06 ハッピーエンド
「あ゛あ゛〜……だっりぃ〜」
救護室のテントの中、誰もいないのをいいことにダラダラとポーションを煽るカーネリア。
「ヤバい、眠い……眠過ぎてヤバい、秒で落ちれる」
目の下にはうっすらと隈ができており、頬も少しガサツいている。
キャンプ場の設営を始めてから8日が経った。
間もなく終わりが見えている。
連日の疲労が溜まってきている。
疲労の原因はマシェルの治療だが。
「あ゛あ゛〜寝たい。バロバックのベットでシロくんとイチャつきながら寝ていたい」
欲望を垂れ流しにしつつ、空になったポーションの瓶を捨てる。
「よっしゃあ! 行くかあっ!! 後2日ぐらいのはず!!!」
パンパンと頬を叩いて気合いを入れると、勇ましい声を上げて立ち上がる。
外に出ると、ここ数日の春の終わりを感じる鋭い陽射しが厚い雲に隠れていた。
『少し楽かな』そう思いながらいつものように作業を手伝い始める。
少し離れた場所では、マシェルも働いている。
『偉いよ! シロくん!』
働く姿が様になっているように見える。
『凄いね! シロくんは! かっこいいよ!』
身体付きも逞しくなっているように見える。
帰ったらお祝いをしないと、と計画を考えながら自分の作業を進める。
もうそろそろ終わる、何事もなく終わる、そんな空気が辺りを包む中、それは突然起こった。
「グベャアー」
「ぐわぁっ!?」
突如響く、奇声と悲鳴。
皆の視線が一斉に集まる。
「なんだ!?」
誰が言ったか。
「なんだぁっ!?」
これも誰が言ったのか。
そこには、不気味な生き物がいた。
トカゲの身体に馬の首をくっ付けたよう。
馬面の顔には左右に4つずつ、大きさの違う目が付いている。
「隊列を組め!」
すかさず護衛隊が隊列を組み、不気味な魔物を囲む。
しかし、現れたのはその1匹だけではなかった。
「多いぞ!?」
1匹を皮切りにゾロゾロと現れる。
そして、護衛隊にも構わず襲いかかってくる。
「ぐわっ!?」
「うおっ!?」
「強いぞ!!」
しかも1匹がなかなかに手強い。
「シロくん!」
一瞬我を忘れていたカーネリアが背後の武器を抜き放ち、駆け出す。
前線で戦えるように剣。
戦闘中に素早く魔法が発動するようにその柄が杖になっている。
更に、無防備になる詠唱中に身を守るため、杖の部分を覆うように盾が付いている。
〖ダンサー〗と呼ばれる魔法剣士が好んで使う武器だ。
呆然と立ち尽くすマシェルの前に出る。
「うおりゃあーー!!」
気合とともにダンサーを振り抜く。
――ガキィン――
「うそぉっ!?」
しかし、その馬面に直撃したダンサーが弾かれる。
一撃を受けた馬面が、鼻を鳴らして襲いかかってくる。
「ヤバっ!!」
渾身の一撃で無傷だったのだ。
まともに戦えるワケがない。
しかし、逃げれば後ろにマシェルがいる。決死の覚悟で盾を構えて一撃に備える。
――ドンッ――
「1人で戦うな!」
勇ましい声と共に、馬面が宙を舞う。
飛び散る青い血が妙に美しい。
「!!」
工兵隊の隊長を務める女戦士だ。
左手に巨大な戦鎚、右手にもバカでかい戦斧を握っている。
戦斧の一撃が馬面の首を飛ばしたのだ。
「護衛隊が前線を支えろ!」
反対から別の声がする。
青く光る片手剣を振るうのは、護衛隊の隊長を務めている初老の戦士だ。
力みなく振るう剣なのに、正に剣閃。青い閃光が残滓を残すたび、馬面の首が飛ぶ。
「工兵隊は退避! 慌てるな! この程度、敵ではない!」
左手の戦鎚でかち上げ、右手の戦斧で叩き斬る。
自身も戦線を支えながら指揮を取る。
「シロくん! 下がるよ! シロくん!!」
急変した事態に固まるマシェルを引きずる勢いで引っ張る。
「あ、ああ」
カーネリアに引かれ、マシェルの足もやっと動き出す。
「慌てるな!」
「気合いを入れろ!」
2つの勇猛な声が戦場を鼓舞する。
2人の勇戦に工兵隊も輜重隊も落ち着きを取り戻し始める。
「押せるぞ! ここで押せ! 気合
「慌てるな! 問だ
しかし、2つの声が途端に途切れる。
「え?」
逃げる足を止め振り返るカーネリア。
「おい?」
「何が!?」
カーネリアだけではない。
振り返った皆が見た光景。
剣を、斧を振り上げて固まる2人の戦士。
―――首のない2人の戦士の姿。
「ふむ、悪くない」
空から降るのは、吐き気を催す重厚なバリトン。
「「「「!!」」」」
誰もが声を失う。
見上げた先には、艶やかな金髪をなびかせる美丈夫。
絵画から抜け出した如き絶世の美男は、酷く汚らわしく醜い。
「これ以上は、ここにはいないと見える」
その口にぶら下がるのは半ばまで喰われた先刻の希望。
それはすなわち、今の絶望。
「魔人……」
誰かが呟いたその小さな音が、理解の拒絶を拒んだ。
魔人それは人類の敵。
古より続く因縁。
「貴様らは誉れだ」
くつくつと笑う。
いや、嗤う。
「贄として散れ」
稀代の名優の如くに手を振り上げるその様は、実に優美で実に滑稽。
「シロくん……」
ダンサーを抱えたまま自失していたカーネリアの口からポロリと零れる。
「シロくん……」
マシェルが死んでしまう。
なぜなら彼には戦う術がないのだから。
「シロくん………」
それはダメだ。
自分は彼のために頑張るのだ。
彼の、現実味も具体性も本人ですら分からない夢のような何かを叶えるそのために、自分は頑張るのだ。
「シロくんは! 私が護る!!」
それは、雄叫びだったか。
悲鳴だったか。
果たして言葉になっていたのか。
盾を掲げるとミシェルの前へと飛び出す。
――そして世界は光に包まれた。
◆◆◆◆◆◆
「………あれ?」
予想した衝撃も、覚悟した痛みもない。
自分を包む柔らかな光。
いや、光ではない。
「……鳥の羽?」
余りにも場違いな平穏に戸惑うカーネリア。
「カーネリア、無事か?」
「シロくん?」
その声は聞き慣れたマシェルのもの。
しかし、聞いた事のないマシェルの声だった。
「シロくん!?」
声の方へ振り向いたカーネリアは驚いた。
そこに立っていたマシェルは、鈍く光る赤銅色の鎧を纏い、煌めく白い剣を携え、そしてその背から純白の翼が広がっていた。
「……ブレイ…バー……?」
誰もが知るその姿。
それはおとぎ話の住人。
太古の昔、人は堕ちた神々に蹂躙された。
為す術なく非道の限りを尽くされる中、人の中から神々に立ち向かう者が現れ、そして、人は神に勝った。
〖落神戦争〗と呼ばれる神話の中で、堕ちた神々を打ち倒した8人の英雄。
そのうちの1人が〖弱者の導き手〗。
深紅の鎧を纏い、純白の翼を持つ剣士。
寝物語に誰もが聞いたその姿だった。
「立ち上がれ!!」
マシェルが叫ぶ。
その叫びは波動となって戦場に響く。
その波動に触れると、恐怖に膝をついていた人々が目に灯りを点し立ち上がる。
これこそがブレイバーの力。
恐怖を勇気に変え、勇気を力に昇華する。
「てめえは、ぜってえ許さねえ!」
白く輝く剣を空へと突き立てる。
「シロくん……」
その凛々しく神々しい姿に息を飲むカーネリア。
「英雄の血が目覚めた者が現れた、だと?」
眉根を寄せる魔人。
「邪魔だな」
忌々しげに吐き捨てる魔人。
「この場で死んでもらう!!」
魔人から禍々しい黒煙が吹き出し、マシェルへと一直線に落ちてくる。
しかし、マシェルは怯まない。
「カーネリアは!」
翼が広がる。
「俺が護る!!」
バサリと強く打たれた翼。
赤と白の一条の光が空へと駆け登る。
「カーネリアは! 俺が護る!!」
2つの光が交錯し、破裂する。
「シロくん!!」
轟音に遮られ、その叫び声は届かない。
再び交錯、破裂。
二度、三度。
そして、四度。
黒い光が白い光に貫かれる。
轟音が去り、辺りを包む静寂。
――バサリ――
翼が空を打つ音が響く。
快哉は地より湧き上がる雷鳴となった。
地に降り立ったマシェルはカーネリアに優しく笑いかける。
「カーネリア」
そして、肩を抱き寄せ、唇を寄せる。
「んっ」
甘い感触に息が漏れる。
「カーネリア、ありがとう」
その声は世界中の誰よりも優しかった。
第二章 16歳病弱な少年への献身へ続きます