騎士学園
天道暦822年 2月
威風堂々とそびえ立つのは王都の端に位置する王国の騎士となる人材の育成を一手に担う騎士の養成施設。
バルハン騎士学園だ。
ここでは魔法騎士科・騎士科の二つの科があり、それぞれの科を合わせるとのべ一万人の騎士の卵が在籍している超マンモス校である。
校舎の隣には三千メートル級の山、昼だというのに生い茂る木々で太陽の光が届かない密林地帯、そして密林を抜けた先には広大な荒野が広がっていることでより実戦に適した訓練を受ける環境が傍にある。
おかげで効率良く修練に励む事を可能とし、毎年三千以上の質の高い騎士を排出して王国騎士団・・・いや、人間族全体を支える基盤と言っても過言ではないくらいに古くからこの地で人間族の繁栄に貢献し続けている伝統ある学校だ。
そして今日という日はこのバルハン騎士学園の魔法騎士科の入学試験第二日目だったりする。
一般の騎士科は試験など無いのだが魔法騎士科に限ってはやはり将来、人の上に立つ存在として生半可な騎士を育てる訳にもいかず、こうして数少ない魔法を扱える者の中から更に選抜してより優れた魔法騎士の育成に努める為だ。
俺ことシオンとレナは二日目に配属されたので前日のうちに師匠に見送られ王国へと出発した。
王国までは徒歩と馬車を使い辿り着いたのだが、道中これといった事件や危機など何も無かったので予定時間よりだいぶ早胃到着となっていた。
そして宿屋で一泊して疲れを取った俺はレナと二人で俺達の五倍以上はあるであろうこの歴史を感じさせる門の前で、これからの学園生活への期待や不安に胸を膨らませながら新たな俺達だけの物語のスタートラインを今、切ろうとして・・・。
いなかった。
俺は急な尿意の催しによって学園から徒歩五、六分程の場所に位置する住民の憩いの広場である
バルハン学園前広場のトイレへと駆け込んでいた。
ドサドサ、ガチャッ、バタン!
「ふぅー、まじで危なかった」
張り詰めていた緊張の糸から解き放たれた事によって解放感を感じる。そして俺はその余韻に浸りながら便器の中へと俺の水鉄砲を噴射し続ける。
もしかすると世の中には変態!って思う人も居るかもしれない。
だが俺は敢えて言おう。
ここで漏らしたらレナにドン引きされるという焦り・恐怖から逃れる事に成功して便座に座りながら俺の噴水で虹のアーチを描くこの時間が本当にほんのすこーし好きだったりする。
なんてくだらない事を考えていると、隣の便所から
俺の声に反応したのか声を掛けられた。
「お前なかなか良い出しっぷりじゃねぇか!」
「誰だお前は!」
「ふはははっ、確かにいきなりこんな事言われちゃあ驚くのも無理は無い」
やけに個性的な笑い方をした壁の向こう側の住人は俺に向けこう言った。
「お前と同じこっち側の人間さ」
「!?」
こっち側だと?
俺と同じでこいつも我慢を越えた先にあるあの景色が好きだとでも言いたいのか?
仮にそうだとしよう。しかしそんなアホらしい事を垢の他人に、それもトイレの中で語りかけるだろうか。
常人なら絶対にやるはずがない行為。
それなのにこいつは躊躇う様子も一切見せずに行った。
この経緯を踏まえて考え着く先は。
もしかしてこいつホモなんじゃ・・・。
寒気がしてきたところで奴は俺の脳内を呼んだかの如く即座に否定してきた。
「おっと、先に言っておくがホモじゃないぞ?俺の恋愛対象は正真正銘女だ」
「あーうん、わかったよ」
「お前それ信じてないだろ?」
「信じてるよ。・・・ていうかどうでも良いんだけど」
ボソッとした小さな声で呟いた。
「何か言ったか?」
「いや、何も言ってないぞ。空耳だろ」
「そうか。悪かったよ」
誤魔化すことには成功したようだ。
その事に安堵した俺は蛇口を捻り吐き出した物をようやく流した。
すると隣でも水の流れる音が聞こえる。
どうやらタイミング良く二人して用を足し終えたみたいだな。
ガチャリ。
扉を開く音が重なった。
個室を出て横を見ると俺と同い歳くらいの青年が立っており目が合うと話し掛けてきた。
「どんな奴かと思えばなかなかの男前じゃねぇか」
開口一番に出てくる言葉がこれとは・・・。
やっぱりこいつはホモなんじゃないか?
・・・・・・。
さて冗談もここまでにしておきましょうか。青年が黙ったままの俺を怪訝な表情で見つめている。
人からの賞賛は素直に受け取る。
これは俺が人と接する際に念に置いている教訓のようなものだ。
せっかく相手が自分のことを褒めたりしてくれたのに謙遜して否定するのは相手に失礼だし、褒められて嬉しいという気持ちを隠したいとも思わない。
こうすればお互いに気持ち良くコミュニケーションをとれるので変に関係を拗らせる事態に陥る可能性が低くなる。
というのがハーランさんに教わったものの一つだ。
あまり実行は出来ていないけどな!
「ありがとな、俺もお前は漢って感じでなんか良いと思うぞ」
俺がそう答えると満足したらしく口角を上げると手を伸ばして握手を求められた。
「俺はノーラン・ハートだ。気軽にノーランとでも呼んでくれ」
「わかった、よろしくなノーラン」
「俺の名前はシオン・アレナド。俺のこともシオンでいいよ」
自分も名乗り終えるとまだ洗ってないが差し出された手を握り握手を交わした。
こうして便所にて男二人の新たな友情が芽生えたのだった。
──────
「やっば、時間掛けすぎたな。レナに怒られる」
あれからレナを待たせていた事を思い出した俺は会話を切り上げてノーランと別れると待ち合わせ場所の校門付近へと走っていた。
絶対に拗ねてるよなぁ・・・。
頬を膨らませてそっぽを向くレナを思い浮かべる。
うん、可愛いね!
と、レナが聴いたら赤面しそうな事を考えながら走っていればレナが待っている筈の騎士学園の校門が見えたのだが。
周囲には人だかりが出来ていた。
うーん、物凄く面倒臭いイベントが発生している気がビンビン感じるんだけど。
とは言うもののここに居てもらちがあかない。
仕方無しに溜息をつくと俺は人だかりを掻き分けて中心へと向かった。
「ごめん通して」
「おい、なんだよ!」
「急いでんだよ。あ、痛い。足踏まないで!」
「すまんすまん。・・・痛っ!今のわざとだろお前!」
踏んで踏まれてを繰り返しようやく騒ぎの源に辿り着いた。
視界が開けた先に見えたのはレナと一人の男が口論を繰り広げている姿だった。
「いいから一緒に来いって!」
「嫌だって言っているでしょう!執拗いですよ!」
この状況の説明を百人に求めたら百人全員から同じ回答が貰えると思われる。
うん、ナンパだね。
よくよく考えてみれば幼馴染の女の子を待たせてトレイに行くとか、どうぞフラグ様立ってくださいと言ってるも同じじゃないか。
シオンよ、現世では散々ラブコメを読み漁ってこういったベタ中のベタな展開は学習しただろう!
やはり読んでいるだけなのと実践するのとでは違うんだなぁ・・・。
なんて、俺が物思いに耽っているうちに二人の口論はヒートアップしておりいよいよ佳境を迎えていたのであった。
「俺の女にしてやるって言ってるんだ!有難く従っておけ!」
「気持ちの悪い事言わないでください!私にはもう心に決めた大事な人がいるんです!」
「それにあなたのような女性を道具としか見てない最低な人になびくわけがありません!」
鬼の様な形相で捲し立てるレナ。あんなにキレてるレナは久しく見てなかったなぁ。レナには元父親と重なって見えたのかな?あいつもかなりのクズだったからね。
いつもの聖母のような温かい瞳はなりを潜め、まるで人では無い敵と相対しているかのように男を睨んでいる。
現世の巷で噂されていた美人が怒ると怖いと言うのはどうやら本当だったらしい。
まぁそんな事はどうでもいいんだけど、先程のレナの発言の中にあった”心に決めた大事な人”ってのは
もしかしなくても俺のことだよな?
自惚れなんかじゃなくて俺を指していると思われるレナの言葉で自然と口元が緩んで弧を描く。
するとレナの言葉が男の逆鱗に触れたらしく男は声を荒らげた。
「俺をコケにしやがったな、このクソ女が!どうやら痛い目に遭わないと分からないようだな!」
男は怒りを隠すこと無く怒鳴ると拳を振り上げてレナ目掛けて殴り掛かる。
「きゃっ!」
悲鳴をあげて目を瞑り迫って来る痛みを耐えようとするレナ。
野次馬たちは騒ぐだけ騒いでいるが誰一人として動こうともしない中で俺は一瞬で飛び出すとレナと男の間に割って入り、男の拳を左手で受け止めた。
「誰だ貴様!」
急な乱入者に戸惑う男。
君良いね!悪役としては百点の演技だよ!
動揺する男の声に反応したレナがゆっくりと目を開けた。