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ダメ男好きな元侯爵令嬢は今日も男をダメにする。  作者: □□■■
第一章 31歳無職DV男との世知辛く手甘い生活
3/14

03 恋人の事情

「おかえりー」

パタパタと駆け寄って出迎える。

「ああ…」

昼間っから酒臭い。

「お昼ご飯出来てるけど…?」

「食ってきたからいらね」

「あ、そっかー。そうだよね、もう遅いもんね…」

貴重な食料をどうしたものかと考える。


「えーと、とりあえず私、食べちゃってもいいかな?」

「は? お前、まだ飯も食ってねえの?」

「うん」

「休みだからってダラけ過ぎじゃね?」

「えへへ、ごめんね」

ふやふやと愛想笑いを浮かべる。


「だりぃ〜」

グネグネ言いつつ冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出しぐびぐびとだらしなく飲むマシェル。


「……どこ行ってたの?」

分かってるけど、聞くカーネリア。

「魔狼レース」

タバコを吸い始める。


「へぇー、どうだったの?」

少し明るい声にして聞くカーネリア。

そんなカーネリアに顔を向けるマシェル。

嬉しそうだ。

「聞いてくれよ! 3レースで6倍当てたのよ!」

「すごいじゃん!」

我がことのように喜んでみせるカーネリア。

が、分かっている。


「だろ?」

褒められて得意げになるマシェル。

「すごいね! さすがシロくんだね!」


「5レースも惜しかったんだよなぁ…パディオルが最後気合い入れてくれてりゃあな…」

ということらしい。

「そっかあ…ザンネンだったね。でも、ほらシロくんなら次は上手く行くよ!」

「ああ! 俺だからな! 次は勝てると思う!」

根拠も実績もないが、自信だけはたっぷりある。


「あの…さ?」

意を決して聞いてみる。

「あそこの引き出しに入ってたお金、知らない?」

隠してた、とか、私の、とかは厳禁である。


「あ?」

しかし4レースのーとかなんとかブツブツ独り言を言っていたマシェルは、カーネリアの言葉に途端に機嫌が悪くなる。

「使った」

そして、ぶっきらぼうに答える。


「あ、そっかぁ」

知ってたので驚きはしない。

「なに?」

マシェルは威圧的に続ける。


「ううん、ごめんね。無くしたんじゃないならいいんだけど」

てへへっと愛想笑いを浮かべるカーネリア。

「なんだよ!?」

構わないと言っているのに、キレだすマシェル。

「ごめんね、ごめんごめん。言い方が悪かったね、ごめんね」

謝るカーネリア。


「ふざけんなよ!」

大きな声で怒鳴ると、ポケットをガサガサひっくり返す。

「返しゃいいんだろ!?」

そして、小銭を投げ付けられる。

「痛っ。…あ、ありがとう」

しかし、カーネリアの作った微妙な間に何を感じたのか、目に危ない色が灯る。


「なんだよ! なんか文句あんのかよ!?」

持っていた炭酸ジュースの瓶を投げつける。

立ち上がって詰め寄ると、胸ぐらを掴む。

――パン!――

平手打ち。


「ごめ」

「うっせえんだよ!」

こうなるともう聞く耳を持たない。

「なんだよ!? バカにしやがって!」

苛立ちを暴力に変えてぶつけてくる。


「てめえらカラードはいっつもそうだ!」

殴りながら、蹴りながら、それなのに、その目は屈辱に塗れている。

「オレみたいなブランクをバカにしてんだろ!?ああ゛っ!?」


うずくまって丸まって一身にその暴力を受け止めるカーネリア。

マシェルが暴言を浴びせる度、『ごめん、ごめん』と繰り返し、謝る。

その謝罪には驚くほどに誠意がこもっている。

ただこの暴力をやり過ごすためのポーズなどではない、心からの謝罪が繰り返されている。



マシェルという人物が恵まれていないとすれば、彼が〖ブランク〗と呼ばれる存在であることが挙げられる。


この世界の人間には〖ブック〗と呼ばれる特殊な能力がある。

8歳から13歳の間ぐらいに発現する能力である。

このブックが発現すると、その内容により、身体能力が上がったり、魔法が使えたり、歌や踊り絵が上手くなったりする。

どんな能力かは手に入れてみないと分からず、能力によって使い勝手の善し悪しがある。


カーネリアのブックは〖治癒戦士(ワーライズドヒーラー)〗だ。

戦闘職向けの能力で、前線でも戦える能力を持ったヒーラーだ。


近接も回復も専任職には遠く及ばないとは言え、前衛も後衛も務まるため、役に立つ場面が多い。

器用貧乏とも言えるが、善しと呼べる能力だろう。


こうして多くの人は、当たりだ外れだと喜んだり悲しんだりする。


しかし、外れたと悲しむことすら出来ない人が僅かながら存在する。

何故かブックが発現しない人がいるのだ。


そういう人を〖ブランク〗と言う。

対してブックが発現した人のことを〖カラード〗という。大半の人がそうなので、こちらが使われる場面は滅多にないが。


ともかく、マシェルはその数少ないブランクだった。


そしてブランクは冷遇されることが多い。

単純に能力的に劣るからだ。


実際、マシェルは今、カーネリアのことを殴ったり蹴ったりと本気で暴力をふるっている。


しかし、マシェルの暴力でカーネリアがケガをすることは無い。

当たり所が悪ければ、すり傷ぐらいは出来るかもしれないが、それすらもすぐに治ってしまう。


純粋な前衛能力でなくてもこれだけの差が出てしまう。


壊そうとしても壊れない。

壊したくても壊せない。

この似ているようで全く異なる2つがマシェルの中で複雑に絡み合い、陶酔と屈辱を与える。


やがて殴り疲れたマシェルがすすり泣きながらズルズルと崩れ落ちる。


そんなマシェルをカーネリアが抱き締める。

カーネリアもまた泣いている。


すすり泣く声だけが響く狭い部屋。

それがどちらからだったのか。

ゆびが絡み、唇が重なる。


「大丈夫だからね…」

「シロくんは誰よりも優しいの…」

「シロくんの優しさはいつか世界を救うの…」

「私が支えてあげるから…」

慈愛に満ちて繰り返される言葉は、虚空を穿ちながら、少しずつ染み込んでいく。




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