06 闖入者
季節は巡り冬の気配を感じる頃になった。
ガーランドは無事にダマンドの冒険を完結させた。
唐突に現れた大魔王。
その決戦に向かうダマンド。
その途中で世界を想像した――念の為、確認してみたが想像で合っていた――女神の10人姉妹が突然現れ、熱烈な愛の告白をする。
やはり、小さくてとびきりかわいくものすごく胸の大きな女神達10人姉妹がダマンドに身も心も神力さえも全て捧げて宇宙が平和になったというエンディングは、やはりカーネリアにはよく分からないものだった。
それよりも、息をするだけで服の胸のボタンが弾け飛ぶという10人姉妹は、自分の服のサイズすら分からないのに神様が務まるのか?と不安になる。しかも自分たちではボタンを付けなおすことすらできないというのだから。
そして、あれだけブックは不要と言っていたダマンドが最後に女神様から〖スーパーすごい〗たるブックを与えられて大喜びしていたのもいかがなものかと思ってしまうし。
いや、彼や彼女たちはいいのだ。
幸せそうだから。
それよりも、第一章で出て来た『ダマンドの帰りを待ってる』と泣きながらダマンドの出発を見送った、2人の小さくてかわいい胸の大きな幼馴染たちは大丈夫だったのか?
退屈という理由で攻撃魔法を幼い我が子に放つとんでもない親の元、その日の食事すらダマンドに決めて貰わないと生活できない彼女たちに、子どもが無事に育てられているのかとても心配だ。
心配と言えば第2章で出て来た小さくてかわいい胸の大きな盲目のジプシーの少女もそうだ。
目は見えないのに、ダマンドが世界で一番かっこよくてタイプだと言っていたが……盲目の少女の一人旅だけでも不安なのに、身重になってしまって大丈夫だったのか?
唯一の稼ぐ手段である踊りが踊れなくなってどうやって生計を立てるのか?
とても大円団には思えない。
描写がないだけで、彼女たちもダマンドに救われていると思いたいが……。
きっと自分の不勉強であって、こういうジャンルにあるコンテクストを理解していないせいだと思うカーネリアだった。
いや、ダマンドのことはどうでもいいのだ。
心配すべきはダマンドの幼馴染ではなく、ガーランドである。
せっかく頑張って書き上げ、いよいよコンテストに投稿!と張り切ったのだが、この手のジャンルのコンテストは全てマジックホログラム限定だった。
カーネリアも実際に出版社へと赴き、直談判もしてみたがどうにもならなかった。
そもそも出版形態がマジックホログラムなので、手書きだと校正ののコストがバカにならない。そして、紙なんて使うのは上流階級や貴族なので、そんな人達にお遊びで投稿されて『なぜ採用にならないのか!』などと言われてはたまったものじゃないという理由を丁寧に説明されれば、納得するしかない。
特に貴族という生き物の『どうしようもなさ』をよく知っているから尚更である。
新しく買ったホロタイプに健気にも打ち直そうとしたが、タイピングの経験がないので上手くいかない。
ならばとホロライターも買ってみたが、なかなか書き直すというのは大変なようで、全く進んでいない。
ならば、とカーネリアが書き直そうと思ったが、カーネリアの乏しい知識では、誤字なのかわざとなのかが分からない。
聞くと怒鳴られるので、聞くに聞けず。
ダマンドの話を書いている時は、『次回作の構想も出来てる!』と嬉しそうに語っていたが、その新作を作る気力も、すっかり奪われてしまったようだ。
しょげてしまったガーランドは、そのせいで、体調まで崩してしまい、最近は何もせず寝ている時間ばかりが増えている。
「グリン?」
「……」
返事がない。
「ねぇ?グリン?」
もう一度呼び掛ける。
「……なんだよ?」
ぶっきらぼうな返事。
穏やかで心根の優しいガーランドがこういう言葉遣いをする。心の傷の深さに、カーネリアの心はズキズキと疼いてしまう。
「体拭こうか。しばらく綺麗にしてないし」
お湯を入れた桶とタオルを見せる。
「要らないよ」
「ダーメ。綺麗にしないと、余計にふさいじゃうから」
少し強引に近づく。
嫌がる素振りは見せるが、こういうスキンシップは好きなのだ。
「くすぐったいよ、カーネリア」
お湯で濡らしたタオルで体を拭く。
「ダーメ。きちんと拭かないと汚れが取れないんだから」
身をよじるガーランドが可愛くて、あっちもこっちもと少し意地悪な気持ちになる。
ガーランドも口では止めろと言うが楽しんでいるのがわかるので、尚更だ。
そして、ガーランドは16歳。
同い年の恋人にタオルでとはいえ体を撫で回されれば、やはり反応してしまう。
「ぷっ」
それに気付いたカーネリアが思わず吹き出してしまう。
「うぅ…仕方ないだろ!?」
顔を赤らめるガーランド。
「元気じゃない?」
そんなガーランドが面白くて、可愛くて、愛おしい。
ようやっと昼が近づいた頃。
ゆっくりと近づく二人の顔。
外は冬の気配を感じる肌寒さだが、部屋が暖かいのは暖房のお陰だけではない。
二人はゆっくりと重なる。
――ゴンゴン!!――
「「っ!?」」
乱暴なノックに驚く二人。
バクバクと心臓が鳴る。
――ゴンゴン!!――
「こちらはフォコン騎士団!!」
「「騎士団?」」
ドアの向こうから鋭く響く女性の声。
2人で首を捻る。
――ゴンゴン!!――
「中にいるのは把握している! 早く応答せよ!」
「は、はい!今開けます」
威圧的な物言いにカーネリアが慌てて応じる。
警察と軍隊を2対8で混ぜて3をかけたような組織である騎士団に逆らう庶民は少ない。
「フォコン騎士団『第一独立隊』『隊長副従官』イザベラ・猛々しく貫く者・クエントだ」
所属と階級を殊更強調して伝えたイザベラは、街中にも関わらず制服ではなく、鎧を着ていた。
切れ長な目、細い顎、細く高い鼻筋、声に似てキツいタイプに見えるが、物々しい姿にも負けない相当な美人だ。
「はい?」
突然の闖入者に戸惑うカーネリア。
騎士団の下部組織の警備隊ならまだしも、騎士団自らが街をパトロールすることなどほとんどないし、家を訪ねることなどそれ以上にない。
しかも、イザベラはフォコン騎士団だという。
フォコン騎士団と言えば外征を主体に置いた騎士団で、尚更街中に用は少ないはずだが。
「すぐに避難をしろ!」
カーネリアの戸惑いを無視してイザベラが簡潔に要件を伝える。
「避難ですか?」
「そうだ! 敵性勢力が迫っている! 市街戦になる可能性がある! 避難しろ!」
「いや、そんな急に? 避難?」
「そうだ! グズグズするな! 早くしろ!」
騎士団とは大体そういう人たちと知っているカーネリアは、言い方がどうこうとは思わないが、説明が少な過ぎて理解が追いつかない。
戦時中でもないのに、いきなり市街戦になるから避難と言われても、恐怖より戸惑いが先行してしまう。
「急に言われましても…もう少し説」
「いいから早くしろ! 庶民風情が!」
騎士たる自分の指示にグズグズと戸惑って従わないカーネリアに苛立ちが増したイザベラは、キツい声を更に鋭くして叱責する。
「風情って…もう少し騎士に相応しい言い方をすべきではないのですか?」
カーネリアがただの庶民であれば、今にも剣を抜きそうなイザベラに慄き従っただろう。
騎士団大団長のライオネルとも面識があるカーネリアはただの庶民ではない。
イザベラの剣呑な目を正面から見返し、真っ向から言い返す。
綺麗な顔を赤くするイザベラ。
「貴さ…
「副従官、何をしている?」
怒鳴ろうとしたイザベラに割り込んで廊下の向こうから声がする。
少しかすれた声。
『ん?』
カーネリアは聞き覚えがある気がして首をひねった。
「ブライブ閣下!」
イザベラは声の方を向くと、さすが騎士と言うべき動作で敬礼を行う。
「閣下は止めろ。ただの成り上がりのチンピラだ」
廊下を歩いて現れたのは、騎士鎧に身を包んだ男だった。
「―――!?」
白い翼をこれ見よがしに広げた30程の男。
知った姿に比べれば、背筋が伸び、体つきも随分と逞しくなっている。
「いきなり現れて、さっさと避難しろ、じゃ戸惑うに決まってるだろう」
少し気怠そうな話し方だが、記憶にあるよりも芯の強さを感じる。
「俺の部下が申し訳な…なっ!?」
隊長と呼ばれた男は、カーネリアに謝りかけて、声がひっくり返った。
「カーネリア!? お前、なんでこんなところに!?」
「―――!?」
フォコン騎士団第一独立隊隊長となったカーネリアのかつての恋人・マシェルだった。




