進軍日
── 10月 ──
いよいよ迎えたエルフ族と共同での軍事作戦決行の日。
進軍するが場所は人間族、エルフ族、竜族の三種族の国境が重なり合う軍事的・経済的のどちらにも重要な地となるブリングス平原。
此度はブリングス平原の先にある竜族の要塞を制圧して竜族方面への国境を押し広げる事を目標に定めている。
人間族・エルフ族の各軍は余裕を持った日程で行軍し、侵攻開始予定日の前にはもう既にお互いの陣営地を築き上げ後は両軍の将からの号令を待つだけとなっていた。
侵攻開始予定時間まで後二時間。
着々と時が刻まれていく中で両軍の将による作戦の最終確認が行われた。
── 本営 ──
ここは連合軍の本陣となるテントの中。
そして今、両軍の将同士の顔合わせも兼ねた戦法・隊列等の戦略についての最後の擦り合わせが始まったところだった。
「この度は我々エルフ族との共同での対竜族・軍事作戦へのご協力の程誠に感謝申し上げます。今回エルフ族二百名を率いる事となりましたロヴィア・オーズと申します」
ロヴィアと名乗る男はそう言って握手を求め手を差し出す。
「これはこれはご丁寧に。こちらこそエルフ族からの連合、作戦の立案をして下さってとても助かりましたよ。実の所を言いますと私達バルハン王国としても近頃の竜族による度重なる侵攻に手を焼いておりましてね。そろそろ攻め手に転じなければと色々と画策していたのです」
「では改めて。バルハン王国軍三万の指揮を任せていただいた王国騎士団第六師団・団長レドモンド・リーデンです。この度の連合の誘い、父のエール・リーデンにかわり心より感謝の意をお伝えいたします」
レドモンドはロヴィアに続き自分の名乗りを済ませると、差し出された手を熱く握り返し握手を交わした。
「エール王のご子息と方でしたか。そうか、レドモンド殿から感じた気品があり尚且つ勇敢なオーラはそれが理由だったのですね。納得しましたよ」
「ロヴィア殿はお口が上手いですな。そんな大それた者じゃないですよ私は。まだまだ修練に励む身でして、父上には遠く及びません」
「またまた、ご謙遜を」
「ははっ。それよりロヴィア殿こそオーズという事はカイル様の・・・」
「お察しの通りでございます。私は父、カイル・オーズの四男です」
「なるほど。ロヴィア殿から溢れ出る魔力の強さを不思議に思っていたのですが、カイル様の・・・。謎が解けました」
「いえいえ。レドモンド殿の言葉をお借りして言いますと私こそそれ程大した者じゃございません。私には上に三人の兄と二人の姉、そして下にまだ弟と妹が一人ずついましてね。上の兄と姉は当然私なんかより強いですし、下の弟に至っては既に私の魔力量を遥かに上回ってるんですよ」
ロヴィアは自嘲気味に言うと力無く笑った。
「そうでしたか・・・。ま、あれですな。互いに偉大な人物が間近に居ると追いつこうとするだけで精一杯になって大変ですね」
「全く持ってその通りです」
「じゃあ尚更今回の制圧作戦は大成功を納めて一歩でも目標に近づく事が出来るようにせねば」
「はい、どうかお力添えを賜りたく存じます」
そう言ってロヴィアは軽く頭を下げお辞儀をする。
良い具合に場も和んだ所で二人は作戦の最終確認に移る事にした。
「偵察部隊のもたらした情報によると敵の総数はおよそ三千。援軍が来る気配も感じないですしこの戦力差なら容易に攻め落とす事が可能でしょう」
「ふむ。それではこの戦において焦点を当てるべきは・・・いかにこちら側の被害を抑えるかですね?」
「ご名答です。恐らく竜族は籠城戦に持ち込むと思われますのでここはひとつ強攻策ではなく、城壁を囲んで我々エルフ族の魔法と貴殿らの弓隊を軸に攻城戦を仕掛けるのが適作かと」
「ですね。では歩兵部隊は頃合を見て投入という形でいきましょう。あいにく物資も豊富に準備している事ですし」
ブリングス平原一帯の地形図を眺めながら戦略を練っていたロヴィアとレドモンド。
その話し合いもスムーズに意見が纏まり一息つこうかとしていたところにレドモンドの配下の騎士が一名駆け込んで来た。
「報告致します。レドモンド団長、部隊の編制・布陣は終えました。号令を頂ければ何時でも出陣可能です」
と、バルハン王国軍の準備の完了を伝えた。
すると今度はロヴィアの部下が立て続けにやって来る。
「ロヴィア様。我々も既に配置に就いております。後は進軍の合図を待つだけです」
どうやら両軍の準備は万端で残すは将が下す決断を待つのみとなっていた。
二人は一瞬お互いの顔を見て視線を合わせる。ほんの一瞬の仕草だったが互いの意思は十分に読み取る事が出来たのだろう、ゆっくりと頷きそれぞれと部下に進軍開始の決定を告げると部下達は敬礼をして本営を出た。
しばらくすると外から軍の士気を上げる為の檄が聴こえてくる。
それに伴い自分達もそろそろ本隊の元へ向かおうとしたロヴィアがふと、隣に居るレドモンドの静かさが気になり声を掛けた。
「レドモンド殿、どうされました?」
「あっ、すみません。これは開戦前のルーティーンみたいなものでしてね。少し力を貰ってたんですよ」
そう言うとレドモンドは握っていたペンダントを開きロヴィアに見せた。中には写真が入っていてそこには一人の女の子が笑顔で写っていた。
「この女の子はもしかして・・・」
「多分、ロヴィア殿の予想通している通りですよ。この子は私の娘なんでセイランと言います」
「やはりそうでしたか。へぇー、凄く上品で綺麗な娘さんですね」
「はははっ、この頃は容姿が亡き妻に物凄く似てきてるんですよ。親バカみたいになっちゃいますけど、贔屓目に見ずとも美人でしっかりした私の自慢の娘です」
「最近は忙しくて構ってあげられていませんでしたからこの戦が終わったら久しぶりに休暇でも取って何処かに連れてってあげる約束をして来ました」
そう言って優しい目つきで娘の写真を眺めるレドモンドに心が温かくなったロヴィアは穏やかな気分に浸りながら言葉を返した。
「なるほど。では直ぐに終わらせて一刻も早く娘さんに会いに行かなければいけませんね」
「父親としての頑張り所です」
こうして二人は自らの手で連合軍に檄を飛ばす為に本営を後にした。
(セイラン・・・どうか父に力を、武運を)
──────
出陣前夜
明日の支度をしているレドモンドの自室に一人の女の子が訪ねてきた。
「失礼します父さま!」
「おぉ、セイランどうしたんだ?」
この子はセイラン・リーデンと言い、レドモンドの一人娘である。
赤色の艶のある長い髪を腰まで伸ばし、八歳にして気品に溢れるとても綺麗な女の子だ。
「父さまいよいよ明日戦場に行かれるのですね」
「そうだ。明日の朝一番にはもうここを発たねばならん」
「・・・」
父の言葉を耳にして気分が急降下してしまうセイランをいつもの気品溢れるオーラは身を潜め、そこに居るのはただ父の身を案ずる親思いの一人の可憐な少女だった。
「すまないなセイラン。何いつも寂しい想いをさせてしまって」
「何を言ってるんですか父さま!父さまが謝る必要なんて無いのです!父さまは国の為、民達の為に戦っているのはちゃんと理解してます。私が我儘言っちゃうのがいけないのです。しっかり私がお見送りをしなきゃ・・・」
「セイラン、我慢なんてしなくて良いんだよ。親に甘えるのは子供にのみ許された特権だ。それにね、父さんはセイランにはもっと我儘に子供らしく振る舞って欲しいんだよ。君は私の娘でいずれ王族としての立ち振る舞いが求められる事になる。だから今は、今の間だけは何処にでも居る一人の父親、そして一人の娘として過ごしたいな」
「父さま・・・私も・・・私もです!父さまに沢山甘えたいし、一緒に遊びたいです!ありふれた一組の仲睦まじい親子として!」
「うん、ありがとうセイランが同じ気持ちでいてくれて私も嬉しいよ。・・・おっそうだ!良い事思いついたぞ!」
「何ですか?」
やっとセイランが笑ってくれたのを見て胸を撫で下ろしたレドモンドは何か閃いたらしく、手を一回ぽんっと叩いて言った。
「今回の戦が終わったら王様に休暇を申請しよう。そして二人で何処かに遊びに行くんだ。山にピクニックでも海でも遠くの街でもセイランの行きたい場所に連れてってあげるよ」
「本当ですか?父さま」
「本当だよ。これは父さんとセイランの二人だけの約束だ」
「はい、約束です父様さま!凄く嬉しいですわ。ありがとうございます!」
そう言ってセイランはレドモンドの胸へと飛び込み思いっきり抱きついた。その表情はキラキラと輝いており歳相応の幼さを感じさせ、とても可愛らしい。
部屋へ訪ねて来た頃の落ち込んだ気持ちは残っておらず、セイランの頭の中は父とのお出掛けが待ち遠しいというもので一杯になっていた。
「父さんも楽しみだよ。何処に行きたいか考えておいてね」
「はい!」
「良い返事だ。それじゃあもうこんな遅い時間だからね、そろそろ寝なさい」
「わかりました父さま!」
レドモンドが頭を撫でるとうっとりとし、愛くるしい笑顔を浮かべた。そして自分の寝室に戻る為、部屋の扉付近まで行ったかと思うとレドモンドの方へ振り返り拱手をして言った。
「父さま、どうかご武運を!」
「あぁ、ありがとうセイラン」
父の返答を聴き終えて満足したのか最後にぺこりと頭を下げるとそのまま扉を開いて自分の寝室へと向かった。