02 帰宅を待つ間
「う゛う゛〜。飲゛み゛過ぎたぁ〜」
朝がもう終わりに差し掛かった頃、ボサボサの頭とかび臭いシーツを身にまとってカーネリアが起きる。
「腰も痛ぇよ〜」
お父さんお母さんが聞いたら卒倒するようなセリフを吐きながら、トントンと腰を叩く。
「あ〜、シロくんごめんねぇ…朝ごはんすぐ作るからぁ〜」
ゴソゴソと下着を身につけながら声を掛ける。
「シロくーん? あれ? シロくーん??」
いつもなら帰ってくる罵声や悪態がない。
キョロキョロと辺りを見渡す。
「え? うそ? いない?」
段々ハッキリしてくる意識。
次に襲ってくる危機感。
「うそ!? マジでっ!?」
真っ先にヘソクリの隠し場所に飛びつく。
「無い!? うそでしょ!?」
青くなるカーネリア。
『ウソ』と繰り返しているが、何が起こったかは、分かっている。
どうにかしてヘソクリを見つけたマシェルがお金を持ってどこかへ行ったのだ。
いや、どこかなんて曖昧な話ではない。
間違いなくギャンブルだ。
カジノか、魔狼レースか、ゴーレムコロシアムか、キャノンシップかスライムビンゴかは分からないが、ギャンブルなのは間違いない。
「ヤバい! かなりヤバい!」
あのヘソクリがないと生活がヤバい。
アワアワと泡を食っているのに、着替えると掃除を始める。
汚れてると怒るからだ。
マシェルが食い散らかしたゴミを集め、マシェルがちょっとずつ残した酒瓶を片付け、マシェルが投げっぱなしの汚れ物を洗う。
掃除や洗濯をしていると段々と落ち着いてくる。
「シロくんがギャンブルに行ったからって負けるとは限らないし! 増やしてくれるかもしれないしね!」
そして、段々、謎のポジティブシンキングになる。
「負けたとしても、増やそうとしてくれた結果なんだから、努力の証だよね!」
遂にはネガティブだかポジティブだか分からない理屈に辿り着いて納得する。
現実逃避している間に掃除も終わり、昼ごはんの用意も終わる。
帰りを待つ間、マシェルがプロゲーマーになりたい!と言い出したので奮発して買ったものの、クソゲーしかないと止めたゲームをピコピコと進める。
「シロくんまだかなぁ〜。お腹すいたなぁ〜」
ぽやぽやと独りごちながら仲間を狙うアーチャーにナイフを投擲。
ポイントをズラして3連投。
同時にナイフを追いかける。
ナイフに気付いたアーチャーが慌てて避けるが、避けた先の膝に二投目が、膝を刺されて体勢が崩れた首に三投目がピンポイントで突き刺さる。
「ママロン!? 神!?」
狙われてた仲間から驚きの声がする。
〈ママロン〉は投擲武器で弱点を突き刺すことを指す用語だ。
「大袈裟」
笑いながら返す。
倒せてはいないが、クリティカルの影響で動きが鈍るアーチャーに接近すると、大剣で留めを刺す。
『ガジェピロがやられたぞ!?』
『マジか!?ランカーだぞ!?』
『しかもウォーリアーに!?』
『またシロラヴだ!』
『誰!? それ!?』
『シロラヴ??』
『知らないの?』
『あ! あれだ! 少し前にアッチホイをボコったウォーリアーだ!』
『ええ! あの噂の!? 実在したの!?』
ザワつくギャラリー。
「マーキングするんで、お願いします!」
ギャラリーの大騒ぎはどこ吹く風と、奪った弓をバカバカ撃ちまくる。
「アザー…ってマーキングじゃなくて致命傷ッスよ!?」
『痛ってぇ!? なんだこれ!?』
『マロだぞ!? クリダメってなんだよ!?』
カーネリアが放っているのは、マーキングアローという相手に色を付けて、居場所を分かりやすくするためのサポートアイテムだ。
しかし、その尽くが首や掌などに突き刺さって、まともな行動が取れないようになっている。
『ふざけんなよ!? 動けねえぞ!!』
両手両足を地面や岩に縫い付けられたプレイヤーが悲鳴を上げる。
『マロで磔って出来るの……?』
『理論上は出来るよ』
『ウォリアーは筋力高くて貫通力に補正かかるから余裕! ウォリアーより筋力高くて器用さも上の拳闘士使ってるワタシにはムリだけどな!』
『筋力補正ってことは斧戦士の俺にもできるってことか!』
『ウォーリアーが弓使ってんの初めて見たけど、アーチャーより上手くない?』
『なめんなよ! 弓を持つところまでならアーチャー俺の方が上手い』
『どんな構成だよ、コイツ!?』
「ただのキル泥だけどいいんすか!?」
動けなくなった敵にトドメを刺すだけという簡単なお仕事に戸惑う仲間たち。
「何言ってんの、仲間じゃん! 気にせずガンガンやっちゃって!」
景気のいいセリフと共に、無慈悲な雨を降らすカーネリア。
『このチート野郎がぁ!』
「きゃあー!」
しかし、突如、背後に現れたソードマンに斬り付けられる。
『ADVDさん来たーー!』
『世界のエロビ降臨!』
『プロゲーマー、ガチギレ!』
『隠密からのバックアタック! 容赦ねえ!』
有名なプロプレイヤーの登場に沸くギャラリー。
「シロラヴさん!?」
「大丈夫っすか!?」
慌てる仲間。
「危ない!かすった!」
『なんで避けれるんだよ!?』
まさかの結果にビビるプロ。
「みんなごめーん、ちょっと強そうな人来た。ちょっとアシスト外れる。ちょっと我慢してー」
謝ると大剣を構える。
『舐っめんなー!!』
ちょっとちょっととちょっと扱いされて怒るプロ。
そして始まる怒涛の攻撃。
『エロビ強い!』
『容赦無し!』
生き物のように動く片手剣の乱舞に、辛うじて致命傷は避けるものの、完全には防ぎ切れず、小さな傷が出来ていく……
……が。
「大丈夫ー?」
片手剣をギリギリで交わしながらナイフを投げる。
投げたナイフが、仲間を襲っていたプレイヤーの頚椎にぶっ刺さる。
「そこ隠れてるよー」
再び投げたナイフが岩陰に隠れた敵の肩に刺さる。角度的にそこしか当たる所がない!という僅かな隙間に突き刺さる。
『シロラヴが余裕過ぎて怖い』
『何この人? 壊れてない?』
『どっちも雑魚』
『人生の雑魚は黙ってろ!』
盛り上がるギャラリー。
『ふっざけんなぁあああ!!』
キレるプロゲーマー。
キレるプロの相手をしながら、本人は空腹のことで頭がいっぱいだ。
「先に食べて……いやぁ、やめとこう……」
のんびりした独り言と裏腹にコントローラーはガガガガガガガっと連打されている。
すっかりお昼も過ぎているが、先に食べてると怒って食事をひっくり返すクセがあるので、待つのが常になっている。
「あ、帰ってきた」
ザガザガと靴底を引きずるような足音が階段を登るのが聞こえる。
マシェルのものだ。
戦士として鍛えられた聴覚は、小さな物音も的確に聞き分けることができる。
「ごめーん、ご飯。最後任せる」
『『『は?』』』
「この人は貰っといていい?」
『『『『は?』』』』
言うなり、片手で扱っていた大剣を改めて両手で持つ。
「最後任せちゃってごめんねー。プライズはみんなで分けといてー。じゃあまたね」
必死の抵抗を見せる間もなくADVDを一瞬で斬り伏せると、パタパタと手を振ってログアウトする。
――ガチャッ――
「おかえりー」
ササッとゲーム機を片付けてマシェルを迎える。
ちなみに、この後、かのゲーム内ではウォーリアーが大流行することになる。
弓や投擲武器をどぎついプレイヤースキルで補い、高い近接能力で高所に居座る要塞型と呼ばれるスタイルが人権を得るのである。
多くのプレイヤーはそのバカげた難易度故に習得に至らなかったが、その高い壁を乗り越えた強者たちは一定数現れた。
そして、要塞型の登場により、要塞型とそれ以外という状況となり、ゲームの衰退が囁かれるようになる。
しかし、その予想は外れることとなる。
しばらく後、要塞型が居座る戦場に、片手剣と盾という変なニンジャが現れ、サブ武器の糸で空中を変幻自在に飛び回り、たった1人で戦場を蹂躙してしまう。
謎のニンジャのプレイに要塞型の攻略法が見出されたことにより、一強時代はあっさり終わりを告げてしまったのだ。
その変な忍者の名前はアーノルド。
マシェルにデータを消されたカーネリアが気まぐれで作ったキャラだったことは誰も知らない。