開戦
「梯子を掛けろぉー!城壁に登るんだ!」
「弓隊はありったけの弓を打ち込んでやれ!歩兵部隊の援護をしろ!」
各方面で様々な声が飛び交っている。
会議を終えてから二時間程が経過しており連合軍優勢の状態で戦況は動いていた。
兵力差もあり籠城戦を展開していた竜族は、序盤は城壁の上で持ち前の体格と攻撃力・防御力を活かして対抗していたが、エルフ族による魔法攻撃が始まると次第に押されていき城壁の各地で制圧される場所が生まれた。
そして現在では四方の城壁に完全に梯子が掛けられて兵士がなだれ込み、要塞の陥落も時間の問題となっていた。
「ここまで順調に進むとは・・・」
「えぇ、これは私も予想外ですね。思いの外兵士達が奮闘してくれているのでしょうか」
要塞からは少々距離を置いた場所に構える本陣で戦況を眺めながら二人は談笑していた。
「壁に登るまでは良いんですけど城内での近接戦闘となるとやや竜族に分がある事ですし、今の勢いが断たれてしまうのも癪なんでそろそろ私達も参戦しますか?」
「竜族は近接戦が大の得意ですからね。一般の兵士だと手に余るかもしれません。魔法武具は装備してますが念には念をか・・・。では行きますか」
そう言って二人して腰を掛けていた椅子から立ち上がろうとしたその時。
目を塞いでしまう強烈な光が地に降り注いだ。
思わず腕を目に当てた二人の耳にけたたましい衝撃音が舞い込んできた。
ドガァァァァアァ───ン!!
その音に、感じるおぞましい魔力を急いで視界に入れようと思い切って目を開けた二人はゴクリ、と唾を飲んだ。
天から放たれた灼熱の業火が絶賛戦闘中の城に直撃するとひとたまりもなく城は崩れ、辺り一面を火の海に変えていたのだった。
「お、おい!何だ今のは!」
「わ、わかりません!いきなり何の前触れも無く空から・・・」
「えぇい!そんな事はどうでも良い!受けた被害は、それに城は!?」
「申し訳ございません。只今煙が立ち込めていてこの位置からでは確認の仕様がありません」
本陣は爆風だけで然程影響を受けずに済んだのだがまさに今戦闘を行っている最中の城及び周辺からは黒煙が上がるばかりでここからでは現場の状況を把握する事は叶わない。
そのせいもあるのか騎士達は余計に慌てふためいていた。
「落ち着くんだお前たち!ロヴィア殿が今、前線にいる部下と連絡を取ってくださっているところだ。お前たちは身の安全確保に加え迎撃体制を整えることに集中しろ!」
「は、はっ!」
レドモンドはとりあえずこの場の混乱を鎮めようと声を張り上げ指示を出す。
その声で徐々に落ち着きを取り戻した彼らはすぐさま止まっていた手足を動かしそれぞれが今出来ることに取り組み始めた。
「これで一安心と。さてさてロヴィア殿、部隊との連絡はつきましたか?」
先程とは打って変わり緊張した面持ちでレドモンドが尋ねた。
部下にはああ言ったものの実はレドモンド自身もあのような現象を目の当たりにしたのは初めてのことで言葉の端々からはその焦りが滲み出ていた。
「・・・」
「ロヴィア殿!何故黙ったままなのですか!?」
「・・・じないんです」
「はい?」
「誰一人として呼び掛けに応じないんだ!!」
ロヴィアの悲痛な思いが籠った叫び声が響き渡る。
普段は冷静沈着に物事の判断を下し、不測の事態でも取り乱す事無く的確に指示を出すロヴィアの姿を長年見ていた側近達は思わずその豹変ぶりに手を止めて呆然と見入ってしまった。
その様子に堪らずレドモンドが自身の側近達に目配せをすると意図に気付いた彼らは立ちすくむロヴィアの側近らの肩を押した。
我に返った彼らは名残惜しそうにしながらも止めていた手を再びせっせと動かして忙しなく自分達の作業へと戻っていった。
そんな彼らを見送った後、レドモンドは項垂れているロヴィアにそっと声を掛けた。
「ロヴィア殿・・・」
「申し訳ない。柄にも無く取り乱してしまいました。」
「いえいえとんでもない。私だってこのような事態は初めての事でして内心は今でも戸惑ってますし、何なら速やかに兵を引き上げて帰還したいとさえ思ってますよ」
「しかし、そういった訳には・・・」
「そうです。ロヴィア殿の言う通り我々にはそのような行為は許されない。王族としての誇りの為、栄えある王国騎士団・第六師団団長としての威厳を保つ為、等理由は様々です」
そこまで言って一度俯くレドモンド。
しばらく無言の時が流れた後に顔を上げると表情を引き締めて勇ましく言い放った。
「しかし私をこの場に留まらせているのは何より娘に尊敬し続けてもらえる父親でいたい、娘が周りに自慢したくなるような立派な功績を挙げたいといった衝動なんです」
「・・・」
「ロヴィア殿は違いますか?他の親族や部下に示したくないですか?自分の力を。私は示したい。やりましょうよ!幸いまだ本陣は無事ですし伝馬での援軍要請、一刻も早くの生存者の確認・救出を」
レドモンドの言葉に乗せられてロヴィアも頭が冷やされていき調子を戻して彼に続き軍の立て直しの段取りを思索する。
「そして私たち二人が直接現場に入って指揮をとり部隊の再編制をして本日の目的である要塞の制圧を遂行すると」
「はいはい!その意気ですよ!やっと本来のロヴィア殿に戻ってくださいましたね」
「いやはや大変にお見苦しいところを見せてしまって反省してます。レドモンド殿の言葉に胸を打たれましてな思い出しましたよ」
ロヴィアがスッキリした顔でにっこりと微笑むと続ける。
「私も同じなんです。兄や姉、弟達にそして父に認めてもらいたい。負けたくなんかないって。そんな想いを抱いて本日の作戦に臨んだんです。エルフ族の将の座を私にして頂くよう父に直談判してね」
いたずらっ子のように何やら面白おかしく話すロヴィア。
そこには先程までの動揺してオロオロとし頼りない男の姿は無い。
レドモンドの目に映るのは誇り高きエルフ族特有の気品に溢れ聡明なオーラを醸し出すエルフ族の大将
ロヴィア・オーズだった。
「そうだったのですね。では調子も出てきた事ですからそろそろ動きましょうか」
「えぇ」
こうして二人は現場の指揮をすべく急いで行動に移った。
─────
「せ、生存者を確認しました!救護班を至急お願いします!」
「こっちにも居るぞ!かなりの深手を負ってはいるがまだ辛うじて息はある。早くこちらにも寄越せ!」
二人はまず部隊を三つに分けた。
・人命救助を担う、救護班
・残っている竜族の残党を殲滅する、掃討班
・魔法武具を装備し、新手に備える、守備班
やや守備班に人数を割くようにして編制されると各班は与えられた使命を果たすべく奔走した。
「思ってたより早く終わりそうですね」
「はい。兵達もしっかりと切り替えて動けているので何よりです」
「守備班からの報告では新たな敵が迫ってくる気配はないとのことで」
「じゃあもう問題無いのでしょうかね?要塞は崩れましたがここ一帯は何とか占拠出来そうですし」
そう言って安堵したのも束の間、いきなり辺りに肌を焼くような熱風が吹き荒れた。
またもや起きた突如の事態に兵の間で混乱の渦が現れ、その渦はどんどん広がり大きく渦巻いている。
「あっつ!何だこの熱風は!砂漠地帯でもこんなに温度が跳ね上がる事例なんて無いぞ!」
「・・・どういうことだ。先程の炎といい今の熱風といい。生まれてこのかた見た事も聴いた事も無い現象が続いている。前代未聞だぞ!」
経験豊富な二人の将も騎士達と同じとまではいかないが衝撃を受け二人してそれ以上の言葉が見つからずに黙り込んでしまった。
数秒の重い空気が流れたのも刹那、二人は上空に底知れない強力な魔力を隠す事無熱気と共に放出させている一匹の竜を視界に捉えた。
「「!!??」」
あの竜は不味い・・・。
本能的に感じ取った二人は咄嗟に地上へと舞い降りている最中の竜に向け揃って魔法を放った。
《聖なる水流》
《水の波動砲》
急に二人が魔法を使用したので動揺する兵士達を尻目に二つの魔法は一直線に竜目掛けて飛んで行く。
それに対して竜は何も対処をせずに下降を続けたままに正面から魔法を受けた。
竜の発する熱気と二人の水魔法が衝突した事により、瞬時にとてつもない量の水蒸気に包まれ煙で竜の姿は見えなくなった。
「や、やったのか?」
「団長とロヴィア様の連携攻撃だぞ!幾ら竜族と言えど耐えられるまい」
「だよな!団長の得意魔法は水魔法だ。奴が火を操るのであれば相性としてはこちらに分があるはずだ」
兵士達は口々に勝利を確信したようなことを言い合う。
余程自分達の将が持つ力に信頼を置いているのだろう。
忠義に厚いとても良い配下を持ったものだ。
しかしそんな兵達とは異なり、当の本人らは理解していた。
今の先制攻撃が奴の身体に傷一つ付けられていないと。
ドスン。
何者かが地に降り立つ音が響いた。
残念ながら二人の読みは的中していたらしい。
呑気な事に戦勝ムードに浸っていた兵達は奴がまだ生きていると知り慌てふためいた。
そんな兵士達に素早くレドモンドが指示を送る。
「落ち着け!全員盾を持ち防御体制をとるんだ。背後からの敵の心配なんてしなくても良い!今は目の前の竜一匹に集中し、感覚を研ぎ澄ませろ!わかったな?全員だぞ!!」
ここは腐っても数々の戦をくぐって来た騎士団にエルフ族だ。
レドモンドの指示を受けると皆一斉に盾を構え陣形を組むと奴の一挙手一投足を逃さまいと全神経を注ぐ。
「ナイスです、レドモンド殿。正直に言って恐らく彼らを庇っている余裕なんて無いでしょうからね」
「えぇ、だから自分の身は自分で守るという意味を込めて伝えました。多分汲み取ってくれてるはずです。・・・っと、直に煙が晴れますよ」
「震えますね。奴の姿をお目にかかれるというのは幸か不幸かわかる時が来ます」
二人は剣を鞘から抜き取ると剣先を標的に向け、柄を力強く握り込んだ。