炎龍・サラマンダー
この戦場に居る全員が固唾を飲んで見詰める中で遂に白い煙が晴れると、姿を現した奴に人間族・エルフ族と関係無く揃って戦慄した。
五メートル程はあろう大きな体に、人間と同じ二本の手と足を持っている。尻の辺りからは竜族らしく長く太い立派な尾を生やしていた。
そして全身は燃えたぎる様な紅に染まった鱗を纏っており、その表面からは常に蒸気がゆらゆらと立ち昇り続けている。
その姿は竜というよりは一般の竜族の兵と同じく竜人と表現するのが適切かもしれない。
目にした騎士達はたじろぎ、怯み腰を抜かす者が出ていた。
二人の将はと言うと、眼前に君臨する未知の敵から発せられる殺気で身体が硬直し、その場に立ち尽くしている。
数々の戦を経験して数多の強敵と凌ぎを削り渡り歩いてきた二人でさえも蛇に睨まれたが如く、動く事が出来ない。
そんな彼らの様子を気にすることもなく竜は口を開いた。
「随分なご挨拶だな、人間共よ。・・・ん?エルフ族もいるのか。まぁどの種族がいようが関係はないのだがな」
そこまで言うと竜は息を大きく吸い込んだ。
そして・・・。
「我は四天竜が一人、炎龍・サラマンダー。アポカリプス様と手で創造されし世界を終焉へと向かわせる為の伝導者だ。我には魔法など一切通じぬ。この烈火の如く燃え盛る炎で全てを消し炭にしてくれるわ!」
とんでもない声量だ。
その声は何処までも響き渡り、山を越えた遥か彼方まで届いたのではないかと思ってしまうほど。
そしてその声に含まれる威圧感は兵士たちの身体に重くのしかかり、血が沸き立つような熱気からは肌が焼かれたと錯覚する兵士もいた。
体は熱いのに背筋は凍る。
表現し難い感覚に囚われている中、一人の騎士がある事に気付きおずおずと発言した。
「お、おい。今あいつ・・・アポカリプスって言わなかったか?」
「俺も聞いたぞ!しかも四天竜ということはあいつみたいな竜が他に三体もいるってことだよなぁ!?」
出陣前はまさかこんなことになるとは思ってもいなかったのだろう。皆が錯乱状態に陥っていった。
そんな彼らを目にしたサラマンダーは見下すような態度で彼らの言葉を肯定した。
「察しの通りだ人間よ。我ら四体の伝導者によって世界を、各種族を蹂躙しろとあの方は命じられたのだ。はっきりと言おう、我らは強い。お前たちのような非力な者共が何か小細工しようが無意味だ。己の力で全てを焼き尽くしてやる」
「さぁ、震えろ!恐怖せよ!そして醜く命乞いをするが良い!さすれば命だけは助けてやろう」
言い切るとサラマンダーは高らかに笑った。
兵士たちは絶望に打ちひしがれる。
サラマンダーの言葉の一つ一つに自分の無力さ、対峙する敵との力の差を認識させられたのだ。
握っている剣を鞘に納めようとする者、背を向けて逃げ出そうかと考え始める者が現れだし、どんよりとした重たい空気が場を支配した。
士気はもう地の底まで落ちた。
下手を打つと全滅も有り得るぞ・・・。
ロヴィアもネガティブな思考に陥らざる負えない中でそんな不穏な考えが浮かんだ時、今まで静観していたレドモンドがいきなり声を荒らげ叫んだ。
「黙れぇぇぇぇ━━━━━!」
皆が肩をビクッとさせ目を見開いた。
長年レドモンドに付き従っている側近も呆気に取られているので余っ程珍しい光景なのだろう。
恐る恐るロヴィアはレドモンドの顔を覗き込む。
するとそこには凛とした表情で恐怖心を一切感じさせず、ただ真っ直ぐにサラマンダーを睨むレドモンドの顔があった。
「私たちを愚弄するのも大概にしろ!栄えある王国騎士団が貴様なんぞに遅れを取る訳がないだろ!」
レドモンドは続けて自軍の騎士たちの方を向き言い放つ。
「お前たちも何を弱気になっているのだ。騎士団の誇りを思い出せ!今まで何の為に辛い訓練、過酷な戦場を乗り越えてきたんだ!逃げ出すなんて言語両断だぞ!」
「騎士が敵に背を向けるな!私たちが戦場で背を見せていいのは愛する家族、仲間、この国の民たちだけだ!彼らを背に身を呈して敵の魔の手から守る時に彼らに見せる、その時のみ!」
「エルフ族の皆も良く戦ってくれている。たがもうひと踏ん張りするところだ!今こそ誇り高きエルフ族の力を我々に貸してくれないか?」
レドモンドの言葉に騎士たち及びエルフ族の戦士たちは徐々に活気を取り戻す。
「思考を止めるな!足を動かせ!前に出ろ!私たちが敗れれば愛する者たちの、喉元まで奴らの刃が通るんだぞ!」
「闘志を燃やせ!案ずるな、先代から繋ぎ、灯してきた我ら王国騎士団の大炎は決して消し去ることなんて出来やしない!」
ここまで言うとレドモンドは深く呼吸をして息を溜めると彼らの尻に最後の火を灯す。
「立ち上がれぇぇぇ━━━!
我らバルハン王国騎士団の誇りにかけていざ目の前の敵を打ち砕かん!」
その檄は見事に彼らの導線に着火され、レドモンドに呼応するかのように各所から雄叫びがあがった。
それは瞬く間に広がっていき数刻前の惨状が嘘のように士気は最高潮に跳ね上がった。
息を吹き返したエルジン連合を流石に見過ごせなくなったサラマンダーが攻撃を仕掛けた。
「人間風情が調子に乗りおって。良かろう望み通り我の業火で消し炭にしてくれる!」
《獄火球》
サラマンダーから放たれた魔法。
人間族、エルフ族がよく使う《火球》とは比較にもならない程の威力だ。
砂塵を舞い上げながら驚異的な速度で迫ってくる火球。
さぁ、どう防ぐか。
レドモンドは思考を巡らせるべく目を閉じようとした時、視界の隅でロヴィアが動いたのを捉えた。
「私にお任せを!」
ロヴィアが叫ぶと魔法の詠唱を開始する。
《聖なる盾》
レドモンドや兵士たちを守るかのように黄金色の神秘的な輝きを放つ巨大な盾が出現した。
「おぉ!あれはロヴィア様お得意の防御魔法だ!これで一安心だぞ!」
エルフ族のうちの一人が歓喜の声をあげた。
その叫びは周囲のエルフ族へと次々に伝染していき場の緊張を和らげる。
エルフ族の喜びように騎士たちも安堵して萎えかけた士気は再び盛り返された。
そしてその迫り来る火球とそれを防がんと構える盾が遂に衝突。
ズォォォォォ━━━━━ン!
ぶつかり合った直後、強烈な風が騎士たちを襲う。
その風に踏ん張り耐える彼らが祈ることはたった一つ。
ロヴィアの魔法があの火球を防ぎ切ってくれることだ。
連合軍の願いを乗せて盾は押したり押されたりと一進一退の時が続いた。