05 恋人の夢
「……シロくん?」
いつも通りクエストを終えて帰って来たカーネリアは『ただいま』の後に言葉を失った。
「……こ、これは何?」
しかし、なんとか言葉を絞り出す。
いつも通り部屋の扉を開けると、いつもは見ないものがあったからだ。
「な!カッコいいだろ!?」
それは、テンションが高いマシェル。
だけでは無い。
鎧だった。
しっかり磨かれた赤銅のフルアーマー。
「うん、格好いいけど……」
ちょっとシルエットが古い気がする、という感想は飲み込んだ。
「いやあ、カワゼル通りの防具屋があるじゃん? ハゲて歯がないジジイがやってる店。揚げ芋屋の隣の」
「……うん、あるね」
「あそこに飾ってあってさ! 運命の出会いっての!?」
「……うん、シロくんに良く似合うと思うよ」
「だろう!? お前なら分かってくれると思ったんだよ!」
とてもとてもご機嫌だ。
「……えーっと、この鎧を着てシロくんは何をしてくれるのかな?」
安くはないであろう鎧を買うお金がどこから出てきたのか?という疑問はとりあえず飲み込んで、前向きな話をする。
「決まってんじゃん! 冒険者やるんだよ!」
子どものように目がキラキラしている。
「……冒険者!?」
「おう! お前でも出来るんだから、俺だってやりゃ出来るだろ!」
上気した頬が赤くなっている。
出会ってから1年と少し、こんなに興奮しているマシェルを見たのは初めてだった。
「……あ、危ないよ?」
例えマシェルがブランクじゃなかったとしても、全く鍛えていない状態で金属製のフルアーマーを着たら30分歩くだけで動けなくなる、という事実はとりあえず飲み込んで、マシェルの心配をするカーネリア。
「分かってるよ! 危険は承知の上さ! でも、コイツと一緒なら俺はやれる!」
長年連れ添った相棒のような信頼感を滲ませるマシェル。
「……………うん! そうだね! シロくんならやれる! やれるよ!!」
出会ってからおよそ初めて、マシェルがやる気を見せているのだ。
初めてのことだが、いつも通りだ。
自分が頑張ればいいのだ。
自分が全力でサポートすれば、簡単なクエストの1つぐらいならなんとか出来るはずだ。
このやる気に応えて上げるのが自分の役目だとカーネリアは自分を奮い立たせた。
◆◆◆◆◆◆
「シロくん、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「辛かったら言ってね、ヒールかけるから」
いつもの革鎧に、不思議な長尺武器を背負った姿で、隣を歩くゼーゼーと肩で息をするマシェルを気遣う。
いつも通り2、3日経つと飽きるんじゃないかというカーネリアの予想を裏切り、マシェルは張り切っていた。
張り切っているので、簡単なお使いクエストや、近くへの採取などは嫌がる。
しかし、本当に鎧を着込んで戦うようなことは出来るわけがない。
悩んだがいい案も出ず、冒険者ギルドの職員にまで相談した。
職員からは優しく『止めときなさい』と言われたが、『ですよね』とは言えない。
必死に通いつめ、『なんとか』と頭を下げ倒した結果、ついに1つのクエストを紹介してもらえた。
大型魔獣の討伐クエスト……
……のためのキャンプ場の設営という依頼だ。
場所は今住む街から少し離れた山の近く。
大型魔獣討伐のためにチームが組まれるのだが、人数が多くなり、かつ討伐までに時間が掛かると考えられることから、その宿営地を設営することになった。
その人足だ。
キャンプ場の設営なら安心、とはならない。
なぜなら近くに大型魔獣がいるのだから。
それに移動中に魔物に襲われることもある。
安全面での危惧もあった。
それ以上にキャンプ場の設営と聞いたマシェルが素直に受け入れるかという不安があった。
若干の緊張をはらみつつ、カーネリアがクエストの内容を伝える。
しかし、意外にも、マシェルは真剣な顔で頷いた。
「初めてだもんな」
そう答えたマシェルの姿に、カーネリアは感動で胸が熱くなった。
そして今、目的地への移動中である。
馬車に荷物を積み込んでいて、人はその周りを歩いて移動する。
マシェルにとっては恐らく人生初めての遠出だ。
しかし、慣れない移動にもマシェルは文句を言わず必死に歩いている。
そんな姿にまたしてもカーネリアは感動で道が滲んで見えるのだった。
2人分の荷物は全部カーネリアが背負っているのだが。
ちなみにきっかけになった鎧は家に置いてきている。
試しに着てみたところ30分はおろか、3歩しか動けなかったからだ。
更に鎧の代金は、カーネリアが初めて冒険者として魔物を倒した時に手に入れ、将来、お金が溜まったらアクセサリーに加工してもらおうと大切に取っていたガルネルという宝石の原石を売り払って作っていた。
それを知ってちょっとヘコんだ。
◆◆◆◆◆◆
「大丈夫ですか? 痛みはすぐに引くと思いますけど、続くようならまた来て下さいね」
キャンプ設営地。
簡単なテントの下で、カーネリアは包帯を巻いた青年に優しく声をかける。
青年は真っ赤な顔でコクコクと頷いている。
ヒールが使えるということで、カーネリアは即席医務室にいた。
設営中起こる様々なケガの対応だ。
と言っても大ケガが起こるようなことは滅多にないため、午前中は普通に設営を手伝い、お昼一番に午前中にケガした人の治療をする。
その後、普通に設営に参加し、また夕方に昼間ケガした人の治療をするといった具合だ。
そんな生活も3日目になった。
「おいおい、休んどいてくれればいいんだぞ?」
鎌を手に草刈りに出るカーネリアに、工兵隊の指揮をとる女戦士が声をかける。
設営を進める工兵隊、工兵隊のバックアップを務める輜重隊、工兵隊と輜重隊を護る護衛隊の3つの部隊で出来ている。
「治癒術は負担が大きいんだ。ヒーラーは自分の体を第一に考えてくれればいいんだから」
純粋な前衛職なのであろう、カーネリアの太ももぐらいある腕を振りながらワタワタと止める。
「大丈夫ですよ」
しかし、コロコロと笑いながら返すカーネリア。
「ヒールもそんなに使ってませんし、皆さん頑張ってるのに私だけボケーっとはしてられませんから」
「あ、おい!」
そのまま止めるのも聞かずに作業に入ってしまう。
カーネリアが自分の周りの草を刈りながら探すのは当然、マシェルだ。
下生えの草を刈ったり、岩や石をどかしたり、地面を均したり、と地味だがキツい作業が多い。
特にマシェルはそんな仕事やったことがないはずだ。
キョロキョロと見渡せば、汗まみれの青い顔でヨタヨタと必死に石を抱えているマシェルがいた。
「おっさん、早くしろよ!」
自分より一回りは若い青年に呆れられながらも歯を食いしばって働いている。
「シロくん……偉い!」
駆け寄って支えたくなる衝動をぐっと堪えてカーネリアは唇を噛んでマシェルを見つめる。
明らかに他の人の半分以下しか仕事が出来ていなくても、マシェルが遅いせいで他の人の仕事が詰まっているとしても、仕事が雑で他の人がやり直すことになっているとしても、そんなことは瑣末な事だった。
マシェルが必死に頑張っている。
それだけでカーネリアは嬉しかった。
◆◆◆◆◆◆
ぐったり横たわるマシェルに膝枕しながら、髪を撫でる。
「痛いところはない?」
「全部」
ぶっきらぼうな言い方が微笑ましい。
夕食を終えて、一息つく時間。
宿営地で提供される就寝用のテントは当たり前だが男女別々になっている。
持ち込んでいればそちらでもいいのだが、持ってきてないし、魔物や盗賊の襲撃を考えれば、人数が集まっており、見張りが付いてくれる共同テントの方が心配が少ない。
別に軍隊ではないので、就寝時間などに規則はないが、やはり夜が深くなると危険が増すし、日中の労働で疲れているので、夜更かしする者は少ない。
食事を終えてから、就寝までの短い逢瀬の時間である。
逢瀬と言っても別に何も無い。
野晒しだから。
それでも致そうと思えばやりようはあるだろうが、マシェルにそんな体力は残ってなかった。
なので、ただの膝枕である。
すり傷だらけの腕にヒールを掛ける。
普段は脱いだ靴下さえ動かさないマシェルが鎌を振るい、財布すら持たないマシェルが重たい石を運んだのだ。
鼻の奥が痛くなる。
「辛かったらさ、止めていいんだよ?」
痛々しくマメが潰れた手を治しながら、思わず呟く。
「もう充分、頑張ったよ、シロくんは」
一言溢れれば、次々と溢れ出てくる。
「偉いよ、シロくんは。慣れないことなのに、ちゃんとやってる。こんなに傷だらけになって。もう、こんな痛い思いしなくてもいいんじゃないかな? 私が代わりに頑張るからさ」
言葉だけではなく、涙も零れてくる。
「あれ、なんでだろ?」
泣いたのが恥ずかしくて、笑って誤魔化し、涙を拭う。
そして、改めて見下ろす。
「寝てるの?」
疲れきっていたマシェルは、カーネリアの膝の上でスースーと寝息を立てていた。
マシェルの寝顔にそっとキスをすると、指先のさかむけまで丁寧にヒールを掛けた。