女神が美人という風潮
「ようこそおいで下さいました
斎藤雄也様」
女は深々と頭を下げた後に顔を上げると微笑みながらそう言った。
「・・・誰ですか?」
「私の名は女神ドーヌス、あなたを異世界転生させる為にここに召喚した者です」
は・・・?異世界?、転生・・・?なんだよそれ、
あのラノベとかアニメで最近流行ってるやつか?
あんなの本当に起きるんだなぁ。
などと様々な疑問が頭に浮かんだが
それら全てを一瞬で掻き消してしまう程の俺にとって・・・いや、全男性にとってもっとも大きく重要な問題がそこにはあった。
「め、女神だ、だって?」
「ふふっ、声が震えてますよやっぱり女神を前にすると緊張しちゃいますかね?」
女は何か可愛いものでも愛でている様な言い方でコテンと首を傾けながら俺に尋ねてきた。
だが、俺は緊張などしていない。
そんな緊張なんか吹き飛ぶ程大事なことを確かめておかなければならないのだ。
「・・・お前は女神なのか?」
「はい、そうですけど」
「・・・邪神の間違いじゃなくて?」
「え・・・?」
「ん?」
二人は見つめ合った。
しばらくの間無言の時が流れる。
「ああぁ、この服装のせいですかね?少し色合いが暗すぎたかもしれません」
と、女はスカートらしきものの裾を掴みヒラヒラとしながら言った。
しかしそれは大きな間違いだ。
俺にとっては色合いなんかどうでもいい、もっと根本的な問題があるのだ。
「いや・・・そんなことじゃなくて」
「はい?」
「ほ、本当にお前は女神なんだよな!?」
「だからそうですって!先程から何ですか?」
女が不思議そうにまた頭を傾けて俺に聞いてくる。
心做しか若干イライラし始めた様にもみえる。
実際に右足をタンタンと小刻みに動かし貧乏ゆすりをしているからだ。
だがそんなことじゃ狼狽えない俺はいよいよ本題を切り出す。
「いや、だって・・・お前・・・ブスじゃん」
「・・・・・・・・・は?」
時が止まった。
やけに冷たい空気が俺の肌に突き刺さる。
女からの返答はない、聴き取れなかったのだろうか。
「だからブスじゃん」
「ど、どどうしました!?あぁそうか、いきなりこんな場所に召喚されて気が動転しちゃってるのかなぁ?」
女が引き攣った笑みを貼り付けながら俺に言ってくる。
「俺は気はしっかり保っているし冷静に考えた上で発言している、気が動転しているのはお前じゃないか?」
「いやいやいやいやいや!今のは私の聞き間違えですよね、もう一回お願いします!」
はぁー、何なんだこの女は耳が着いてないのか?
仕方ないもう一度言おうか。
「いや、だからお前クソブスじゃん」
ブチンッ!!
俺がそう言った瞬間何かが切れた・・・違うなちぎれた様な音がした。
「ふっざけんなよぉぉぉぉーてめぇぇー!」
女がキレた。
その瞬間辺りが一変し、色々な所から爆発音が鳴り響き地割れも起こっている。
そしてその割れ目からは火柱が立ち上がっている。
先程までの幻想的な景色が嘘のようだ。
さっきまではとても綺麗な場所だったんだけどなぁ・・・女以外は。
でもこうなってしまっては仕方ない、
とりあえず俺は女を落ち着かせることにした。
あの素晴らしい女以外の景色を取り戻す為に!
「まぁ、落ち着けよ。そんなに怒ってるとその不細工な顔がさらに不細工になって台無し所じゃ済まないぞ?」
決まったな、これで女も落ち着いてくれるはずだ
流石は俺!伊達に恋愛小説を読み漁っていない!
そう心の中で自分の事を称賛していると女が口を開いた。
「ん?お前もう一回死にたいの?」
・・・どうやら俺は間違えたらしい。
「いやいやいや、そんな訳ないじゃん!」
「いえ・・・私にブスなどと仰られるので自殺志願者なのかと」
「いえいえ、そんな滅相もない!」
うわぁー、怖いなこの女。
目がマジだったわ。
しかしこのままでは不味い、転生が取り消されてしまうかもしれない。
そこで俺は何とかこの状況を打破する為に一つの策を打ち出した。
「そ、そうだ!俺の見間違えかもしれないな、
だからもう一度よく観察させてくれ!」
「良いですよ、先程は恐らくこの私の神々しさで目が腐ってしまっていたのでしょう」
「さぁ、もう一度私の事を隅々までじっくりと観察してみなさい!」
やっとの事でチャンスを得た俺は改めてじっくりと女の全身を眺めてみる。
まずは頭部だ!
髪はプリンみたいに濁った金色をしておりパサついている。
目と眉の間は広く離れており、腫れぼったく重そうな瞼を持つ一重の目。
鼻は潰れており言わゆる豚鼻だがニキビなどが無い事は唯一の救いか。
そして口元はと言うと唇は分厚くたらこ唇気味で開いている口からチラチラとこちらを伺って来る様な歯は少し黄ばんでおり、並びも悪い。
・・・じゃあ次は身体だ!
胸部に膨らみなどは一切無く、腰も低めで心做しか腹も少し出ている様に感じる。
そして何より足が短い。
ふぅー。
改めて女の分析を終えた俺は大きく欠伸をし、今分析した結果を女に伝える。
「俺が間違っていたよ、本当にすまん!」
「やっと解ってくださいましたか!」
俺の報告に女が満面の笑みを浮かべ嬉しそうにしながら俺の手を握ろうとしてきた。
俺は少しだけ自信がある危機察知能力で咄嗟に手を後ろで組むと残念そうにした女に向かってこう告げた。
「お前はブスじゃない・・・
クソゲロブスだったよ」
・・・という言葉は喉まで出かかっていたが何とか飲み込み、
「サブカル系みたいで、なんか・・・良いな!」
現在俺がこの女に送ることが出来る中での最上級であろう褒め言葉?を放った。
「・・・」
これはいったろ!
心の中で勝利を確信しながらガッツポーズをしていると女が黙ったまま俯いて何やらカタカタと震えている。
一体どうしたと言うのだろう、その姿はまるで生まれ・・・死にかけの鹿みたいでもの凄く、
「気持ち悪い・・・、どうした?」
危うくまた失言をしてしまう所だったがどうにか耐え、女の様子を伺ってみる。
「てめぇ・・・っぱり・・・いや、もういいか」
「は?」
女がブツブツと何かを呟きながら自問自答をしている。
控え目に言って気持ち悪い。
とりあえず話題を逸らそうか。
「そういえば俺ってどうやって死んだの?」
「ああ、それは貯金箱が落下し頭に直撃、当たり所も悪く出血しそのまま出血多量で亡くなりましたよ」
え?
「俺って貯金箱に殺されたの?」
「はい、そうなりますね」
「一週間程前にあなたにお渡しした物です」
「まじかよ・・・ってなんで知ってんの?」
知らされた死因のショボさにショックを受けたが理解できない言葉が耳に入って来た。
何でこいつ知ってんだ?貰った所みてたのか?
いやでもあなたに渡したって、でも俺はあのめっちゃ可愛いお姉さんに貰ったはず・・・
そう思考を巡らせていると女が恐らく今俺が一番聞きたくなかったであろう残酷な真実を告げてきた。
「あれは私が転生者を選ぶ為に人間界に降りる時用の姿ですよ」
ああ・・・さようなら俺の宝物だったものよ
初めて女の人から貰ったものだったのに、しかもめちゃくちゃ可愛い・・・。
その正体がこんな勘違いブスだったなんて・・・。
このように俺が悲しみに暮れている中、さっきの仕返しでも成し遂げた様にスッキリとした顔をした女が落ち込んでいる俺を無視し、話を続けてきた。
「あなたにはある世界を救って欲しいのです」
「は、世界を?」
「そうです、あなた方の世界で流行っている言わゆる異世界転生というものです」
そう言うと女は転生についての説明を始めた。
「まず私達女神は最初に一人につき一つずつ世界が与えられるのです」
「ほうほう」
「そして与えられた世界は私達の好きにして良い事になっておりまして、その世界を平和にするとまた別の新しい世界が与えられます」
「あー、その世界を貰う事に女神のレベルも上がって行くとかそんな感じか」
「まぁ、大まかに言えばそういう事になりますね」
「で、救って欲しいってのはどういうことだ?」
俺が質問すると女は目を逸らし少し言いにくそうに告げてきた。
「実はですね、問題が二つ起きまして・・・」
「・・・」
「一つ目はこの世界には四つの種族を作ったんですけどそのよんしゅぞくあが全く争いを辞めないんです」
「それはお前が収めに行けばいいんじゃないのか?」
「いえ、女神自信が自分の世界に降り立つ事は禁止されてましてこういう問題が起きた場合はあなたの様に人間界から転生させて解決させるという決まりがあるんです」
何だそれ?意味無いだろそんな決まり、でもあれか何かアニメで観たことあるような
「ご都合主義ってやつか」
「は?」
「いや、何でもない続けてくれ」
俺が小さく呟やくと女が怪訝そうにこちらを見たが、何とか誤魔化すと気を取り直してまた話に戻った。
「この一つ目の問題は良くある事なので然程気にしていないのですが、二つ目が大問題なのです」
女は俺の方にチラッと一度目をやるとその問題と沈黙を肯定と受け取ったのかその問題とやらを口にした。
「なにやら異物が混じったのです」
「ん?異物って?」
「それが何処から来たのかは分からないんですけど、とてつもない力を持った竜でして、それもたった一匹で世界のバランスを崩壊させる程の」
「それを俺に倒して貰って世界も平和にして欲しいってわけか」
「・・・そうなりますね」
そう言うと女は申し訳なさそうに俯いた。
この話を聞いた俺が思う事はただ一つ
・・・なるほど、めちゃくちゃ面白そうじゃん!
え、なにいつも観てるアニメみたいに英雄になったり出来るってわけ!?
まじかよ!男の夢が叶う時が遂に来たのか!?
と、心の中での葛藤を終えた俺は興奮冷めやらぬまま胸を張って女神に答えた。
「いいですよ、俺がその世界を救いに行きます!」
そう自信満々に答えると女神は目を見開き、口をあんぐりとさせた。
先程までとの態度の豹変ぶりに驚いているのだろう。
まぁそれも無理はないな。俺はついさっきまでこの女の事をただのブス女やハズレ女神とまで思っていた。
だが、今は違う!
こんな夢のような舞台を用意してくれた女だ、いや女神様だ!
もう全然ブスに見えない、寧ろ何か愛嬌まで感じるようになってきた。
あれだ、パグみたいなもんだ
言わゆるブサカワってやつだ
などと考えていると俺の態度の変わりぶりに固まったままだった女神がハッとして話を再開させた。
「本当に良いんですか?
また死ぬかもしれないんですよ!?」
「別に良いですよ」
「今のうちなら女神の力であなたの死は無かった事にしてもう一度元の世界に戻る事が出来ますよ!」
女神はそう一気に捲し立てた。自分のミスで人に頼る事になってしまい女神なりに気をつかっているんだろう。
しかしそんな事はどうでも良い。
なんだ女神の力って・・・。
それよりまたあの世界に戻るだって?
冗談じゃない、またあんな惨めな思いをしながら生きていくなんてもうごめんだ。
「大丈夫ですよ、それにもう一度斎藤雄也として生きるよりまた新しく一から始めたいんです」
「・・・わかりました、あなたを信じます」
女神はそう言ってニッコリと微笑むとまた話を続けた。
「では、転生する際のあなたへの加護についてなのですが・・・」
おっ!これはチート能力ってやつか一体何が貰えるんだろうな。
そんな事を思っていたが女神から告げられたのは・・・。
「あなたには《出会い運上昇》、《ステータス・レベル上限撤廃》の二つの加護を与えます」
「え・・・それだけ?」
俺女神から告げられたそのパッとしない加護に項垂れてしまった。女神はそんな俺の心を読んだかの様に説明し始めた。
「これでもかなり良いものをあなたには付与したんですよ?」
「いやぁ、もっとなんかよくアニメとかに出てくる様なとんでもない武器とかかと思っちゃうじゃん」
「それはこの世界に行ってから探してください」
「えぇー、何か女神ちゃん辛辣ぅ」
「煩いですね・・・。あ!付け加えますと、ステータス・レベルとは言ってますがあの世界ではその概念が無いんです。でも成長に上限が無いってのは加護名の通りです」
「それに上限無しって事はいくらでも鍛え上げる事が出来るんですよ?また新しく一から始めるんですよね?だったらこの加護は凄く便利だと思います」
「・・・まぁそうだよな、せっかくやり直せるんだこれ以上は望めないよな」
俺がそう納得し、気合いを入れ直していると。
「あっ!そう言えば転生した際にこの記憶は少しの間失われるみたいです」
「え、なんで?」
「上司曰く何かそっちの方が良いじゃん!とのことです」
「へぇー、女神界って結構緩い雰囲気なんだな」
「別にそんな事はないですけど、とりあえず門を出しますね」
女神はそう言うと手を上にかざした。
するとどうだろう、思わず目を閉じてしまう程の光が目の前で一瞬輝いたかと思うと女神の隣に門のようなものが出現した。
「ではこの門をくぐっていただくと転生が行われます」
「じゃあ、行きますか」
女神の説明を聞いた俺は入口に片足を踏み入れもんをくぐろうとしたその時、
「待ってください!」
女神に呼び止められた。
「どうした?」
「いえ、この度は私の不手際であなたに苦労をかけてしまう事を心よりお詫び申し上げます」
そう言って女神は頭を一度下げた。
「それから・・・」
「ん?」
「あなたには沢山の困難や辛い事がこの先に待ち構えているかもしれません、しかしあなたが次の世界で幸せになれる事を心より願っております」
と、本当に女神様と思える様な笑顔で嬉しい事を言ってくれた。
「おう、任せとけ!」
柄にもなく照れてしまった俺は女神の方に振り返ることなく片手を上げて門をくぐりきった。