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ダメ男好きな元侯爵令嬢は今日も男をダメにする。  作者: □□■■
第二章 16歳病弱な少年への献身
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04 夢の対価

『う゛う゛〜〜』


古いが上等な生地で仕立てられた白い服。

つばの大きな帽子は最近の流行りで、ピアスとネックレスには揃いの小さな宝石が嫌味なく輝いている。

結婚式にでも参加するのかと思うほど着飾っているのはカーネリアである。


足の先から頭のてっぺんまで、どこにも冒険者の気配はなく、名だたる名家のご令嬢がお忍びで街へ現れているようにしか見えない。


事実、王国内で五指に入る超名門貴族のご令嬢なのだが。


『高いよぉおおお!!』

涼やかな表情で白い紙の値札を見ながら心の中では悲鳴を上げる。


カーネリアは、上流階級が住む高級住宅街、そこに隣接した高級商店が建ち並ぶ一角の上流階級の子ども向けの文房具屋に来ている。


この世界で文房具屋というのは、上流階級以上を相手にしたこういった場所にしかない。

子ども向けと言ってもドレスコードが存在するお店だ。


しかし、それでもここは子供向けのお店なので、こうして品が陳列されているし、値札が付いている。


本物の文房具屋と言えば、ドアマンがいて、身元が確認出来なければ、出来ても条件を満たしていなければ入店すら出来ず、入れば必ず2人以上のアテンドが付き、要望に合わせて1品ずつ品を見せてくれる。

そこでは値段なんて聞いてはいけないのだ。


なぜ、たかが紙やペンが、そんな宝石のような扱いを受けているのか?


それは、この世界に〖マジックホログラム〗という技術があるところによる。

マジックホログラムとは我々の知るところのデジタルのようなものだ。


仕組みは全く違うが。


このマジックホログラムは『音』を伝えるのはとても苦手なのだが、映像や文書を伝える能力にはとても長けている。


更に、家庭用マジックホロビューアー推進協議会や、マジックホログラム技術者協会など、マジックホログラムを取り扱うプロ集団が乱立し、日々鎬を削っている。

そして、そこに属するブック持ち達が、執念とも言えるほどの熱意と才能を注ぎ込んでいる。


おかげで、マジックホログラムは一般的に普及している。


これを使えば、無理に紙を消費せずとも書けるし消せるし、しかも、出来上がった文書を手紙のように送ることも出来てしまう。

写真や映像だって撮れてしまう。


そのため、作るのに高い材料と高い技術を必要とするために高価で、しかも使い捨ての『紙』が一般的に流通していない。


価格帯でも利便性でもマジックホログラムと勝負にならないのだ。

そのため、『紙』やそれに付随する『文房具』は上流階級、貴族階級の嗜好品という立ち位置に納まっている。


紙一枚とってもおそろしく奥が深い。

まず等級が1級から20級まである。

更に等級の中に、1位から8位までの格がある。


等級が紙の質――材質、軟らかさ、繊維の細さ、丈夫さ、インクの乗りやすさなど――で、格が白さ――白ければいいのではなく、定められた品位が求められる――を表す。


子ども向けの店なので、並んでいる等級も16から下だし、格も5位以下の物しか置いてはいない。


カーネリアが心の内で悲鳴を上げているのは、18等級、6位の紙である。


紙で言えばお手ごろな部類に入るが……庶民感覚で言えばバカみたいな値段である。

A4サイズほどの紙1枚でちょっといいランチが食べれられる。


肝試しに1枚!ぐらいであればどうとでもなるが、使う用途がガーランドの執筆活動なので、2枚や3枚では済まない。


30枚ほど買えば、一月分の食費など簡単に超えてしまう。


『う゛う゛〜〜』

家計とガーランドの笑顔を秤にかけ、頭を抱えるカーネリア。


店内でそんな挙動をすれば、丁寧に追い出されてしまうので、見た目は優雅な仕草で紙を選んでいるようにしか見えないが。


『グリンが、ホロライターを使ってくれれば……』

身勝手な願いだとは思うが、そう思わずにはいられない。


マジックホログラムは日進月歩の進化を遂げており、最近では紙を再現したディスプレイに万年筆風のタッチペンで本物の紙に書いているのと遜色ないレベルで執筆はできる。

利権の関係で16等級以上、5位以上の再現は許されていないようだが。


現実として、ほとんどの作家は、ホロライター(手書き)どころかホロタイプ(手打ち)を使っていると聞く。


消耗品が不要で書き直しや、改稿も容易なのでメリットが大きい。


というより、そもそもほとんどの人が紙やペンに馴染みがないのだから、紙やペンにこだわる理由などない。


しかし、ガーランドは紙とペン派なのである。


なぜか!?


かっこいいからである。


その他大勢とは違い、紙とペンを使えば、それだけで優越感がある。

更に、書いた原稿が気に入らない!とグシャッと丸めてポイっと捨てれば、それはもう教科書に載るような文豪の気分が味わえる。


気分が乗れば筆も乗る。


そして、ガーランドの筆を乗せるのは自分の大切な仕事なので、命を危険に晒してお金を稼ぎ、せかせかと節約をし、未来の大作家先生たる最愛の恋人のため、こうして頭を抱えているのである。



『ば、バイトしないと……間に合わない……』


しかし、カーネリアは心の中でグッと拳を握りしめる。


『グリンのために頑張らないと! 私が頑張るんだ!』

だって、グリンは『ありがとう』と言ってくれるのだ。

か細い今にも消えてしまいそうな儚い声で、それでも嬉しそうに。


お礼のために頑張るなんて、浅ましいとは思うが、嬉しいのだ。


だって、『ありがとう』である。

かつては考えられなかったことだ。


『頑張るんだー!!』

うおおーっと心の中で冒険者らしい勇ましい雄叫びを上げると、いつもより10枚多い、40枚の紙を買った。



―――少し後に、『インクが無くなった』と言われて、膝から崩れ落ちることになる未来を彼女はまだ知らない。





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