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ダメ男好きな元侯爵令嬢は今日も男をダメにする。  作者: □□■■
第二章 16歳病弱な少年への献身
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05 元侯爵令嬢のアルバイト

「終わらないよぉおおーー!!」

マルチホロタイプ(パソコンのようなもの)の向こうから悲鳴が上がる。

朝から何度聞いたか分からない悲鳴だ。


「先生雑すぎるのよぉおおー!!」

これも何度聞いたか分からない愚痴だ。

悲鳴に近いが。


「分かりにくいものが多くはありますよね」

赤い縁の丸メガネを掛けたカーネリアが穏やかに返す。


目が悪いから、ではなく、目の保護用のメガネである。

マジックホログラムは、ホーリーレイという不可視の光線を発しており、長時間浴び続けると目が悪くなったり頭が痛くなったりするリスクがあることが分かってきている。

そのホーリーレイをカットするための保護メガネだ。


保護メガネもした方がいいよね、と思うのも仕方なく、カーネリアの前には大きなディスプレイが一台。

両サイドに少し小さなディスプレイが2台。

更に、キーボードとディスプレイの間に小型のディスプレイが1台。

と、4台のディスプレイを同時に開きながら、不可解な記号や、聞きなれない言葉が並んだ資料を整理している。


今日のカーネリアは、大学教授のお手伝いという臨時バイトに来ている。

ウィスカ・リーンという教授で、火魔法が発動するための条件について研究しているらしい。


何やら結構大事な理論が見つかったとかで、その研究内容をまとめるお手伝いをしているのだが、発動に必要となる条件は複雑で、そのため、たくさんの研究を跨がなければならず、結果、1人で4つものディスプレイを並べて作業する必要がある。



本当であれば、酒場のウェイトレスという名のホステスをした方が稼げるし、食べられるし、飲めるしでいいのだが……ガーランドが匂いに敏感で、お酒や香水、タバコの残り香で気分が悪くなってしまうので、こういうバイトをしている。


パフィーでキャストをして、小金持ちの成り上がり男爵を酔い潰す方が楽なのだが……。

店長も同僚も優しいし、ボーナスいっぱいくれるし。

お酒も飲めるし。


「これは何ぃーー!?」

先程から反対側で奇声を上げているのは、教授の常設助手のミリヤ。

30過ぎのふくよかな奥様である。

研究成果の社会貢献は大きくとも、研究者という人の扱いは軽い。

常設助手が1人いるだけでも大したものである。



「子どもの迎えがぁあああーー! またお義母さんに嫌味を言われてしまうぅうううー」

奇声に釣られて時計を見ると16時を過ぎている。


「ミリヤさん、私に回してもらっていいですよ?」

グリンは気になるが、言っても子どもではないのでカーネリアの帰りが少し遅くなったぐらいで困ることはない、はずである。


しかし、子どものお迎えは代われないのだ。


「えっ!いいの!? って言いたいけど、キャリーちゃんだってパンパンでしょ!? 死んじゃうわよ!」

「いえ、私の方はあらかた終わってるので」

カーネリアが答えると、目をぱちぱちさせる。

「……は?」

ミリヤさんが、がたっと立ち上がると、ワタワタとカーネリアのディスプレイを覗きに来る。


いくらスクロールしても終わりが見えないほど並んでいた資料だったが、確かに残すところ4つ程しかない。


「………」

その画面を見て固まるミリヤ。

メガネを外し、目を擦ってみる。

「…………」


ポケットから目薬を取り出して、両目にさしてみる。

「……………」


ポンポンとカーネリアの肩を優しく叩く。


「なんでぇ!?」

そして驚く。


しかし、なんでと言われてもカーネリアも困る。言われた通りに終わらせただけなので。


「え? マジで?」

言いながらミリヤさんは、カチカチとカーネリアのマルチホロタイプを操作する。


「分かりやすい!」

綺麗に整頓されたファイルに感心する。

そのままカチカチと1番の難所と呼べる資料を開くとザーッと流し読む。


「………出来てるわね」

出来ていた。それもとてもよく。


「資料の並び方を、ベルマー理論に準じて並べ変えれば、カイセル法論には障らないので処理が楽になりましたし」

「……どこで覚えたの?そんなマニアックな理論?」

一般人が知る機会などほぼない、魔法理論の名前を出されて戸惑うミリヤ。

彼女は大学教授の常設助手である。

ただの賑やかで、面白い奥様というだけでなく、助手として最低限の専門知識は持っている。


「資料の中にありましたよね?」

キョトンとするカーネリア。

赤い縁のメガネが驚くほどよく似合っている。


「………あったけどね……あったけども……いや、確かにあった……ううん! いいの! ありがとう! 今はそんなこといいのよ! 資料をまとめるのが先決だわ!」

色々呑み込んで目の前に集中することを決めたミリヤ。


「ごめんね、キャリーちゃん! 私の方も手伝ってあげて!」

「はい、喜んで」

笑顔で頷くカーネリアが天使に見えたミリヤだった。



◆◆◆◆◆◆



「ただいまー……ってここは私の家かーい!」

ご機嫌に研究室に戻って来たのは、研究室の主、ウィスカ・リーンその人だった。

短い髪には白いものが混ざっているが、目の光や軽い足取りなどから快活な印象を受ける壮年の女性である。


「お疲れ様です」

「うおっ!?」


助手だと思ってたらカーネリアだったので驚いてしまった。

「あー、びっくりしたぁ。カーネリアさんだったっけ? 何してんのこんな時間まで?」


時計を見ればもう21時を過ぎている。

今度大学で行われる記念式典の打ち合わせ会議が長引いてしまった。

ウィスカとして論文1文字分も価値を感じない式典なのだが。


「頼まれてました資料の整理が終わったので、少しお部屋のお片付けをしてました」

「あー……凄いね」

確かに雑巾を持っている。


「余計でしたか?」

「いやーまあ、有難いんだけどねぇ…それより資料の整理を……ってでもまあ、捗らない時って違うことしたくなるよねえ、分かる分かる。って私は掃除はしないけど」

ウンウンと頷くウィスカ。


「ミッちゃんは? 気分転換?」

「いえ、娘さんのお迎え行って、お食事の用意して戻ってこられましたけど、資料整理が終わったので先程帰られましたよ。あ、これ、先生のお夕飯だそうです」

「え!?帰っちゃったの!? うわあ……こりゃ絶対終わんないな……あれ終わんないと次行けないんだよなぁ……家に呼び出し食らっちゃったか…無理させてたもんなぁ」

あちゃーっと額を叩くウィスカ。

しかし、そのまま、何かに気付いたように首を捻る。

「……終わった?」

「はい。お聞きしてた分は終わりました。まだあるんですか?」

「……全部?」

「ええ。お聞きしてた分は」


「意外とジョークとか言うタイプ?」

「あまりそういうセンスはない方かと」

そう言われてまじまじとカーネリアの顔を見る。

そして、改めて部屋を見る。


「なんじゃこりゃあ!?」

そして気付く。

研究室が異様なほど綺麗になっていることに。


散らかっていたゴミは捨てられ、机にも棚にも埃の一欠片もない。


更に、雑多に置かれていたデータの入ったメディアは、理論などに応じて分類され、一目見て分かるようにインデックスまで付いている。


埃っぽく、なんならカビ臭かった部屋の中は、柔らかな花の香りに変わっている。

「あ、すみません。お香があったので焚いてみましたけど、ダメでしたか?」

「お香! へぇー。ううん。いい香りで落ち着くわ」

そう言われれば以前、生徒がくれたものを放置していたような気がする。


「とりあえず、お茶入れますね。あ、先生はコーヒーの方がいいですよね」

「あ、ああ、うん。よく知ってるね」

「カップの使い方がコーヒーをよく飲まれる方の使い方ですから」

「……そんなのあるの!?」

「ミルクが少しで、お砂糖は無しですね」

「なんでわかるの!?」


超能力のようにほぼ初対面の嗜好を当てながら、ポコポコとコーヒーを淹れる。


よく見れば、渋だらけだったティーセットまで綺麗に磨かれている。


「と、とりあえず、資料の確認をするわ!」

「はい。よろしくお願いします。追加あれば、もう少し進めますよ?」

「ほんとに!? えーっと、じゃあ、アレとこれと、それと、あっちもか!」

様々な疑問を飲み込み、ウィスカは効率を優先することにした。



◆◆◆◆◆◆



「いやー、はっはっは!」

ご機嫌に笑うウィスカ。

「いやー、ほんとにもうー」

そして、真剣な顔になる。


「ホントにありがとう!」

カーネリアの手を握る。

「いえ、お役に立てたなら」

ニコニコと喜ぶカーネリア。

「私って、研究者だけど、学者じゃないのよ!」

『??』

意味が分からないが、とりあえず頷くカーネリア。

ウィスカは自分で理解するのは得意だが、人に分かるようにすることは苦手なタイプだと言いたかったらしい。


「いやーでもほんとに助かったわー。バイト代、たくさん出しとくね。倍ぐらい出しちゃう!」

「ホントですか!?」

踊り出しそうなほど喜ぶカーネリア。

元々、給金のいいバイトだったのだが、増えると更に助かる。


「あ、そうそう。キャリーちゃん作文得意そうよね!」

小一時間ですっかり打ち解けている。

「作文ですか? いえ、余り書いたことはな」

「なんでもいいんだけどね。今度、大学で記念式典があるんだけど、そこでスピーチしろって言われちゃってさー」

基本的に話を聞かないタイプの人である。


「私、全然ダメなのよ! そういうの! だからさ、原稿作って!」

「原稿!?」

「学生向けに、勉強って楽しいぞーとか、研究者は大変だけどやりがいあるぞ〜とか、なんかそんなのが分かればいいから」

「いや、でも」

「大丈夫。どうせ誰も聞いてないし」

ケラケラと笑うウィスカ。

「誰も私のスピーチなんて期待してないし」

あっけらかんと言い放つウィスカ。

「5分ぐらいのスピーチ原稿。ちゃんと原稿料は払うからさ! ちゃちゃっとなんか書いて送っといて!」

「え、あ、ええ、まあ、私で良け」

「ありがとうーー!」


良ければ、とは言ったが……言いきれなかったが、とにかく、自信はない。

それと言うのも、執筆するガーランドが余りに楽しそうなので、ガーランドが反故にした紙にちょこっと書いてみたのだが……。


『文体が固い。難解で何書いてるか分からない、いや、そりゃ僕は分かるよ? 僕には幼稚なぐらいだけどさ! でも、普通の人には何書いてるか分からないよこれじゃ。しかも、難しい言葉を無理して使ってるのが見え見えで逆に頭が悪く見える! 自分が気持ち良くなるだけじゃなくて、ちゃんと相手に伝わるように書けないと作家としては三流にもなれないよ! 大体、普段からカーネリアは……』

と、流石の熱意でガーランドに指摘されたことがあるのだ。しかも、その後、普段の自分の至らなさまでも説教させてしまった。自分ではさほど悪くないかも、などと思っていたので、余計に恥ずかしさと申し訳なさで一杯になってしまった。


『でも、ま、物語じゃなくてスピーチだし、ダメなら違う原稿用意するだろうし……やってみるのもいっか』

しかし、面倒なことをカーネリアに押し付けて、ルンルン気分でコーヒーを飲むウィスカに、嫌だとは言いにくく、とりあえず引き受けることにした。


『うーん…レグランの『エマ・ランドウェル』は画家の話だったけど、ストイックな感じは、研究者とも共通してるから少し取り入れたらいいかも……あ、でもあんまり固くなると良くないってグリンに言われたから、先生の口調を真似て喋りやすくして……』

人に頼られると張り切るカーネリアである。



後日、記念式典で特に何も考えずカーネリアの原稿を採用したウィスカが披露したスピーチは『ウィスカ・リーンの5分18秒』と呼ばれ、末永く語り継がれることとなる。


ウィスカ本人はこのスピーチをきっかけに激増した講演やスピーチの依頼を泣きながら断り続けるハメになったのではあるが。



文芸誌『論鋭』に掲載された、文学者マイク・ハードワーカー・レンウッドの連載コラムより


・・・・・・

先日トーリア大学創立100周年記念祭が行われた。

参加した多くの学生にとっては、午前中に行われる記念式典よりも、昼から夜に掛けて催される出店やステージイベントの方が主役であったであろう。

かく言う私も、研究者諸氏の拙いスピーチよりも、昼食に狙っていたターキーバーガーのことを考えていたので学生達を咎める道理はない。


しかし、そんな我々の胃袋ではなく、心臓と脳を鷲掴みにしたのは、魔導学の研究者であるウィスカ・リーン女史のスピーチであった。


昨今話題となっている若き天才文筆家・レグラン。

そして、彼の出世作である『エマ・ランドウェル』。

千年以上昔に活躍した女流画家エマ・ランドウェルの生涯を、現代人の感覚で読み解き、再編した彼の作品は、次世代の古典(ポストクラシック)の評価に相応しい名著である。


女史はスピーチの中に彼の作品より抽出した名文を、正にリーン女史らしいざっくばらんな言葉により大胆に紡いだ。

そうして編み上げたわずか5分少々のスピーチには、研究者としての苦しみ、喜び、そして業に至るまでが濃密に描かれていた。

そして、私だけではなく、式典に参加した若者の大半の心に学問を志す楽しみを植え付けたのは間違いない。


これから先、学問の徒を目指す若き才能達は、『エマ・ランドウェル』を読み、ウィスカ・リーンの5分18秒のスピーチを聴くことが、学びの第一歩となるであろうことを私は疑わない。


末筆に私信となるが、女史の名スピーチに生で触れる機会を与えて下さったトーリア大学には、深く感謝の意を表わす。



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