており住民も温かく栄えてはいないがみんな幸せに暮らしている小さな村である。
その村の近くにある森で一人の少年が日課となっている山菜採りを行っていた。
少年の名前はシオン・アレナド
つい先日に七歳となったばかりの男の子だ。髪は金色で瞳は赤みがかっている。
同年代の子供と比べると背は少し低くて頼りなくみえるが顔つきはキリッとしておりかなり整っている。
シオンは小柄なのでまだ力が弱く満足に薪割りなどの力仕事は出来ないのと性格は大人しいがちゃんと自分で考えて物事の線引きをして行動できるという事を踏まえ、アレナド家では山菜採りはシオンの役目となっていた。
「ふぅーっ 、このくらいでいいかな?」
十分に山菜を採れた事と日が落ちてきて辺りが暗くなり始めたのが重なりそろそろ家に帰ることにしたシオンは満足気に頷き大きく欠伸した。
そして家に帰ろうと山菜の入った籠を背負い直したとき家へと続く道の方向から自分を呼ぶ声が聴こえてきた。
「シオンくーーーん!」
一人の少女が手を振りながら元気良くこちらに走ってきた。その少女に向かってシオンはにっこりと微笑むと名前を呼んだ。
「レナ!」
少女の名はレナ・コーリング
シオンと同じ七歳で背はシオンと同じくらいか少し小さい程だ。髪は肩まで伸びていて綺麗な銀色をしている。瞳は青く華奢で弱々しく感じるかも知れないがレナが漂わせる雰囲気からは優しさが滲み出ており一緒に居ると癒されるような可愛らしい女の子だ。
「どうしたの?」
「おばさんにもうそろそろシオンくんを迎えに行ってと言われたので、迎えに来ました!」
「そうなんだ。じゃあ山菜も結構採れたし帰ろっか」
「はい!」
そう言うと二人は仲良く並んで家への道を歩いた。
「ほら、見てよレナ。今日もこんなに採れたんだよ」
「わぁ!本当ですね。これだけあったら保存して冬にも困らなそうです」
「でしょでしょ!」
「はい!流石はシオンくんです!」
「へへっ、どんなもんだい!」
シオンが少しおちゃらけて言うと二人は笑いあった。
この二人一見、兄妹かと思う程の仲の良さだが姓が違う通り全く血は繋がっておらず、レナは最初はこの村に住んでさえいなかったのだ。
しかし、今レナはシオンと一緒に家族として暮らしてとても幸せな日々を送っている。
何故このような事になったのかお教えしよう。それは二年前の二人が初めて出会ったある冬の日まで遡る。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
────二年前────
レナ・コーリング
彼女はよく笑い、いつも大好きなお母さん、お父さんの手伝いを自ら率先して行うとても優しく可愛らしい女の子だった。
レナは一人っ子で家族みんな仲が良く近所でも評判のとても温かい家庭で毎日楽しく暮らしていた。
しかしその幸せな日々は突然崩れていってしまう事となる。
それは彼女が五歳のときに大好きな母親が病気で亡くなってしまったのだ。
レナは深く悲しみを覚え毎日泣いていた。無理もないだろう。たった五歳の女の子が、まだ甘えたいざかりの女の子が大好きな母親を失った現実をそう易易と受け入れられる訳がない。
こうして辛い日が数日続いたがそんなレナに転機が訪れた。
それはある晩、いつものように母の事を考えひとしきり涙を流して眠りについたのだが不思議な夢を見たのだ。
その夢では大好きな母がレナを抱きしめ頭を撫でながら何度も『安心してね。私がずっと見守っているわよ』、『あなたなら頑張れるわ』、『あなたは私の自慢の娘よ』、『お父さんのこと宜しくね』、『レナ愛してるわよ』と言ってくれた。
加えて、母との楽しかった思い出などが走馬灯のように駆け巡りレナの凍った心を温かい思い出という失われる事等無い大事なモノでゆっくりと溶かしていった。
夢で母と過ごした楽しかった思い出に触れた事、たくさんの母からの励ましの言葉を貰えた事、自分は独りじゃ無い何時でも母が見守ってくれている事を再確認し。
「このままではお母さんが天国に行っても心配したり悲しんでしまう!」
と思ったレナは母を失った悲しみから立ち直ろうと家の掃除などを以前よりも意欲的に取り組み、近所のおばさんに簡単な料理を教えて貰ったりしながら何とか乗り越えようと努力した。
その姿には村の人々も驚き、徐々に何か力になってあげたいとみんなが思うようになって畑で採れたものなどを差し入れてくれるようになった。
レナは笑顔でみなにお礼を言いとても嬉しそうにしてくれる。そして日に日にその表情も明るくなって来た。
これで大丈夫、村のみんなが思ったのだがそう上手くはいかなかった。
レナの父が立ち直ることが出来なかったのだ。
父は妻を失った悲しみ、喪失感から数日は魂が抜けたかのように声をかけても全く反応を示さず項垂れていたが、ある夜レナと二人で食事をしている最中に急に立ち上がったと思えば以前はあまり飲まなかった酒を大量に飲み出した。
そう、酒に溺れてしまったのだ。
在り来りな話になるがここから落ちていくさまはほんとに酷かった。
飲酒の量は日を重ねるごとに増えていき最初は酔い潰れたら眠ってしまう程度だったのだが次第にものに当たるようになってきた。
椅子を蹴飛ばし飲み干したビールの樽は壁に放り投げ粉々にする、そして机を叩きながら何度も妻の名前を呼び泣き喚いていた。
あの優しかった父がこんな変わり果てた姿になってしまった。
このままではお父さんまで居なくなってしまう!。
そう思ったレナは毎日のように泣きながら酒に溺れる父を必死の想いで止めた。
「お父さん!これ以上飲んだら倒れちゃうよ!」
「お父さん!村の人達に野菜をたくさん貰ったから鍋にしよ!お酒も少しだったら飲んでも良いから!」
「大丈夫だよお父さん、私がついてる!これからは二人で頑張って生きていこう!」
たった五歳の女の子が背負うには重すぎるくらいだがレナは真っ直ぐな瞳で何度も父にそう訴え酒に溺れることを辞めさせようとした。
だがその努力は報われることは無かった。
なんと父は何度も必死に止めようとするレナの声が煩わしくなって来てしまったのだ。
なんで妻が死んだのにこいつは笑っているんだ・・・。
あぁ、こいつの顔を見ているだけで妻を思い出してしまう・・・。
父親としては有るまじき考え、誰もがそう思うだろうがこの男には関係無かった。
良く言えば他の女に目移りする事ない妻一筋の旦那。
普通に言えば妻を失ったとはいえ立ち直りが遅すぎる情けない男。
悪く言えば五歳の女の子が立ち直って頑張ろうとしてんのにいつまでもグチグチと文句を垂れ、酒に溺れて挙げ句の果てには娘を邪魔だと思ってしまう父として失格のクソ貧弱メンタルネチネチキモ男だ。
そしてレナのことを邪魔だと思い始めてから数日経った頃、遂にはレナに暴力を振るうようになった。
腹を殴る、蹴る。
髪を引っ張りベッドに放り投げる。
桶に水を張ってそこに何度もレナの顔を突っ込み窒息死してしまう程水の中に入れた後引き上げて息を吸わせるとまた突っ込むという虐待を幾度となく行った。
普通の女の子なら耐える事など出来ないだろう。
しかしレナは諦めなかった。
もう一度あの優しいお父さんに戻ってもらい、お母さんは居なくともまた二人で楽しく暮らしていけると信じながら父親から受ける虐待に耐え、泣きながらも何度も父に酒を辞めるように訴えた。
だが、やはりその願いが父へと届いてくれる事は無くレナが耐え凌ぐ日々が続いていった。
もうダメなのかな?。
そんな事が頭によぎったが、何とか耐えて抜いている諦めないレナの父を想う気持ちの強さが神様に届いたのか一筋の光が差し込んできた。